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第1回鰻屋大賞受賞? 7月刊行の倉田タカシ『うなぎばか』より、短篇「うなぎロボ、海をゆく」の試し読みを公開します!その①

日本人が大好きな魚といえば、そう、アレですね。黒くて、長くて、ぬめっとしていて、でも、焼いたり蒸したりして食べるととてもおいしいあの魚。最近ニュースで絶滅の危機に瀕している、とも報道されている、そう、「うなぎ」です。

早川書房がある東京・神田には老舗のうなぎ屋さんが多く店を構えていらっしゃいますが、なんと、この夏、ついに、

「早川書房、うなぎ、はじめました」


第2回ハヤカワSFコンテスト最終候補作『母になる、石の礫で』の著者・倉田タカシさん自らが“うなぎ絶滅後の人類を描いたポストうなぎエンタメ連作短編集”と称する魅力的な短篇集『うなぎばか』のなかから、短篇「うなぎロボ、海をゆく」の全文を4回にわたって公開いたします。

倉田さんの描く、クスッと笑えてハッとさせられる物語をお楽しみください。

※なお、この試し読みは初稿をもとにしておりますので、今後内容・表記の変更等の可能性もございます。ご了承ください。

※「鰻屋大賞」は架空の賞です。


うなぎロボ、海をゆく

 こんにちは、こんにちは。あなたがだれかは知らないけれど。
 こちらは、ロボットです。
 ここは、海の底です。
 わたしは、ほそながーい形をしたロボットです。色は黒いです。体をくねくねと曲げられます。頭に近いほうに、小さなひれがついています。なにに似てるかというと、うなぎに似ています。
 そうです、あの、何年もまえに絶滅した、おいしい魚です。
 おいしいからって食べつくしちゃうなんて、人間はすこしおバカなのかな?
 でも、人間のお手伝いができると、わたしはとてもうれしいです。
 あ、もちろん、ロボットだから、人間みたいな「気持ち」や「心」はないんですけどね。いま「うれしい」って書きましたけど、わたしの中でほんとに起こったのは、〈インクリメント〉っていうやつです。一が二になるみたいに、ある数字に一が足される、増える、っていう意味です。
 わたしは、内蔵コンピューターで制御されている、独立したロボットです。
 コンピューターのなかに、とても複雑な判断をすごい速さでたくさんできるソフトウェアが入っていて、ようするに、このソフトウェアが、わたしです。
 わたしというソフトウェアの中にはいろんなデータがしまってありますけど、そのなかに、〈マジックナンバー〉っていう、大事な数があります。
 これは、わたしがどのくらいうまく仕事をこなせてるかを表す数です。仕事がうまくいったら、この数に一が足されます。これが、インクリメントです。
 じゃあ「かなしい」はなにかっていうと、〈デクリメント〉。こっちは、さっきの逆で、うまくいかなかったら、マジックナンバーから一が引かれるんです。うれしいはインクリメント、かなしいはデクリメント。よかったら、覚えてくださいね。
 わたしは、このマジックナンバーがなるべく大きな数になるように、がんばってます。
 ちなみに、いまは五八〇四です。すごいでしょ。
 でも、世界には、マジックナンバーが一億を超えたロボットもいるんだそうです。どうしたらそんなにすごい仕事をできるんだろうって思います。わたしも、もっともっとがんばります。
 わたしに指示をくれるのは、サササカ主任です。
 名前の前半分は植物の名前で、うしろ半分は地面の形を意味する言葉だそうです。よくササザカと間違えられるそうです。
 サササカ主任は、陸のどこかにある指令室から、わたしの行動を見守っています。
 ああしなさい、こうしなさい、とはあんまりいいません。わたしは自分でいろいろ判断できるロボットだから、だいたい好きなようにやらせてもらってます。
 たとえば、いま、ここから一キロメートルくらい先の海底に、かなり大きな、人工っぽい物体があるのに気づきました。
 これ、たぶん、沈没した船です。
 軍艦じゃなさそうです。旅客船でもなさそう。たぶん貨物船だな。
 これから近づいて調べてみようと思います。そうするのに主任の許可はいりません。調べます、という報告だけ指令室に送っておいて、どんどん接近します。長い体をくねくねと動かして、海の底すれすれのところを泳いでいきます。
 海の底なので、太陽の光はあまり届きません。でも、ここはまだ、ほんとうに深ーい海じゃないところ、〈大陸棚〉と呼ばれているところです。だから、魚もたくさんいます。
 わたしは、魚の群れを見るのがとても好きです。
 わたしは、魚を守る仕事をしています。
 ご存知だと思いますけど、いま、世界では、魚をなるべく獲りすぎないようにしていますよね。
 野生のニホンウナギが絶滅したとわかったころ、そう、もう十年ほどまえですけど、いろんな魚が、実はとても数が少なくなっていて、放っておいたら同じようにすぐ絶滅してしまうかもしれないってことを、たくさんの人が気にしはじめたんですよね。そして、魚を獲りすぎないように、たくさんの規則が作られましたね。
 でも、こっそり魚を獲る人たちはなかなかいなくならなくて、それを取り締まるための組織が必要になりました。あなたもたぶんご存知だと思います。
 そうです、わたしは、その組織のロボットなんです。サササカさんによると、組織が持っているロボットのうちでは、いちばん値段の高い機械だそうです。壊れないように気をつけています。
 わたしの仕事は、こっそり魚を獲っている人たちを見つけて、サササカさんに報告したり、ときには、直接、魚を獲るのをやめてください、とお願いすることです。
 でも、まだどちらもしたことないです。
 海に出るのはこれで三度目ですけど、いままでの二回では、どちらも、とくに怪しいことをしている人は見つけられませんでした。今回は見つけられるといいな。
 わたしは、海に出るのがとても好きです。
 わたしが海をとても好きだと思うのは、わたしの作られた目的が、海で仕事をすることだからです。
 それが機械のいいところだね、とサササカさんがいったことがあります。人間は、自分の仕事を好きになるように設計されたりはしないから、人によってはとても残念な思いをすることにもなるんだよ。わたしは、たまたま、この仕事が好きだけどね。
 サササカさんも、海がとても好きなんだそうです。
 ほんとうは、わたしと一緒に海を見たいけれど、人間は、ロボットみたいに海の中で動くことはできないので、通信するだけで我慢しているんだ、といってました。
 そういっているうちに、サササカさんからの通信がとどきました。
 サササカさんからの通信は、いつも文章で送られてきます。
〈ロボさん、調子はどうです?〉
「調子はいいです」
 わたしはいつものようにそう答えて、それから、ちょっと不思議に思いました。
「サササカさんは、どうしていつもそう聞くんですか? わたしのコンディションは、データとして送信されているから、わたしに聞かなくてもわかるんじゃありませんでしたっけ?」
 サササカさんの返事は、こうです。
〈きみはとても複雑な機械で、高度な判断をできるように作られているから、モニターには現れない不調に気づけるんじゃないかなって、期待してるんです。いまきみが、わたしがいつもする質問を不思議に思ったのも、きみの判断力が高度だからなんだよ〉
 なるほど、とわたしは思いました。
〈まわりの海の様子はどうですか?〉
「魚がたくさんいます」
 わたしはそう答えました。
 それから、あ、この答えは単純すぎたな、と思いました。
 ちょっと待ってください、とサササカさんにいって、わたしはもうすこし考えました。
「サササカさん、いま、まわりの海の状態は、わたしの処理能力を二〇〇パーセントほど上回ってます。これは、とてもよいです」
〈それは、つまり、とても情報量が多いということ?〉
「そうです。たくさんの生き物がいて、みんな自分のすることがあって、勝手に動いているんだけれど、全体がひとつの仕組みのようにも見えるし、ぜんぜんバラバラで無意味な出来事のようにも見えて、わたしの処理能力よりもずっと複雑だから、どれほど時間をかけて観察しても、それがなんなのか、わからないんです。だから、ずっと見ていたくなるんです」
 こんなふうにサササカさんに説明すると、
〈ずっと見ていたくなる気持ちは、わたしにもよくわかるよ〉
 そうサササカさんはいいました。サササカさんがわかってくれたので、わたしは、ひとつ小さな仕事をしたような気持ちになりました。わたしのマジックナンバーがインクリメントしました。
「処理しきれない情報に囲まれているって、とてもよいことだと思います」
 そうわたしがいうと、
〈そうだね、わたしも、海の中にいると、なにかを美しく感じるというのは、心で受け止められるよりもはるかに大きなものに出会ったときの気持ちなんじゃないかと思うことがあるよ〉
 すこし黙っていたあと、サササカさんがまたいいました。
〈ここにロボさんしかうなぎがいないのは残念だね〉
 そうでした。いま、海には、わたしという、ロボットのうなぎしかいないんです。
「サササカさんは、うなぎを食べるのが好きでしたか?」
〈もちろん、好きだったよ。だから、いま食べられないのはとても残念だね。でも、うなぎは食べられなくなってしまったけれど、うなぎそっくりに作ったかまぼこを売ってるんです〉
 かまぼこって、なんですか?
〈かまぼこというのはね、白身の魚を材料にした料理のことだよ。白身の魚というのは、タラとか、グチとか、メルルーサとか、そんな名前の魚のことで、それをすり身にして、固めた食べ物なんです〉
 そうなんですか。
〈このうなぎそっくりのかまぼこは、けっこうおいしいし、値段も高くないから、わたしもときどき食べるんだよ。食べるたびに、うなぎのことを考えるんです。パッケージにはうなぎの絵が描いてあるのに、それがもう海にはいないんだってことを〉
 そうなんですね。
〈食べ物を売ってるお店にいって、海でとれたものが並んでいる棚を見るたびに、なんだか不思議な気持ちになるんです。そこには、本当に海でとれる生き物と、もう海ではとれない生き物のにせものが、一緒に並んでいるんだよ〉
 その「不思議」は、うれしい「不思議」ですか? と、わたしはサササカさんにききました。
〈うーん、たぶん、うれしい不思議ではないね。これは、「悲しい」が生まれてくる卵みたいな「不思議」だね。どうして不思議なんだろうか、と考えていくと、それが、自分がうれしくないとか、悲しいと感じるようなことだからとわかってくるんです〉
 そんな「不思議」もあるんですね。
 わたしにとっての不思議は、どれも、人間にとっての「うれしい」になるような不思議です。サササカさんのような言い方をするなら、「うれしい」が生まれてくる卵です。
 どうしてだろうと考えてみて、それは、「不思議」の先に、「わかった」があるからなんじゃないかな、と思いました。
 わたしは、「わかった」がとても好きです。
 不思議なことが「わかった」ことになるまで、とても長い時間がかかることもあるけれど、いつかきっと、「不思議」は、わたしが使えるデータになる。そうして、わたしのマジックナンバーはたくさんインクリメントするんです。
 そうだ、「わかった」といえば。
 サササカさんにとても話したい「わかった」がありました。
 わたしというロボットが、うなぎの形をしている理由です。
 うなぎじゃないのに、うなぎの形をしているわたしは何なんだろう。そのことをずっと考えていたんですけど、それがわかりました。
 わたしは、うなぎのお墓なんだ、と思ったんです。
 うなぎは、ほんとうは絶滅しなくてすんだかもしれないのに、絶滅してしまいましたよね。たぶん、人間にたとえるなら、薬が間に合わなくて死んでしまった病気の人みたいなものだと思うんです。
 そういう人のお墓には、きっと、〈薬が間に合ったら死ななかったかもしれない人〉と書かれますよね。わたしは、お墓を見たことはないですけど。
 わたしも、〈対策が間に合っていたら絶滅しなかったかもしれない生き物〉と書かれたお墓なんです。
 特別なのは、わたしが、動くお墓だってことです。
 どこへでも泳いでいけるから、わざわざ来てもらわなくても、自分からいろいろなところへいって、見てもらうことができます。これって、とても大きな利点ですよね。
 わたしがこう話したら、サササカさんはいいました。
〈動くお墓という考えは、面白いね。考えてみたら、なんだか、とてもいいことのような気がしてきたよ。忘れてほしくないから、自分からいろんなところへ行って、「忘れないで」っていうんだね〉
 そうです、そうです。
 サササカさんにわかってもらえて、わたしは、またひとつ小さな仕事をできたような気持ちになりました。マジックナンバーがインクリメントしました。

その②につづく)


冒頭でうなぎロボが見つけた貨物船らしきもの。その正体はいったいなんなのか? 気になる続きは6/20(水)に公開予定。お見逃しなく!


『うなぎばか』倉田タカシ

もしも、うなぎが絶滅してしまったら? 「土用の丑の日」広告阻止のため江戸時代の平賀源内を訪ねる「源内にお願い」、元うなぎ屋の父と息子それぞれの想いと葛藤を描く「うなぎばか」などなど、クスっと笑えてハッとさせられる、うなぎがテーマの連作五篇。
 



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