悲劇喜劇1月号

悲劇喜劇2017年1月号収録『落語と演劇の違い』柳家花緑(落語家)

 突然ですが、100メートル走者がフルマラソンにチャレンジをする、と聞いたら皆さんはどう思いますか? それは無謀だと思いますか? それとも楽勝だと思いますか? 100メートル走とフルマラソンとは全然違うスポーツですよね? 〝走る〟という共通点はあっても、後は全然違う競技ですよね。身体の鍛え方、その鍛える部分も違うかも知れない。もしかしたら、瞬発力の必要な百メートル走と持久力の必要なマラソンとでは食事だって違うものを食べているかも知れません。って、私は一体何を言いたいのかといいますと、「100メートル走者がフルマラソンにチャレンジをする。」とは「落語家が演劇にチャレンジをする。」ということと似ていると思うんです。それくらい落語と演劇は違うモノでした。私は30年以上高座で落語を喋り、20年近く舞台で演劇を演らせて頂きました。落語がホームなら演劇はアウェイ。ところがお陰様でこの頃どちらもホームみたいな顔をして演らせて頂けるようになって参りました。

 落語と演劇。何がどの様に違うのかといいますと、先ず一人か複数かは分かりやすい〝違い〟の1つ。落語は自己完結している芸ですから、共演者を待っていても永遠に訪れません。たった一人高座へ出てお辞儀をすれば、後はオチがつくまで噺(はなし)が長かろうが短かろうが、一人でお喋りを申し上げるのです。〝一人芝居〟とは違い〝一人演劇〟なのです。主人公の八五郎を演じながら妻おツタも演じ、わんぱく盛りな金坊までも。それにご近所の熊五郎が出てくればご隠居さんに大家さん、ちょっとたりない与太郎まで出て来ちゃいます。遊郭のお女郎にお侍、犬だって演じますワンワン! ヒュ~~っと江戸の空っ風からトントンッと扇子を使って叩く戸の音も担当する。主役脇役にかかわらず、効果音でも何でもこなすとってもエコな芸なんですね! 私はこれを“座布団一枚の宇宙”と呼んでおります。

 演劇は、相手(共演者)の台詞をちゃんと聞きながら演技が出来て一人前だ。と以前どなたかから聞いた覚えがあります。これは落語家である自分には戸惑う事態でした。普段、全部自分の間(ま)で自分一人で演ってますから、相手との間合いが取れない。台詞のキャッチボールが最初は全く出来ませんでした。

 それに落語は座ったっきりです。動きながらの演技も初めて行いました。ましてや共演者も居て、素敵な女優さんが自分に触れて来たりしたらポ~っとしちゃって台詞どころではありませんでした。

 後大きく違うのは稽古です。今まで経験した演劇では1カ月間の稽古が多く、ミュージカルになれば1カ月半は掛かりました。落語は師匠と一対一で対面で稽古を行います。師匠の噺を聞き、後日覚えてから、聞いて頂き直してもらう。一つの落語を覚えるのに1週間で覚える人もいれば数カ月掛かってやっと覚える人もいる。師匠や先輩に稽古を付けてもらうのも前座、二ツ目という身分まで。真打ちになれば自分で演出もして自分一人で稽古するのが基本なんです。私は今、三日間で落語を覚えます。自分一人ということは、いつどこでどのくらいの時間を稽古するのかも自分で決めなくてはいけません。自己管理が問われます。

 先輩の春風亭昇太師匠はご存知演劇界でも活躍している噺家の一人。以前こんな話をしたことがあります。「演劇は稽古場があってみんなで稽古して、終わって飲みに行ったりなんかして、稽古期間のON、OFFがはっきりしていていいな! 落語は稽古場がないから、家でダラダラしながら、どこからが稽古でどこからが休みなのかはっきりしてないから非常に不健全だよね」と言っておりました。大事なのはもちろん本番ですが、その為の稽古がちゃんと出来る人じゃないとこの道で大成することはありません。師匠の故・五代目柳家小さんは若い頃は歩きながら稽古をした。電車に乗っている時も窓の外を向いてブツブツと喋り続けていたと。これは小さんの娘である私の母が、自分が子供の頃父親に手を引かれて外出する時はいつもそんな風に落語の稽古をしていたといいます。子供心にすれ違う人が見るので恥ずかしかった記憶があるそうです。

 私は元々演劇ファンです。自由劇場さんを観たり、花組芝居さんが好きで追っ掛けて拝見しました。そして自分が舞台にお呼びがかかって、演劇界で揉まれたことで落語も上達して来たように思います。今、弟子が10人。稽古を付ける時は演劇の演出家気取りで落語の稽古をしております。落語界の稽古はいわゆる駄目出しが小言になってしまいます。「何でそんな事も分からねんだ。今まで何をして来たんだ!」と。弟子はだんだん稽古をしたがらなくなる。私の出逢った演出家さんは皆さんヤル気にさせて下さる方ばかりでした。弟子との稽古はそれを真似して行っています。いま私もその稽古が愉しみでなりません。

 落語と演劇。似ている部分は台詞回しに感じ取ることもありますが、実際色々違いがありました。そして私にはその違いこそが魅力に映っています。これからも二足の草鞋を履き、走り続けたいと思います。

柳家花緑(やなぎや・かろく)落語家。1971年東京都生まれ。中学卒業後に祖父・五代目柳家小さんに入門。前座名・九太郎。89年、二ツ目昇進し、小緑と改名。94年、戦後最年少の22歳にて真打昇進し、柳家花緑と改名。古典落語はもとより、近年では47都道府県落語などを洋服と椅子という現代スタイルで口演する「同時代落語」にも挑戦している。近年の主な出演作に、07、08年『宝塚BOYS』、09年『江戸の青空』、12年『ラストダンス』、15年『南の島に雪が降る』、16年『狸御殿』など。

[今後の予定]「12月中席 昼の部 主任」12月11日~20日=鈴本演芸場〈お問い合わせ〉03-3834-5906。

「柳家花緑一門会」12月14日=横浜にぎわい座 芸能ホール〈お問い合わせ〉

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