悪魔の赤い右手_帯

「なによりも素晴らしいのは、そのアクションの密度だ!」『殺し屋を殺せ』シリーズ最新刊、北上次郎解説


悪魔の赤い右手 殺し屋を殺せ2
クリス・ホルム/田口俊樹訳


解説/北上次郎(文芸評論家)    

 クリス・ホルムの前作『殺し屋を殺せ』が翻訳されたのは2016年だが、その年の「翻訳ミステリー・ベスト5」(小説推理2017年2月号)で、この作品を私は年間3位に選んでいる。ちなみに、そのときのベスト5の書名はこうだ。

1 『狼の領域』C・J・ボックス
2 『終わりなき道』ジョン・ハート
3 『殺し屋を殺せ』クリス・ホルム
4 『ささやかで大きな嘘』リアーン・モリアーティ
5 『暗殺者の反撃』マーク・グリーニー

 え、グリーニーより上なのかよ、と驚かれるかもしれないが、これには少し注釈が必要だ。そのときに書いた選考理由を、少し長くなるが、引いておく。

「グリーニー『暗殺者の反撃』が、クランシーとの共著でミソをつけたグリーニーではなく、見事な復活作であるのに1位にしなかったのはこの『狼の領域』があるからだ。これを差し置いて1位には出来ない。ならば、2位は失礼だ。第1期のジェントリー五部作の最終篇であるだけに、思い切って5位に置いてこのベストを締めたい。
 3位の『殺し屋を殺せ』も同じ道筋にある。こちらは暗殺者を主人公にしたアクション小説で、本来ならグリーニーより下位に位置する作品だが、本邦初紹介の作家なので祝儀の3位。アクション小説は正当に評価されることが少なく、このジャンルを愛する私はいつも悔しい思いをしている。そういう世評へ反発の3位でもある。読者を選ぶジャンルであるから仕方がないと言ってしまえばそれまでだが、同好の士には強くおすすめしておきたい。アイディアに満ちたアクションの連鎖が素晴らしい」

 なんだい祝儀の3位かよ、と言われそうだが、それでも3位だから高評価であることに変わりはない。そのときの新刊評も引いておく。

「なによりも素晴らしいのは、そのアクションの密度だ。通常のアクションよりも仕掛けに凝っているのがキモ。途中のカジノの場面も凝っていて、本来ならここをクライマックスにしてもいいだけの迫力に満ちているが、まだ物語は終わらず、アイディアに満ちたラストになだれこんでいく。いやはや、素晴らしい」

 これだけ褒めているのにその月の推薦作に出来なかったのは、C・J・ボックス『狼の領域』が同じ月に刊行されたからだ。年間のベスト1と同じ月に刊行されるとは不運以外のなにものでもない。ひと月ずれていれば絶対の推薦作だった。この年のベスト5の他の作品にも触れたいところだが、そんなことをしているとキリがないので、中止。
 いや、もう少し書いておく。先の「2016年ベスト5」で、「本来ならグリーニーより下位に位置する作品」と書いたことに補足を付け加えたい。これは、グリーニー『暗殺者の反撃』と、クリス・ホルム『殺し屋を殺せ』を比較したときの言だが、少し言葉が足りなかったと思うのである。唐突ではあるけれど、ここに都筑道夫のアクション小説論を挟みたい。『暗殺教程』桃源社版のあとがきで、都筑道夫は次のように書いている。

「これはスパイ小説のジャンルに入るものだが、さらにこまかくいうと、ストーリイの展開スピードと、敵味方のあいだにくりひろげられる闘いの変わったアイデアに、作者は主力をそそいでいる。したがって、あいまいなスパイ小説という呼び方よりも、古めかしく聞こえるかもしれないが、冒険小説とわたしは呼びたい。日本の冒険小説の伝統は、時代小説のほうに旺盛で、現代小説ではかぼそいから、そうしたものにエネルギーを傾けたことが、わたしの虚栄心をくすぐるのである」

 都筑道夫が別のところで、マクリーン『ナヴァロンの要塞』について「その(筋の)運びがまことにうまい。だが、なんとなく陰気で、カラッといかない」と書いていることをここに並べてみると、一つのことが見えてくる。つまり、アクション小説には、フレミングが書いた007のような「陽気な大活劇」と、マクリーンが書いた『ナヴァロンの要塞』のような「陰気で、カラッといかない」ものの二種があると都筑道夫は言いたいのである。で、後者を「陰気で、カラッといかない」と評したのは、それが都筑道夫の好みではなかったからだ。たしかに『暗殺教程』は前者のラインに属する作品である。
 しかし、こういう言い方ではマクリーンの立場がないので、私ならこう言い換える。アイデアを重視するアクションと、活劇者の肉体に力点を置くアクションの二種があると。そして前者が都筑道夫の好みのようだが、私は断然後者だと。『暗殺教程』の素晴らしさは認めたうえで、そう考えている。
 グリーニー『暗殺者の反撃』と、クリス・ホルム『殺し屋を殺せ』を比較したときに、前者のほうが上、と書いたのはそういう理由による。わかりやすくするために乱暴に要約してしまえば、この場合、グリーニー『暗殺者の反撃』がマクリーン『ナヴァロンの要塞』であり、クリス・ホルム『殺し屋を殺せ』が都筑道夫『暗殺教程』なのである。いや、これは誤解を招きかねない言い方だな。『殺し屋を殺せ』を読んだ人が、「このどこが『暗殺教程』なんだよ」と言う顔が浮かんでくる。これはあくまでもライン上の分類であることをお断りしておかなければならない。ラインでいえば、たしかに同じラインなのである。
 というわけで、その『殺し屋を殺せ』に続くシリーズ第二作が本書『悪魔の赤い右手』である。主人公は前作同様に、マイクル・ヘンドリクス。元特殊部隊員の殺し屋だが、普通の殺し屋と違っているのは標的が同業者であること。殺しの案件を知ると、殺害される予定の相手に接触し、狙われていることを告げ、高額の報酬で殺し屋抹殺を引き受ける。
 これが基本設定だが、巨大な犯罪組織〈評議会〉がヘンドリクスの存在に気がついて、彼を抹殺するために最強の殺し屋を派遣してくる、というのが前作だった。

 今回はこの基本設定が早くも変化する。では、どう変わったか。
 サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジにタグボートが激突して爆発炎上するのが本書の冒頭だ。あとで判明するが、どうやらそれはイスラム過激派組織の犯行らしい。それだけでも大変な出来事だが、そのテロの背景にもう一つ別の問題が生じる。それは、たまたま橋の上でビデオをまわしていた観光客に、死んだはずの男、フランク・セグレティの姿が撮られたことだ。この男を紹介するために少しだけ遠回りする。
 そもそも〈評議会〉というのは、アメリカ全土の犯罪組織の代表の集まりである。イタリア系、ロシア系、キューバ系、エルサルヴァドル系、ウクライナ系など、それぞれの組織が衝突しないよう、利害調整をはかるために作られた組織だ。ただ、組織内で利害がぶつかった場合、どこのギャングにも属していない仲介役が必要になる。評議会の決定を実行に移す手配と、世界各地から入ってくる評議会の利益の管理も、その仲介役の仕事だ。恐怖と畏敬の念を集める役職だが、正式な肩書はなく、「悪魔の赤い右手」と呼ばれた。それが、フランク・セグレティで、この男が七年前にFBIの支局に突然現れ、評議会を裏切ることを申し出る。
 ところが、FBIが用意した隠れ家が爆発。フランク・セグレティが裏切ったことを知った評議会の手が伸びたのかもしれないが、とにかくそこで一度は死んだはずの男だ。そのセグレティが生きていることを知れば、評議会がまた抹殺に乗り出すことは確実で、それを阻止するためには評議会よりも先にセグレティを見つけ出し、早く確保したい──FBI捜査官のチャーリー・トンプソンはそう考えて、その仕事をマイクル・ヘンドリクスに依頼してくる。彼女は、ゴールデンゲートブリッジにタグボートを激突させたテロリストを追うことを厳命されているので身動きが取れないのだ。それは評議会に復讐したいマイクル・ヘンドリクスの意向とも合っているはずだ、とトンプソンは言う。
 その話を結局は受けることになるのは、ヘンドリクスの方針が変わったからだ。前作を未読の方がいるかもしれないので(未読なら本書のあとに遡ってぜひ読んでほしいので)ここには詳しく書かないが、前作で起きたことのために、ヘンドリクスは方針を変えるのである。彼はトンプソンにこう言う。
「怪物の尻尾を追いかけまわすことにうんざりしたのさ。それよりさっさと怪物の頭を狙って始末することにしたのさ」
 というわけで、フランク・セグレティを探すヘンドリクスのマンハントが始まることになるが、この先のストーリーは読書の興を削がないために紹介しないほうがいいだろう。ここに書くことが出来るのは、今回はトンプソンの私生活が多く描かれること、キャメロンという新しいヒロインが登場してヘンドリクスを助けること、評議会だけでなく、ベラム産業という民間の軍事会社がヘンドリクスの前に立ちふさがること、フランク・セグレティのあとに「悪魔の赤い右手」となったサルという男が、ヘンドリクスの敵になること、そういうことが渾然一体となって複雑なストーリーを構成し、めまぐるしく展開するから目が離せないということだけだ。今回も鮮やかなアクションが展開する、ということだけだ。

 2019年1月


殺し屋を殺せ
クリス・ホルム/田口俊樹訳

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