行動経済学はついにここまできた!ダニエル・カーネマン最新作『NOISE 組織はなぜ判断を誤るのか? 上・下』序章公開
序章 二種類のエラー
仲間と射撃場へ行き、五人編成のチームを四つ作って競ったと想像してほしい。五人は同じライフルを使って一人一発ずつ撃つ。その結果を図1に示した。
もちろん理想は、全員が標的の中心に命中させることである。
それに近いのがチームAだ。中心近くに集中しており、パーフェクトに近い。
チームBのように一定の規則性をもって的から外れている結果を「バイアスがかかっている」という。図からわかるように偏りに一貫性があるので、結果の予測が可能になる。チームのメンバーがもう一回撃ったら、おそらく最初の五発の近くに着弾するだろう。ここから、原因も推測できる。おそらくこのチームのライフルは照準がずれている、というふうに。
チームCのように広い範囲で不規則にばらついている結果を「ノイズが多い」という。ただ、ばらつきの中心はおおよそ標的の中心と重なっており、あきらかな偏りは認められない。チームのメンバーがもう一回撃ったらどこに着弾するか予測するのはむずかしい。そのうえ、なぜこういう結果になったのか、原因を推測するのもむずかしい。このチームは全員射撃が下手だとしても、なぜこんな具合にばらつくのかはわからない。
チームDのように偏ってばらつきのある結果を「ノイズが多くバイアスもかかっている」という。チームBのように着弾が標的の中心から一方向に偏っていると同時に、チームCのように広い範囲でばらついているからだ。以上のように、標的は多くのことを物語ってくれる。
言うまでもなく本書は射撃の本ではない。本書が扱うのはヒューマンエラーである。バイアスすなわち系統的な偏りと、ノイズすなわちランダムなばらつきは、どちらもエラーを構成する要素だ。図1に示した標的は、両者のちがいを鮮明に示している。
射撃の例は人間の判断に起こりうる誤りを端的に表しているが、組織で下されるさまざまな意思決定でもこの二種類のエラーがひんぱんに見受けられる。一部の判断にはバイアスがかかっており、つねに一定の偏りがある。また一部の判断にはノイズが多く、本来一定の判断を下すべき人がその時々でちがう判断を下したり、同じ職務に就いている人たち、それも高度な専門知識を備えている人たちが人によってちがう判断を下したりする。さらに嘆かわしいことに、多くの組織はバイアスにもノイズにも悩まされている。
図2にはバイアスとノイズの重要なちがいを示した。この図は図1から標的を取り去ったもので、射撃場で標的の裏側から見るとこんな感じになるだろう。
このように裏側から見ると、チームAとチームBのどちらが標的に近いのかはわからない。それでも一目でわかることがある。チームCとチームDはノイズが多いが、チームAとチームBにはノイズは認められないことだ。つまり、標的のある図1を見たときと同じぐらい、標的のない図2からも、ばらつきが大きいことは見てとれる。このようにノイズには、標的やバイアスについて何もわかっていなくても、認識可能で計測も可能だという特徴がある。
ノイズにこうした特性が備わっていることは、本書の目的にとって欠かせないと同時に好都合でもある。というのも、本書ではさまざまな判断を分析し結論を導き出すが、その判断が結果的に正しかったかどうかはわからないケース、それどころか結果は知り得ないようなケースも多いからだ。たとえば同じ患者について複数の医師がちがう診断を下した場合、実際に患者の病気は何だったのかを知らなくても、診断の不一致を分析することは可能である。映画会社の経営陣がある映画の企画を有望だと判断した場合、実際の観客動員数がどうだったのか、それどころか実際にその映画が制作されたのかどうかさえ知らなくても、彼らの判断のばらつきを評価することは可能だ。同じ事柄の判断にどれほどばらつきがあるかを計測するにあたっては、誰が正しかったかを知る必要はない。ノイズの計測に必要なのは、標的の裏側から見ることだけである。
判断のエラーを理解するには、バイアスとノイズの両方を理解することが必要になる。これから見ていくように、ノイズのほうが重大な問題であることもめずらしくない。ところがヒューマンエラーを研究者が論じるときも、公的機関や企業が問題にするときも、ノイズはほとんど意識されない。いつも主役はバイアスである。ノイズはほんの端役で、舞台にも上がらないことが多い。バイアスは専門誌の数千本もの論文で取り上げられ、一般向けの書籍も十数冊は出版されている。だがそれらのうちノイズに言及したものはほとんどない。私たちはこの本を書くことで、いくらかでもアンバランスを是正したいと考えている。
現実の世界で下される意思決定にはノイズが途方もなく多い。判断の精度が問われる場面でどれほどノイズが多いか、ここでほんの一例を挙げておこう。
・ 診療現場:同じ患者について複数の医師がちがう診断を下すことはめずらしくない。この患者は皮膚癌なのかそうでないのか、肺癌か、心臓病か、結核か、肺炎か、鬱病か等々さまざまなことで意見が食い違う。とりわけノイズが多いのは、主観的判断の要素が大きい精神科の診断である。だがそのほかの分野でもやはりノイズは多く、X線画像診断のようにノイズはないと考えられている分野も例外ではない。
・ 子供の保護:児童相談所などのケースマネジャーは、子供に虐待の恐れがあるかどうかを判断し、該当する場合には保護施設で預かるかどうかを決めなければならない。その判断にはノイズが多く、マネジャーの中には強権的に介入して施設入所を促す判断を下しやすいタイプがいる。しかし親から引き離され保護施設で育った子供は、後年になって非行に走ったり十代で出産したりする確率が高く、所得水準が低いことが報告されている。
・ 予測:新製品の売れ行き、失業率の推移、経営不振企業の倒産の可能性などさまざまなことをそれぞれの分野の専門家が予測しているが、これらはおしなべてノイズが多い。複数の専門家の見方が一致しないだけでなく、同じ専門家がその時々でちがう予測をすることもある。たとえば同じソフト開発者に同じ作業にかかる日数を二度見積もってもらう実験では、一回目と二日後とで平均七一%もの乖離があった。
・ 難民認定申請:アメリカで難民認定の申請が承認されるかどうかは、宝くじのようなものだとよく言われる。申請書類の審査担当者がランダムに割り当てられるケースを調査したところ、ある審査官は申請の五%しか許可しないが、別の審査官は八八%を許可することがわかった。この調査のタイトル「難民ルーレット」がすべてを物語っている(本書ではたくさんのルーレットを見ることになるだろう)。
・ 人事:採用面接では、同じ候補者に対する評価が面接官によってまちまちになりがちだ。また従業員の人事評価もばらつきが多い。ばらつきの原因の多くは、その従業員の仕事ぶりよりも評価者のほうにある。
・ 保釈審査:公判開始まで容疑者を保釈するか留置するかの判断はノイズが多い。担当裁判官にかなり左右され、寛大な裁判官とそうでない裁判官がいる。どんなタイプの被告が逃亡や再犯のリスクが高いかについての評価もばらつきが大きい。
・ 科学捜査:指紋鑑定にまちがいがあるはずがない、と私たちは考えがちだ。だが指紋の専門家でさえ、犯罪現場で発見された指紋が容疑者の指紋と一致しているかどうかで意見が割れることがある。しかも専門家同士の意見が食い違うだけでなく、同じ専門家が同じ指紋を別の場面で見せられると、前回とはちがう判断を下したりする。同じようなばらつきは、科学捜査の他の面でも見受けられる。DNA判定ですら例外ではない。
・ 特許審査:特許出願でもノイズの多さが指摘されている。ある調査によると、「特許が審査を通過するか却下されるかは、どの審査官が担当するかという偶然に大きく左右される」。これは公平性の観点からきわめて好ましくない。
いま挙げた例は、氷山の一角にすぎない。人間の下した判断を調査・分析したら、そこかしこでノイズを発見する可能性が高い。判断の質を高めるには、バイアスだけでなくノイズを排除する必要がある。
本書は六つのパートで構成される。第1部ではノイズとバイアスのちがいを検討し、官民を問わずあらゆる組織にノイズが多いこと、ときには衝撃的に多いことを示す。どれほどノイズが多いかを吟味するために、まずは二つの領域における判断を取り上げる。第一は刑事裁判における量刑で、これは公的部門である。第二は保険で、こちらは民間部門である。一見すると両者はひどくかけ離れているようだが、ノイズに関する限り共通点は多い。この点をはっきりさせるために、私たちは「ノイズ検査」というものを導入した。同一組織で同種のケースを評価するプロフェッショナルの間でいかに判断のばらつきが多いかを計測する検査である。
第2部では、人間の判断とはどういうものかを分析し、その精度や誤差をどのように計測するかを検討する。人間の判断にはバイアスだけでなくノイズも多いのであって、両者はほぼ対等だと言える。たとえば、同じ人や同じ集団が同じケースについて下す判断に、その時々でばらつきが出ることがある。このばらつきを機会ノイズと呼ぶが、会議など集団での討論では驚くほど機会ノイズが大きい。誰が最初に発言したかといった本質的でない要因によって、結論が大きくちがってくる。
第3部では、予測的判断を集中的に取り上げ深く掘り下げる。予測は幅広い研究の対象になってきた。ここでは、予測に関してルールやシンプルな計算式やアルゴリズムが人間の判断にまさる点を論じる。じつはルールやアルゴリズムがすぐれているのは、単純にノイズがないからだ。このほか、予測的判断の質には限界があること(端的に言って未来は知り得ないのであり、このことを私たちは客観的無知と呼ぶ)、客観的無知とノイズによって予測精度が大幅に下がることも論じる。最後に、読者が自問したにちがいない問いにも取り組む。ノイズがそれほどはびこっているなら、どうしてもっと前からそれに気づかないのか?
第4部では人間心理に立ち戻り、ノイズが生じる根本原因を検討する。個人間のちがいにはさまざまな要因がある。性格や知覚のちがいはもちろんのこと、複数の要素を天秤にかけるときのやり方がちがったり、まったく同じものさしでも使い方がちがったりする。人はなぜノイズに気づかないのか、予測できるはずもない出来事や判断に直面しても「起こるべくして起きた」と受け止めやすいのはなぜかも併せて検討する。
第5部では、判断を改善しエラーを防ぐという実際的な問題に取り組む(ノイズを減らすことにとくに関心をお持ちの読者は、第3部と第4部を飛ばして第5部を先に読んでもかまわない)。ここでは、医療、企業、教育、政府などさまざまな現場でノイズ問題に取り組んできた私たちの成果として衛生管理の理念を取り入れた対策パッケージ「判断ハイジーン」を提案し、五つの分野についてケーススタディを紹介する。科学捜査、予測的判断、医療診断、人事評価、人材採用の順で論じる。成果が上がった例、上がらなかった例、いずれも参考になろう。最後に、複数の選択肢を比較評価するときに汎用的に使える評価支援ツールとして、「媒介評価プロトコル」を提案する。このツールは判断のノイズを減らし信頼性を高めるための手順を定める。
では、ノイズの適正水準はどの程度なのか。第6部ではこの問題を扱う。直感に反するかもしれないが、適正水準はゼロではない。ノイズを排除できない分野もあれば、コストがかかりすぎる分野もある。また、ノイズを減らそうとすると重要な価値が損なわれてしまう分野もある。たとえば、ノイズを減らす努力が人々にやる気を失わせたり、自分は機械の単なる歯車なのかと感じさせてしまったりする。またアルゴリズムで問題を解決しようとすれば、さまざまな理由から猛反対を受けかねない。そうした批判の一部をここで取り上げる。ただ、ノイズの適正水準がゼロではないとしても、現在の水準はとうてい容認できない。官民を問わずすべての組織がノイズ検査を実施し、ノイズを減らすべく真剣に努力することを強く求める。そうすればはびこる不公平を正すことができるし、多くの場合にコスト削減にもつながるはずだ。
この願いを込めて、各章の終わりに会話のきっかけという形で問題提起をしている。読者はぜひ活用してほしい。分野が医療、保険、教育、金融、雇用、エンターテイメントなど何であってもかまわない。ノイズの存在を知り原因を理解しても、解決するには時間がかかるし、組織を挙げての努力が必要だ。誰もがこの難事業に貢献するチャンスを与えられているのであり、本書がそのチャンスを活かす助けになれば幸いである。
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『NOISE 組織はなぜ判断を誤るのか? 上・下』(四六判上製単行本、定価2,310円(税込))は現在予約受付中です。
【著者紹介】
〇ダニエル・カーネマン(DANIEL KAHNEMAN)
1934年生まれ、認知心理学者。プリンストン大学名誉教授。専門は意思決定論および行動経済学。2002年にはノーベル経済学賞を受賞。著書に『ダニエル・カーネマン 心理と経済を語る』、『ファスト&スロー――あなたの意思はどのように決まるか?』(早川書房刊)など。
〇オリヴィエ・シボニ―(OLIVIER SIBONY)
フランスHEC経営大学院教授。25年にわたって、パリとニューヨークでマッキンゼー・アンド・カンパニーのシニア・パートナーを務めた。著書に『賢い人がなぜ決断を誤るのか?――意思決定をゆがめるバイアスと戦う方法』など。
〇キャス・R・サンスティーン(CASS R. SUNSTEIN)
1954年生まれ、ハーバード大学ロースクール教授。専門は憲法、法哲学、行動経済学など多岐におよぶ。オバマ政権では行政管理予算局の情報政策および規制政策担当官を務め、またバイデン政権では国土安全保障省の上級参事官に任命される。リチャード・セイラーとの共著『実践 行動経済学』は全米ベストセラーを記録。他の著書に『スター・ウォーズによると世界は』(早川書房刊)など。
【訳者略歴】
〇村井章子(MURAI AKIKO)
翻訳者。上智大学文学部卒業。主な訳書に、カーネマン『ファスト&スロー』(早川書房刊)、ミル『ミル自伝』、フリードマン『資本主義と自由』、スミス『道徳感情論』(共訳)、バナジー&デュフロ『絶望を希望に変える経済学』など。