【特別対談】大澤博隆×長谷敏司/「AIxSFプロジェクト」から『AIを生んだ100のSF』まで
弊社では、全国書店にて「AIが生む世界フェア」を開催中です。生成AIが飛躍的な進化を遂げた現代。いま、世界はどこへ向かっているのか? 異質な知性が織り成す未来の可能性を予想し続けてきたハヤカワ文庫の名作をお届けします(記事末尾にラインナップの一部を掲載しております)。
そして今月下旬には「AIxSFプロジェクト」による研究者の方々へのインタビューの記録を集成した、大澤博隆 監修・編:『AIを生んだ100のSF』(ハヤカワ新書)を発売いたします! それを記念し、今回の記事ではプロジェクトのメンバーであり、本書の監修者でもある作家・長谷敏司さんと大澤博隆さんのご対談を特別公開いたします。
プロジェクトの成立から本書の完成までの秘密、そして「AIが生む世界フェア」にラインナップされた名作たちの知られざる魅力が余すところなく語り尽くされます!
➀「AIxSFプロジェクト」かくて生まれり
——本日はお忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます。今回は、大澤先生主宰の「AIxSFプロジェクト」の成立から、『AIを生んだ100のSF』に至るまでの簡単な流れをお二人に振り返っていただこうと思います。くわえて、弊社では4月にハヤカワ文庫「AIが生む世界フェア」を開催するのですが、そのラインナップについてもご紹介いただければと思います。早速お話をうかがいたいのですが……そのまえに、長谷先生! 『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』の第44回日本SF大賞受賞おめでとうございます!
長谷 ありがとうございます。すごいタイミングですね。
大澤 いいタイミングです。私は事前に読んでいたので、選考会ではいつも以上に司会に徹しましたけど、『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』は本当に良かったです。
長谷 二回目の受賞への挑戦になるので、ハードルが厳しいものになるかなと思っていたんです[1]。昨日ちょうど受賞の言葉を書かせていただいていたんですけど、やっぱりあの小説はどうしてもプライベートの体験から身に刻まれたものがまじっていて、自分のキャリアのなかでも相当特殊な小説だったなっていう気はしていて。なので、そういう作品で賞をいただけたのは、非常にありがたいと思っています。
——せっかくnoteに出すので、ぜひ『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』の話も! と思いまして。「AIxSFプロジェクト」の活動期間と本作の執筆期間は近いので、のちのち、また本作の話にも寄り道していくかとは思いますが、まずはプロジェクトの開始時期のことをうかがえますと幸いです。
大澤 プロジェクトの立ち上げは2018年ですが、はじめて長谷さんとお会いしたのは実はもっと前で、2014年なんです。2013年に「人工知能学会誌表紙問題」[2]が起きたのですが、いち早く問題を指摘いただけたのが現プロジェクトメンバーの西條玲奈さんと福地健太郎さんでした。その後、福地さんから、せっかくの機会だから、なにかイベントをやりましょうというご提案がありました。第53回日本SF大会(2014年7月19日-20日)があったときに、ニコニコ学会(β)のセッションを福地さんが管理していたので、あそこでやったんです[3]。そこで誰をゲストとしてご招待しましょうかとなったときに、福地さんから長谷さんの名前が出て、僕もすごくいいと思ったので、お呼びしたのがきっかけです。今でも覚えていますが、当日、長谷さんに頂いた発表が『「わかりやすさ」の暴力性』というもので、擬人化によるわかりやすさが生んだ問題の本質を指摘した、素晴らしく鋭いものでした。
——ありがとうございます。そこでご縁ができた形なんですね。「AIxSFプロジェクト」の立ち上げは2018年ですが、2014年~2018年の期間に徐々にご準備を進めていたということでしょうか。
大澤 私の記憶が曖昧になりつつあるんですが、最初は宮本道人さんとか福地さんと企画をしていたと思います。「人工知能学会誌表紙問題」に戻りますが、それをきっかけに、2016年ごろに江間有沙さんが、立命館大学の服部宏充さんと一緒にAIと倫理みたいなものを広く議論するコミュニティを作られたんです。そこには西條さんもいましたし、久木田水生さんとか神崎宣次さんといったAI倫理の専門家の方が入っていて、情報系からは市瀬龍太郎さんとか駒谷和範さん、山川宏さんや私も関わっていました。たとえばそのうちのひとつに、「未来の状況をSFを使って考えよう」というものがありました。当時『シン・ゴジラ』がヒットしていたので、そういった作品に範をとって作家さんを呼ばないかということになり、作家のお一人として樋口恭介さんも呼んだんですよね。樋口さんは私の人狼の研究[4]をベースに小説を書いてもらいました。あと、表紙問題をきっかけに人工知能学会の編集委員になり、SF作家クラブとの共同プロジェクトであるショートショート連載に関わり、いろんな作家さんと関わったのも大きかったです。2015年からは人工知能学会誌の表紙を漫画家の石黒正数さんに依頼し、その際に毎回面談しながら「人工知能を描く」という難しい課題にチャレンジいただいたり。2016年には長谷さんも参加された、人工知能学会『AIと人類は共存できるか?——人工知能SFアンソロジー』(早川書房)に関わって、そこで吉上亮さんの小説の解説を書いたり。
そうやって人工知能とSFの話に徐々に関わるうちに考えたのが、人工知能の研究者が持っているSF像のことです。SFからいろいろ影響を受けたって人はいるんだけど、今のSFの話と必ずしも研究者の思ってる話が一致してたりはしなくて、結構古いっていうと怒られそうですけど。
長谷 それは僕もお話させていただいた覚えがあります。その当時は、AIやロボットとの関係を描いたSFの例として引用される作品が、『鉄腕アトム』の青騎士篇とかだったんで。当時でも青騎士篇ってもう50年ぐらい昔の作品だったんですけど、今のロボットとかAIの話をするのに、記事の読者の過半数がまだ生まれていない昔の作品を使い続けるのは適切なのかみたいな話は、確かにした覚えがあります。
大澤 もちろん手塚作品には時代を超えた素晴らしい要素もありますが、日本には素晴らしい作品が他にもある。古典そのものが悪いのではなく、いわゆる日本の科学技術がそういう古典的なものを割と将来のヴィジョンの中心に据えがち、という点が非常に気になっていました。だから、「今のSFは少なくとも、もっと新しいこと全然やってるぜ」っていう感じもあって、そのギャップをちょっと繋いだ方がいいんじゃないかっていう形で、AIとSFを掛け合わせて相互作用の部分をもっと探索しましょうっていうのを「AIxSFプロジェクト」の大本のコンセプトとして考えた感じですね。
長谷 AIに関連して、SFによる科学への影響みたいなことが語られることもあるんですけど、そういうときに出てくる小説のタイトルとかが大体昭和の作品で、新しくても『攻殻機動隊』とか『ターミネーター』だったりする。どちらも80年代のものですから、本当に大きな影響があるのなら80年代に集中している理由はなにかあるのだろうか……みたいなことが疑問として出てくるわけですよね。やっぱり現役の作家としては、日本のSFが00年代の初頭ぐらいまでは「日本SF冬の時代」って言われるぐらい厳しい時代が続いていたのに、本当に研究とかに影響を与えるほどの人気が存在したのかとか、そんな影響力があるなら冬の時代の作品だってちゃんと読まれてたのかとか、あるいはアカデミアの人たちには特に刺さっていたのかとか、そういった事情をちょっと聞いてみたかったんですね。結局、われわれSF作家としての問題意識として、自分たちの書いたものは一体どういうところに届いたんだろうとか、どういう影響を与えたのかっていうのを知りたいっていうことがあったんです。ですので、お声がけいただいたときには喜んで参加させていただきました。
大澤 ありがとうございます。プロジェクトの性質上、絶対に作家の方には入っていただきたかったし、『「わかりやすさ」の暴力性』もそうですが、そういったことに配慮がいただける方、つまり長谷さんは絶対にメンバーとして必要だと考えていました。あと、宮本道人さんにも絶対入ってもらおうと思っていました。宮本さんは当時「実用文学論」というのをさかんに提唱していて、それは単に広告として利用するだけではなく、文学というのを社会にいろんな形で活用できるレベルで使いたいみたいなアプローチを目指していたものだったので、工学者としてはすごく相性が良い分野だと感じていました。他のメンバーの方々についても簡単にご紹介すると、西條さんは哲学を専門とされていて、我々が無意識に見逃している問題に気付くのがすごくうまい人だったので、絶対にアドバイスをお願いしたいと思って参加していただきました。福地さんはSFと研究の関係を考えることを昔から熱心にやられている方で、この方も押さえておきたいと思いました。また、本書でインタビューした三宅陽一郎さんもメンバーですが、『人工知能』の編集や人狼ゲームの人工知能研究でご一緒し、ビデオゲームとAIの研究を切り拓いてきた人として、ぜひご参加いただくべきと思った方です。
②SFプロトタイピングの定着とその背景
——なるほど。大澤さんが主導してメンバーの方々を集められて、『AIを生んだ100のSF』のベースになった〈S-Fマガジン〉の連載企画「SFの射程距離」に繋がる流れ、ですよね。
大澤 宮本さん、福地さんと共同で、徐々に広げていった感じかな。
長谷 たぶん今が機会だと思うので、大澤先生に質問してもいいですか? 「SFの射程距離」とは別に、同時期にSF作家クラブと組んでアンケート調査をしたものがありましたよね。これは「AIxSFプロジェクト」のなかではどういう位置づけのものだったんですか。
大澤 僕の感覚だと、まず今のSFというのをチェリーピッキング的ではなくて、一度網羅的な形で調査するべきだって感覚があったんです。結果的にそれができたかっていうと、正直ちょっと微妙なところもありましたが、海外と日本のSFを比べると、日本の方がより身体性が高いとか、そういうのは差としてはけっこう出てきたりしますね。
長谷 僕の中ではこの大きなデザインとしてのプロジェクトは、インタビューとアンケートの二本柱で動いてたようなイメージで、前者が今回の形で書籍になったっていうようなイメージだったんです。
大澤 二点目標がありまして、一点目は既存作品との関係を調べるということ。二点目は今後の未来をSF作家と共同で考えるということ。一点目はアンケートなどによる文献調査で、インタビューで文献ではわからないような細かいところを調査していこうとしていました。二点目は結果として、SFプロトタイピング関連の研究に結実していきました。
長谷 そう考えるとやっぱり、「SFの射程距離」の企画って、ここだけのためにやったものではなくって、もっと広い研究の一部だったんですね。
大澤 そうです。少なくともそのように位置づけてやってきました。
長谷 あの当時やっていた活動はなんだったのかなと、ちょっとこの機会に振り返ってみたい感があって。
大澤 そうですね。プロジェクトとしてすごく成功したのは、「SFプロトタイピング」っていうもの自体が割と日本に根付いたところかな。むろん我々だけではなく、同時期に書籍を出された樋口さんや、研究所を作られたWIREDさんの貢献も大きいと思います。プロジェクトとしては、宮本道人さんとか個々の人材が育ったという成果もあります。本書で執筆いただいたもう一人の宮本さん、宮本裕人さんも、「SFの射程距離」の連載(2019年~)、『SFプロトタイピング——SFからイノベーションを生み出す新戦略』(2021年)を早川書房から出したときからのお付き合いで、様々な点に目が届く方です。
また、プロジェクトの立ち上げにあたっては、瀬名秀明さんのことが頭にありました。もちろん研究者とSFをつなぐ試みというのは前例があり、広い意味では小松左京さんもやられていましたが、最近だと瀬名さんの印象が強い。いくつか挙げると『ロボット・オペラ』(2004年)や『知能の謎 認知発達ロボティクスの挑戦』(2004年)、『サイエンス・イマジネーション 科学とSFの最前線、そして未来へ』(2008年)、それから、例えば松原仁先生と共同で始められた「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」(2012年9月~)とか。そこはすごく意識していましたね。ただ、私は作家ではないので、研究者側として、ちょっと違うスタンスで出来るかもしれないというのも念頭にありました。
長谷 瀬名さんの話だと、AI関連の話をするためにアカデミズムの人たちに呼んでいただくときに、瀬名秀明さんの不在をどうしても感じるところがあります。もし瀬名さんがSFで活動されていたら、結構な部分のお仕事は瀬名さんにお願いするのがベストだったなっていう感じはしますよね。
大澤 ただ、それをやると瀬名さんの負担が大変だろうというのもあるし、そもそも作家の方が直接いろいろな調整の負担を引き受けること自体に、構造的な難しさがある気もします。我々のプロジェクトでは両分野に目が利き、交通整理ができる宮本道人さんに入っていただけたのは助かりました。長谷さんもそうですけど、プロジェクトを始めたとき、もっと若い世代で、いろんな方たちが出てきたのは頼もしかったです。
長谷 世代が上とも言い切れないところがあって、瀬名さんと僕は年齢的には6年しか違わないんですよ。瀬名さんは学生時代からやられているからキャリアが長い。ただ、やっぱり思うんですが、いろいろありましたが、瀬名さんのされてきた仕事へのリスペクトは、SF作家がアカデミズムに関わる本が出る機会に、きちんと言葉になっていたほうがいい気がします。
大澤 あとがきにも書きましたが、本書に、瀬名さんへのリスペクトがあることは確かです。これは伝えておきたいですね。もちろん今だからできる新しいことをやった自負もありますが、日本のSFの系譜に類似の例はちゃんとあったし、そういう挑戦を受け継いだという意識はあります。許可を取ったわけではないですが、精神的続篇みたいな。
➂「SFの射程距離」が変えたもの
——ありがとうございます。この流れでもうひとつうかがいたいのですが、ここ5年ほどの、プロジェクトの立ち上げ、「SFの射程距離」の連載、書籍化の作業を通じて、ご自身の研究であるとか、ご執筆の姿勢になにか影響はありましたでしょうか?
大澤 SFに関わることを、本腰を入れてやろうという覚悟ができたのは大きいかもしれません。もともと大学院時代から、ヒューマンエージェントインタラクション(HAI)という研究分野を基礎とし、いろんな研究者とともに切り拓いてきました。HAIについてはある程度基礎がしっかりしてきたというか、自分が少なくとも貢献できる範囲は割と見通しがついてきたし、社会的に還元される時代にもなってきた。次の課題も探さなきゃっていう時代にあって、SFであれば本腰を入れてやれるなと、思えるようになったっていうのはありますね。エージェントの話から想像力の話へテーマが拡大していった感じです。
長谷 僕にとって「SFの射程距離」のインタビューは、アカデミズムの方々が意外と普通のお仕事をされているんだなっていうことに気付いたことが収穫でした。普通の会社員とやってることはそれなりに違うんですけど、象牙の塔みたいなところで俗世と離れたことをしているわけではない。人生ではじめて学者の方と対談でご一緒したときって、とてつもなく偉い人と話をするんだなって考えてたんです。実際、学識に大きな差はあるんですけど、それ以外は実はそれほど僕らと大きく違う仕事ではない。今でもAIとか、いろんな分野で、何かよくわからない人がいっぱい変なことをしてるように感じることもあるけれども、特殊な人たちが世間と離れた仕事をやっているわけではない。仕事自体に高い専門性はあるけれども、それは高い専門性から価値を生んでいるのであって特殊なわけではない。
大澤 研究者のキャリアの積み方って、あんまり明かされないんですよね。論文は結果の発表であって、綺麗に整えられてる。それだけだと試行錯誤の過程は見えないんですが、インタビューではそこがわかる。寄り道の部分を含めて聞けたので、若い研究者の方々にも読んでほしいですね。
長谷 そうですね。僕らの知っている人間の営みとか、社会人の営みとかと実はそれほど違ってないところから進歩が生まれている。イノベーションや新しい知見は、そういうところから生まれているということが可視化されたインタビューではないかなとは思います。科学者への普通のインタビューでは考えられないぐらいしょうもないことを聞いてますもんね。
大澤 あったとしても、本題のさわりというか、読者に共感を持たせる以上の目的はあまりない思うんですけど、こっちはそれがメインですからね!
長谷 池上高志先生に、「昔『流星人間ゾーン』を観ていましたか」と聞きましたが、そんなことをインタビュアーから聞かれるご経験というのは、たぶん池上先生もないとは思うんです(笑)。特にオタクというわけではない科学者のかたに、こんなしょうもないことを話して大丈夫なインタビューはなかなかないですよね。そういう意味では特異な価値を持ったインタビューだったのかなと思います。
大澤 普通のインタビューは、子供の頃に何やってましたか? って聞いて、では今の研究はどうなんでしょうか? となるところを、主客を逆転させている。
長谷 こんな変なインタビューはなかなかないと思います。研究者のかたのインタビューだと、普通だとまず最初に個人史的なストーリーがあって、結論として今の研究が存在するっていう形が多いと思います。けど、今の研究からスタートして、さかのぼっていくとその起源になったものは何だったんだろうとか、何の影響があったんだろうっていう、どんどん俗な話ばかり掘り進めようとするインタビューですから。SFとかフィクションについてっていう立て付けでなかったら、ひょっとしたら受けてくれなかったかもしれないっていうぐらい、とりとめもないお話をいっぱいうかがいましたね。しょうもないことを聞いて、それを受けていただいた話を、ものすごい時間かけて掘り込んでいった、すごい贅沢なインタビューだったなっていう気はします。でも、今回のインタビューを通して、たいていの人にとってまとまった数のSFやファンタジー作品を読むのは、たぶん高校生とか中学生ぐらいまでが中心なので、研究者として認められるのが大体30代後半ぐらいっていうぐらいに考えると、自然な成り行きとして、20年前の作品がSFの印象を作るっていうことに気付きました。
大澤 もしかすると、最初の「なんでこんな古いSFばかり……」って話に繋がるのかもしれない。
たとえば最近の『三体』にしたって雑誌で連載が始まったのは2006年なんですけど、中国でよく売れたから日本を含めた海外にも広まった、ところはあるんでしょうけど。
長谷 若い読者さんに楽しんで読んでもらうことを考えて書くのは、SF作家の仕事として一般的だと思うんですが、その影響が実社会に上がってくるまでに20年かかるという。
大澤 評論みたいな取り組みが割と大事だったのかなとは思うんですよね、作家クラブ主催の日本SF評論賞が途切れたのは勿体ないなという感じもあり。
長谷 大人の人に本を勧める入口として、評論や批評の力ってのは大きいなという気はします。いかにして大人に今の作品を読んでもらうか。子供のときに読んでもらうのも確かにSF作品にとっての王道なんですけど、大人になるまで待つとビジョンに20年のタイムラグが生まれてしまう。これだけ時代の流れが早いと、20年前は大昔ですよね。20年あると古典化してしまう。そういうことを考えると、20年後に向けてお子さんや十代の読者さんへのアプローチはもちろんしないといけないけれども、それだけじゃ全然足りてない。
大澤 そうですね。
長谷 僕は現役作家なんで、最近の作品を読んでもらえてないというのはやっぱり気になりはしましたね。うまいつなぎがなにかほしいとちょっと思います。
大澤 そこが一つは評論なのかなと思って。たとえば昔なら、日本SF大賞を取ったっていうことで、『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』がわーっと売れて読まれるっていうサイクルになるかもしれないんですが、そこに解説や批評みたいなものがひとつあれば、たぶんもっとリーチするんだろうなっていう感じはあります。作品の今日的な読み方をひろく伝えて、「この分野の人はこれがおすすめ」と伝える感じというか。
長谷 以前〈S-Fマガジン〉の鼎談でご一緒した、スポーツ義足のエンジニアの遠藤謙先生にも『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』を読んでいただいたんですが、ダンスに興味をもつきっかけになったと言ってくださいました。そこから遠藤先生が、イタリアで義足のパフォーマーのかたのステージに関わってくださったようで、物語の「なにかを感じさせる力」っていうのは、おそらく大人に対しても働くような気がします。そういったきっかけを作る機会を読書会みたいな形で、大人の読者さんと対話のようなかたちでインタラクションするようなイベントもひょっとしたらあってもいいかもしれない。
大澤 あまりあれこれ読めと言うのは好きじゃないですが、例えばロボットや身体拡張に興味がある学生は読んだ方がいいんじゃないかとか、少なくとも読んだことで得られるものはあるはずだと。もっと広げて教科書や副読本にしてもいいぐらいの感覚はあります。
長谷 結局、物語の価値はどこにあるのか、小説の価値はどこにあるのかっていうことを考えたときに、意外とSFが価値をお客さんに提示するためのアプローチのルートっていうのは、いろいろあるのかもしれない。書店の本棚に置いてもらって手に取っていただくのを待つこととはまた違ったアプローチも、ひょっとしたら必要なのかもと。
大澤 SFは他よりもそういうことをしやすいジャンルというか。本屋で売るというモデル以外を試しやすいジャンルのような気がするんですよね。SFは難しいので売れないってのはその通りなんですけど、難しいものを読まなきゃいけないときもあるんじゃないかと。一方で僕はSFコミュニティの一部にある「これを読んでいなきゃダメだ」みたいな文化はすごい嫌いなんで、矛盾みたいなものがある。でも、これを読んでおくと今後のキャリアにとっていいよ、っていうのはある気がするんですけどね。声高に「読め!」とは言いたくないんだけど、みたいな。
長谷 なにかしらの価値がそこに転がってるよと、探している人たちに向かってアプローチできたらいいのになって思うところは多少はあります。フィクションから影響を受けるのは基本的に学生ぐらい、中学や高校ぐらいで基本的に止まるというのは、多少もったいないなというふうには思いました。
大澤 少なくとも、『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』はもっと上の世代にも響く話ですよね。
長谷 あんまりエンターテイメントを意識してつくらなかったんで、ひょっとしたら僕と同年代か僕より±10歳ぐらい、親の介護の問題を抱えるようになってきた人たちが一番響くかもしれないと。
大澤 でも、親が介護をするのを見ている若い世代の方もいますからね。そういう意味では割と広い。今日的な課題を描いている気がします。
④「本当にいいものは、何度もリメイクしてもいい」
——ありがとうございます。SFは古いものばかりが読まれていて、新しいものが読まれていない……どうすればいいんだ……という流れのなかで大変恐縮なんですが、「AIが生む世界フェア」のラインナップでは、定番のものを売り出していきたいという事情もあり、古典的な作品も多くなっています。
長谷 でも、『ソラリス』がリストにちゃんと入っている。みなさんに大好評でしたね、『ソラリス』!
大澤 AIがテーマのフェアで『ソラリス』を入れる? という感覚は一般の人にはあるかもしれないけど、『AIを生んだ100のSF』でも様々な方から言及されてますし、絶対入れるべきものです。
長谷 レムは、今が届けどきという感じがします。研究者のみなさんが『ソラリス』をあげてくださってますしね。
大澤 アシモフとレムの両方がいい感じで影響していますね。
長谷 アシモフとレムは、AIブームでSFに入ってきてくれた新しい読者さんからの、評価のきっかけになるといいですね。それから、『月は無慈悲な夜の女王』は、これから先ちょくちょく引用されることが増えそうな気もする。
大澤 ノンフィクションだと、『考える脳 考えるコンピューター』は僕もすごく好きです。復刊は嬉しかった。非常に良いノンフィクションだし、ジェフ・ホーキンスは面白いので、一押しはこれかな。もちろんアシモフやレムも好きですけど。国内については、日本SF作家クラブの会長をやらせていただいているので、立場的に特定の作家さんを推していいのかという疑問はあるんですけど。
長谷 僕は作家としてはやっぱり伴名練(『なめらかな世界と、その敵』)、柴田勝家(『走馬灯のセトリは考えておいて』)です。今の作家だから、手にとっていただきたい。それよりさらに若い作家さん、これから本当に伸びていってほしい作家は安野貴博さん(『サーキット・スイッチャー』)や竹田人造さん(『AI法廷の弁護士』)ですね。伴名練、柴田勝家のふたりも、下の世代が登場して、中堅に差し掛かりつつあるような。
大澤 柴田さんはいいですよね。
長谷 柴田さんはもうちょっと評価されてもいいと思います。
大澤 安野さんは、お忙しい中インタビューも引き受けて頂きましたし、人間的にもすごくいい人だと付け加えておきたいです。あと竹田さんの作品は、エンジニアの身としては大変共感できます。それから、会長だからというわけではないですが、日本SF作家クラブ:編『AIとSF』はどの収録作もいいし、面白いことに、研究者ごとに好きな作品が分かれる。非常にバランスが良い作品集です。自画自賛じゃなく、この今のSFの多様性と深さは、本当に世界に誇れるものですよ。
長谷 僕は個人的には、柴田勝家さんと、ラインナップには入ってないんですが、高野史緒『グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船』を推したい。
大澤 高野さんはAIについても独自の視点で、素晴らしい短編を書かれています。人工知能学会誌に載った『舟歌』も良かった。『グラーフ・ツェッペリン』も推したい作品です。
長谷 若い読者さんをSF読者として連れてきてくれそうな小説ですね。
大澤 それは間違いないと思いますね。
長谷 こんなに若々しい文章を書かれるんだっていう。
大澤 また国外に戻りますが、ラインナップのなかだとテッド・チャンもいいです、劉慈欣『円』もいい。
——テッド・チャンに関しては『息吹』所収の「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」が今回のテーマにぴったりかなと。
大澤 そうですね、あれはHAI研究者としては非常に示唆に富んでて、衝撃的でした。絶対に入れた方がいいと個人的に思います。
長谷 そういえば、クラークのAIの描き方は、今の状況を予見するのは不可能だったので仕方ないことですけれど、大規模言語モデルの登場で、これから入ってくれる新しい読者さんにはすこし古さを感じさせるようになったかもしれない。クラークの影響力って、今はどれくらいあるものなんでしょうか?
大澤 どうなんですかね実際。でも、みんな『2001年宇宙の旅』を持ち上げるからな。
長谷 今だと、知ってる人はみんな持ってるんじゃないかなっていう気はします。なんというか、近年の作品を推しまくった手前、SFの骨格になってる古典であるクラークを、どう言えばいいかわからないですね。話の運びを間違えました(笑)。
大澤 そこはちょっとあるんですよね。もう読んだよって。
——売れ行きのデータを見ていると、割とこういった定番のものは新しいファンの方や若いお客様にもお手に取っていただいているようなんです。電子だけでなく、意外と紙の方も。
大澤 本当にいいものは、何度もリメイクしてもいいのかもしれないですね。古典として。
——もう二時間くらい経ってましたね。あらためて、本日はお忙しいところ、お時間をいただきありがとうございました。
長谷 今日こういう機会があって、はじめて、けっこう大きいプロジェクトだった「AIxSFプロジェクト」について振り返りをやれた感がありました。
大澤 そうですね。『AIを生んだ100のSF』のまえがき・あとがきにもいろいろ書きましたが、全貌を伝えた気で、あんまりそうではなかった。
長谷 みんなで集まって打ち上げとかもなかった。
大澤 そうなんですよね。
長谷 ある意味、この最後のコラムが多分そういう役目を負うことになりそうな気がしますね。
(2024年3月4日)
『ソラリス』 スタニスワフ・レム/沼野充義=訳
『われはロボット 決定版』 アイザック・アシモフ/小尾芙佐=訳
『月は無慈悲な夜の女王』 ロバート・A・ハインライン/矢野 徹=訳
『考える脳 考えるコンピューター〔新版〕』ジェフ・ホーキンス&サンドラ・ブレイクスリー/伊藤文英=訳
『なめらかな世界と、その敵』 伴名 練
『走馬灯のセトリは考えておいて』 柴田勝家
『サーキット・スイッチャー』 安野貴博
『AI法廷の弁護士』 竹田人造
『AIとSF』 日本SF作家クラブ=編
『円──劉慈欣短篇集』 劉 慈欣/大森 望、泊 功、齊藤正高=訳
『息吹』 テッド・チャン/大森 望=訳
『2001年宇宙の旅〔決定版〕』 アーサー・C・クラーク/伊藤典夫=訳
[1] 作品集『My Humanity』(ハヤカワ文庫JA 2014年)が第35回日本SF大賞受賞。
[2] 人工知能学会の学会誌『人工知能』2014年1月1日号の表紙に、ケーブルに繋がれた女性型のロボットが掃除をしている姿のイラストが掲載されたことに対して、女性差別的な意図を指摘された問題(https://www.ai-gakkai.or.jp/whats-new/jsai-article-cover/)。
[3] 2014年7月20日 9:30「ニコニコ学会βプレゼンツ:人造キャラクターとの付き合い方をデザインする~人工知能の作る未来社会」。出演者は松尾豊、山川宏、小谷真理、長谷敏司、大澤博隆(http://nuts-con.net/ja/day2)。
[4] 鳥海不二夫、片上大輔、大澤博隆、稲葉通将、篠田孝祐、狩野芳伸『人狼知能——だます・見破る・説得する人工知能』(森北出版 2016年)
◆書籍概要
監修・編:大澤博隆
編:宮本道人、宮本裕人
監修:西條玲奈、福地健太郎、長谷敏司
出版社:早川書房
発売日:2024年4月24日
本体価格:1060円(税抜)
監修者・編者略歴
大澤博隆(おおさわ・ひろたか)
「AIxSFプロジェクト」主宰、慶應義塾大学理工学部准教授、筑波大学客員准教授、慶應SFセンター所長、日本SF作家クラブ第21代会長。博士(工学)。専門はヒューマンエージェントインタラクション。
宮本道人(みやもと・どうじん)
空想科学コミュニケーター。北海道大学CoSTEP特任助教、東京大学VRセンター客員研究員。博士(理学)。著書に『古びた未来をどう壊す?』、編著に『SF思考』、『SFプロトタイピング』など。
宮本裕人(みやもと・ゆうと)
フリーランスの編集者・ライター・翻訳家。ミスフィッツ(はみ出し者)のストーリーを伝える出版スタジオ「Troublemakers Publishing」としても活動中。
西條玲奈(さいじょう・れいな)
哲学者。東京電機大学工学部人間科学系列助教。博士(文学)。専門は分析哲学、フェミニスト哲学、ロボット倫理。共著に『クリティカル・ワード ファッションスタディーズ――私と社会と衣服の関係』など。
福地健太郎(ふくち・けんたろう)
明治大学総合数理学部教授。博士(理学)。情報処理学会会誌『情報処理』副編集長。専門はインタラクティブメディア、ユーザーインタフェース、エンタテインメント応用など。
長谷敏司(はせ・さとし)
小説家。関西大学卒。代表作に『BEATLESS』(2018年アニメ放映)、『My Humanity』(第35回日本SF大賞)、『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』(第54回星雲賞[日本長編部門]および第44回日本SF大賞)。