見出し画像

ネビュラ賞・ロードスター賞・ローカス賞ほか5冠! 話題のファンタジイ『パン焼き魔法のモーナ、街を救う』試し読み公開!

 パン焼き魔法しか使えないわたしが、街の英雄になってしまった……!!
 魔法がちょっとだけ使える14歳のモーナが、大活躍する話題のファンタジイ、T・キングフィッシャー『パン焼き魔法のモーナ、街を救う』(原島文世 訳)をハヤカワ文庫FTから好評発売中です。2021年のアンドレ・ノートン・ネビュラ賞、ロードスター賞、ローカス賞ヤングアダルト部門、ミソピーイク賞児童文学部門、ドラゴン賞ヤングアダルト児童書部門を受賞、なんと5冠! SF・ファンタジイのヤングアダルト部門の賞を総なめにした話題作です。
 日本の皆様にも熱い視線をいただいている本書、冒頭を一部公開します。ある日の朝4時、いつものように店にやってきたモーナは……!? お楽しみください。

==あらすじ==
魔法使いがそんなには珍しくない世界。パン屋で働く14歳のモーナも、パンをうまく焼いたり、クッキーにダンスさせたりと、パンと焼き菓子限定のちょっとした魔法を使えた。そのモーナが、ある日知らない女の子の死体を見つけてしまう! そのうえ、陰謀に巻きこまれ、敵の軍勢が攻めてきたとき、魔法使いはモーナただ一人! 街を守れだなんて、どうしたらいい!? ネビュラ賞・ローカス賞など5賞受賞の話題のファンタジイ

T・キングフィッシャー『パン焼き魔法のモーナ、街を救う』

1


 叔母のパン屋に死んだ女の子がいた。
 あたしは情けない声をもらして1歩あとずさり、さらにもう1歩さがって、とうとうパン屋の戸口にぶつかった。大きなかまどがものすごく熱くなるから、たいていドアはあけっぱなしなんだけど、朝の4時でまだどれも温まってなかった。
 死んでいることはひとめでわかった。これまでの人生でそんなにたくさん死体を見てきたわけじゃないけど──まだ14歳だし、パンを焼くのは別に死亡率の高い職業じゃないし──でも、頭の下から流れ出てきてるあの赤いものは、どう考えてもパンの中につめるラズベリージャムじゃない。それに、誰もあんな寝心地の悪い角度で眠ったりしないと思う。そもそも仮眠をとるためにパン屋に押し入ったなんて想定したとしてもだ。
 ぎゅっとねじられたみたいに胃が締めつけられ、あたしは吐かないように両手で口を押さえた。もどした朝食まで足さなくても、片付けなくちゃいけないぐちゃぐちゃはたっぷりあるんだから。
 いままでに厨房で目にした最悪のものは、ときどき見かけるネズミと──責めないでよ、この街でネズミを締め出すのは不可能だし、うちの店ぐらい清潔な建物はないんだから──あとは運河から這い出てきたゾンビガエルぐらいだ。気の毒なカエルは大聖堂の下流に棲みついてて、大聖堂ではちょっと軽はずみに聖水をぶちまけることがあるから、たまにアンデッドのカエルやイモリなんかが大発生するのだ(ザリガニがいちばんひどかった。カエルなら箒で退治できるけど、ゾンビザリガニは司祭を呼ぶしかない)。
 でも、死体よりは大量のゾンビガエルのほうがましだったのに。
(タビサおばさんを呼んでこなくちゃ。おばさんならどうしたらいいか知ってる)なにもタビサ叔母のパン屋に定期的に死体があるわけじゃないけど、叔母はどんなときでもどうしたらいいか知っているような有能な人たちのひとりだ。飢えたケンタウロスの群れが街を襲い、通りを駆け抜けて小さい子どもや猫をむさぼったとしても、タビサ叔母は週2回の習慣みたいに落ち着いてバリケードを築き、弩(いしゆみ)を配置するだろう。
 残念ながら、タビサ叔母の寝室へあがる階段につながっている廊下に出るには、厨房の端から端まで歩かなくちゃいけないし、それはつまり、死体のあるところを通っていくってことだ。はっきり言えば、その上をまたぐ必要がある。
(よし。大丈夫。足さん、そこにいる? 膝さんは? これってなんとかなりそう?)
 足と膝はやる気があるって報告してきた。胃のほうはその計画に乗り気じゃなかった。胃が反抗したときに備えて、あたしはおなかのまわりを片手で押さえ、もう片方の手できっちり口を覆った。
(平気。平気。さあ行くよ……)
 あたしはじりじりと厨房に入った。ここで週6日、ときには7日、タイルの上を走りまわり、パン種(だね)を調理台に叩きつけ、かまどに天板をつっこんで過ごしてるのだ。なにも考えずに1日100回も厨房の床を横切ってるのに。いまやその床は、敵意に満ちたよく知らない土地が1マイルも続いてるようだった。
 あたしは板挟みになっていた。死体を見たくないけど、見なければあれ──女の子──を踏みつけちゃうかもしれないし、そんなのは考えるだけでもいやだ。
 どうしようもない。下を見た。
 死んだ女の子の両脚が床に広がっている。汚れたブーツに不揃いの靴下。すごく気の毒な恰好だった。つまり、死んでるのはどっちみち悲しいけど──まあ、最悪の性格だったとかじゃなければね──ちぐはぐの靴下で死ぬのって、なんだかとくに悲しい気がする。
 この子が急いで靴下を履いた数時間あと、パン屋の見習いにして半人前のパン生地魔法使いが用心深くそばを通り抜けながら、履いてるものの状態について考えてるなんて、きっと夢にも思わなかったんだろうな。
 たぶんどこかに教訓があると思うけど、あたしは司祭じゃない。一度司祭になろうかと思ったことがあるけど、あの人たちは魔法使いのことがあんまり好きじゃないのだ。たとえパン種をふくらましたり、ペストリー生地がお互いにくっつかないようにしたり、その程度の才能しかないような力の弱い魔法使いでも。ちょうど司祭職に就く望みをあきらめたころ、タビサ叔母がパン屋で雇ってくれて、小麦粉とショートニングの甘い歌声に誘惑されたことで、あたしの運命はほぼ決まった。
 このかわいそうな女の子の運命を決めたのはなんだったんだろう。顔の大部分が髪に隠れてて、いくつぐらいなのかわかりにくいけど──じっくり見てもいないし──若そうな感じがする。あたしよりそんなに上じゃなさそうだ。どうしてうちのパン屋で死ぬようなことになったんだろう? 寒いとかおなかがすいてるとかで、パン屋に忍び込むのはあるかもしれない──大かまどの火を灰で覆うことはしても、完全には消さないから、ここは夜でもあったかいし、パンケースに入ってる前の日のパンだとしても、いつだってまわりに食べ物がある。でも、そのことは死んでた理由の説明にはならない。
 女の子の目が片方見えた。瞼があいてる。あたしはまた視線をそらした。
 もしかしたらすべって頭を打ったのかも。ただ、パン屋に押し入ったあと、店の中で走りまわるっていうのは変だよね。タビサ叔母にはしょっちゅう、小麦粉をかぶったグレイハウンド犬みたいに厨房を走りまわってたら、そのうち首の骨を折るからねって言われてるけど。
(殺されたのかもしれない)脳裏で裏切り者の声がそっとささやいた。
(黙って、黙ってよ! そんなのばかばかしすぎる!)あたしはその声に言い渡した。人殺しは裏通りとかでするもので、うちの叔母の厨房じゃない。第一、パン屋に死体を置いていくなんてばかみたいだ。この街はそっくり運河の上に建てられてて、通りひとつにつき橋が50本はあるし、毎年春には地下室が水浸しになる。ドアから20フィートも離れてないところに申し分ない運河があるのに、誰がパン屋に死体を投げ捨てていくの?
 あたしは息をつめて死んだ女の子の足首をまたいだ。
 なにも起こらなかった。なにか起きるって思ってたわけじゃないけど、それでもほっとした。
 まっすぐ前を見て、あと2歩注意深く進んでから、ぱっと走り出す。肩でドアを押しあけ、どなりながら階段を駆けあがった。「タビサおばさあああん! 早くきて!」

 朝の4時だったけど、パン屋は朝4時に起きるのに慣れている。タビサ叔母が6時半なんて優雅な時間まで寝てるのは、この数か月でようやく姪が店をあけられるようになったからだ(念のため言っとくと、要するにあたしのこと)。叔母はあたしに任せるのを不安がってたから、店をあけてなにも問題が起きなかったときは本当に誇らしかった。
 おかげで、あたしが店をあけるときに死体が現れたことに2倍も罪悪感があった。たとえ自分のせいじゃなくてもだ。ううん、別にあたしがこの子を殺したわけじゃないんだから。
(ばかなこと言わないの、誰も殺されてなんかいないよ。ただすべっただけ。たぶんね)
「タビサおばさあああん!」
「ちょっと、モーナ……」ドアの向こうで叔母がぶつぶつ言った。「建物が火事になったのかい?」
「ううん、タビサおばさん、うちの厨房で死体を見つけたの!」と言うつもりだった。実際に出てきたのはどっちかというと「したいおばさん! タビサが──厨房に──死んで、あの子死んでて──あたし──すぐきて──あの子死んでるの!」という感じになった。
 階段のてっぺんのドアがばたんとひらき、叔母が部屋着をひっかけながら現れた。その部屋着はばかでかくてピンク色で、翼の生えたクロワッサンがびっしり刺繍してある。ものすごく悪趣味だ。タビサ叔母自身は大きくてピンク色だけど、体じゅうに翼のあるクロワッサンを飛ばしてたりしない。部屋着姿のとき以外は。
「死んでる?」叔母は眉を寄せてこっちを見おろした。「誰が死んでるって?」
「厨房の死体!」
あたしの厨房で!?」タビサ叔母は全速力でどかどかと階段を駆けおりてきた。踏みつぶされたくなかったので、あたしはあとずさってよけた。叔母は無視して通りすぎたけど、別に意地悪したわけじゃなく、横向きに店内へのドアをくぐった。そのあとに続いたあたしは、ドア枠からこわごわ首を突っ込み、爆発を待ち受けた。
「ふん」タビサ叔母は腰の両側にこぶしをあてた。「あれは死体だね、たしかに。神さま、お助けを。ふん
 長い沈黙が続いた。そのあいだあたしは叔母の背中を見つめ、叔母は死んだ女の子を見つめ、死んだ女の子は天井を見つめていた。
「ええと……タビサおばさん……どうしたらいい?」とうとう、あたしは問いかけた。
 タビサ叔母は体をゆすった。「さて。あたしゃおじさんを起こしてきて、おまわりさんのところへ行ってもらうよ。あんたは火を起こして、甘パンの天板をかけはじめな」
甘パン? これからパンを焼くの?」
「うちはパン屋だよ、おまえ!」叔母はぴしゃりと言った。「だいたい、甘パンが好きじゃない警官なんか見たことがないし、まもなくあの連中がうじゃうじゃくるんだからね。天板は2枚かけといたほうがよさそうだね、いい子だから」
「ええと……」あたしは気をとりなおした。「そのあと残りのも焼きにかかるべき?」
 叔母は眉をひそめ、下唇をひっぱった。「ううーん……ううん、それはやめとこう。少なくとも2、3時間は警官が出入りして、あちこち散らかすだろうからね。開店を遅くするしかないだろうね」
 向きを変えると、叔父を起こすためにのしのしと歩いていく。
 あたしは死んだ女の子とかまどと一緒に残された。
 かまどのひとつには簡単にたどりつけたので、下の火をかきたて、丸太をもう1本投げ込んだ。かまどを均等に熱くしておくにはこつがあって、最初におぼえるのはそのことだ。温度が高すぎたり低すぎたりする箇所があると、熱がまだらにあたって、とりだしたときにでこぼこになるし、あちこちひしゃげてしまう。
 あの子をまたがないと、もうひとつのかまどのところには行けない。一瞬考えてから、布巾を顔の上に投げかけた。じっと宙を見あげているあの片目が見えなければ、なんだか少しましな気がする。あたしはもうひとつのかまども火をかきたてた。
 甘パンは簡単だ。眠ってても甘パンなら作れるし、朝4時にはときどきそんな感じで焼いてる。粉類をボウルに入れて、泡立て器で一緒にまぜた。絶対に死体を目にすることがないように垂木を見あげる。きらきら光る目がちらっとのぞき、ハツカネズミがこっちを見おろしてから、ちょこちょこと垂木を横切ってネズミ穴に帰っていった(ハツカネズミがいるのは実はいいことだ、もうドブネズミがいないってことだから。ドブネズミはハツカネズミをごちそうと思ってるのだ)。
 調理台に卵があって、隅にはショートニングの入った陶器の壺がある。あたしは卵を割って、黄身を分けると──完璧に、と言っておこう──材料をまとめてもっと大きなボウルに移し、かきまぜはじめた。
 玄関のドアがひらいて、またしまったのが聞こえた。アルバート叔父が警官を連れてこようと出かけたのだ。タビサ叔母は店の前でばたばた動きまわっていた。お客の第一波を追い払おうとしてるんだと思う
 何人警官がくるんだろう。殺人事件ってことで、ふたり? 殺人は重大だ。死体回収の荷馬車がくるかな? まあ、そのはずだよね。この死体を生ごみと一緒にぽんと置いとくわけにはいかないし。荷馬車がきたら、近所の人たちはみんな叔父が死んだと思うだろう──もちろんタビサ叔母が死んだと思う人はいない。叔母は自然の力そのものだ──それで、噂話をしながらここに立ち寄って、殺人事件があったことを知る──
(ちょっと、いつこれが殺人だって決めたわけ? この子はすべっただけでしょ?)
 死んだ女の子を見ないようにしつつ、警官に思いをめぐらしているあいだに、菓子パンの生地を長くこねすぎてしまった。固くなっちゃうから、あんまりこねすぎないほうがいいのだ。あたしは粉だらけの手をパン種に突っ込み、そんなに固くなりたくないでしょ、とほのめかした。指のまわりがなんとなくしゅわしゅわして、生地がいくらかゆるんだ。ちゃんと頼む方法を知っていれば、パン種は喜んで説得されてくれる。たまに、ほかの人たちにはそれができないのを忘れることがある。
 あたしはなまのパン種を同じ大きさの12のかたまりに分け、パン焼き用の木べらに載せると、焦げたくないよね、ときびしく命令してかまどに押し込んだ。うまくいくはずだ。焦がさないのはあたしが本当に得意な数少ない魔法のひとつだから。前に1度、すごくたいへんな1日を過ごしたとき、この魔法を強くかけすぎて、パンの半分がぜんぜん焼けなかった。
 これで甘パンは終わりだ。あたしはエプロンで両手を拭き、粉入れから小麦粉を1カップすくった。厨房に死体がひとつあろうが1ダースあろうが、なにがなんでもやらなきゃいけない仕事がもうひとつある。
 地下室への階段はすべりやすい。どの家でも地下室は水もれしてるからだ。まだ地下室があることが不思議だった。生前大工だった父さんは、この下に別の街があるからだって言ってた。運河が上昇するにつれて上へ上へとどんどん建て増していったから、地下の床は本当は古い家々の屋根や天井なんだって。
 地下室のいちばん暗くてあったかい隅っこで、バケツがゆっくりと泡立っている。ときたま泡がひとつはじけて、イーストの湿ったにおいを吐き出す。
「ほら、ボブ……」あたしは反応が予測できない動物に近づくときに使う、甘ったるい声で誘った。「ほら。すてきな粉があるから……」
 ボブはいくつか泡を吐いた。これは熱心に挨拶してくれてるってこと。
 ボブはあたしの発酵種(だね)だ。生まれてはじめて実際にやってのけた大きな魔法で、自分のしてることがわかってなかったから、やりすぎてしまった。
 発酵種っていうのは、パンをふくらませるのに必要な酵母とかおかしなちっちゃい生き物がいろいろ入ったどろどろのことだ。発酵種によってパンの味はかなり変わることがある。ほとんどは寿命が2週間ぐらいだけど、上手に扱えば何年も生き続ける。コンスタンティンにあるやつは1世紀も生きてることになってるらしい。
 叔母のパン屋で最初に働きはじめたのはまだたった10歳のときで、なにかへまをしたらどうしようってこわくてたまらなかった。あたしの魔法でレシピが変なふうになっちゃうことは多い。だから、叔母がパン屋をひらいたときから使ってる発酵種の管理をまかされた。それはすごく重要な仕事だった。タビサ叔母のパンは有名だったからだ。
 でも……入れた小麦粉が多すぎたのか水が多すぎたのか、どっちかが少なすぎたのかわからないけど、発酵種はひからびて死にかけた。それを発見したとき、あたしはおびえきって両手をその中に突っ込み(言わせてもらうと、かなりかゆくなった)、発酵種に死ぬなって命令した。(生きて!)と言いつけたのだ。(ねえ、あたしのせいで死なないでよ、生きて! 育って! 食べて! ひからびないで!)
 まあ、10歳だったし、本当にこわかったし、おびえてると魔法はおかしなふうに働くことがある。力をこめすぎちゃったりとか。発酵種は死なずに育ちはじめた。ものすごく。ぶくぶく瓶からあふれだして手にかかったから、あたしは大声でタビサ叔母を呼びはじめたけど、叔母がきたころには、食べさせようとしてた小麦粉の袋まで発酵種がたどりつき、まるごと食べつくしていた。あたしは泣き出したけど、タビサ叔母は腰に両手をあてて言っただけだった。「まだ生きてるよ、大丈夫だから」そうして発酵種をかき集め、ずっと大きな瓶に入れてくれた。それがボブの始まりだ。
 実のところ、いまとなってはボブを殺せるのかどうかよくわからない。いつか、街じゅうがひどく凍りついちゃって、誰もどこにも行けなくなったことがある。タビサ叔母は3日間、街の反対側で動きがとれず、あたしはそこまで行けなくて、誰もボブに食べ物をやらなかった。次に行ったときには、凍ってるか飢えてるか、そんなふうになってるだろうと予想していた。
 ところが、バケツは地下室を横切って移動してて、2匹のドブネズミの残骸が散らばっていた。骨は食べなかったのだ。ボブが自分の力で食べられるらしいと知ったのは、そういうわけだった。どうやって動くのかはまだよくわかっていない──粘菌みたいにするのかな。バケツを持ちあげて調べる気はない。あのバケツはもう底がないんじゃないかって思うけど、ボブを怒らせる危険を冒したくはない。
 ボブはあたしにいちばんなついている。たぶん餌をやりに行く回数がいちばん多いからだろう。タビサ叔母のことは大目に見ている。叔父はもう地下室に行こうとしない。あいつは本当に、1度おれに向かってシューッとうなったんだぞ、と言い張っている。げっぷした音かなにかだったんじゃないかと思うけどね。
 上に粉をかけてやると、ボブはバケツの中でうれしそうにごぼごぼ音をたて、べとべとの触手みたいなものをのばしてきた。それをひっぱってとると、発酵種はまたバケツに落ち着いて粉を消化しはじめた。あたしがパンを作るのに少しもらっても気にしないらしいし、これはいまでも街いちばんの発酵種だ。
 ただ、ドブネズミを食べたとかいう話は誰にもしないだけで。

(つづきは書籍でお楽しみください)

『パン焼き魔法のモーナ、街を救う』
A Wizard's Guide To Defensive Baking
T・キングフィッシャー  原島文世 訳
装画:Minoru  装幀:早川書房デザイン室
ハヤカワ文庫FT/電子書籍版
1,430円(税込)
2022年9月2日発売