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【イベント採録】今こそ2010年代の日本SFを振り返ろう。大森望×小川一水×日下三蔵×飛浩隆

日本SF大賞の発表が行われた今年の2月23日、青山ブックセンターで開催されたトークイベントの模様を採録します。これからの未来を考えていきたい今だからこそ、これまでのSFを振り返るお話をお楽しみください。
(本記事は5月発売予定のSFマガジン6月号にも収録予定です)

第40回日本SF大賞結果
●大賞
『天冥の標』全10巻 小川一水(早川書房)
『宿借りの星』酉島伝法(東京創元社)

●特別賞
『年刊日本SF傑作選』全12巻
 大森望・日下三蔵=編(東京創元社)

●功績賞
吾妻ひでお(漫画家)
眉村卓(作家)

●会長賞
小川隆(翻訳家)
星敬(評論家・編集者)

■祝・SF大賞


塩澤 イベントに先駆けて、日本SF大賞の発表がありました。小川一水さんから順番に、受賞の言葉をお願いします。

小川 2009年から『天冥の標』を書いてきて、ちょうど10年で完結して賞をいただくことになりました。私の気持ちとしては鶏を思い浮かべていただきたいんですけど、「10個卵を生んだらエサをあげるからね」と言われてどう思うか。「1個ごとにエサをちょうだい……」と思いながら産んできました(笑)。合計17個、17冊を出せました。皆さんのおかげです。

大森 特別賞コレクターの大森です。第34回(2013年)の『NOVA』全10巻に続いてふたつめの日本SF大賞特別賞をいただいて、飛浩隆にも達成できなかった偉業を達成したことに(笑)。大賞を2回とるより、特別賞を2回とるほうが難しくて、生きている人の中では僕だけですね。えっへん。こちらも全12巻あって、合計文字数はもしかしたら『天冥の標』より多いかも。選考委員のみなさんにはたいへんなご苦労をおかけしました、すみません。
 そもそもこの企画は、東京創元社からやりませんかと誘ってもらって始まった企画で、ぼくらは好き勝手に作品を選ぶだけの、至ってらくちんな立場です。実際に版元や著者と交渉したりゲラをやり取りするのは編集者で、12年間も続けていただいて本当にありがとうございました。

日下 私も創元の方に声をかけてもらいまして、大森さんと2人と言われたからやろうと思ったんです。1人だとちょっと無理なので。買ってくれた読者の方はもちろん、作家の方は皆さん作品を預けてくださって感謝しています。ありがとうございます。

塩澤 続きまして、3度目の受賞を逃された飛さんにコメントを。

 特別賞でワンチャンないかなと思ったんですけど、これで酉島伝法に大賞二冠を並ばれてしまって大変悔しい。まずは小川さん、酉島さん、大森さん、日下さん、おめでとうございました。他の方々も傑作ぞろいで難しいと思っておりましたので、いつかまたチャンスがめぐってきたらいいかなと。

大森 すぐめぐってきますよ。『空の園丁』で。すぐ出ればですけど(笑)。

■それぞれの2010年代

塩澤 『天冥の標』はまさに2010年代を通して執筆された大作でしたが、小川さんにとって2010年代というのは、どういう時代でしたか。

小川 最初に思っていたよりも『天冥の標』の内容が世の中と響きあうようになってしまってちょっと残念なところがあります。疫病が広がって、それによって差別感情があらわになったりというのが実際に見られるようになってきているので、ちょっと厳しい時代に入りつつあるのかなと。

大森 まるで小説をなぞるように、世の中が『救世群』化している。

小川 人類が昔から繰り返してきた山と谷の、谷のほうに入ってしまうのかなという感じがします。

塩澤 『天冥の標』は一巻目が2009年の9月。完結が昨年、2019年2月。書かれている間の社会やSF界の状況も、かなり変化しました。

小川 ちょうど5巻を書いている時に3・11がきました。あれが2011年、開始から2年でもう5巻まで書いていたんですよ。
 5巻『羊と猿と百掬の銀河』は宇宙農業の話なんですけど、最初は福島の農家を出して、原子力と地震に翻弄される日本の農家とノルルスカインのカットバックみたいな形で書こうか考えたりしたんですけど、あのころはあまりに生々しすぎてちょっと使えなくなった。それで舞台を小惑星に変えています。いま振り返ってみると、その頃はまだそういうふうに配慮する余裕があったけど、今はもう現実のほうが避けようがなく小説的になっちゃって、物語にするにあたってどう抽象的にすればいいか悩むところがあります。

塩澤 飛さんは2010年代に何か感慨はありますか。

飛 『零號琴』も同じく2009年の終わりから始めて、これも〈SFマガジン〉への連載途中に2011年があり、小松左京さんのご逝去もあった。そういうものを経ています。作品の狙いは昨年の日本SF大会でも言いましたが、戦後の日本SF史を受けて、「我々がこれからどう生きるのか」という問いを潜ませています。そういう意味ではけっこう苦戦したといいますか、連載では十分に達成することができなかったのですが、2010年代の後半になって新人がたくさん出てくる状況があり、それを改稿に取り入れたら単行本では希望のある終わり方ができた。そういう意味では改稿に7年の時間がかかった甲斐はあったかなと。

塩澤 新しい作家がどんどん登場した影響があると。飛さんはゲンロンのSF創作講座で名誉校長的な立場になられていることもあって、そのあたりの意識も込められているのかなと思うのですがいかがですか。

 そうですね。大森さんもおっしゃっているように、10年代にデビューした方は宮内悠介さんたちを皮切りに、SFジャンルを超えて活躍されている。そういうイメージは『零號琴』の未来へのまなざしに反映しています。

■天冥とスピンオフ

塩澤 『天冥の標』は最初の打ち合わせで8巻ぐらいまでは展開の計画を伺いました。その先は最初は決めないでいたんですが、担当編集もびっくりするような展開をと。

小川 10巻のうち最後の2巻は最初から空白にしてあり、8巻までの間に思いついた、さらに面白いことをやろうと予定していました。それは大体できたと思うんですが、仕込んだ伏線を回収し切れたかというと、そうでもない。2割ぐらいは手つかずの要素がありましたね。たとえば、3巻の宇宙海賊の話のときナインテイルという女海賊が出てきたんですが、こいつが後代に及ぼす影響を描き切れませんでした。ちょっとだけ最後に線が繋がったんですけど、結ぶことができず。また、5巻でも小惑星帯の科学者が、宇宙からきた怪しいやつに侵略されて精神がおかしくなる話を出したりしている。これ(オムニフロラの生物侵食)もちゃんとした説明は出せていませんね。

大森 スピンオフ短編集を出せばいいじゃないですか。

小川 終わってみると付け加えることは何もない気がして、やるなら新しい別の話をやったほうが面白いかなと。

塩澤 飛さんは『零號琴』スピンオフを書いていただいているはずですが。

 もともと《轍世界》のシリーズは本来は飛浩隆にしては気軽に書いているものなんですよね。長篇を『サーペント』という仮題でいま着々と進めています、5月の連休を越えたあたりで仕上がるという楽観的な観測です。

■2020年代の新人たちへ

塩澤 大森さんの話に入りたいと思います。今回特別賞を受賞された《年刊SF傑作選》は、1巻目は2008年の12月、2007年の傑作選というかたちで始まりました。創元SF短編賞が2009年からですよね。2010年代に向けていろんなことを大森さんが画策されていたのかなと思うんですけど、どのような構想がありましたか。

大森 創元SF短編賞は大森が持ち込んだ企画なんですけど、たまたま他の賞の休止が重なって、これしかSFの新人賞がないという時期があった。そのときに宮内悠介とか高山羽根子とか酉島伝法とか出てきたので、タイミングが良かったですね。まるで時期を見計らったかのようですが、まったく偶然で、結果的にそうなった。

塩澤 僕もちょうど十年前の2010年の2月にはゼロ年代のベストを意識して、ハヤカワ文庫JAで『虐殺器官』と『Self-Reference Engine』、『ラギッド・ガール』とゼロ年代のベスト作品を文庫にしました。その翌月に『機龍警察』の1作目を出した。10年で区切ること自体に大きな意味はないですが、そのあたりは意識して仕掛けてきています。

大森 『ゼロ年代SF傑作選』もね。

塩澤 2010年代のSFはどうだったかというのは『2010年代SF傑作選』でも伴名練さんが書かれていますが、これほど作家が多くて作品を追うのが難しい時代はなかったのではないか、というくらい多くの新人作家が登場しています。

日下 やっぱりハヤカワSFコンテストと創元SF短編賞、新人賞が2つあるのは大きいですね。最近はゲンロンSF創作講座からも作家が出ていますし。新人賞からコンスタントに実力がある新人が出ると、業界が明らかに活性化します。

大森 飛さんはゲンロンもふくめて、10年代の新人デビューにいろんな形で関わってこられていますが、最近の新人はどうですか。

 たとえば『けものフレンズ』や『ケムリクサ』、たつき監督の描く主人公たちは人を傷つけない優しさみたいなものが特徴で、そういう繊細さは2020年代に入っても続いていくのではないかと思います。ゲンロンの方たちをみていても、ぶっとんでいるようでいても、そういった繊細さが少なからずある。そういう書き手と読み手の感覚に注意しています。

塩澤 より繊細な物語を考える世代が出てきていると。

小川 疲れと苛立ちと怒りに満ちている世界にむかって、それを慰めるというか、優しくなることで受け入れられようとする作風が、いま飛さんがおっしゃったような方向性ですね。もうひとつ、苛立ったり怒ったりすることを体現する形としての荒々しい殺伐とした作風も出てきて、これら2つが両端に立って混ざり合うような形でSFが進んでいるところががある気がしています。

大森 この10年に出てきた作家たちは、それ以前にSFからデビューした人たちの波とはまた違う感触がある。SF出身なんだけど、どっぷりSFプロパーではない。小川哲さんとか宮内悠介さん、高山羽根子さんもそうだけど、いろんなルートを辿って、たまたまSFの賞からデビューしたという作風の人が多くて、その幅広さがSFに新しさをもたらしている。彼らの作品が芥川賞や直木賞の候補になるなどして、ジャンル外から注目される機会が増えている。端的に言うと、文芸畑の編集者がすごくSFの新人を読むようになってますね。

 それでいうと、伴名練さんはどのように位置づけられますかね。

大森 彼の場合は、ジャンルSFを突き詰めることでSFの壁を突き破ったという印象です。ものすごくマニアックな作風が、SFを知らない人にも響くものになりえることを『なめらかな世界と、その敵』のヒットで証明した。それはたいへんな衝撃で、『三体』の大ヒットもそうですが、SFの可能性をあらためて再認識しました。いままでSFアンソロジーを作る場合も、無意識に読者を狭く想定してたけど、じつはそれがこっちの勝手な思い込みに過ぎなかったと教えてくれたのが劉慈欣と伴名練でしたね。

 僕は伴名練がこの先どう変化するか殻を破るかが楽しみですね。大森さんが昔、「象られた力」を評して「アイデアストーリーの優等生だった時の飛浩隆」と言っていたんですよ。80年代の〈SFマガジン〉的な「SFを読んでSFを書く世代」の、オタクバブルのなかにいるところで書かれた空気が「象られた力」にあるということらしいんなんですけど、まさにそれを現代化リファインしたところに今の伴名練さんがいるような気がしていて。

大森 まるで自分の若い時を見るような(笑)。

 重なる部分があるので、この先が楽しみです。あとはゲンロンでいうと、第一期で賞をとった高木刑くんに最近復活の兆しがでてきていて大変喜ばしい。早いうちにゲンロンの作品をまとめて出して、バカ売れしてほしいです(笑)。

塩澤 今日お名前の挙がった方々だけでなく、2020年代にもまた新しい作家が続々と出てくると思いますので、どうぞお楽しみに。

大森 20年代デビュー組は、「SF第七世代」になるので、「お笑い第七世代」に負けない活躍を期待したいですね(笑)。ちなみにその第一号は、やはりゲンロン出身で、日本ファンタジーノベル大賞2019を『約束の果て 黒と紫の国』で受賞した高丘哲次さん。彼はいちはやく「SF第七世代」を名乗っているので、ぜひ応援してあげてください。

(2020年2月23日/於・青山ブックセンター)