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【日経新聞・讀賣新聞ほか書評続々!】AIは人間の意思決定をどのように変えるのか? 『予測マシンの世紀』試し読み

AI研究の最前線として世界的に注目を集める、カナダのトロント大学。3月に来日を果たしたアジェイ・アグラワル教授をはじめ、AIをビジネスを創出するプラットフォーム「創造的破壊ラボ」を同大学に立ち上げ数多くの起業を成功に導いてきた三人の経済学者がその知見を注ぎ込んだ話題作、『予測マシンの世紀――AIが駆動する新たな経済』が発売中。

人間の予測の当てにならなさは行動経済学などが近年明らかにしているところですが、本書はこの「予測」をAIがどのように代替するか、それによってビジネスや社会がどう変わっていくかを、経済学の見地から考えていきます。

本記事では、冒頭の「第1章」を全文公開!

第1章 はじめに――機械知能

もしもまだ、つぎのようなシナリオに馴染みがないとしても、そうでなくなるのは時間の問題だろう。ある子どもが部屋にこもって宿題に取り組んでいて、問題文を読み上げる声が聞こえてくる。「デラウェア州の州都はどこですか?」そこで親は考え始める。ボルティモア……うーん、そんなにわかりやすい場所じゃなかった……ウィルミントンかな……いや、違う。しかし考えがまとまらないうちに、アレクサという機械が正確な答えを見つけ出し、「デラウェア州の州都はドーバーです」と教えてくれる。アレクサはアマゾンが開発した人工知能(AI)で、自然言語を解釈して質問の答えを瞬時に提供する。どんな情報でも提供してくれる物知りのアレクサは、子どもの目には親代わりの存在に映ることだろう。

AIはいたるところに存在している。電話、車、買い物、結婚の仲介、病院、銀行、そしてすべてのメディアに存在している。企業の取締役、CEO、役員、管理職、チームリーダー、起業家、投資家、コーチ、政策立案者などが、競うかのようにAIについて学ぼうとするのも無理はない。自分た
ちのビジネスに根本的な変化を引き起こす可能性を、誰もが認識している。

私たち三人は、AIの進歩を独自の有利な視点から観察してきた。経済学者としてのキャリアを、最新の技術革命であるインターネットの研究によって築いてきたのだ。世間の熱狂に惑わされることなく、「意思決定者にとってテクノロジーとは何か」という問題に集中的に取り組んできた。

2012年、私たちは創造的破壊ラボ(CDL)を立ち上げた。これはシードステージ(起業準備段階)向けのプログラムで、科学を基盤とするスタートアップ企業の支援を目的にしている。当初CDLはあらゆる種類のスタートアップ企業に門戸を開いたが、2015年になると、きわめて有望なベンチャーのほとんどはAIに関連した企業になっていた。そして2017年9月の時点で、CDLは三年連続で、AI関連スタートアップ企業の参加が世界で最も多く集まるプログラムになっている。

その結果、AI分野のリーダーがCDLに協力するためトロントに定期的に通うようになった。たとえば、アマゾンのアレクサを動かすAIエンジンの発明で中心的な役割を果たしたウィリアム・タンストール=ペドウは、イギリスのケンブリッジから8週間ごとにトロントを訪れ、研究プログラムに一貫して関わっている。かつて85人編成のNASAのチームが太陽系外宇宙にはじめてAIを送り出したときのリーダーで、現在はサンフランシスコを拠点にしているバーニー・ペルも同様である。

CDLがこの領域で優位に立っている一因は、トロントという所在地にある。最近のAIブームを支える機械学習分野での中心的な発明の多くは、トロントで種を蒔かれ育てられた。かつてトロント大学のコンピューターサイエンス学部に所属していた専門家の一部が今日では、フェイスブック、アップル、イーロン・マスクのオープンAI[AIを研究する非営利組織]など、世界トップの産業AIチームのリーダーとして活躍している。

AIの応用例が身近にたくさん存在していたため、AIがビジネス戦略におよぼす影響の研究に私たちが専念するのは自然の成り行きだった。これから説明していくように、AIは予測技術であり、予測とは意思決定に必要な入力情報である。そして経済学は、意思決定に常に伴うトレードオフを理解するための完璧な枠組みを提供してくれる。こうして私たちは絶好のタイミングで絶好の場所において、科学技術者とビジネス関係者の橋渡し役を務めることになった。その活動の集大成が本書である。

ここではまず、人工知能の進歩が現在目覚ましいからといって、知能そのものが実現するわけではないことを重要な点として指摘しておきたい。私たちに実際にもたらされるのは、知能の重要な構成要素のひとつである「予測」だ。子どもが質問を声に出したときにアレクサが何をしているのかといえば、音声を聞き取り、子どもが話す言葉から、どんな情報を探そうとしているのか予測する作業である。アレクサはデラウェアの州都がどこなのかを「知らない」。それでも、誰かがこのような質問をするときには「ドーバー」という回答を探していることを予測できるのである。

私たちのラボが関わっているスタートアップ企業は、精度の向上した予測の利点をうまく活用している。たとえば、DNAの変化が細胞におよぼす影響をディープ・ゲノミクスが予測するようになったおかげで、医療行為は改善された。文書のどの部分を修正すべきかチズルが予測するようになったおかげで、弁護士の業務は改善された。原油の水分含有量をヴァイリデールが予測するようになったおかげで、石油の輸送の効率は改善された。これらの応用例は、近い将来ほとんどの企業で実践される成果の縮図である。

そうはいっても多くの人は、AIが自分にとってどんな意味を持つのかわからず、霧のなかで迷子になったように感じているのではないだろうか。ならば私たちが、AIがもたらす変化を理解するためのサポートをして、あなたがAIの進歩に乗り遅れないようナビゲーター役を務めたい。畳み込みニューラルネットワークのプログラムやベイズ統計学の学習経験がなくても心配はいらない。

ビジネスリーダーの読者には、経営や意思決定にAIがどんな影響をもたらすのか理解してもらう。学生や卒業まもない読者には、仕事のあり方が変化しつつある状況で将来どんなキャリアが求められるのか、考えるための枠組みを提供する。金融アナリストやベンチャーキャピタリストの読者には、投資先を見定めるための土台を紹介する。そして政策立案者の読者には、AIが社会にどんな変化を引き起こす可能性があり、その変化をうまく生かすためにはどんな政策が必要とされるか、理解するためのガイドラインを提供していく。

不確実性やそれが意思決定にとって持つ意味を理解する際には、経済学を利用するのが常套手段だ。予測の精度が上がれば不確実性は減少する。ならばAIはビジネス上の決断においてどんな意味を持つのか、本書では経済学を使って解説していきたい。そうすればビジネスのワークフローのなかで、最高の投資対効果を達成するためにAIをツールとしてどう活用すべきか洞察が得られ、その結果、ビジネス戦略を設計するための枠組みが構築される。低コストの予測に立脚した新たな経済から利益を上げるため、ビジネスの規模や範囲の設定を考え直すことにもなる。最終的には、仕事、企業の権力集中、プライバシー、地政学に関して、AI導入に伴う主なトレードオフが明らかになるだろう。

あなたのビジネスにとっては、どんな予測が重要だろう。AIのさらなる進歩は、現在頼りにしている予測にどのような変化を引き起こすだろうか。これまで各業界はパソコンの台頭やその後のインターネットの台頭に伴って仕事の内容を変更してきたが、あなたの業界は予測技術の進歩に合わせ、仕事をどのように改めていくのだろうか。AIはまだ新しく理解が不十分だが、予測のコスト低下がおよぼす影響を評価するうえで、経済学は信頼に値するツールキットだ。そして、具体的な事例は確実に時代遅れになっていくが、本書の枠組みは時の流れに左右されない。テクノロジーが改善され、予測がにさらなる精度と複雑さが加わっても、本書の洞察は通用し続けるだろう。

本書『予測マシンの世紀』は、AI経済で成功するためのレシピではない。むしろ本書ではトレードオフに重点を置いている。データが増えるほどプライバシーは失われ、スピードが上がるほど正確さは犠牲になり、自律性が尊ばれるほど統制は利かなくなるものだ。本書は、あなたのビジネスにとって最善の戦略を処方するわけではない。それはあなたの仕事だ。あなたの会社やキャリアや国家にとって最善の戦略は、あらゆるトレードオフに関してプラスとマイナスの両面をどのように比較検討していくかによって決まる。本書は、重要なトレードオフを確認するための枠組みを紹介したうえで、自分にとって最高の決断を下すためには良い点と悪い点をそれぞれどう評価すべきか解説していく。もちろん、本書が盤石な枠組みを提供したとしても、物事は急速に変化していく。十分な情報のないまま決断を下さなければならない場面にも直面するだろうが、それでも何もしないで手をこまねいているよりは、行動を起こすほうが良い結果を得られることは多い。

キーポイント

●今日では人工知能の進歩が目覚ましいが、実のところその結果として知能がもたらされるわけではない。実際にもたらされるのは、知能の大事な構成要素のひとつ、「予測」である。

●予測は意思決定に欠かせない入力情報だ。経済学では、意思決定について理解するための枠組みが十分に発達している。まだ新しく理解が不十分な予測技術の進歩に込められた意味を理解するためには、経済学でかねてより採用されてきた意思決定理論の論理と組み合わせればよい。そこから得られる一連の洞察は、あなたの組織がAIを導入する際のナビゲーターになってくれる。

●何が最善のAI戦略か、AIのツールをどう組み合わせれば最善の結果が得られるのかという問題には、正しい答えがひとつだけではないことが多い。なぜなら、AIにはトレードオフが関わっているからだ。スピードを上げれば精度が落ち、自律性を重んじれば統制が利かず、データを増やせばプライバシーは失われる。本書では、AIを導入する際の決断に伴ってどんなトレードオフが発生するのか、確認するための方法を紹介していく。組織の使命や目的を考慮しながら良い面と悪い面を丹念に評価すれば、最善の決断を下すことも可能だ。

(「第1章」了)

アジェイ・アグラワル、ジョシュア・ガンズ、アヴィ・ゴールドファーブ『予測マシンの世紀――AIが駆動する新たな経済』(小坂恵理訳、本体1,700円+税)は早川書房より好評発売中です。

■3月、著者来日! ビジネスカンファレンス「Sansan Innovation Project 2019」に登壇(詳細はこちら

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