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闇市の焼きそばをコンビニで全国展開するには? 塩崎省吾×稲田俊輔【『ソース焼きそばの謎』刊行記念対談】

『ソース焼きそばの謎』(ハヤカワ新書)の刊行を記念しジュンク堂書店池袋本店で開催された、著者の塩崎省吾さんとエリックサウス総料理長の稲田俊輔さんによる特別対談をお届けします。ソース焼きそばは「闇の食べ物」? カレーと焼きそばの意外な共通点とは? 闇市の焼きそばをコンビニで全国展開するには? 塩崎さんの研究成果と稲田さんの超絶理論とが出会って生まれた未知の化学反応をご堪能ください。

塩崎省吾さん

塩崎省吾
1970年生まれ。静岡県出身。ブログ「焼きそば名店探訪録」管理人。国内外の1000軒以上の焼きそばを食べ歩く。テレビ・ラジオなどメディア出演多数。本業はITエンジニア。

稲田俊輔さん

稲田俊輔(イナダシュンスケ)
料理人/飲食店プロデューサー/「エリックサウス」総料理長鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て、円相フードサービスの設立に参加。居酒屋、和食店、洋食店、フレンチなど様々なジャンルの業態開発やメニュー監修、店舗プロデュースを手掛ける。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。南インド料理とミールスブームの火付け役となる。食べ物にまつわるエッセイや小説を執筆する文筆家としての顔も持ち、Twitter( @inadashunsuke )でも人気を博す。著書は『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『ミニマル料理 最小限の材料で最大のおいしさを手に入れる現代のレシピ85』(柴田書店)、小説集『キッチンが呼んでる!』(小学館)、エッセイ『おいしいもので できている』(リトルモア)など多数。 

『ソース焼きそばの謎』ハヤカワ新書

「アリバイ崩し」の面白さ


稲田 『ソース焼きそばの謎』、読みました。塩崎さんのファンの一人として、掛け値なしに面白かったです。読み終わるのがいやになってきて、途中でわざと用事を作って中断したりして(笑)。丹念に資料をあたるタイプの本って、序盤はとりあえず、これまで伝わっていた通説の間違いを暴いていくじゃないですか。事実を外堀から徐々に埋めていって追いつめていくその過程が「アリバイ崩し」のようで、早川書房から出ているというのもありますけど、ミステリというか、探偵小説を想起しました。アガサ・クリスティーや横溝正史のように詰めていく感じが気持ちよかったです。
塩崎 それは褒め過ぎですよ(笑)。オファーいただいたのが早川書房さんなので、ストーリー的に読ませることは意識しましたね。タイトルも『ソース焼きそばの謎』というものを提案していただき、ミステリ仕立てにしたいなと思いながら書きました。
稲田 いろいろなところで点と点がつながっていくワクワク感がありました。例えば、僕は関西に住んでいたことがあるのですが、焼きそばの麺が関東とは全然違うなと気になっていたんです。本書を読むと、関西では中華麺のゆで麺で焼きそばを作るのがメインである一方、それ以外の地域では蒸し麺が一般的だと書いてあって。
塩崎 そうですね。
稲田 それからもうひとつ、西日本では焼きそばと同時に焼うどんもメニューもあるパターンが多いなと思っていたのですが、塩崎さんの調査によれば、関東では中華麺が手に入りやすいけれど、西日本では手に入りにくかったため、焼きそばの存在を知ったうえで、あえてうどんで代用したのが焼うどんであると。そこでようやく、「関東と関西の麺の違い」と「焼うどんという存在」がつながったんです。こんなふうに謎解きが連続していて、エキサイティングでした。
塩崎 庶民的な料理ってやっぱり安い材料とか、手に入りやすい材料が多いですよね。焼きそばが他の地域に伝播していくうえで、手に入りにくい蒸し麺の代わりにうどんが使われるようになっていった。ペルーに行くと、スパゲッティを使った中華料理があったりします。手に入りやすい食材にアレンジするというのは、世界中のどの地域でもおこなわれていて、面白いですね。
稲田 そうですよね。最初をローコストにしないと絶対に広がっていかない。各時代の人々がいかにおいしく焼きそばを食べ、どう楽しもうとしたか、塩崎さんは気になってしょうがないんだろうなというのが、この本を通じて伝わってきました。昭和初期の時代の子供たちが屋台で新聞紙に載せて提供される焼きそばを串一本で食べたりだとか、その様子がものすごくおいしそうで。個人的に一番面白いと思うのは、不謹慎かもしれないけど闇市の時代です。
塩崎 僕もそう思いますね。
稲田 もちろん厳しくてひどい時代だったにせよ、だからこそのバイタリティがある。
塩崎 ないものをどう作るか、工夫の塊のような食べ物がいろいろと生まれた時代ですから。
稲田 惹かれますよね。あの時代の焼きそばって、前後の時代と比べて特徴があるわけですよね。
塩崎 戦前の焼きそばはオーソドックスにソースで炒めるものが多かったのですが、戦後の闇市の時代では砂糖が手に入らないので人工甘味料を使ったようです。人工甘味料の特性として、加熱すると加水分解して苦くなってしまうということがあります。苦みを出さないために味をつけずに焼いて、後からお客さんが自分でかけて食べるというスタイルは工夫の末に生まれたんだなと。
稲田 僕は実は、ソースを後がけする焼きそばって、リアルで出会ったことがなかったんです。
塩崎 普通に生きているとなかなかないですよね(笑)。
稲田 この本の最後のパートで日本全国を俯瞰して見てみたときに、ちょいちょい後がけが出てくることを知ってびっくりしました。
塩崎 全国に点在しているんですよね。まずそれがどうしてなのか、同時多発的に生まれたのか、どこか一か所がもとになってそこから発展していったのかというところも含めての探究でした。
稲田 系統樹のようにつながっているわけですよね。本を読んでこことここはわかった、じゃあその間はどうなんだ、と想像する楽しみがありました。
塩崎 そうですね。ミッシングリンクというか、途絶えてしまった文明――かつては常識だったけど今はもうみんな知らないことになっているものを、掘り起こしたいなと思っています。


ソース焼きそばは闇の食べ物


塩崎 稲田さんが最近出された『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)、めちゃくちゃおもしろかったです。その中で稲田さんは、『スター・ウォーズ』のジェダイとシスのように、食べ物にも「光の食べ物」と「闇の食べ物」があるのではないかと書かれていましたね。
稲田 はい。僕の考えとしては、いろんな食べ物がありますが大まかにわけて光の食べ物と闇の食べ物がある。そして、「闇の食べ物」の代表がソース焼きそばであると。
塩崎 みなさん、ついてきてくださいね(笑)
稲田 これは決して光が正義で闇が悪とかそういうことではない。光と闇があって、そのバランスが世界を形作る。世界のバランスは光と闇によって成り立っているから、どちらがいい悪いとか、そういう話ではない。このことが象徴的に表れているのが、先ほど触れた闇市の世界だと思います。闇市ってまさに「闇」なので、イコール闇の食べ物の世界なんですよね。それに対して光は、正規の配給米です。当時、光の配給米と闇の闇市が両方あって、それらが日本人を飢餓から救った。あれがまさに光と闇がバランスしたことで世界が保たれた時代の象徴で、それゆえあの時代に興味を持ってしまうのだと思います。
塩崎 配給米だけではにっちもさっちもいかないので、どんな家庭もどうにかして手に入れようと闇米に手を出したという時代ですから、バランスとしては闇がぐっと強くなった時代だと言えそうです。
稲田 光の食べ物の代表は、家庭の晩御飯。なかでも一汁三菜といわれるスタイル。それを家族みんなで同じテーブルで食べる。これがなんとなく光のイメージなんです。一汁三菜の各パーツ――ごはん、お味噌汁、焼き物、煮物、なんだかんだと集まっている姿というのは、いうなれば『スター・ウォーズ』におけるジェダイ評議会です。かたや、闇の代表だと思っているもののひとつが、ソース焼きそばです。大口の家族が囲む晩御飯、ジェダイ評議会に、お祭りの縁日で買って来た焼きそばをおかずのひとつとして並べたとしたら、ちょっとザワつく感じがありませんか? 味でいえばおかずの味なので、焼きそばをおかずにご飯を食べられるし、実際に京都などでは割とごはんと焼きそばがセットになっている「焼きそば定食」がデフォルトになっていたりもするのですが、家の食卓におかずとして並ぶと落ちつかないというか、いけないことをしているような、背徳的で不穏な空気が満ちてしまう。それは、光の食べ物と闇の食べ物を一緒にしてはいけないからではないでしょうか。
塩崎 ハレとケとは違うんですよね。
稲田 違うと思います。ハレとケと似ているのだけど、違うなと思うところがあって、どう違うのかも考えたんです。
塩崎 さすがですね。稲田節と呼んでもいいこの語り口のファンなんですよ。
稲田 すいません、我ながら本当に面倒臭いんですけど(笑)。光と闇、と考えたときに、光の属性って、物理的な家や日本の家族制度、ファミリーという概念、そういうものとすごく紐づいている気がして。闇は、どちらかというとそこから離れたところで、家から離れようというベクトルがある。これはハレとケとはまた別だと思うんです。
塩崎 コスモスとカオスのような。
稲田 ハヤカワSF的になってきましたね(笑)。

塩崎省吾さん(左)と稲田俊輔さん(右)


光と闇、ハレとケのマトリックス


稲田 先ほどジェダイ評議会に焼きそばが隣接してしまう不穏さについて考えましたが、次は自分が中学生男子だという状況を想像していただきたい。お母さんに買い物に付き合わされて行った百貨店やスーパーで、同級生のグループとすれ違うとものすごくイヤじゃないですか。これはつまり、家の外ではあるけれどファミリーというシステムの中にいる自分と、少年たちだけの世界を作っている同級生という、いうなれば光と闇、コスモスとカオスが一緒になっている状況です。だから、ものすごく不穏。自分も肩身が狭いし、同級生のほうも見なかったことにしてあげようというような不穏さがある。
塩崎 次の日に学校で会ってもその話題に触れなかったりしますね。
稲田 それに割と近いなと思っていて、つまりハレとケじゃないなと。むしろ光と闇という分類と、それと独立したハレとケという分類があり、2×2のマトリックスだなと。それで、4つがどういうものかと考えたんです。これは今回初めて人に話しますので聞いていただきたいんですけど、「光のハレ」にはどういうものがあるかというと、例えば日本料理屋さんの懐石料理。これは別に、値段の高いものがハレというわけでもない。ほかにはおばあちゃんが作ってくれるちらし寿司。あれは絶対にケじゃなくてハレです。そして、「光のケ」はなにかというと、一汁三菜的な家族の晩御飯。あるいは、そのかわりに行くような近所の定食屋。そして、「闇のハレ」はお祭りの食べ物、縁日の食べ物。ハレだけど、決して高価ではない。焼きそばって基本的に非日常じゃないですか。
塩崎 家で食べる焼きそばは日常に入るかもしれないけど、根っこは絶対に縁日のお祭りにある。
稲田 では「闇のケ」はなにかというと、インスタントラーメンや、ネットで目にする独身者の一人飯。パソコンの前に半額のお惣菜やカップラーメン、ストロングゼロとかを並べて食べている。あれってけっこう闇感がないですか? すごく日常なのだけど、家や家族とは紐づかない。彼がもし家庭を持ったら、その世界を一回捨てないといけない。これは闇のケだなと思います。そこまで考えたときに、「闇のハレ」のなかに、興味深いものを見つけました。ミシュラン寿司です。ミシュラン寿司の世界は懐石料理と似ているようで違う。あまり家とは結びつかなくて、闇だなと思います。いうなればベンチャー社長と港区女子の世界のようなイメージ。
塩崎 シスのような存在ですね。
稲田 ミシュラン寿司、実は「闇のハレ」。そうなると、日本料理の割烹屋でも、意外と寿司屋以外にも「闇のハレ」的なお店があります。何が違うのだろうと思った時に、「光のハレ」である割烹の懐石料理って、最後に白ご飯やものすごくシンプルな炊き込みご飯が出てきたりするんです。でも、「闇のハレ」の割烹屋さんは最後に毛ガニとホタテとウニの炊き込みご飯が出てくる。白ご飯を巧妙にさけているんですよね。そこで白ご飯を登場させてしまうと、光と闇が重なって不穏になってしまう。すみません、僕の研究発表でした。


カレーと焼きそばの共通点


塩崎 縁日の焼きそばで惹かれるのは、なんといってもソースの焦げる香りですね。あそこまで香りで惹きつけるのって、うなぎ屋さんくらいしかないような気がします。醤油と砂糖の焦げた香りというのもあるのだけど、ソースは酸味も混じっているので面白い。ソース焼きそばに関する戦前の資料を見ると、ソースの焦げた香りもセットで言及されていることが多いんですよね。
稲田 そういう意味でいうと、うなぎのかば焼きとも似ているようで違う。酢もそうですし、スパイスは振っていない。そういう意味では、近いのはインドカレーなのかもしれない。カレーって煮込み料理というイメージがあるかもしれないけど、実際はタマネギとかと一緒にスパイスを炒めることで香りを出す。それがすべてのベースになる。
塩崎 たしかに、カレーもにおいで引き付けますね。
稲田 日本の文化の中で、スパイスを100度以上でガンガンに加熱して香りを立てるというロジックの料理は、ソース焼きそば以外にたぶんないと思います。
塩崎 その観点はすごく面白いですね。お好み焼きもソースの香りがしますが、あれは上に塗るので鉄板で焦がさないんですよね。そこからこぼれたものは焦げるのですけど。一方でソース焼きそばは、焦がすためにドバドバかけるところがあります。
稲田 確かに積極的に焦がすので、お好み焼きとは違いますね。
塩崎 加熱したスパイスの香りという体系でカレーと同じカテゴリーにソース焼きそばがあるというのは、面白いですね。そういえば、稲田さんはソースを自作されていましたよね。ツイッターで拝見しました。
稲田 はい。『ミニマル料理』(柴田書店)という僕の本の中にも、自作ウスターソースのレシピがあります。これは近代食文化研究会さんの「当時のソースは酢と醤油を混ぜたものだったのでは」という話にヒントを得て、そこから組んだものです。今度は醤油を使わずに、あくまで塩、野菜、スパイス、酢のみで、しかも中濃でなおかつ非加熱の生ソースを作りました。市販のものよりも甘さやうまみをひかえたものが欲しかったのですが、そういうものは売っていなくて、仕方なく自力で作りました。ポン酢も基本的に自家製です。好きな生中濃ソースの原材料名と、栄養成分、大さじ一杯あたり塩分何グラムとか、糖質何グラムとかの栄養成分の数字をつきあわせると、ところどころブラックボックスがあるもののだいたい何がどれだけはいっているかの推定ができるので、そこから、ごっそり糖分を三分の一ぐらいにして、ソースのおいしさをなるべく再現しつつ、甘味だけ控えるということをしています。今、熟成中ですので、もしうまくいけばお送りします。
塩崎 めちゃくちゃうれしいです。後がけでも試してみたいですね。
稲田 ある意味、それに向いているような気もします。熟成感があるのだけど、野菜のフレッシュさがドレッシングっぽい。もちろんスパイスの香りもありますし、面白いものになるんじゃないかと思います。

『ミニマル料理』を手に話すおふたり


闇市の焼きそばをコンビニで全国展開するには?


塩崎 戦前の焼きそばとか、戦後間もない頃の焼きそばをコンビニで全国展開させたいという夢がありまして。どういうハードルがあるのか、どうすれば実現できるかというのをお稲田さんにお聞きしたかったんです。例えば戦前の焼きそばでは二度蒸し麺を使うんですよね。浅草の古い店を探していくとどこもかしこも使っている。
稲田 二度蒸し麺の茶色いヴィジュアルを見るだけで、麺が異様においしそうに見えます。
塩崎 ただ、蒸し麺というのは大量に仕入れやすいとは思うんですけど、30分蒸すとなると原価がすごくかかったり、設備が整っていなかったりするだろうなという懸念があります。
稲田 二度蒸し麺は当然ながらコストがかかるわけですけど、工程自体はいまの技術の延長だから、工数が増えて時間が増える、コストが上がるだけの価値があると認めてもらえれば、というところでしょうね。
塩崎 稲田さんがエリックサウスで監修されたセブンイレブンのビリヤニでいうと、バスマティライスを使うためのハードルにはどんなものがあったんでしょうか。
稲田 最初の企画の時点から、バスマティライスにはコストに見合う価値があるということをチームみんなが共有していたので、それを現実的に導入するためにどうしていくかを議論できたんです。だから、二度蒸し麺の価値をまずはチーム内で共有できるかどうかにかかっているなと思うのがひとつ。とはいえコストはものすごく問題になる。「普通の麺でいいじゃないか」「そんなに変わらないものにどうして15円も余計に払わないといけないんだ」というような議論になると、何も言い返せません。そうなるとちょっと期待できるのが、二度蒸し麺ほどのコストはかからないのだけど、粉の配合なんかを工夫して二度蒸し麺的な代わりのものを低コストで作る技術です。
塩崎 たしかに、製麺屋さんの技術はすごいですからね。実際、いまローソンで売られている上州太田焼そばを食べた時に、これは深蒸し麺なんじゃないかと思ったんですけど、知り合いの伝手で聞いたら、深蒸しではない、ふつうの蒸し麺だということでした。そんなことができるのかと思って。
稲田 希望が見えてきましたね。問題をひとつクリアできたかもしれません。闇市風の焼きそばを再現するときにひとつ、めちゃくちゃ現代的な部分、すごくウケる可能性があると思ったのが、本の中でも触れられていた、物資不足の状況でもかろうじて手に入れやすかったキャベツを増やせるだけ増やして、かさ増しするというところ。それは闇市の苦肉の策だったのかもしれないけど、今のヘルシー志向、低糖質ブームでは、むしろ最新のメリットになると思います。その場合、もやしとかもある程度入れて、時代考証をどこまで厳密にやるかということもありますが、でも小松菜とかが入っていてもたぶん不思議じゃないですよね。「麺がなんと三分の一!」と、それがさもいいことのように言ってみる。三分の一はさすがにおおげさですけど、野菜がぎっしりというような。キャベツ、もやしがメインなので、たぶんコストはなんとかなるんじゃないかと思うんです。
塩崎 なるほど、発想の転換……! 肉なしの焼きそばが現代に受け入れられるどうか、企画会議を通るかというところを懸念していたのですが、いまの考えで行けば、そこもクリアできそうですかね。
稲田 どうなんでしょうか。闇市の焼きそば、戦後の焼きそばといえば、やはり肉は入れない?
塩崎 肉を入れずに天かすとか、肉は肉で、謎のステーキみたいなものを売っていたりしたようです。
稲田 来た! その情報が欲しかった。鉄板で肉を焼く文化はあちこちにありますが、おそらく歴史をたどると闇市の時代に、鉄板を使ってとりあえず肉と呼べるものはなんでも焼いてしまうというところから始まったのではないかと思っていたんです。ステーキということは牛肉ですか?
塩崎 ビフテキとか書いてあったのだけど、たぶん馬とか鯨とかだと思います。
稲田 今も残っています?
塩崎 いや、当時の浅草のひょうたん池のまわりで売られていたものですね。
稲田 なるほど、それがひとつ闇市生まれの肉料理として存在するのであれば、焼きそばに肉を足すのではなく、闇市ステーキのようなものを組み合わせるという考え方はどうでしょうか。消費者に媚びるために肉を足したんじゃないです、と。焼きそばはあくまでストイックに野菜だけで行きましたけど、あえてもうひとつ別の、さらに知られざるマイナーグルメをプラスしました、というストーリーを作る。
塩崎 さすがです。


シーンの作り方

塩崎 ついでにもうひとつ、戦後の焼きそばを出す場合に問題になると思うのが、ソース後がけのスタイル。味のない焼きそばを提供したうえで、ソースを別に添えてかけることに多くの人が納得できるのか。塩焼きそばと間違えて食べてしまったり、味が薄いと思われたりするだろうから、啓蒙的な活動が必要になるだろうなと思うんです。これもローソンからですが、宇都宮焼きそばが販売されたことがあります。それはソース後がけだったんです。味付けが薄くて、小袋がついていて、自分でかける。これをもっと続けてほしいなと思うんですけど、それが全国とかになったら難しいのかなと。
稲田 そこは言葉のマジックで何とかなるんじゃないかと思っていまして。ソース後がけと言われても、普通の人はいまいちそそられない。「ソース後がけ」ではなく、「闇市のこってり追いソース」とするのはどうでしょう。「追い」というのはポイントになると思う。ここに説得力を持たせるためには、もとの焼きそば部分に、ある程度味をつけるとか。
塩崎 実際、若月という、昭和20年代からやっている新宿のお店は、麺にソースでうっすら味を付けていたんですよ。
稲田 じゃあ、そちらのお店に監修をお願いして。
塩崎 あるいは、ふわっと「新宿のあの味」みたいな。
稲田 いいですね、「闇市風新宿濃厚追いソース仕立て」……。塩崎さんから事前にこのお題を頂きましたが、三日考えて「追いソース」という突破口を思いついたときは「よし」と思いました。今は濃い味が求められるんですよね。もし本当に深蒸し麺が実現したら、深蒸し麺は色が濃いので、ヴィジュアルでこれは味が濃いに違いないと思うところがあるじゃないですか。その安心感があった上に、さらに追いソースでこってりできるのかと思ったら、こういうものを食べてほしい腹ペコヤングを中心に即飛びついてもらえるんじゃないですか。パッケージは、「闇市追いソース焼きそば」と大きく入っていて、そのそばに文字の大きさを少し落として「闇市ステーキ付き」と書いてある。そして脇には追いソースの袋がセロテープで付いていて。どうですか、これ、できそうじゃないですか。

ホワイトボードに書き込みながら盛り上がる会場

塩崎 具体的になってきましたね。若者が昭和のよさを改めて掘り起こしている時代にもはまりそうです。
稲田 いわゆるレトログルメ的なことですね。スパゲティナポリタンとかクリームソーダのような昭和グルメ的なものの、もう一歩先を行くみたいなイメージで、「闇市風」だとちょっとピーキーかもしれないけど、これも言葉のマジックを考えました。「知られざる昭和グルメ」。つまり、スパゲティナポリタンとかクリームソーダはみんな知っていて当たり前で、そこに飛びついたところでまわりと差はつかないので、ワンランク上の「知られざる昭和グルメ」を、と。そして、「知られざる昭和グルメフェア」ができればシーンが作れます。そこでたとえば、町中華代表チャーシューエッグ飯、町洋食代表チキンミヤビヤ、闇市代表追いソース焼きそばみたいなものをバン、バン、バンと出す。「知られざる」だけど、めちゃくちゃ味が想像しやすいじゃないですか。これかなと。
塩崎 もう実現できそうですね。
稲田 CMが脳内再生されました、いま。今度セブンさんとお会いした時に、ぶつけてみようかな。
塩崎 僕も乗っかります!

(2023年8月18日、ジュンク堂書店池袋本店にて)

構成:河井彩花、一ノ瀬翔太(早川書房編集部)


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