傑作アクション小説『カリフォルニア独立戦争』12月21日発売【試し読み】
早川書房では、ジェイムズ・バーンによる傑作アクション小説『カリフォルニア独立戦争』(渡辺義久 訳)をハヤカワ文庫NVより12月21日に刊行いたしました。
傭兵稼業を引退してカリフォルニアにやってきたデズ・リメリックは、女性を窮地から救ったことがきっかけで、人種差別主義運動に端を発した軍人たちと極右メディアによる全米を揺さぶる軍事騒乱のただなかに……!
冒険アクション界に新星登場です。
◎本書への称賛
「緊張感と爆発力のある物語に心奪われ、ページをめくる手が止められなくなる」 ――マーク・グリーニー(『暗殺者グレイマン』)
「デズ・リメリックはこの数年読んだなかでもっともエキサイティングな新キャラクターだ。とても気に入った」
――ロバート・クレイス(『容疑者』著者)
「ジェイムズ・バーンはどのように複雑な物語を創り、登場人物を活かせばいいかを知っている。テンポよく見事に書かれ、おおいに楽しませてくれる作品」 ――ネルソン・デミル(『将軍の娘』著者)
話題の本書、冒頭のプロローグを試し読みとして公開します。デズ・リメリックの活躍をお楽しみください。
◎冒頭試し読み
プロローグ
アルジェリア
半年まえ
デズは、アルジェリアの海岸沿いにある敷地内で坐っていた。豪邸のドアに背中を預け、塀に囲まれた敷地のゲートに目を向けている。
先ほど、デズは十四人の仲間をそのゲートから敷地内に通し、さらにこのドアから家のなかへ潜入させたところだった。
彼らがなかですることは、デズには関係ない。彼にとって重要なのはドアとゲートなのだ。
その敷地はオランの郊外にあった。四階建ての巨大な古い邸宅は白い砂岩の壁でできていて、アルジェリアのそのあたりの海岸地域でよく見られるすすけて埃まみれの赤いテラコッタの屋根で覆われている。その敷地は高さ六メートルの塀で囲まれ、その塀には古いムーア式やフランス式の銃眼が設けられている。塀の上は歩けるようになっていて、そこには濃いシナモン色に手焼きされた十二個の土壺が並び、ブーゲンビレアが花を咲かせている。その壺──それぞれスマート社の車並みの大きさがある──はゲートから侵入してきた襲撃者たちを狙撃手が上から狙い撃ちできるように、十年ほどまえにその場所に設置されたものだった。
地面には多種多様な青々とした草がきれいに植えられ、砕いた白い貝殻を敷き詰めた小道がそのあいだを縫っている。敷地の裏には、家主の十一台のヴィンテージ・カーを駐められるほど大きなガレージがある。ガレージの外のスペースはセダンを二十台も駐められるくらい広く、家主のジャメル・エンボリが似たような考えをもつ犯罪者や麻薬にのめりこんだヨーロッパの大金持ち、あるいはテロで儲けたいと思っている人々を招くときには、そこに何台もの車が並ぶ。
デズと仲間たちは三日と二晩にわたってそれぞれ個別に、あるいは二人組でオランにやって来ていた。ボートで来る者もいれば、列車で来る者、路線バスで来る者もいた。男が十四人と、女がひとりだ。そのなかには、まえに組んだことがある者もいるが、そのほかは見ず知らずの人たちだ。十一カ国から集まり、話すことばはほぼ十二カ国語にもなる。とはいえみな英語がわかるので、この任務では英語が使われている。
デズは敷地のゲートと屋敷のドアに目を光らせていた。敷地のゲートと屋敷のドアは、どちらも赤で塗られている。どちらもジャメル・エンボリのものだが、いまその二つを掌握しているのはデズだった。デズは門番なのだ。
デズはがっしりしているとはいえ、それほど背は高くない。髪は薄茶色で、肌は血色のいいピンクがかった色をしている。白と黒のチェック柄のカフィエをかぶり、燃える石油から立ち昇る煙のような色と柄の戦闘服を着ていた。
家のなかから小火器のバンバンバンという音を耳にしたデズは、こう思った。〝どうやら、プランAがはじまったようだ〟
崖に面した埃まみれの古い道路から、うなりをあげて近づいてくる車の音が聞こえてきた。四台から七台はありそうだ。それらの車には、アサルト・ウエポンを携えた男たちが乗っているのだろう。
デズは邸宅の玄関の外側で目を光らせているが、その内側で見張っているのはラフィクと呼ばれる背が高くひょろっとした男だった。いま、デズと同じような格好をしたラフィクが外に出てきた。ガリガリに痩せていて濃いあごひげをたくわえ、砂漠での任務のせいで肌は恐竜のように日焼けしている。ラフィクが声をかけてきた。「車だ」
デズは膝にのせたリモコンの接続状態を確認した。彼は夜目が利く。そして口を開いた。「そうだな」
「なかで銃声がした。敵に出くわしたようだ」
「そうだな」
「家のなかに敵はいないという話だった、シェフ」
「そうだな」
「家のなかと外から集中攻撃を食らって、厄介なことになるぞ」
デズは頷いたが、立ち上がろうとはしなかった。
ラフィクがリモコンを指差した。「そいつはなんだ?」
デズはラフィクにちらっと目をやった。「ムッシュ・エンボリの車のコレクションから、二つほどバッテリーを拝借した。それと、芝生用のスプリンクラーをひとつ。いざというときには、時間稼ぎをしようと思ってな」
「ここにいても安全なのか、シェフ?」
「安全というのは相対的なことばだ」
「確かに」ラフィクはあごひげをかいた。いまではさらに銃声が聞こえる。家のなかでは、聞かされていた情報よりも激しい抵抗に遭っているようだ。「そうは言っても、なかでは銃撃戦、外からは車。少しばかり熱くなってきたぞ。だろ?」
デズは頷いたが、やはり動こうとはしなかった。
慌ただしい足音やタイルに擦れるラバーソールの音が聞こえ、家のなかから四人の仲間が飛び出してきた。四人とも汗まみれで、デズやラフィクと同じような格好をしている。そのうちの二人は、ファイル・キャビネットを棺のように横にして抱えていた。そのキャビネットを乱暴に下ろし、革のストラップでからだに装着していたベルギー製のFNミニミ・マシンガンを抜いた。二人が立ったまま敷地に目を走らせ、あとの二人は片膝をついて照準器に目を当て、同じようにあたりを警戒した。
そのうちのひとりの無愛想なバスク人がからだを屈めて両拳を膝に当て、大きく息を吸いこんだ。顔からは汗がしたたり落ちている。歪んだ傷跡が、髪の生え際から左頬を通ってあごの先端までつづいている。その男がかすれ声で言った。「手に入れた」
「さすがだな」デズはそう言ったものの、実際には何を手に入れたのか見当もつかなかった。自分には関係のないことだ。
十四人が入り、いまのところ出てきたのは五人。まだ九人残っている。
ラフィクがいま出てきた四人に目を向けた。「あの女といっしょだったんだろ。どこにいるんだ?」
四人は肩をすくめた。ここで言う〝あの女〟というのは、このちょっとした強奪を指揮するよそから来たリーダーだ。誰も彼女の名前も、どこから来たのかも知らない。なぜ彼女がこの計画を仕切っているのかもわからないが、誰もがそのことに納得していた。ほとんどの者が。
正体不明のその女性は、計画の詳細と情報を提供した。目的を示し、この任務における〝成功〟とは何かを説明した。
仲間のひとりが手袋をはめた手の甲で下唇の血を拭い、カキの殻で覆われた小道にピンクがかった痰を吐き出した。その男が口を開いた。「情報はでたらめだ」
デズは笑い声をあげた。「情報っていうのは、いつだってでたらめなものさ」
「クソ野郎の兵士たちはアルジェにいるはずだぞ」
デズは頷いた。そう聞かされていた。まあ、仕方がない。
家からさらに二人の仲間が出てきた。そのうちのひとりのスウェーデン人は太腿を撃たれていた。ものすごい剣幕で悪態をついている。ハードカバーの小説ほどの大きさのハード・ドライヴを抱えていた。そのハード・ドライヴのうしろ側には二本のワイアが垂れ下がり、銅線が剥き出しになっている。ジャメル・エンボリのパソコンから引き抜かれたのではなく、引きちぎられたのだ。スウェーデン人はそれを宙で振ってみせ、目的のものを手に入れたことをデズに示した。さらに、銃弾というおまけまで付いてきたようだ。戦闘服のズボンの左脚の部分が、暗闇で黒く光っている。
七人が出てきて、残りは七人。
ラフィクが、敷地を取り囲む塀の大きな赤い両開きのゲートに目をやった。「もうすぐ入ってくるぞ、シェフ」
デズは坐ったまま言った。「あいつらが? 入ってはこないさ」
敷地の外に七台のジープが停まり、二十数人の武装した男たちが降りてきた。あたりには砂埃が舞い上がっている。無線機が音をたて、主の敷地が襲われていることを告げた。グループのリーダーのひとりが、赤い両開きのゲートの大きな鉄のハンドルのところへ歩いていった。皮膚の硬くなった両手で両方のハンドルをつかんだとたん悲鳴をあげ、からだが痙攣して手のひらから煙が立ち昇った。首の筋肉が固まってからだが強張り、死を迎えて大きく口を開いたその顔は、カーニバルの仮面のようだった。
デズはゲートに取り付けた車のバッテリーを指差した。外から手でそのゲートを開けることは不可能だ。しかも、犯罪者のなかでもとりわけ誇大妄想にとりつかれたジャメル・エンボリはゲートをできるかぎり頑丈にしていたため、ゲートを押し倒すには戦車が必要だろう。
バスク人が即席のトラップに目を留めた。「あんたの仕業か?」
デズはシャツの右腕をまくり上げ、前腕の内側に彫られたローマ神話の双面神、ヤヌスのタトゥーを誇らしげに見せた。そしてぶ厚い石の塀にあごをしゃくった。「扉とゲート。扉とゲートというわけさ」
屋敷からさらに三人の仲間が先を争うように出てきた。ひとりは怪我をしていて、ほかの二人に支えられて片足で跳びはねている。彼らはデジタル・ロックと真ん中で切断された手錠が付いたアタッシュケースを手にしていた。
バスク人が言った。「もう行かないと」
デズはひとことこう言った。「だめだ」
十四人が入り、十人が出てきた。残り四人。
「目的のものは手に入れた。ボートが待ってる」
デズは頷いた。彼らは小さな漁船で北へ向かい、スペインのアドラから出港してくる大型ボートに乗り換えることになっているのだ。
バスク人が言った。「ボートへ向かうぞ」
「もう少し待ってくれ、ハニー」
ラフィクが腰を下ろし、デズの目線まで顔を下げて言った。「車の音が聞こえるか、シェフ? 多勢に無勢だ」
デズが言った。「カリフォルニアのこと、何か知ってるか?」
ラフィクは何度か目を瞬いた。「なんだって?」
「カリフォルニアだよ」
ラフィクは繰り返した。「カリフォルニアだと?」
「ああ」
「さあな。景色がいいって話だ。ワインも有名だな。あとはシリコンバレー。ハリウッド。きれいな女たち」
「おれもそんなことを考えていた」デズの口調は穏やかだった。「カリフォルニアにはきれいな女がたくさんいる。おれみたいにたくましい若い男なら、向こうでいい思いができそうだ」
テキサス州から来たアメリカ人が、よろめきながら家から出てきて口を尖らせた。「クソったれ! あの情報はめちゃくちゃだ!」
デズは思った。十四人が入って、十一人が出てきた。残り三人。
「しかも」デズはラフィクに言った。「音楽シーンも活気に満ちている。いいギターでも買って、いっしょにやってくれるバンドを探すのも悪くない。笑えるだろ?」
塀の反対側でジャメル・エンボリの部下たちが頑丈なゲートに向かって自動火器を撃ちはじめ、なかにいる男たちはからだをすくませて地面に伏せた。デズには、ゲートには鉄板が裏打ちされているので銃ではびくともしないことがわかっていた。それはジャメル・エンボリの部下たちも承知のはずだが、彼らはいささかパニックになっているのだ。
バスク人がやつれた顔の汗を拭った。「ずっとはもたないぞ」
「その必要はない」デズはそう言い、リモコンのボタンのひとつに触れた。
十一台ものアンティーク・カーを所有するには大量のガソリンが必要だ。そして青々とした見事な芝生を維持するには大量の水も欠かせない。〝よそから来たリーダー〟がチームを率いて屋敷に潜入するまえに、デズは偵察をしていた。芝生を維持するための散水用
のホースと、ガレージのドラム缶に入ったガソリン、そして振動式庭用スプリンクラーを拝借し、それらを頑丈なゲートの外に設置していた。いま、デズはリモコンのボタンを押してスプリンクラーを作動させた。スプリンクラーから細かいガソリンのしぶきが弧を描いて扇状に広がり、塀の外の七台の車と二十数人の犯罪者たちに降りかかった。
悪人たちは危険を察知したものの、その性質を読み誤った。数人が振動するスプリンクラーに向かって銃を発砲した。彼らの服や髪にたっぷり染みこみ、さらに細かい霧状にな
って夜の大気に漂うガソリンが、発砲炎で引火した。銃の火花でガスが燃え上がり、彼らを焼き払った。
数人がその場で倒れた。二人の男が全身を炎で包まれ、叫び声をあげてよろめいている。そのうちのひとりはウージー・サブマシンガンの引き金から指を離せなくなっていた。爪先を軸にしてふらふらまわりながら、自分の仲間たちや七台のジープに銃弾を浴びせた。
敷地の外は地獄絵図と化した。
敷地内でデズがつづけた。「そのうえ、サーフィンも盛んだ。サーフィンはしたことないが、楽しいかもしれない」
ゲートの外から悲鳴や散発的な銃声が聞こえる。チームのメンバーたちは驚きのあまり互いに顔を見合わせている。バスク人が口を開いた。「ボートに連絡しろ」
デズが目を細めてバスク人を見やった。「もうちょっと待て」
さらに二人の男が息を切らせ、肩に銃を当てて屋敷から出てきた。デズは思った。〝十四人が入って、十三人が出てきた。あとひとり〟デズは落ち着き払って坐ったまま、バスク人に笑みを向けて肩をすくめた。
「いつまでももちこたえられるとでも思っているのか?」バスク人が迫った。
「いつまでももちこたえる必要はない。そろそろ引退を考えているんだ。カリフォルニアで暮らそうかと」
スウェーデン人が歯ぎしりをし、取り澄ました顔で頷いた。「カリフォルニアは美人だらけだからな」
「いまそんな話をしていたところさ。それにサーフィンの話も」
また家のなかから小火器の銃声がし、塀の外からは叫び声が聞こえる。いまや、バスク人は頭に血がのぼっていた。「黙れ、この間抜けども! ここを出るぞ! いますぐに!」彼は塀の上の通路を指した。「あそこに上がられたら、簡単に狙い撃ちされて、樽のなかのアヒルになるぞ!」
デズが舌打ちをした。「それを言うなら〝樽のなかの魚〟か〝いいカモにされる〟だ」
バスク人が腰に付けた銃を抜いた。「なんの話だ?」
デズは立てた膝に前腕を置き、バスク人に優しく微笑みかけた。「〝坐っている魚”っていうのは、間の抜けたイメージだってことさ。とはいえ、パブの名前としてはそれほど悪くはないな」ラフィクに顔を向けた。「パブを開いてもいいな。店の名前は〈シッティング・フィッシュ〉にしよう。アメリカの女たちは、パブが大好きなんだろ?」
ラフィクは片手であごひげをなでた。「カリフォルニアの女の話だが、おまえの計画にはひとつ問題があるぞ」
「問題だと?」
「つまり、おまえはかなり不細工だってことだよ、シェフ」
バスク人はいまにも心臓発作を起こしそうだった。
デズは呆気にとられた。「それは言いすぎだろ! これでもおれはかなりハンサムだぞ。粋だと言ってもいいくらいだ。はっきり言って、端正な顔立ちというやつだ。それにひきかえ、おまえの顔ときたら肘みたいじゃないか! おれはカリフォルニアでうまくやっていけるさ、若手女優やらなんやらとな。ご心配どうも」
ラフィクは薄汚れたあごひげの奥でにやりとした。「おまえがそう言うならな、シェフ」
バスク人が九ミリ銃をデズに向けた。それからしゃがんでいるラフィクにその銃を向け、またデズに向けなおした。「ボートに連絡しろ! ここを出る! いますぐにな!」
デズは怒り狂っている大柄な男に笑みを見せた。「銃はおもちゃじゃない。確かに楽しいが、気をつけないと誰かの目が潰れることになるぞ」
バスク人はデズの頭のてっぺんに銃身を押し付け、白黒模様のヘッドスカーフを押し下げた。「いま殺してもいいんだぞ!」
敷地の塀の上あたりから叫び声がした。ジャメル・エンボリの生き残った部下たちは、どうやってその塀に登ればいいか、ようやくわかったようだ。ここで雇われているのだから当然だ。彼らはまさにこういった不測の事態に備えて訓練してきたのだろう。
その叫び声でバスク人の気がそれた。バスク人が目を離した隙に、デズは彼の右手首をつかんでトリガー・ガードに小指を差しこみ、引き金を引けないようにした。バスク人のからだが前のめりになり、わずかにバランスを崩した。デズが思いきり彼の右腕を引っ張ると、バスク人はデズの方へ倒れてきた。デズは腕を曲げ、バスク人の左の眼窩上隆起に肘を叩きこんだ。骨の砕ける音がした。大柄な男は地面に倒れて気を失った。
長身で物静かな美女、〝よそから来たリーダー〟が屋敷から出てきた。手にはシグ・ザウアーが握られ、肩から血を流している。彼女が気絶しているバスク人をブーツで小突いた。「何があったの?」
デズは立ち上がり、ダークスモークの戦闘服の埃を払った。「誰かに目を潰されたのさ」
彼女は頷いた。「人数は?」
「十四人が入って」デズは答えた。「十四人が出てきた」
「ボートに連絡を」
「了解」デズはズボンのポケットから頑丈な携帯電話を取り出した。
リーダーの女性は、中庭やぶ厚い塀に目を配った。「塀の上の通路に登られたら、あの鉢植えを凸壁代わりに使われるわ」
ラフィクも立ち上がった。「凸壁?」
「銃眼付きの胸壁のことさ」デズはそう言って携帯電話の送信ボタンを押した。友人が眉をひそめた。「頑丈なやつで、そのうしろに隠れて、隙間から覗いて撃ち殺すんだ」
「なるほど」ラフィクは十二個の赤い鉢を見つめた。「確かに、そいつはまずいな」
上の通路で慌ただしく動きまわる姿が目に入った。
「ただし、誰かがそれを見越して、あの鉢に白リンの入った袋をくっつけていれば話は別だが」デズが言った。
四つの鉢のうしろで動きがあった。五つ目の鉢の背後でも。ジャメル・エンボリの部下たちはいくらか統率された行動を見せ、スナイパー全員が配置に着くまで攻撃を控えているのだ。
よそから来たリーダーがにやりとした。地上二十フィートの高さにあるいちばん近くの大きな赤い鉢にシグ・ザウアーを向け、発砲した。
銃弾は、鉢に張り付けられたリンの入った袋を撃ち抜いた。鉢が爆発して青白い火の球と化し、鉢植え用の土やブーゲンビレアが飛び散った。地面にいる誰もが背を向け、腕や手で目を覆った。男が悲鳴をあげながら銃眼が設けられた塀の向こう側へ吹き飛ばされ、下に駐められたジープの上に落下した。
デズは、リンの入った袋をクリスマス・ツリーのライトのようにつなぎ合わせていた。ひとつに火がつけば、ほかのすべての袋にも火がまわる。あたりには鉢植え用の泥炭の鼻を突く臭いが充満し、中庭に赤い花びらが雪のように舞い落ちてきた。爆発のせいで耳が聞こえなくなり、炎に包まれた男たちの悲鳴を聞かずにすんだ。
最後の鉢が爆発し、最後の火球が消えると、チームのメンバーは戦闘服をはたき、土やブーゲンビレアの花びら、砂岩やテラコッタ、それにテロリストの破片を払い落とした。
敷地の外からは、もはや銃声も叫び声も聞こえなかった。
まだ耳鳴りがするデズは、女の方にからだを寄せて声を張りあげた。「ムッシュ・エンボリは?」
よそから来たリーダーは西部劇さながらにシグ・ザウアーの銃口の煙を吹くまねをしてみせ、ホルスターにしまった。
デズは首を縦に振った。
ラフィクがリュックサックから救急セットを引っ張り出し、何も言わずに女の肩の血を拭きはじめた。彼女が言った。「私の情報は完璧ではなかったわね」
デズが言った。「人生に完璧なものなんかほとんどない」
ラフィクが女の傷に絆創膏を貼った。「シェフは引退を考えているそうだ。カリフォルニアで暮らすんだとさ」
彼女はしばらく考えこんだ。「カリフォルニアにはきれいな女性がたくさんいるわよ」それからファイル・キャビネット、ハード・ドライヴ、気絶したバスク人の順番で指を差していった。「エンボリの車に積みこんで」
男たちはライフルをしまい、戦利品と怪我人を抱えてガレージへ向かった。
よそから来たリーダーは、頭上の通路や銃眼が設けられたくすぶっている塀の残骸、頑丈なゲートに取り付けられた車のバッテリーに目をやった。デズと視線を交わし、前腕の内側に彫られたヤヌスのタトゥーを見下ろして笑みを浮かべた。デズが彼女の笑みを見たのは、これで二度目だった。
「ゲートキーパーというわけね?」
「はじまりとゲートを司る神」デズは言った。「変換と時間。二元性と扉。通路と終わり」
彼女はガレージの方へ歩いていった。「カリフォルニアね」つづけて言った。「悪くないと思うわ」
(つづきは書籍でお楽しみください)
『カリフォルニア独立戦争』
The Gatekeeper
ジェイムズ・バーン 渡辺義久 訳
ハヤカワ文庫NV/電子書籍版
1,496円(税込)
2022年12月21日発売