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ピーター・ティール絶賛! 「模倣の欲望」理論を提唱したルネ・ジラールについて書かれた最もわかりやすい入門書『欲望の見つけ方』試し読み

「本書はルネ・ジラール(「模倣の欲望」理論を提唱した哲学者)について書かれた最もわかりやすく、理解しやすい入門書である」――ピーター・ティール (PayPal創業者、『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』著者)

「インフルエンサーおすすめのバッグが気になる」「あの人とつきあいたい」「仕事で成功したい」……
なぜ私たちは性懲りもなく何かを欲してしまうのか?
この欲望の裏側にはどんな理屈や法則が隠されているのか?
ピーター・ティールをはじめ世界中の起業家たちを虜にした「模倣の欲望理論」(ルネ・ジラール)に関する入門書、ルーク・バージス『欲望の見つけ方』(川添節子訳)が発売されました。SNSで大きな反響を呼んでいる本書の「序章ーー社会的重力」の一部を特別公開します。

『欲望の見つけ方 お金・恋愛・キャリア』ルーク・バージス、川添節子訳、早川書房
『欲望の見つけ方 お金・恋愛・キャリア』(早川書房)

序章──社会的重力

奥の壁には写真が飾ってある。モノクロの目が一つこちらを見ている。コースターくらいの大きさにトリミングされて50センチ四方の額に収まっている。

私がいるのは、サンセット・ストリップにあるピーター・ティールの自宅だ。ティールは多様なプロフィールで知られている。ペイパルを共同で設立して億万長者になった。フェイスブックで初の外部投資家になった。ビジネスに対して常識とは逆を行く見方をしている。ゴーカーの息の根をとめ、グーグルへの挑戦を口にしてはばからない。しかし、私が話をしたいテーマはそのどれでもない。

数分後、部屋に案内してくれたアシスタントが戻ってきた。「ピーターはもう少しで来ます。何かお持ちしましょうか? コーヒーのお代わりはどうですか?」「あ、いや、結構です」。私は飲み干していたことに気恥ずかしさを感じた。アシスタントは微笑んで出ていった。

吹き抜けのリビングルームは、ミッドセンチュリーデザインを特集する《アーキテクチャル・ダイジェスト》で見開きページを飾れるだろう。床から天井まで広がる窓の向こうには、サンセット大通りをのぞむインフィニティプールがある。居心地のいい空間だが、それでもやはり非現実感がある。

広々とした部屋で目を引くのはホームバーで、オーク材でしつらえた壁にはアート作品が飾られている。モノクロの写真、深い藍色のプリント、灰色のエッチング。なかには、ロールシャッハだろうか、カニの形をしたインクの染みもある。大きなプリントには抽象的な円と棒が描かれている。分子構造かもしれない。三枚続きの作品には、凍てついた山に囲まれた湖に腰までつかった男が描かれている。

ビロードのソファと肘掛け椅子のやわらかさが、部屋のほかの部分の硬質さを際立たせている。私の目の前にある厚さ一5センチほどの天板のコーヒーテーブルの中央には、銀の涙型の彫刻が挑むようにバランスを取って立っている。高さ6メートルほどの両開きのドアは、大聖堂でしか見たことがないような代物で、隣の部屋に続いている。ドアの近くにはチェスが置かれていて、対戦相手を待っている(私ではないだろう)。ギリシャ彫刻の胸像があり、その横の窓に向かって望遠鏡が設置されている。すべてが調和している。映画「殺人ゲームへの招待」をレイ・イームスが撮ったら、きっとピーター・ティールの自宅のような映像になるだろう。

男が一人、吹き抜けの上階の遠くから姿を見せる。「すぐ行くから」。ピーター・ティールが言う。

笑顔で手を振ってから、ドアの向こうに消える。水が流れる音がする。10分後、ティールは野球チームのTシャツ、ショートパンツ、ランニングシューズといういでたちでふたたびあらわれる。螺旋らせん階段を下りてくる。「やあ、ピーターだ」。そう言いながら手を出す。「で、君はジラールの思想について話をしに来たんだよな」

危険な思想

ルネ・ジラールは、アメリカで文学と歴史学の教授をしていたフランス人で、欲望の本質についてはじめて考察したのは1950年代の終わりごろだった。それは本人の人生を変えた。30年後、ピーター・ティールがスタンフォード大学の学部で哲学を専攻していたころ、ジラールは彼の人生も変えた。

1950年代にジラールの人生を、そして1980年代にティールの人生(それから2000年代に私の人生)を変えた発見は、模倣の欲望だった。それで私はティールの自宅まで来た。私は模倣理論にはまった。端的に言えば、私が模倣しているからだ。誰もがそうだ。

模倣理論は、距離を置いて学べる人間味のない物理学の法則とは違う。それは自分の過去について新たな学びを得ることを意味する。それにより、自分のアイデンティティがどのように形成されたのか、なぜある人やモノから特に強い影響を受けたのかが説明される。それは人間関係──今この瞬間にあなたもかかわっている関係──に行きわたる力と向きあうことを意味する。人は模倣の欲望に対して傍観者ではいられない。

ティールも私も、人生にこの力が働いていることを知ったときには当惑した。それは本に書くのをためらうほど個人的なものだった。模倣の欲望について書くのは、自分自身の一部をさらすことにほかならない。私はティールに訊く。人気を博した著書の『ゼロ・トゥ・ワン──君はゼロから何を生み出せるか』にはメンターからの教えが詰まっているにもかかわらず、なぜそのなかでジラールの名前に触れていないのか。「ジラールの思想には危険なところがある。この種のものに対して、人は自己防衛機能を持っていると思う」。ジラールの考えには重要な真実が含まれており、それによってまわりの世界で何が起きているか説明できることを知ってもらいたいとは思ったが、読者に鏡を通して受けとめてほしくなかったという。

一般的な前提に反する思想は脅威に感じられる可能性がある。だからこそ、もっとよく見なければならない。その理由を理解するために。

信じがたい真実は偽りよりも危険であることが多い。この場合の偽りとは、私は物事を誰の影響も受けずに自力で欲している、私が何を望み、何を望まないかは私が決めていると思うことだ。真実はこうだ。私の欲望は他者の媒介によって誘導されたもので、欲望の生態系は自分が理解できる規模を超えており、自分はその一部である。

独立した欲望という偽りを受けいれれば、自分だけをだますことになる。しかし、真実から目を背ければ、自分の欲望がほかの人に影響し、ほかの人の欲望が自分に影響するという事実を否定することになる。

私たちが欲しいものは、思っているよりはるかに重要だとわかる。

食肉処理工場の作業ラインを見たヘンリー・フォードや、行動経済学という新しい分野を打ちたてたダニエル・カーネマンのように、ジラールの画期的な思想は専門としていた歴史学の外で生まれた。それは自分の思想を古典文学にあてはめようしたときに起きた。

アメリカでの学者生活の初期に、ジラールは読んだことのない書物を扱う文学の講義を担当してほしいと頼まれた。仕事は断りたくなかったので引き受けた。シラバスに書かれた小説をぎりぎり間に合うように読んで、講義にのぞむこともしょっちゅうだった。セルバンテス、スタンダール、フローベール、ドストエフスキー、プルーストなどを読んでは教えた。

正式な教育を受けたことがなく、早く読む必要があったことから、ジラールは文章のなかにパターンを探しながら読むようになった。そのうちあることに気づいて当惑した。それは読者をひきつけてやまない不朽の小説のほぼすべてに存在しているように思えた。こうした小説のなかの登場人物は、ほかの登場人物が欲望に値するものを示してくれるのをあてにしているのである。自発的に何かを望むことはない。誰かの欲望は、その人の目的や行動──とりわけ欲望──を様変わりさせるほかの登場人物との交流によって形成される。

ジラールの発見は物理学におけるニュートン革命のようなものだった。物体の運動を支配する力は関係の文脈のなかでしか理解できない。欲望は重力のように、ただ一つ、あるいはただ一人のなかに独立して存在しない。それは両者のあいだの空間に存在する。ジラールが教えた小説は、プロットやキャラクターで動かされていない。原動力になっているのは欲望だ。登場人物の行動はその欲望のあらわれであり、その欲望は他者の欲望との関係のなかで形づくられている。物語は、誰と誰が模倣の関係にあるか、その人たちの欲望がどのような相互作用を起こし、行動に移されるかによって展開する。

この関係を発生させるために二人が直接会う必要はない。ドン・キホーテは自分の部屋で一人、有名な騎士アマディス・デ・ガウラの冒険物語を読む。彼のように遍歴の騎士になりたいという欲望をふくらませ、騎士道精神を発揮する機会を求めて地方を渡りあるく。

ジラールが教えたどの小説のなかでも、欲望には真似る者とモデルがつきものだった。彼のほかに気づいた読者はいなかった。というより、物語にそうしたテーマが浸透している可能性を考えなかったので見えなかったのである。

ジラールは、主題との距離と洞察力に富んだ知性によって、このパターンに気づくことができた。偉大な小説の登場人物は私たちと同じように欲するため、現実味がある。欲望は自発的に生まれるものでも、本物の内なる欲望から生まれるものでも、無作為に生まれるものでもない。誰かの真似を通して、すなわち秘密のモデルを通して生まれるのである。(中略)

欲望の進化

(中略)ピーター・ティールはジラールを知って、すぐに進む道を変えることはなかった。それで金融の仕事に就き、ロースクールに行った。しかし、むなしさを感じた。「自分が追い求めた異様に競争の激しい世界は、こういう悪しき社会的理由によるものだったと気づいて、人生の核心が崩れていくような危機を感じた」

スタンフォード大学でジラールに出会ってティールは模倣という考え方を知ったが、知識としての理解がすぐに行動を変えることはなかった。「こうした悪い模倣のサイクルにとらわれていた。それに自分のなかに大きな抵抗があった。リバタリアニズムを信奉する者として。模倣理論は、私たちはみな独立した個人であるという考えに反する」。自分は正しいと思う心地よさは非常に力強い。「克服するのに時間がかかった」

ティールは知識と経験の両方の移行について語る。模倣の欲望を知ったあと、彼はほかの人のなかにそれを見たときはすぐに気づくようになった。ただし、自分のなかには見えなかった。「知識の移行は簡単だった。自分が求めていたものだったから」。しかし卒業後も格闘は続いた。ジラールが話していたもののなかに自分がどの程度つかっているのかわからなかったからだ。「経験の面については、浸透させるまでに時間がかかった」

ティールは会社を辞め、1998年、マックス・レヴチンといっしょにコンフィニィを設立した。そして、模倣理論の知識をビジネスと人生の両方に活用するようになった。社内に対立が起きたときには、同じ目標をめぐって互いに競争しなくていいように、従業員の一人一人に明確で独立したタスクを与えた。これは役割が流動的なスタートアップ企業では重要なことだ。ほかの従業員の成果との比較ではなく、明確な成果目標と比較して評価される企業では、模倣の競争を抑えることができる。

ライバル企業だったイーロン・マスクのXコムと全面戦争の危機にあったとき、ティールはマスクを取りこんでペイパルをつくった。二人(もしくは二社)が相手を模倣のモデルとしているときには対立が生じ、その対立を乗りこえる方法を見つけないかぎり、最終的には破滅につながるということをジラールから学んでいたのである。

ティールは模倣を投資判断にも活かした。リード・ホフマン(リンクトインの創業者)からマーク・ザッカーバーグを紹介されたとき、ティールには、フェイスブックがマイスペースやソーシャルネット(ホフマンがはじめて起業した会社)の二番煎じではないことがはっきりと見て取れた。フェイスブックはアイデンティティ、つまり欲望を中心に構築されていた。ほかの人が何を持っていて、何を欲しているか把握できる。モデルを見つけ、追いかけ、自分との違いを認識するプラットフォームである。

欲望のモデルによって、フェイスブックは強力なドラッグとなっている。フェイスブックが生まれるまえ、人々のモデルは小さな集団のなかにいた。友人、家族、職場、雑誌、そしておそらくはテレビのなかに。フェイスブックができた今、世界中の誰もがモデルになる可能性がある。

フェイスブックにはあらゆる種類のモデルがいるわけではない(フォローするのは映画スターでもプロスポーツ選手でも有名人でもない人のほうが多いだろう)。そこにあふれているのは、社会的に見て自分の世界の側にいるモデルである。彼らとは距離が近いので自分と比較できる。彼らはもっとも影響力のあるモデルで、数えきれないほど存在する。

ティールはすぐにフェイスブックの可能性に気づき、外部からはじめて投資することになった。「私は模倣に賭けた」。ティールは私にそう語る。50万ドルの投資は最終的に10億ドルとなった。


▷続きは本書でご確認ください(本・電子書籍詳細ページ)

この記事で紹介した書籍の概要

『欲望の見つけ方 お金・恋愛・キャリア』
著者:ルーク・バージス
訳者:川添節子
出版社:早川書房
発売日:2023年2月日
税込価格:2,640円

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