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「久しぶり、また会えて嬉しい」――『2000年代海外SF傑作選』編集にあたって(選者・橋本輝幸)

ゼロ年代に発表された海外SF短篇を選りすぐった日本オリジナル・アンソロジー『2000年代海外SF傑作選』発売(11/19・木)までもう少し!
本日は本作の編者を務めた橋本輝幸氏による、収録作品見どころガイドを掲載いたします!

『2000年代海外SF傑作選』収録作品リスト公開
橋本輝幸(SF書評家)

 前回からはや3カ月、読者の皆さまが目次の公開はまだかと気を揉んでいただろうことは想像に難くありません。このたびようやく、『2000年代海外SF傑作選』の目次をシェアできる段階までこぎつけました。早川書房の皆さま、翻訳家の皆さま他、ご尽力くださった全ての関係者の方にこの場を借りてまずは御礼申し上げます。
 それではさっそくですが、『2000年代海外SF傑作選』に収録される、00年代を代表するSF作家たちの9篇をご紹介します。

1「ミセス・ゼノンのパラドックス」エレン・クレイジャズ/井上 知訳★初訳
2「懐かしき主人の声(ヒズ・マスターズ・ボイス)」ハンヌ・ライアニエミ/酒井昭伸訳
3「第二人称現在形」ダリル・グレゴリイ/嶋田洋一訳
4「地火」劉慈欣/大森 望・齊藤正高訳★初訳
5「シスアドが世界を支配するとき」コリイ・ドクトロウ/矢口 悟訳
6「コールダー・ウォー」チャールズ・ストロス/金子 浩訳
7「可能性はゼロじゃない」N・K・ジェミシン/市田 泉訳
8「暗黒整数」グレッグ・イーガン/山岸 真訳
9「ジーマ・ブルー」アレステア・レナルズ/中原尚哉訳★初訳

 幕開けを飾るエレン・クレイジャズ(1954-,米国)は、寡作ながら定評の高い作家ですが、日本でこれまでに翻訳されたのは短篇3篇が4回と、非ジャンル長篇小説1篇(ヤングアダルト野球小説。エレン・クレイジス『その魔球に、まだ名はない』橋本恵・訳、あすなろ書房)のみです。短篇の内訳は、井上知さんの翻訳の「地下室の魔法」(SFマガジン2006年12月号収録)と「図書館と七人の司書」(SFマガジン2009年12月号収録)(※共にエレン・クレイギス表記)、岸本佐知子さんの翻訳の「七人の司書の館」(岸本佐知子編『コドモノセカイ』河出書房新社 収録)と「三角形」(岸本佐知子編『楽しい夜』講談社 収録)です。廃図書館に住みついた司書たちの物語や、ナチスの遺物である三角形のワッペンを巡る悪夢は、時を経てもなお鮮やかに私の心に焼きついています。
 今回はそんなクレイジャズのキュートな未訳掌篇「ミセス・ゼノンのパラドックス」をお届けします。「久しぶり、また会えて嬉しい」という登場人物たちの心躍るムードは、本書への作品採録作業を通じて、さまざまな作家のさまざまな作品と久しぶりに向き合った私の心を代弁しています。
 さて、他の収録作も紹介していきます。
 『量子怪盗』シリーズのハンヌ・ライアニエミ(1978-, フィンランド)による「懐かしき主人の声」は、武装強化された犬と猫がある重罪で逮捕された飼い主シモダ・タケシを奪還するため、策を巡らし行動に出るポスト・サイバーパンク冒険もの。
 『三体』三部作で知られる劉慈欣(1963-, 中華人民共和国)の「地火」は、作者お得意の大胆なSF的アイディアに、資源や発電を巡るショッキングな物語が絡み合う逸品です。昨年は『流転の地球』(『流浪地球』)の題名で、短編「さまよえる地球」を原作にした映画が公開されました。
 コリイ・ドクトロウ(1971-, カナダ)の「シスアドが世界を支配するとき」は世紀末と2000年問題の余韻が強い、IT技術者だけの破滅SF物語。インターネットに寄せた夢を守ろうと尽力するエンジニアたちの姿が印象に残ります。
 N・K・ジェミシン(1972-, 米国)の「可能性はゼロじゃない」は、911の傷跡を感じさせる都市小説です。不条理に変わってしまったNYで、住人たちはなんとかサバイバルの道を模索し、願いを託します。作者は『第五の季節』から始まる〈壊れた地球〉三部作で、ヒューゴー賞長篇部門を三年連続受賞する快挙を成し遂げました。
 チャールズ・ストロス(1964-, 英国スコットランド)の「コールダー・ウォー」は、現実の冷戦よりもっと恐ろしい、アメリカとソ連が異界の技術を戦略兵器として利用しようと謀略戦をくりひろげるエスピオナージュ・SFです。『残虐行為記録保管所』(金子浩・訳、早川書房海外SFノヴェルズ)と同じく、暗黒の神話をオマージュしています。
 ダリル・グレゴリイ(1965-, 米国)「二人称現在形」は服用者の主観的な意識を喪失させ、いわゆる「哲学的ゾンビ」に変えてしまうドラッグをオーバードーズした少女の自我の跡地に生まれた別の意識の視点から、家族や周囲の人間たちとの別離を丁寧に描いています。
 グレッグ・イーガン(1961-, オーストラリア)の数学SFスリラー「暗黒整数」の見どころは目には見えない戦いの緊迫感と、現実世界で人知れず世界を守ろうと四苦八苦する主人公のおもしろさ。星雲賞海外短篇部門受賞作です。
 トリを務めるのは『啓示空間』シリーズのアレステア・レナルズ(1966-, 英国)による”Zima Blue”です。Netflixの短篇アニメーションシリーズ《ラブ、デス&ロボット》で2019年に「ジーマ・ブルー」の題名で映像化された、その原作です。独特の青色を作品に使うことで知られた芸術家が今、最後の作品を残して引退しようとしています。はたして青への執着の裏側にはどんな事情と思いがあったのでしょうか。レナルズの描く宇宙SFの醍醐味と、深い叙情をお楽しみください。
 さて本書は傑作選の名を冠しています。傑作の評価軸は人それぞれですが、今回本書の収録作を決めるにあたって、私はヒューゴー賞や星雲賞といった読者投票によって決まる賞で評価されてきた人気作家たちを集め、その作家らしい作品を選り抜いたつもりです。2000年代のSFやSF作家のことを何も知らずに手にとっても、各作家の凄みの一端を楽しんでいただけると思います。なお、初めて翻訳される作品については作家の個人短篇集を原語(英語、もしくは中国語)で読んで検討しました。
 作家の選にあたっては大いなる先達たち――ガードナー・ドゾワ、ジョナサン・ストラーン、ジョン・ジョゼフ・アダムズ、デイヴィッド・G・ハートウェル、キャスリン・クレイマー他、英語圏の年刊SF傑作選のラインナップや解説も参考にしています。もっとも予算や権利の都合で残念ながら入れられなかったものもありましたし、次の巻に収録される作家もいます。作家短篇集やアンソロジーで読む機会が既に多い作品は選から外しています。もし気になった作家がいたら、ぜひ他の長短篇にも手を伸ばしてみてください。
 それでは、遠からず『2000年代海外SF傑作選』でお会いしましょう。

2000年代海外SF傑作選_帯

『2000年代海外SF傑作選』
橋本輝幸=編
カバーデザイン:岩郷重力+M.U

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