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新書創刊の舞台裏:ゆがんだ教育熱はどう生まれた? 『教育虐待 子供を壊す「教育熱心」な親たち』担当編集者が語る

早川書房があらたに立ち上げる新書レーベル「ハヤカワ新書」。早川書房の強みであるSFやミステリなどの視点を生かした、独自の切り口の新書を多数予定しています。
創刊第一弾はいよいよ2023年6月20日(火)発売。どんなテーマの新書が読めるようになる? そもそも新書創刊って何を準備する? ……そんな疑問にお答えすべく、『教育虐待 子供を壊す「教育熱心」な親たち』(著:石井翔太/作家)の発売に向けて準備を重ねてきた担当編集者(新書編集部:一ノ瀬翔太)に話を聞きました。迫る発売に向けて、その舞台裏と本の内容を早出しでご紹介します。

『教育虐待 子供を壊す「教育熱心」な親たち』石井光太、ハヤカワ新書
『教育虐待』ハヤカワ新書

勉強が終わるまでトイレ禁止、無数の栄養ドリンク……子供部屋で何が起きているのか
教育虐待とは、教育の名のもとに行われる違法な虐待行為だ。それは子供の脳と心をいかに傷つけるのか。受験競争の本格化から大学全入時代の今に至るまでゆがんだ教育熱はどのように生じ、医学部9浪母親殺害事件などの悲劇を生んだのか。親子のあり方を問う。

熱心な教育が、行き過ぎると虐待に

編集担当・一ノ瀬翔太(以下同):「教育虐待」という言葉は十数年前から盛んに取り上げられるようになりましたが、はっきりした定義や要件がありません〔*1〕。児童虐待防止法では四分類の虐待(①身体的虐待、②性的虐待、③ネグレクト、④心理的虐待)が虐待と定められていて、このなかに「教育虐待」は含まれていないんです。2020年の改正児童虐待防止法施行で親による体罰は違法行為と認定されていますが、かつてスパルタ教育と呼ばれていた行為も含めて、どこまでが熱心な教育で、どこからが虐待なのか――その区分は曖昧で難しいのが現実です。

今回の本を通して、「教育虐待」を現代日本で起きている社会問題としてきちんと確立する役割を果たしたいと考えています。著者の石井光太さんは、これまでにも虐待や子供の非行についての数々の取材を通じて現場の声に触れ、ノンフィクション作品を執筆されてきた方です。この企画について相談したところ快諾いただき、すぐに取材をスタートしてくださいました。

「毒親」という言葉は様々なメディアを通じて広まりましたが、毒親もまた具体的な行為を指す言葉ではなく、曖昧です。一方で「虐待」そのものは、法律で違法行為であることがきちんと定められています。子供に悪影響を及ぼす行為に対して、明確な区切りを付けることが重要だと思うのです。

ゆがんだ教育熱の根にあるものは?

今回の本の冒頭で、石井光太さんは2018年に滋賀県で起きた「医学部9浪母親殺害事件」について言及します。2018年に、当時30代だった看護学生の女性が医学部合格のためにと幼少時から度を越えた厳しい教育を受けてきたことを苦に母親を殺害・遺棄したという痛ましい事件で、この事件の報道でも「教育虐待」というキーワードに焦点が当てられました。本の構成として、こういった個別の事件を掘り下げるアプローチもあり得たでしょうが、今回は「虫の眼、鳥の眼」でいうときの「鳥の眼」、つまり俯瞰的なアプローチで問題に迫ります。

例えば、子供を傷つけてしまう言動のタイプの分類。あるいは親の虐待が成長過程の子供の脳にどんな影響を与えるのかという医学的観点。さらに、社会状況の変化の中で「ゆがんだ教育熱」の土壌がどのように生じてきたのかという時代背景――様々な観点から一つの問題にアプローチすることで、現代社会の病理が凝縮されている「教育虐待」という問題の、全体の見取り図を描くことを主眼としています。

私自身も今回あらためて、「ああ、これも虐待に繋がるのか」「そういえば身近でそんな話を聞いたことがあった」と、目から鱗の事柄がたくさんありました。実際に虐待を受けてつらい思いをした人だけでなく、これから親になるという方々にとっても、「もしかしたら(意図せずに)虐待してしまうかもしれない」という一つの示唆になるはず。ぜひ広く多くの方に読んでもらいたいテーマです。

今回の取材を通じて一番印象的だったのは、「親は子供のためによかれと思ってやっているのに、それが子供を傷つけてしまう」という胸が痛くなるような事実です。この両面性が、問題をより複雑にしています。学歴があると自負している親も、そうでない親も、「子供の将来を思って」子供を虐待しかねない……。誰でも人の心にはそういった虐待の「根」があるのかもしれません。

そう考えると、先ほど挙げた「医学部9浪母親殺害事件」のことも、単なる他人事だとは割り切れないのではないでしょうか。多くの親御さんが「子供のより良い将来のことを考えて、塾に通わせるかどうか」など悩むタイミングがあると思います。

一方で、自分自身が親に虐待を受けたつらい経験をもつ当事者の方に対しては、「教育虐待」を理論的に整理することで、いったん問題と距離を置いて客観視するきっかけになればという希望もあります。当事者の心の傷は計り知れないので言い方は難しいですが、文章を読むことで問題を俯瞰し、自分の人生を客観視して、少しでも自分の今後を肯定的に捉えるための一助になればと思います。

子供を持つ親世代の方々には、子供とのコミュニケーションを考え直すきっかけにしてもらいたいですね。教育関係者の方々や、これから教師や保育士になりたいと考えている若い人にも、ぜひこの問題について考えてもらいたいと思います。

内容と共に装幀も試行錯誤。右の2点が完成版です。

「これからの時代をどう生きるか」考えるヒントに

この『教育虐待』に限らず、ハヤカワ新書は「今この時代をどう生きるか?」という問いかけやメッセージを含んだ作品をラインナップしていく予定です。私が過去に編集を手がけた書籍では、学歴差別など能力主義社会のダークサイドを哲学的に論じたマイケル・サンデル教授の『実力も運のうち 能力主義は正義か?』なども、問題意識として通底しています。

かつてのように、いい大学に合格して大企業に入って、ある程度決まったレールに乗ることができれば人生安泰で明るい未来が待っている――そんな時代ではないことは、みんな気づいています。その中で、自分の生き方を主体的に見つけることはますます重要になると思います。

教育は、人間の主体性や人生の可能性を引き伸ばすためのものですが、同時に、方法や状況によっては虐待に転じ、可能性の芽を摘み取ってしまう場合もある。これからの教育について社会全体で議論するために、その共通の土台としてこの本を手に取ってもらいたいですね。

〔*1〕2011年12月に開かれた日本子ども虐待防止学会で、武田信子(武蔵大学教授、当時)が教育虐待という用語を使用。


6月20日発売予定の新刊は現在ご予約受付中です。創刊ラインナップは全5作品。作品の読みどころや7月以降のラインナップ情報を随時note記事などで発信していきます!

記事で紹介した本の概要

『教育虐待 子供を壊す「教育熱心」な親たち』
著者:石井光太
出版社:早川書房
発売日:2023年6月20日(火)

■著者プロフィール
石井光太
(いしい・こうた)
1977年、東京生まれ。作家。国内外の貧困、災害、事件などをテーマに取材・執筆活動を行う。著書に『物乞う仏陀』『遺体』『「鬼畜」の家』『43回の殺意』『本当の貧困の話をしよう』『近親殺人』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』など多数。2021年、『こどもホスピスの奇跡』で新潮ドキュメント賞を受賞。

石井光太さん近影
石井光太さん近影

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