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無事発売にこぎつけたポケミス5月刊『果てしなき輝きの果てに』を語る

5月26日。無事発売にこぎつけたポケミス5月刊リズ・ムーア『果てしなき輝きの果てに』。これですね、コロナで半月発売が延びたんですけども、その分、編集担当として何度も読み返す時間ができまして、そうすると飽きてしまうこととかもあってもおかしくないんですけど、不思議なことに読み返すほど面白くなる本だったんです。

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果てしなき輝きの果てに
リズ・ムーア
竹内要江訳
ハヤカワ・ミステリ
ISBN978-4-15-001955-6 C0297
本体価格2200円

本書は、フィラデルフィア郊外の街ケンジントンが舞台。検索すると米東部最大の屋外ドラッグ市場「ヘロイン・キャンプ」と出てきてちょっと怖いのですが、いわゆる「オピオイド危機」の犠牲になった、アメリカの闇の一つを象徴する街なのです。

主人公ミッキーはシングルマザーのパトロール警官。新米警官の相棒と組まされてイラっとしているところに、薬物中毒で亡くなったらしい女性の死体が線路脇で見つかったと通報を受け現場に急行します。ミッキーの胸にある不安がよぎります。死体は妹のケイシーなのではと。

ミッキーには長らく離れて口もきかない妹がいました。早くに親を亡くして厳格な祖母に育てられ、支えあって生きてきた姉妹――真面目でしっかり者のミッキーと明るく愛くるしいケイシー。しかしある事件をきっかけに少しずつ二人の距離は開いていき、いまや警官であるミッキーが、違法売春や違法ドラッグの容疑でケイシーに手錠をかけるくらいがわずかな接点です。それもここひと月、ケイシーの姿が消えたことで途切れ、ミッキーは見つかった女性の遺体が妹ではと案じています。

ミッキーが見つけた死体は妹ではありませんでしたが、薬物中毒のほかに絞殺の痕が。事故死ではなく殺人だと訴えるミッキーに、上司や同僚は冷たい態度で取り合いません。ところが同じような薬物中毒で殺された女性の死体がさらに見つかり、俄かに連続殺人の疑いが濃厚になります。

次の犠牲者は妹かもしれないと、失踪した妹と連続殺人犯の行方を追うミッキーの捜査を語る現代パートと、警官と娼婦に道を分かれた、かつては仲の良かった姉妹に一体なにがあったのかを語る過去パートが、交互に丹念に描かれていきます。

本書の味わい深さの一つに登場人物たちが脇役にいたるまで一通りでない複雑な陰影をもっていることがあげられます。姉妹は勿論、警官たちや街の売人や娼婦たち、大家さんやママ友や親戚の一族に至るまで、執拗といっていいほど多面的に描写が書きこまれ、そのことがミステリとして、のちに機能してくるのです。

さらに本書のミステリ的なところをいうと、妹の行方と犯人捜しという縦線はいわゆるサバービア(郊外)型のハードボイルド形式で、ヒラリー・ウォー好きな方などにオススメしたいのですが、姉妹にかかわる話の横線で、クリスティーの某有名作を彷彿とさせるクライシスがあって、二重の意味で伏線を読み返したくなる構造なのです。

本書は、今年(2020年)の1月に発売されるやいなや、タイムズやポストやガーディアンなど、全米各紙誌で高い評価を受けた作品です。評価のポイントは、「オピオイド危機」という現在のリアルなアメリカの社会問題を扱っていること、構成の入り組んだミステリとしての面白さ、ミッキーの意識を投影する文体の工夫、そしてなにより、人間の在り方を姉妹と街を通して見事に描いていることが挙げられます。

今このときも、コロナ禍に蝕まれ、取り返しようのない傷を負っている人もいるでしょう。勿論まったく同じではないですが、本書の中では(現実のケンジントンでも)、薬物中毒で深い傷を負った人々が、これからどう生きていくのか、一つの答えが示されます。

本書の冒頭と最後に長い名前のリストが載っています。この意味がわかったとき、それは同時にタイトル(原題はLong Bright Riverですが、邦題も関連するようにつけています)の意味がわかるときでもあるのですが、人間の営みへの深い思いがどっと胸に押し寄せてきます。ラストには希望と絶望があり、これは読み手によって違うのかもしれません。

アメリカ社会の闇を描いた物語として、姉妹の絆を描いた物語として、ハードボイルドとして、人間を抉るウォーやクリスティー的なミステリとして、大いなる災いに傷ついた人々の(回復の)物語として、読み返すほど味わい深い作品です。ぜひお手にとってみて下さい。

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