ミレニアム6

全世界1億部を突破したミステリ・シリーズの完結編、『ミレニアム6──死すべき女』訳者あとがき

世界的な北欧ミステリブームの先駆けとなり、2度の映画化をはたした今世紀最高のミステリ・シリーズの完結編『ミレニアム6──死すべき女』(が発売となりました。本作の翻訳をつとめた、ヘレンハルメ美穂さんのあとがきを公開します。

ミレニアム6上

ミレニアム6下

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【書誌情報】
■書名:ミレニアム6 死すべき女(上・下)
■著者:ダヴィド・ラーゲルクランツ
■訳者:ヘレンハルメ 美穂/久山 葉子
■発売日:2019年12月4日
■価格:本体1500円+税
■出版社:早川書房

訳者あとがき
ヘレンハルメ美穂

 本書『ミレニアム6 死すべき女』は、『ミレニアム』3部作の著者スティーグ・ラーソンの死後、シリーズを書き継いだダヴィド・ラーゲルクランツによる3作目、シリーズの第6部にあたる。

 『ミレニアム』3部作の執筆を終えたスティーグ・ラーソンはその後、第一部の刊行を見届けることなく、2004年11月に享年50でこの世を去った。が、この3部作が世界中で大人気となったのを受けて、スウェーデンの版元ノーシュテッツ社は、別の作家、ダヴィド・ラーゲルクランツによる『ミレニアム』続篇の刊行を決定した。

 こうして、ラーゲルクランツによる第4部『ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女』が、本国スウェーデンで2015年8月に刊行された。ラーソンのパソコンには第4部の原稿が残っていたといわれているが、この遺稿は反映されていない。2年後の2017年9月、第5部『ミレニアム5 復讐の炎を吐く女』が刊行される。さらにその2年後、スウェーデンで2019年8月22日に発表されたのが、第6部である本書『ミレニアム6 死すべき女』(原題 「HON SOM MÅSTE DÖ 死なねばならない女」)である。ラーゲルクランツはこの第6部が彼による『ミレニアム』シリーズの最終作である旨を明言している。

 ダヴィド・ラーゲルクランツは1962年生まれ。ジャーナリストから作家に転身した。『ミレニアム』シリーズ以前の代表作は『I AM ZLATAN ズラタン・イブラヒモビッチ自伝』(東邦出版)だが、作家としてのデビュー作は1997年、スウェーデンの登山家・冒険家ヨーラン・クロップについてのノンフィクション Göran Kropp 8000 plus(ヨーラン・クロップ8000+)(未訳)だった。クロップはその前年、1996年5月にエベレスト登頂を果たしている。ちょうどエベレストで大量遭難事故が起き、本書でも話題にのぼるエベレスト登山の商業化の問題が大いに取り沙汰されたのと同じ時期だ。

 本書ではまた、インターネットでの組織的なヘイトスピーチや虚偽情報の拡散も大きなテーマになっているが、これらは生前のスティーグ・ラーソンが注目していた問題でもあった。彼はジャーナリストとして、極右思想や人種差別、外国人排斥主義に反対の立場をとり、こうしたテーマを専門に調査や報道を行なっていたのだ。ラーソンが亡くなった2004年以降、極右思想やポピュリズムの広がりにおいて、インターネットはさらに重要な役割を果たすようになった。こうした流れを、ラーゲルクランツは巧みに物語の中に取り入れている。

 ラーソンの死後、『ミレニアム』シリーズを別の著者で継続するという決定は、スウェーデンで賛否両論を巻き起こした。以来、『ミレニアム』シリーズの執筆はラーゲルクランツにとって、喜びと苦しみの共存する道のりであったようだ。第4部の刊行前にはすさまじいプレッシャーに苦しみ、それが発表され高く評価されてからも嵐のような日々が続いた。プロモーションのため世界中を旅してまわることになり、その疲れがたたって鬱状態に陥った、とくに第5部の刊行後はひどかった、と彼はあちこちのインタビューでオープンに語っている。

 ラーゲルクランツにとって、そうした状態から抜け出す方法のひとつは、体を動かすことなのだという。本書でミカエル・ブルムクヴィストがジョギングをしているのは、自分自身の反映だと思う、とラーゲルクランツは語っている。「スティーグ・ラーソンは生前、リスベットがジャンクフードを食べているのは自分がそうだからだ、と言っていたそうです。彼はヘビースモーカーでもありましたね。だが、私は作品の中に自然と、自分自身を少しずつ投影していくことになった。だから登場人物たちはもう煙草を吸っていない。ミカエルが自分に似てきたとも感じているから、彼がジョギングを始めたのも自然な流れでしょう。リスベットにファストフードをやめさせることはできませんが」(『エクスプレッセン』紙、2019年8月22日付のインタビューより)

 執筆にあたり、ラーゲルクランツはスティーグ・ラーソンの三部作を熟読し、その文章のトーンを徹底的に学んだという。が、第五部、第六部とシリーズが進むにつれ、登場人物の習慣だけでなく、物語の面でも、ラーゲルクランツの個性が少しずつ前面に出てきていると言っていいだろう。

 ラーゲルクランツはラーソンの三部作に残っていた伏線をふくらませ、回収し、ついにこの第六部で終止符を打った。「とにかく最高の気分です」と『アフトンブラーデット』紙(2019年8月19日付)のインタビューで語っている。「すばらしい旅だった。失敗する恐怖と、書きたいという欲求、その両方にかられてここまで来ました。が、こうして終わりを迎え、作家として次の段階に移れる、新たな未知の土地へ飛び込んでいくことができるのも、また最高の気分です」

 この言葉のとおり、ラーゲルクランツはこの第六部をもって『ミレニアム』シリーズを離れ、今後は独自のミステリ三部作を執筆する予定だという。これまで、第六部以降も執筆を続けるかどうかについては、本人にも迷いがあったのか、発言が二転三転していたが、ついに意向が固まったようだ。版元ノーシュテッツ社によるインタビューではこう語っている。「もう何年も緊張状態で『ミレニアム』だけに集中してきた。もしこのまま続けたら、執筆が型どおりの繰り返しになってしまうおそれがある。このシリーズにそんな態度で臨むのはふさわしくない」

 それでも、『ミレニアム』シリーズのさらなる継続を望む出版関係者は多い。

 本書の刊行から一週間後の2019年8月29日、スティーグ・ラーソンによる3部作からずっと『ミレニアム』シリーズを刊行してきたノーシュテッツ社が、同シリーズの今後の出版権を失うことになった、と報道された。ラーソンの遺産相続人であり、シリーズの版権の権利者にあたるラーソンの父と弟が、ノーシュテッツ社との契約を打ち切ることにしたのだという。報道によれば、すでに4社が版権をめぐってラーソンの遺族に連絡を取っているそうで、その中には、ホテルや不動産開発業で一財産を成し、出版界への進出を表明して話題になった、ノルウェーの大富豪ペッテル・ストルダーレンの出版社、ストロベリー・パブリッシングの名もある。2019年11月中旬現在、『ミレニアム』シリーズの今後については、どの出版社がどの作家に依頼して継続するのかも、そもそも継続されるのか否かも、いっさいはっきりしていない。

 いずれにせよ、リスベット・サランデルは何らかの形でこれからも生きつづけるだろう、とダヴィド・ラーゲルクランツはスウェーデン公営テレビのインタビュー(8月22日)で語っている。「リスベット・サランデルは、死なせるにはあまりにも惜しいキャラクターだ」と。

 新しい作家が『ミレニアム』シリーズを継続するとしたら、今度はその作家の個性が、物語や登場人物に投影されていくことになるのだろう──ラーゲルクランツの『ミレニアム』が、少しずつ彼の作品になっていったように。『ミレニアム』シリーズは、そうした変化に耐えうるだけの魅力を備えている。

 シリーズを終えるにあたり、ダヴィド・ラーゲルクランツは、自分がシリーズを書き継いだことによって、スティーグ・ラーソンによる3部作が忘れ去られることなく、彼のジャーナリストとしての活動にもあらためてスポットライトが当たったことを嬉しく思う、と語っている(版元ノーシュテッツ社によるインタビュー)。

 2019年5月、『ミレニアム』シリーズの全世界における累計販売部数が一億部を突破した。このうち8600万部が、スティーグ・ラーソンによる3部作だという。死後15年が経ったいまでも、彼の偉業はまったく輝きを失っていない。

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