悲劇喜劇2018年11月号表紙

豪華シンポジウム!「日本における不条理演劇」/名取事務所『ああ、それなのに、それなのに』(別役実作、眞鍋卓嗣演出)より

2018年10月12日から21日まで、下北沢の小劇場B1で上演された、名取事務所「-注文の多い料理昇降機-『ああ、それなのに、それなのに』」。本作は別役実144本目の新作で、戯曲は『悲劇喜劇』2018年11月号に掲載しています。

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このたび、10月20日の公演後に行われたシンポジウム「日本における不条理演劇」(登壇者=喜志哲雄、内田洋一、七字英輔、名取敏行/司会=みなもとごろう)の一部をお届けします。
「そもそも『不条理演劇』とは存在しているのか」「別役実とハロルド・ピンターの決定的な違い」「別役劇ができあがっていく現場はどうなっているのか」等のテーマで、興味深い発言が続出しました。

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みなもとごろう シンポジウム「日本における不条理演劇」を始めたいと思います。まずはご登壇いただいた方のご紹介を。左から、京都大学名誉教授で演劇評論家の喜志哲雄さん、日本経済新聞社編集委員の内田洋一さん、演劇評論家の七字英輔さん、そして本公演プロデューサーの名取敏行さんです。わたくしは司会を務めるみなもとごろうです。


(※左から、みなもと、喜志、内田、七字、名取。舞台上方には「手かご」が降りてくる装置。舞台上には、砂が敷かれている。)


みなもとごろう 早速本題に入ります。今回「不条理演劇」というタイトルをつけましたが、そもそも「不条理演劇」というのは存在しているのかという問題がまずはあると思います。
 1962年にマーティン・エスリンという人が出した『The Theatre of the Absurd』という本、これが1968年に日本で『不条理の演劇』という題で出版されます。この本を読んで私たちは「不条理の演劇」というのがどこから来て、どういう方向に向かうのかを、ある程度概念的に理解してきました。“Absurd”という英語を「不条理」と訳すようになったのも、このあたりからだと思います。
 しかし、そうした受容の過程では、「これが『不条理演劇』だ」という形で「不条理演劇」が論じられていたわけではありませんでした。つまり「不条理演劇」がどういう演劇なのか、その概念や実態はいまだに曖昧なところがあるのです。そういったところも含めて今回は、「不条理演劇」にお詳しいみなさまにお話しを伺いたいと思います。
 ただその前に、せっかくですから、今ご覧になったばかりの別役実の新作について、感想を一言二言ずつお願いします。

喜志哲雄 別役実さんに『おままごと』という作品があります。これは、ある男がござを路面に敷きまして、通行人にむかって「おままごとしませんか」と言う芝居です。ふつうこういうのにわたしたちが出くわしたら戸惑いますよね。ところがその男に応じるやつがいる。そしてそれに連鎖していろんなことがおこる。コントがはさまれた奇想天外な芝居です。
 伝統的なリアリズム演劇では、言葉というものは意思の疎通に役立つもの、自分の感情や心理を相手に伝達するために役立つものという考え方が前提としてあります。だから二人の人間の対話があったら、そこで交わされる言葉から次第にいろんなことが明らかになるという大前提があるのです。でもその前提を壊した、あるいは疑問を投げかけたのが、たとえばハロルド・ピンターであり、日本なら別役実さんだろうと思うんです。
 今日の内田さんがおやりになった男1、内山さんがおやりになった男2。あれはあきらかに『ゴドーを待ちながら』の二人組をふまえていると思います。それと同時に、彼らは殺し屋、あるいはテロリストですから、ここにはもちろん副題にあるようにピンターの『料理昇降機』がふまえてあります。そうして話が展開していくわけですが、筋が進めば進むほど、話の内容が分からなくなっていくんですね。そして公爵夫人はじめ、あやしげな人物がでてくる。これは情報が増えれば増えるほど、ものごとが明らかになっていくという従来の劇のあり方の逆なんですね。わたしは劇作家ではないですから推測でしかお話しできないですが、こういう作劇というのは、ふつうのスタイルとくらべればとんでもないエネルギーがかかると思うんですね。別役さんは近年かならずしも体調がよくないと聞いておりますが、出力と言いますか、頭脳の働きはまったく衰えていない。それが大変うれしかったというのが、わたくしの第一の感想です。こまかいところはのちほどお話しできればと思います。

みなもとごろう じゃあ次に内田さん、お願いします。

内田洋一 ぼくがここに呼ばれたのは、今年の八月に白水社から別役実さんの評伝(『風の演劇』)を出させていただいたからだと思います。その巻末では別役さんの作品リスト、索引のようなものをつけたのですが、その作成のために別役さんの戯曲を数えなおしたら、『ああ、それなのに、それなのに』が144本目でした。そして今作は、昨年にはほとんど書き上げられていましたから、別役実80歳の作ということになりますね。
 演出の眞鍋さんは苦労されたと思います。戯曲の細部に、辻褄が合わないというか、よく分からないところがある。あるところで「二人はいとこだ」と言っていたのに、別のところで「いとこではない」と否定したり。どうともとれるところがいっぱいでてくる。でも、そういう矛盾にこだわって留まっていると、前に進めなくなってしまう。この矛盾というのは、ひとつは別役さん独特の「別役語」であるのと同時に、80歳ならではの夢の世界をさまよっているような境地に由来するものだと思います。
 終盤で公爵夫人が見せる魔女のイメージは、別役さんの作品に初期のころから一貫してあらわれているものです。今作では、その、世界を支配している女の呪力というものが非常にクローズアップされて出てきた。眞鍋さんはそこを強く押し出す演出をして、新井純さんが素晴らしい演技をされた。役者のみなさんの奮闘に敬意を表したいと思います。

みなもとごろう 七字さんはいかがでしたか?

七字英輔 今回ぼくが上演を観ていて思い出したのは、1970年代末に竹内銃一郎という作家が書いた『Z』という芝居です。これは二人組の殺し屋がでてくる話で、全体的にはベケットの『ゴドーを待ちながら』を下敷きにしている。殺し屋二人は自分の殺すべき相手Zが分からなくて、ただ誰かがくるのを待っている。そこへやってくるのが「金の鈴」「銀の鈴」という、全身に鈴をつけ、肩車をして出てくる二人の人物です。
 今回の『ああ、それなのに、それなのに』では、冒頭に男1と男2のあいだで、歌の歌詞を思い出そうとするやりとりがなされますが、そこで突然「金の鈴」というワードがでてくるんですね。これに僕はかなりびっくりして。
 現在ではケラリーノ・サンドロヴィッチという人気のある作家が、別役さんのことを敬愛していることで知られていますが、当時ですと別役さんの作品に一番シンパシーを感じていたのはこの竹内なんじゃないでしょうか。というのも、竹内はその後、別役さんの『数字で書かれた物語』を入れ子にした、『別役実さん、いただきまぁす』を書いていますし、自身の劇団で『マッチ売りの少女』を上演しています。かなり早い時期での上演でした。別役さんは芝居まではご覧になっていないでしょうが、おそらく、『Z』を知っていたんだと思います。だから今回のあの冒頭は、別役さんが竹内にした一種のオマージュというか、殺し屋の設定を継承するサインというか、遊び心だったんじゃないかと思いました。
 それからもう一つ思ったのは、劇の構造が、やはりこれも『ゴドーを待ちながら』になっているんじゃないかということ。それと宮澤賢治の『どんぐりと山猫』が使われていること。不穏な空気は、この童話が醸し出していますから、『山猫理髪店』との関連で考えてみたくなりますが、長くなるので、まずはここまでにします。

みなもとごろう 次に本公演のプロデューサーである名取さん、お願いします。名取さんは毎日ご覧になっているんですか。

名取敏行 いえ、毎日は観ません。 

みなもとごろう 自分でご覧になっていかがでしたか?

名取敏行 プロデューサーという立場ですのでなかなか言いにくいことですが、素晴らしい芝居だったんじゃないかなと思っております。あとはおいおい喋るとして、一度ここでお返しします。

みなもとごろう それではここからは、みなさんのご専門に即しつつ、お話しをしていただければと思います。まずはハロルド・ピンターの世界的研究者でいらっしゃる喜志先生、お願いします。ピンターの不条理性とは何なのか、どのような意味があるのか、演劇史でどのような位置を占めてきたのか、伺えればと思います。

喜志哲雄 結論を申しますと、わたしはピンターは不条理劇作家ではないと思っています。もっと言えば、不条理劇とは何かということを問題にしてもあまり意味がないだろうと思います。
 さきほどみなもとさんからお話が合ったように、不条理劇というジャンルは、マーティン・エスリンの『The Theatre of the Absurd』に由来しています。ただこの本では版を重ねるごとに、不条理劇の定義が変わっていく。具体的な不条理劇作家としても、はじめの方はベケット、アダモフ、イヨネスコ、ジュネなどだったんですが、これも版を重ねるごとにどんどん膨らんでいく。最後の方はとても多い数の作家が不条理劇作家として数えられるようになった。
 ただここには一つ誤解があって、エスリンの考え方では、世界観・現実観としての不条理と、劇作術としての不条理の関係が明瞭ではなかった。ピンターはいわゆる不条理劇を書いたつもりはなかったと思います。
 ベケットの『ゴドーを待ちながら』はどことは分からない場所に木が一本立っている。イヨネスコの『犀』は人間がどんどん犀になっていく。ところがピンターの劇の場合は、だいたい現実の場所が定義されている。『料理昇降機』はバーミンガムのビルの地下室に二人の殺し屋が仕事を待っているという状況で話が始まります。地下室のうえは昔レストランだったらしい。上下は料理を載せて運ぶ昇降機でつながっている。それでその昇降機に載せて上から下へいろんな注文が舞い込む。ピンターはあるインタビューで、「この作品はある政治的状況で、暴力が働いていて、殺し屋二人は有無を言わせない状況に翻弄される」と言っています。それから殺し屋の名前はベンとガスですが、今回の『ああ、それなのに、それなのに』でも劇中で、上から手かごが降りてきて紙きれをとりだすと、「ソウメイナルベンドノ」「ガスドノ」と書いてあるシーンがあったと思います。原作を知らない人には何のことかわからないと思いますが、あれは別役さんのいたずらというか隠し味です。ベンというのは、断定はしませんがおそらくユダヤ人。ベンジャミンですね。それからガスというのはおそらくアンガスで、アイルランド人なんですね。ピンターは同時期の作品に『バースデイ・パーティ』という戯曲があるのですが、これはユダヤ人とアイルランド人の二人組が派遣されて民宿にいた中年男を拉致するという話です。ちなみにこれもイギリスのある具体的な場所が明確になっています。
 つまりピンターの作品にははっきりとした土着性がある。だからこれは不条理劇に入れないほうがいいのではないかと思います。
 一方で別役さんですが、別役さんの言葉は標準語で、場所にも土着性があまりないですよね。だから不条理としてもいいのではないかと思います。まあわたしとしては、開き直って言いますが、不条理でもなんでもいい(笑)。わたしは芝居は第一に台詞だと思っています。台詞が面白ければそれでいい。別役さんの日本語の使い方というのは、後輩に大きな影響を与えて、エピゴーネンを多く生みましたが、やはり本家との差は大きい。別役さんほどの人は結局でてこなかったと思います。

みなもとごろう シンポジウム前にも喜志先生からお話を伺っていたのですが、やはりピンターの場合は、ローカリティと方言、この二つが特色なのだと思います。それとくらべると別役さんは、場所も言葉も、非常にニュートラルである。だからこの二人を同じ不条理と言うなら、そこにはどんな共通点があるのか。ただ喜志先生のように、二人はまったく違うというのなら、それでまったく問題ないのだと思います。
 では次に「現代劇における別役実のあり方、その特質」を内田さんに伺えたらと思います。

内田洋一 喜志先生がおっしゃったように、別役さんの言葉の感覚は特殊です。そこがそれまでの作家と違ったところだと思います。たとえば井上ひさしさんの東北弁のような、言葉のローカリティからはもっとも遠い作家ですよね。標準語、「NHK的言語」しかもたないなかでの作劇に、格闘された時期があったのだと思います。満州というところは、標準語という架空の言語空間にもとづいてつくられた空想的国家でしたから、そこで別役さんが少年時代をおくった事実とても大きいですね。満州で父親を肺結核で失い、全財産を失って日本に帰ってきたあとも高知、静岡、長野と転々として、六人の母子家庭で育つという大変苦しい生活でした。別役さんご自身はそういう苦労話はされないんですが、大変だった。そのなかで、言語の問題を通じて、この日本社会にとけこめない自分はいったい何なんだということを考えたのだと思います。どこにいっても社会に交われない生活自体を、芝居にしていったのだと思います。
 だから別役さんの芝居で、ある男がどこかの空間に入っていくときに、くどいくらいに慇懃に礼儀正しく言葉を尽くしていくのは、日本社会への一種の怯えなのだと思います。また別役戯曲のトレードマークと言ってもよいコーモリ傘は、身を隠すための装置だということもおっしゃっています。この社会のなかに入ることへの恐怖、怯えを言葉の中にだしていくことは、それまでの演劇にはなかったことだと思います。
 それから今日の作品でも、「敵には味方のように見えて、味方には敵のように見えるものが難攻不落」というような台詞がありましたが、別役さんは自分にとってのヒーローにスパイをあげているんですよね。『スパイものがたり』という作品もあります。決して相手側には取り込まれない、味方のふりをして決して味方ではないという、非常にブラックなイロニーです。そういう生き方を別役さんはひとつの理想としておいているんじゃないかと思うんですね。そういう場所から言葉を書いていく。ヒューマニズムというものを一番嫌っているから、自分がヒューマニズムに取り込まれることを非常に警戒している。湿った日本社会の一員として取り込まれてしまうことを頑なに拒否する。その拒否の仕方も、政治的に拒否するというよりは、言語として拒否していく。決して日本のあいまいな社会には取り込まれないぞという決意は、今日の芝居からも感じることができると思います。

みなもとごろう 評伝の『風の演劇』にひきつけて、質問をしたいのですが、当時タイプの近い作家として考えられていた安部公房との関係というのがありますよね。このあたりを別役さんがどういう風に考えていたのか、今回のシンポジウムのテーマとも合うと思うので、お聞かせいただけますか。

内田洋一 ぼくにはとても安部公房論はできないですが、二人の出自や作風は似ているところがありますよね。それもあって、別役さんは安部公房を仮想敵にされましたね。これはあの世代特有の問題です。蜷川幸雄もそうでした。蜷川は劇団青俳で安部公房に座学を受けて、初舞台も安部公房作品でした。けれど決して安部公房作品を上演しませんでした。「演劇は文学の下女」という築地小劇場以来のコンプレックスが演劇人にはあって、それに対する60年代演劇の徹底的な抵抗があったということです。この部分は共有されていたはずです。近いからこそ同じとみられちゃ困る、ということです。結局、文学を舞台で説明するというやり方とは全く違う立ち位置であることを示さなくてはならないから、言葉の雰囲気は似ていると言えば似ているけれども、本質的なところは正反対だと見せる必要があったということではないでしょうか。

みなもとごろう ありがとうございます。次は七字さんですが、七字さんは世界中の演劇を観ていらっしゃって、イヨネスコとつながりの深いルーマニア演劇のことも大変お詳しい。それから世界各地から日本によんで上演も企画されている。ですので七字さんには「世界の不条理演劇」というテーマで伺いたいと思います。

七字英輔 ぼくの場合、世界の演劇と言っても東ヨーロッパが中心なのですが、そのなかでも印象的なのは、1990年代前半の社会主義圏が崩壊した直後に、各国で不条理演劇がさかんに上演されていたことです。ベケットとイヨネスコは特に多かった。これには理由がありまして、イヨネスコはフランスで出生したのですが、その後ルーマニアに来て、大学もルーマニアの大学に行く。その間ですね、ルーマニアは王がファシスト化して暗殺され、その後、ドイツ軍が侵入してきてドイツの属国になる。戦後はソ連軍が進駐して社会主義化され、独裁がはじまります。だからずっと全体主義なんですね。イヨネスコはその体制を嫌ってフランスに亡命するわけですが、全体主義への嫌悪を隠しませんでした。さきほど喜志先生からお話があった『犀』という作品はまさにそれを象徴しています。どんどん人間がみんな犀化する。だからイヨネスコは当然社会主義圏では歓迎されませんでした。特にルーマニアでは、自国出身者でありながら、ずっと上演禁止だった。社会主義圏の崩壊によってその緊縛がとけるわけですから、こぞって上演したわけです、ルーマニアではことに。
 それ以上に人気があったのはベケットですね。特に『ゴドーを待ちながら』です。さきほどみなもとさんからお話がありましたが、わたしは1996年に独立したモルドバ共和国のウジェーヌ・イヨネスコ劇場による『ゴドーを待ちながら』公演を日本で企画して、上演してもらったことがあります。
 彼らはソ連邦時代に、ソビエトから奨学金をもらってロシアで演劇を学んだ俳優たちだったのですが、ロシアでは当時、『ゴドーを待ちながら』は上演禁止だったため、卒業公演に秘演会という形で教授たちに見せたそうです。あの芝居はゴドーをただ待って時間をつぶすという劇ですから、いくらでも遊びようがあるんですね。彼らはだらだらといつまでも続けて、6時間の『ゴドーを待ちながら』をやった(会場、笑い)。それでも先生たちは喜んで「とても立派な『ゴドーを待ちながら』だ」と言ったといいます。その後彼らは母国に帰り、イヨネスコから名前をとって、ウジェーヌ・イヨネスコ劇場と名乗った。それを日本に紹介したわけです。
 そういう中で、わたしがこれまでに観た不条理演劇の最高傑作だと思うのは、1994年にルーマニアのシビウ国際演劇祭で観たムロジェックの『魅惑の夜』という作品です。ベケットとイヨネスコをミックスさせた芝居を観たんですね。ブルガリアのイヴァン・ヴァゾフ劇団の舞台でした。ホームレスが寝泊まりしている公園で、ディディーとゴゴーが見回りの警官や女性ホームレスを巻き込んで夜中に大騒ぎをする。この大騒ぎの様子が言葉が分からなくてもとにかくおかしい。もっともこの年のシビウ演劇祭は、イヨネスコをはじめとした不条理演劇ばかりで、どれが最高と言えぬほどの傑作ぞろいでした。それから四半世紀がたちますが、東欧では「不条理演劇」こそが劇のスタンダードだという状況は続いているのではないでしょうか。

みなもとごろう 最後に名取さんですが、名取さんは本公演のプロデューサーです。委嘱作品は今作で三作品目となります。別役劇が立ち上がってくる現場はどうなっているのか、というところを伺えればと思います。それに加えて、別役劇を海外に持って行ったときの反応も教えていただければと思います。

名取敏行 まず内幕の小話からはじめますと、今作は144本目と銘打ってるわけですが、実はこれが143本目なんだと長らく思っていたんですね。というのも別役さんは、文学座で「戯曲100本記念上演」と銘打って『金襴緞子の帯しめながら』という作品を書いているんですね。だからそこから数えていくと、143本目になる。でもあるとき、評伝の巻末資料のために戯曲リストを作成していた内田さんから、「名取さん・・・どうも144本目らしいよ」という話があった。
 それで僕は実際に別役さんのところへ確かめに行って聞きました。「別役さん、今度の新作は143本目ですよね」と。そしたら「いや、144本」と。「えっ、確かに143本目だと思いますが」「いや、144」「待ってくださいよ、ということは文学座の100本記念というのは、101本目だったんですか?」「そう」。これですべて片がつきまして(会場、笑い)。ということで144本目ということになったんですね。
 つぎになぜ名取事務所が別役さんに新作を委嘱するようになったのかですが、わたくしの先輩で尊敬するプロデューサーに、木山事務所の木山潔さんという方がいて、もう亡くなられたのですが、その方が別役実作品を多く手がけていました。そのときにわたくしがプロデューサーとして『やってきたゴドー』(再演)にかかわったことから、別役さんと交流をするようになったんですね。
 そしてもう少しさかのぼると、かつて俳優小劇場の早野寿郎という演出家がいたのですが、わたしは早野さんの下で10年演出助手をしていたんですね。早野さんは以前『アイ・アム・アリス』と『不思議の国のアリス』(1970年)を演出したということもあって、別役さんとはすんなり交流できたのではないかと思います。
 別役さんは、文学座とか木山事務所とか手の会とか、限られた劇団にだけ書いているイメージがあるかもしれませんが、僕の感じとしては、書いているものはドライですけれど、ご本人は非常に義理人情に厚いウェットな人だという印象です。だからたとえば先輩から頼まれたら断れないとか、お世話になったから断れないとか、そういうなかで書いている気がするんですね(笑)。ぼく自身も「その昔なんとなくお世話になった」ということで、書いていただいているのかなという気がしています(会場、笑い)。ですからみなさんどなたでも、別役さんに委嘱をすれば、別役さんがそれをむげにすることは絶対ないと思います。すべてを受けることはないですが、ある形の中では書いていただける人ではないかと思っております。
 それからどのように別役さんに委嘱をしているかという話ですが、一作目の『同居人』のときは、『やってきたゴドー』のつづきを書いてもらえませんか、とお願いしたんですね。「あのつづきをやるとしたらどうなるんですかね。『帰ってきたゴドー』というタイトルになるんですかね」と訊いてみたわけです。そしたら「名取君、『帰ってきたゴドー』というのはワンパターンになる。だからそれはあんまり面白くないんじゃないか」という話になりまして、「じゃあ別役さん、今はどういうテーマをもっているんですか」とお聞きして『同居人』という作品になりました。
 委嘱作の二作目は『背骨パキパキ「回転木馬」』という作品ですけれども、一番最初のわたしの依頼は「別役実にとっての昭和史」というテーマでお願いしていました。それはどういうことかと言うと、別役さんにとっての昭和史というのは、連合赤軍の永田洋子について書くことなんです。これを書かないと自分にとっての昭和史は終わらないと。それで書き始めていただいていたのですが、治療の薬が合わなくて入院することになりまして、タイトルと内容が変わって『背骨パキパキ「回転木馬」』になりました。
 三作目が今回の『ああ、それなのに、それなのに』です。実は今作を書く前にも、前回同様昭和史をテーマにした作品をお願いしてはいたのですが、「正直体調があまりよくなくて、今、昭和史はしんどいんだ」ということでした。そこで「では、今どういう書きたいものがありますか」と訊きましたら、「注文の多い料理店」と「料理昇降機」を挙げられまして。おそらく料理つながりの思いつきだと思うのですが(笑)。それからもう一つでていた構想は、ドーマス・マンの「マリオと魔術師」と別なある作品をくっつけたものを書きたいということでした。ぼくは「マリオと魔術師」を読んだことがなかったので、「それはKERA(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)の方にまわしてもらえませんか」と(会場、笑い)。そういう経緯でこの作品を書いていただいたんですね。
 普通の劇作家に書き下ろしてもらうときは、まず第一稿があがって、そのあと第二稿、第三稿と重ねていって最終稿があがるのですが、別役さんの場合は、第一稿があがったときに、どこをどう直していいのか、どうすればいいのかわからないんですね。だからそのまま「ありがとうございました」と(会場、笑い)。まあ、どうせやるのは演出家と役者ですから、そのまま引き受けるという形ですね(会場、笑い)。

みなもとごろう 別役劇の外国での上演は、どういう反応がありますか?

名取敏行 実は別役劇の外国上演はけっこうやっていましてですね、これまでに13の海外の都市で上演しています。実ははじめは日本の古典芸能を海外にもっていっていたのですが、やっぱり日本の現代劇をもっていかないと、僕の仕事としてはあまり面白みがないと思ったんですね。古典芸能は僕が作ったものでもないので。じゃあ、一体日本の劇作家で世界に通用するのは誰なんだろうと考えたときに、それは別役さんだなと僕は思ったんですね。それから別役さんの作品を海外にもっていくことにしました。
 ただひとつ大きな問題があってですね、日本人でもよく分からないのに、翻訳をどうするんだと(会場、笑い)。これが一番の問題でした。でも別役さんが世界に広まらないのは、翻訳の問題だと思ったんですね。だから翻訳は本当に注意してやらないとなと思いまして、何人かに、二、三本訳してもらって、ネイティブの人にチェックしてもらいました。
 そこで一番最初にもっていったのが『やってきたゴドー』。なぜこの作品を一番はじめに選んだかと言うと、作品の説明が非常に簡単なんです。「『ゴドーを待ちながら』のパロディです。ゴドーは出てきます」と言って、一枚の写真を見せれば、もうそれで説明が終わるんですよ(会場、笑い)。他の作品は、あらすじとか演出意図とか企画意図とか、説明が大変なんですが、『ゴドーを待ちながら』はとても簡単で、二分くらいあれば大丈夫なんです。だから海外に持っていくのにとても適した作品なんです。
 では、海外で別役劇がどういう反応があるのかということですが、実はちょうど『ゴドーを待ちながら』を去年トロントでやったんですね。自分たちで言っても信じてもらえないかもしれませんが、連日チケットはソールドアウトで、立ち見もパンパンで、関係者も観られないくらいの入りでした。しかも、爆笑につぐ爆笑だったんですよ。役者の声が聞えないくらい。でもそれには理由がありまして、このトロントの劇場は、実験的な芝居を求めるお客さんが来る劇場で、それから演劇関係者が多かったんですね。でもそれにしても、大変なウケかたをしていました。
 別役さんがどうやったら海外に広まるのかということはいつも考えているのですが、これは別役劇に出る役者と一緒で、一作だけでなく二作、三作と体験してもらって、別役劇に慣れてもらうのが一番いいだろうと思ってます。それから、別役さんの『病気』という作品をモスクワの劇場でやったときは、マールイ劇場の演出家がこの作品に関心をしめして演劇大学のテキストにしました。こういう広めかたも一方であると思います。海外で上演することと、海外で現地の人に上演してもらうことで、日本の現代劇と別役さんの認知が広がっていけばいいと思っています。(以下、略)

(10月20日、於下北沢・小劇場B1)

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戯曲「ああ、それなのに、それなのに」は「悲劇喜劇」11月号に掲載。また、ハヤカワ演劇文庫からは別役実の傑作選を二点刊行しています。『別役実1』、『別役実2』。興味のある方は、ぜひお手に取ってみてください。

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