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15冊目の本にして、初めての。『魂婚心中』作者あとがき(芦沢央)

芦沢央さんの『魂婚心中』が発売となりました。刊行記念に本書のあとがきを公開します。「SFミステリ」をテーマとして集められた収録作がどうやって生まれたのかが明らかに!

あとがき


 本書は単著としては十五冊目の本になるが、あとがきなるものを書くのはこれが初めてだ。
 これまでにも(連作ではないという意味で)独立した短篇集はいくつか出してきたものの、それらの収録作はどれも同じ版元である程度「裏テーマ」を決めて書いたもので、執筆の背景等はあえて書かなくてもいいかと考えていたからだ。
(ちなみに『今だけのあの子』は「女の友情」、『許されようとは思いません』は「情念と犯罪」、『汚れた手をそこで拭かない』は「お金」、『神の悪手』は「将棋」がテーマで、『今だけのあの子』と『神の悪手』は連作とまでは言えないけれど、世界観が繋がっていて各話の登場人物が互いに出てきたりする)
 
 しかし本書は、本当にバラバラの短篇集である。
 どれも世界観からしてまったく異なるため、登場人物が行き来できようはずもない。
 ただ、「この作品を書いたからこの作品を書くことになった」という執筆経緯の繋がりはあったりするし、競作アンソロジーの一作として書いた作品については、元々のアンソロジーのテーマが何だったのかを知ってもらった方が楽しんでもらえるかもしれないので、簡単な各話解説を執筆順に書いてみることにする。
 

「九月某日の誓い」


〔初出:「小説すばる」二〇二〇年五月号、伴名練編『新しい世界を生きるための14のSF』(ハヤカワ文庫JA)、『2021 ザ・ベストミステリーズ』(講談社文庫)収録〕
 
 二〇一九年に伴名練さんの『なめらかな世界と、その敵』を読み、「うわーめちゃくちゃ面白い! こういう特別な世界設定だからこそ生まれる関係性の話を書いてみたい!」と思って、私としては初めて現実ではない世界観を作って書いた話。
 SFに憧れながらも、「SFを書きたい」と言っていいのかわからず、あくまでも特殊設定ミステリとして書いたつもりだったが、結果的に日本推理作家協会の推理小説年鑑に選出されたのち、何と伴名練さんからSFアンソロジーに収録したいというご連絡をいただけたことで、「え、私もSFに挑戦していいってことかしら!」と完全に舞い上がった。
 自分としては読み切り短篇として書いたものの、「続きを読みたい」という声をたくさんいただいたので、この話を第一話として長篇にする方向で二百枚ほど続きを書いてみたのだが、途中で「この二人の関係性で最も書きたい瞬間は九月某日~のラストで、この後はいくら書き続けていっても失速する」と気づいてしまい、結局続きはお蔵入りさせることにした。
 いつか、彼女たちについてどうしても書きたいシーンが新たに浮かんだら、改めて続きを書くかもしれない。
 

「この世界には間違いが七つある」


〔初出:「小説現代」二〇二一年二月号、『非日常の謎 ミステリアンソロジー』(講談社文庫)収録〕
 
 小説現代で「非日常の謎」をテーマに競作してほしい、という依頼をもらって書いた話。
 企画書には学園祭前夜、台風で停電した夜、大好きな祖父のお葬式など、「非日常」の解釈は広く捉えてよい、とあったので、天邪鬼な私は「だったらできるだけ狭く捉えたい!」と思って、日常と非日常がはっきり分かれる話を書くことにした。
 こんな一発ネタのふざけた話を書いていいんだろうか……と不安に思わなくもなかったが、編集者の懐が深くて助かった。
「登場人物にとっての非日常とは何か」を掘り下げて考えなかったら生まれなかった話なので、アンソロジーテーマには感謝している。
 

「二十五万分の一」


〔初出:メフィストリーダーズクラブ二〇二二年十二月二十六日配信、『嘘をついたのは、初めてだった』(講談社)収録〕
 
 これも、アンソロジーテーマがあったからこそ思いついた作品。
 メフィストリーダーズクラブで「執筆者全員が同じ一行から始まるミステリを書く」という企画があり、私に与えられたお題は「嘘をついたのは、初めてだった」という一行だった。
 依頼をもらって最初に思ったのは「そんなことある?」で(おそらくほとんどの執筆者がそう思っただろう)、どうやったらその一行が嘘にならないようにするかを考えていて出てきたのが、「なぜなら、嘘をつくと消えてしまうからだ」という二行目だった。
「嘘をついたら取り返しがつかないことになる世界観にすれば成立するだろう」という単純な発想だが、他の執筆陣の作品を読んだところ、世界観を変えずに上手いこと成立させている作品がいくつもあり、なるほどその手があったか……と何度も唸らされた。
 しかし、「嘘をつけば取り返しがつかなくなることがわかっている主人公が、それでもつくことを選んだ最初の嘘とはどんなものか」を考えるのは楽しかったので、個人的にはこの世界観にしてよかったと思っている。
 

「ゲーマーのGlitch」


〔初出:『NOVA 2023夏号』(河出文庫)〕
 
「やっぱりSFに本気で挑戦したい……!」とうずうずしていたところ、大森望さんから「『九月某日の誓い』が面白かったから次はNOVAに書いてみないか」という連絡をいただき、「憧れのNOVA!」とテンションが上がりまくって書いた話。
 架空のゲームのRTA実況小説を書いてみたいという思いは以前からうっすら抱いていたので、二〇四八年発売のゲームが二〇六〇年のRTA世界大会でプレイされるところを書こう、せっかくだから脳波でプレイヤーの情動をコントロールするゲームにしたら、ストーリーなんて完全に知り尽くしているはずのプレイヤーが超スピードでプレイしながら感動したり驚いたりする姿が書けて面白いんじゃないか、とワクワクしながら設定を詰めていった。
 作中内のゲームのストーリーや敵キャラ、バグ技を考えていくのが楽しく、「これは取材だから」と言い張ってRTA実況動画を観まくる時間も楽しかった。
 作中の時間経過と実況にかかる分数を乖離させないために、全文をタイムを計りながら読み上げていたら、家族に気味悪がられたのもいい思い出である。
 

「魂婚心中」


〔初出:「SFマガジン」二〇二四年二月号〕
 
『新しい世界を生きるための14のSF』の際にやり取りをした溝口力丸さんから、「ミステリ作家にSFをテーマにした新作読み切りを書いてもらう企画を考えているんですが、芦沢さんも参加しませんか」とお声がけいただき、「書きたい話、あります!」とノリノリで手を挙げて書いた話。
 元々、現実社会に実在する「冥婚」に興味があり、SFではない形で書こうと考えたことがあったものの、書きたい物語と現実が合わずにネタ帳の隅で眠っていたアイデアがあった。
 そのアイデアを溝口さんへぶつけているうちに、アイドル、推し文化、マッチングアプリ……とどんどん設定が決まってきて、「推しと死後結婚したすぎておかしくなっていくファンの話」が浮かんできたのだが、書いているうちに当初考えていたラストとはまったく違うところへ連れて行かれ、主人公の気持ちの強さに圧倒された。
 この世界観にはまだまだ他にもドラマが埋まっている気がするので、いつかまた機会があれば掘ってみたい。
 

「閻魔帳SEO」


〔初出:「SFマガジン」二〇二四年六月号〕
 
「SFマガジン」でもう一本書いていいよ、と言われ、「待ってました!」とばかりに書き始めたのがこの作品。
 昔から、「閻魔様」なる存在が不思議だった。「閻魔帳には死者が生前に行った善行と罪業が記されている」と言うが、閻魔様はその膨大な量の記載すべてに目を通しているのだろうか? と。
 大いなる力によって全部を把握できるのだとしても、どうやって、何を基準にして死後の行き先を決めているのかもよくわからない。
 何となく気持ち悪いな、というところから「閻魔帳の上位表示のみを見て、システム的に行き先を決めているとしたら」というアイデアが生まれ、そこから「上位表示にくる罪業をコントロールすることで、どんな人でも天国へ行かせてしまうSEO業者」の姿が浮かんだ。
 現実の検索エンジン最適化(Search Engine Optimization)の歴史や手法について調べながら、霊的入口最適化(Spiritual Entry Optimization)のシステムを考えていく中で、この話は「消費される中で意味や使い方が変容していくネットミーム」を多用した馬鹿げた話にしたいと思うようになっていった。
 閻魔帳のシステムをハックし続ける世界のくだらなさと狂気の底には、現実社会を生きる自分が感じ続けている恐怖や怒りや悲しみがあるからだ。
 個人的には、この一行で終わる小説は他にないのではないか、と思っている。
 何だこれは、という言葉が作中にあれば、ぜひ検索してみてほしい。検(S)索エ(E)ンジン最(O)適化が「正しく」機能している保証はないが……。
 
 
 本書はSFミステリ短篇集として売り出していくと聞いているが、これらの収録作が本当にSF、ミステリなのかは私にはよくわからない。
 全篇を通して、ミステリ的(特にホワイダニット)な展開や驚きは意識して書いていたものの、SFの定義はつかめていないままだし、狭義の意味では当てはまらない作品もあるかもしれない。
 けれど、私はこの収録作たちを書けたことで、これまで書きたいと思いながらも、どう書けばいいかわからずにいたいくつもの物語に、これから着手していけるかもしれないという気がしている。
 
 なお、どの作品を表題作にするか悩んだが、結局「魂婚心中」を全体のタイトルとして採用することにした。
 書いた時期も経緯も与えられたテーマも世界観もまるで違う作品ばかりだが、どの物語も登場人物の「関係性」を主軸に置き、心中するような感情の強さを書いたものだからだ。
 推しとファン、ライバル、先輩と後輩、上司と部下、◯◯◯◯と世界、主従──様々な関係性、そして特別な世界観の中でこそ生まれる感情を見届けてもらえたら幸いである。
 
芦沢 央 
 

芦沢央 著作リスト(二〇二四年六月時点)
 

『罪の余白』(角川文庫) 長篇
『悪いものが、来ませんように』(角川文庫) 長篇
『今だけのあの子』(創元推理文庫) 短篇集
『いつかの人質』(角川文庫) 長篇
『許されようとは思いません』(新潮文庫) 短篇集
『雨利終活写真館』(小学館) 連作短篇集
『貘の耳たぶ』(幻冬舎文庫) 長篇
『バック・ステージ』(角川文庫) 連作短篇集
『火のないところに煙は』(新潮文庫) 連作短篇集
『カインは言わなかった』(文春文庫) 長篇
『僕の神さま』(角川文庫) 連作短篇集
『汚れた手をそこで拭かない』(文春文庫) 短篇集
『神の悪手』(新潮文庫) 短篇集
『夜の道標』(中央公論新社) 長篇
『魂婚心中』(早川書房) 短篇集

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