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ディズニーの次期トップは誰に―― ロバート・アイガー『ディズニーCEOが大切にしている10のこと』【試し読み】

ウォルト・ディズニー・カンパニーのCEOを2005年から15年間務め、いったん退いたものの2022年11月に電撃復帰したことで話題のロバート・アイガー。著書『ディズニーCEOが大切にしている10のこと』(ロバート・アイガー、関美和訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫)は、テレビ局の雑用係だった彼がビジネスパーソンとして覚醒し、激変期のエンターテイメント業界を一気に駆け上がる過程を描いた第一級のノンフィクションです。本書から一部を編集して、試し読み公開します。

次期CEOが就任、しかし…

ディズニー史上最大級の投資額が注ぎ込まれ、2016年に開園した中国の上海ディズニーランド。このプロジェクトに尽力したのが、テーマパーク事業のトップを務めてきたボブ・チャペックで、彼こそが2020年、アイガーの後継者としてディズニーのCEOに就任します。しかしコロナ禍が直撃し、経営は悪化。チャペックは退任し、22年11月に再びアイガーがCEOの座に就くことになります。

世界的なエンターテインメント企業の後継者選びがいかにむずかしく、複雑なプロセスを踏んでいるか――。元CEOマイケル・アイズナーのもとで5年間、ナンバーツーを務めてきたアイガーがCEOになるまでの過程も、本書に詳細につづられています。マイケルが任期満了をもって引退することになり、その公式発表となるプレスリリースの中で「社内の(後継)候補者は私だけだと書いてほしい」と迫ったアイガー。その後、待っていたのは取締役を説得するための激しい〝選挙戦〟でした。▶本書プロローグの試し読みはこちらで公開中

第7章 後継者選び

私には越えなければならないハードルがあった。私こそ、取締役の求めている「変革者」だと信じてもらわなければならない。ただし、マイケルを批判せずに、取締役を説得する必要がある。これまでに私が反対した決定もあったし、ディズニーには変化が必要だと本気で思っていたが、一方でマイケルを尊敬していたし、彼が私にチャンスを与えてくれたことにも感謝していた。しかも、私はすでに5年間もCOOを務めていて、すべての責任を誰かになすりつければ、言い訳がましく、責任逃れだと思われるのは目に見えていた。何より、マイケルを犠牲にして自分をよく見せるのは、正義に反する。だから絶対にそんなことはするものかと心に決めていた。

例のプレスリリースが発表されたあとの数日間、どうしたらそんな曲芸をやってのけることができるかを考えた。自分の下していない決定についてはできるだけ責任を回避しつつ、かといって、くるりと背中をひるがえしてマイケル批判の大合唱に参加しないようバランスを取りながら、過去を語るにはどうしたらいいかを見極めようとした。

この難題を解くヒントは意外なところからやってきた。発表のあと一週間かそこら経った頃、有名な政治コンサルタントでブランドマネジャーでもあるスコット・ミラーが連絡をくれた。スコットはその昔、ABCにとても有益なコンサルティングを行なってくれたことがあった。そスコットが今ロスにいて私のところに立ち寄っていいかと聞く。私は是非会いたいと答えた。

数日後、私のオフィスにやってきたスコットは、10ページのプレゼン資料を目の前にポンと置いた。「君にプレゼントするよ。タダでね」とスコット。「何だい?」と私。
「選挙活動の作戦ノートだ」
「選挙?」
「ああ、これから選挙活動をはじめなくちゃならないだろ? わかってるよな?」

もちろん、ぼんやりとはわかっていたが、スコットが言うような文字通りの意味では考えていなかった。票を獲得するための戦略が必要だとスコットは言う。それはつまり、取締役会の中で私が説得できそうな相手は誰かを探り出し、その人たちを狙ってメッセージを発信するということだ。スコットが次々に聞いてくる。「取締役の中で君が確実に囲い込んでいるのは誰だ?」
「誰もいないと思う」
「そうか、なら君に絶対投票しそうにないのは?」3、4人の顔と名前がすぐに思い浮かんだ。「では、浮動票は?」もしかしたら私に賭けてもいいと思ってくれそうな取締役が、5、6人はいた。「まずそこに狙いを定めるんだ」とスコットは言う。

マイケルと過去について、私が話しにくい立場にあることもスコットは理解して、すでに対策を考えていた。「現職として戦ったら勝てないぞ。言い訳はやめた方がいい。未来について話すんだ。過去はどうでもいい」

当たり前と思われるかもしれないが、私にとってそれは目からうろこの忠告だった。過去を取り繕っても仕方がない。マイケルがやったことについて私が言い訳しなくてもいい。私の得になるからといって、マイケルを批判する必要もない。大切なのは未来だ。この何年かディズニーで何がうまくいかなかったのか、マイケルの何が失策だったのか、なぜ私が同じ失敗をしないと言えるのかと聞かれたら、単純に正直に答えればいい。

「私は過去をどうすることもできません。ですが、自分が学んだことを話し、これからその教訓をしっかりと生かしていくことはできます。やり直しはきかないんです。みなさんがお知りになりたいのは、これまでのことではなく、これから私がこの会社をどこに向かわせるかですよね。私の計画を聞いてください」
「新参者のつもりで考え、計画し、行動するんだ」そして、あることをはっきりと心に留めた上で計画を作れ、とスコットは言った。「これはディズニーというブランドの魂を賭けた戦いだ。ブランドについて語り、その価値をどう伸ばすか、そしてどう守るかを語るんだ」それからスコットはこう付け加えた。「戦略的な優先課題を考えた方がいい」

それについてはすでにじっくり考えていたので、私はすぐさま頭の中にあった項目を次々と挙げはじめた。五つか六つまで話したところでスコットがかぶりを振って口を挟んだ。

「ストップ! そんなにたくさん挙げていたら、優先課題にならないだろ」ほんのいくつかのことに多くの時間と多額の資本を注ぎ込むからこそ、優先課題と言えるのだ。数が多すぎると重要性が損なわれるし、すべての項目を誰も覚えていられなくなる。「君自身の狙いが定まってないと思われてしまうぞ。3つまでにしろ。その3つが何かは、僕にはわからない。この場で決める必要もない。君が言いたくなければ、僕に教えてくれなくてもいい。でも、かならず3つまでにしてくれ」

もっともな忠告だった。私は、ディズニーが抱える問題すべてを解決し、すべての課題に対応できるような戦略が自分にあることをむきになって証明しようとするあまり、優先順位をまったく考えていなかった。どれが一番重要かを示せていなかったし、一貫したわかりやすいビジョンも示せていなかった。私の戦略には、すっきりとした見通しも、人の心を動かすような感動もなかった。

企業文化は多くの要素から作られる。中でも、はっきりとしたビジョンは最も重要な要素のひとつだ。リーダーは、何が一番大切なのかを誰にでもわかるように何度も伝えなければならない。私の経験では、それができるのが偉大な経営者だ。リーダーが組織の優先課題をはっきりとわかりやすく伝えることができないと、周りにいる人たちも何に力を入れたらいいのかわからない。すると、時間と労力とお金が無駄になる。何に力を入れたらいいかわからないと、社員は余計な心配にさいなまれる。効率が悪くなり、イライラが募り、士気は下がる。

日々の仕事から当て推量を取り除いてやるだけで、部下の士気は上がる(さらに、その周りの人たちの士気も上がる)。CEOは社員と経営陣にロードマップを示さなければならない。仕事というものはたいてい複雑で、多大な集中力と労力が必要だが、ロードマップは単純でいい。「自分たちが行きたい場所はここだ。そこにたどり着くにはこうすればいい」と伝えるだけだ。それがはっきりと伝えられれば、かなり多くの決断が下しやすくなり、組織全体の不安が解消される。

スコットと会ったあと早速、3つの戦略的優先課題をはっきりと定めた。私がCEOになった瞬間から、この3つが指針となり、ディズニーを導いてきた。

1.良質なオリジナルコンテンツを作り出すことに時間とお金のほとんどを費やさなければならない。ますます「コンテンツ」の数も配信経路も増えていく中で、コンテンツの質が一層重要になる。たくさんのコンテンツを作ればいいというものではない。いいコンテンツをたくさん作ればいいというものでさえない。選択肢が爆発的に増える中で、消費者には時間とお金をどう使うかを賢く判断する能力が求められるようになった。消費者の行動を導く上で、これまでにも増して偉大なブランドが強力な武器になる。

2.テクノロジーを最大限に活用しなければならない。まず、テクノロジーを使ってより良質なプロダクトを作り、次にテクノロジーを使って今の時代に合った新しい手法で消費者とつながらなければならない。ウォルトがディズニーを創業した時代から、テクノロジーは物語を伝えるための強力なツールとされてきた。今またさらにテクノロジーにこだわって、物語を作り、人々に届ける時がきた。ディズニーは今もこれからもコンテンツ制作者であり続けるが、最新の配信技術が、時代に合ったブランド価値を守る手段になることは、ますます確実になってきた。消費者がディズニーのコンテンツをどこでも簡単に手に入れ、デジタルに楽しむことができなければ、私たちは時代に乗り遅れてしまうだろう。要するに、テクノロジーを脅威でなくチャンスと見るべきだし、決意と熱意とスピード感を持ってテクノロジーに取り組む必要がある。

3.真のグローバル企業にならなければならない。ディズニーは世界中の消費者への訴求力があり、さまざまな地域に事業は拡大しているが、中国やインドといった世界で最も人口の多い地域をさらに深掘りしていく必要がある。卓越したオリジナルコンテンツを作ることに力を注いだら、次にそのコンテンツを世界中の消費者に届け、新興市場でしっかりと足場を固め、強固な土台を築いた上で大きく規模を拡大していかなければならない。いつまでも同じコア層に同じコンテンツを届けるだけでは事業は頭打ちになってしまう。

これが私の描いたビジョンだった。過去ではなく未来に向けた戦略だ。ディズニー全社の使命、すべての事業、当時の13万の社員全員を、この3つの優先課題の達成に向けて組織化することで、この未来が訪れる。そして今ここで私がやるべきことは、10人の取締役たちに、これがディズニーの進む道だと説得し、それが達成できるのは私だと信じさせることだった。ただし、その10人のほとんどは私をあまり信じていなかった。


この続きは本書でご確認ください

この記事で紹介した本の概要

『ディズニーCEOが大切にしている10のこと』
著者:ロバート・アイガー(ウォルト・ディズニー・カンパニーCEO)
訳者:関 美和
出版社:早川書房(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
発売日:2023年4月11日
税込価格:1,210円

■著者紹介:ロバート・アイガー Robert Iger
ウォルト・ディズニー・カンパニーCEO。1951年生まれ。1974年、ABCテレビ入社。スタジオ雑務の仕事から昇進を続け、41歳でABC社長に就任。ディズニーによるABC買収を経て、2000年にディズニー社長に就任。2005年よりCEO、2012年より会長。2020年2月、CEOを退任するが2022年11月に復帰。2019年タイム誌「世界で最も影響力のある100人」および「ビジネスパーソン・オブ・ザ・イヤー」に選出された。
■訳者略歴:関 美和(せき・みわ)
翻訳家。杏林大学外国語学部准教授。慶應義塾大学文学部・法学部卒業。ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得。モルガン・スタンレー投資銀行を経てクレイ・フィンレイ投資顧問東京支店長を務めた。訳書にウィット『誰が音楽をタダにした?』(早川書房刊)、ロスリングほか『FACTFULNESS』(共訳)など多数。

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