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英国に新本格の波来たる! ヤバいポケミス『名探偵の密室』

今月のポケミスは、正直ヤバいヤツです。
ミステリの本場英国から、まるでかつて英国をはじめとする黄金期ミステリへの愛から新本格派の潮流をつくった日本へのアンサー、あるいは挑戦状ともいうべき作品が登場しました。クリス・マクジョージ『名探偵の密室』(不二淑子訳)です。

名探偵の密室
クリス・マクジョージ/不二淑子訳
8月6日発売/定価1800円(税抜)/ハヤカワ・ミステリ

かつて少年探偵として名を馳せ、いまやリアリティ番組で活躍する“名探偵”として数々の事件を解決しているモーガン・シェパード。南仏でのヴァカンスを楽しんでいたはずが、目が覚めると何故かホテルのベッドに手錠で繋がれていたところから話が始まります。

モーガンの周囲には見知らぬ5人の男女が。一目で高層とわかる窓の外には、大観覧車(ロンドン・アイ)などロンドンの中心街が見えます。しかし外へ出る手段がみつからず、ドッキリ番組の共犯の疑いがモーガンにかけられるなか、バスルームから謎の男の死体が発見されます。

すると突然、備え付けのテレビに馬の被り物をした男が映り、語りかけてきます。偽りの“名探偵”モーガン・シェパードが5人の中から3時間以内に殺人犯を見つけなければ全員が死ぬ。それだけではない、ホテルごと爆破し、ホテルに滞在する全員が死ぬ、ルールを守らなかったり、ゲームを放棄したりしてもホテルごと爆破する、と。

突如、殺人の容疑者にされた5人は、モーガンとはもちろん、お互いに接点がないといいます。優しそうなウェイトレス、このホテルの掃除人の青年、往年のミュージカル女優、高名な黒人弁護士、そしてひきこもりの女学生。誰もが嘘をついているようには見えませんが、一人は殺人者です。

タイマーが3時間からゼロに向けて動き出しました。それは、狂気の殺人脱出ゲームが幕を開けた瞬間でした……手錠の“名探偵”モーガンは、生存と、そして“名探偵”としての矜持をかけて、推理に乗り出します。果たしてモーガンは真犯人を割り出し、この密室から脱出することができるのでしょうか?

ポケミス8月刊『名探偵の密室』の著者クリス・マクジョージ(@crmcgeorge )は、ロンドン大学シティ校でクリエイティブライティング(犯罪小説/スリラー)の修士号を取得し、2018年に本書でデビュー。黄金期のミステリと映画が大好きで、アマチュア劇団で役者もしている、英国ダラム在住の新進作家です。

クリス・マクジョージの第2作“NOW YOU SEE ME”は、英国最長トンネルに入った6人の学生が出てきたときには1人になっていて、その1人に殺害容疑がかかり、裁判で推理が展開するというリーガル・サスペンス。もちろん本格です。なんとなく傾向がわかりますよね。さすがゴールデン・エイジ好き。

このゴールデン・エイジ(黄金期)のミステリとは、1920年から約20年にわたって英国を中心に花開いた本格ミステリのことで、アガサ・クリスティーやドロシイ・セイヤーズ、G・K・チェスタトンやアントニイ・バークリー、エラリイ・クイーンやジョン・ディクスン・カーといった作家が挙げられます。

クリス・マクジョージ『名探偵の密室』は、現代版にアップデートした『そして誰もいなくなった』とでもいうべき不思議なパワーと魅力に溢れています。さまざまな黄金期のエッセンスを彷彿とさせ、その中にはカーター・ディクスンの『赤い鎧戸のかげで』もあったり……ブリジット・オベール『マーチ博士と四人の息子』やポール・アルテ『第四の扉』、またアンソニー・ホロヴィッツ『カササギ殺人事件』に出会ったときのような、驚きと奇妙な懐かしさを覚えます。

大事なことを忘れていましたが、英国の現代の潮流にのっとり、ちゃんと探偵はダメ男です。アルコールと薬物に依存しています。フランスで美女をナンパしてシケこもうとしていたのに、目覚めたらロンドンのホテルで手錠に繋がれているので、記憶も意識も怪しいです。これが推理にどう関わってくるのか……

あと、装幀もすごいんです。水戸部功さん @mitobeisao  のデザインはいつも素敵なんですが、これ、読み終わったあと見ると、また、うわ、コレって!?という驚きが。このウハー、やるネ!!というびっくりを一緒に体験していただけると嬉しいです。

もしかしたら、よりミステリに慣れ親しんだ方こそ、本書のクライマックスと結末に驚かれるかもしれません。

やはり先日刊行された、スチュアート・タートン『イヴリン嬢は七回殺される』は、帯に「館ミステリ+タイムループ+人格転移」とあって、本書と同じように新本格の英国への到来を思わせる作品でした。いま、英国に新本格の波がきているのかも……!?

本書を通して、黄金期を愛する英国の新進作家クリス・マクジョージの溢れる才能に、ぜひこの機会に触れてみてください。