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書き続けることができる者と、できない者の違いは何か? 冲方丁『生き残る作家、生き残れない作家』序章

作家・冲方丁が、25年ものあいだ生き残ることができたのはなぜか? 「HOWではなくWHYを知ること」「言葉・文章・描写の特質を理解すること」「物語る存在として生きること」。作家であり続けるためのシンプルかつ不可欠な16の原則を伝える大人気創作講座の書籍化『生き残る作家、生き残れない作家』が24日(土)に発売されます。刊行記念の試し読みとして、本書の冒頭部分を公開いたします。

生き残る作家、生き残れない作家-冲方塾・創作講座_帯

冲方 丁(うぶかた・とう)
1977年岐阜県生まれ。1996年『黒い季節』で第1回スニーカー大賞金賞を受賞してデビュー。2003年『マルドゥック・スクランブル』で第24回日本SF大賞、2010年『天地明察』で第31回吉川英治文学新人賞、第7回本屋大賞、2012年『光圀伝』で第3回山田風太郎賞を受賞。

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はじめに


 どれほど努力をしても作家になれない人がいます。
 その一方で、優れた作家であったにもかかわらず、ふいに書かなくなる、あるいは書けなくなってしまう人がいます。
 なぜそうなってしまうのでしょうか?
 書けない人、書けたのに書かなくなる人の存在は、私にとって、いずれも長いこと無視できない疑問の種でした。
 いつ自分もそうなるかわからないのでは、おちおち作家などやっていられないからです。
 しかも新人の頃は、ことあるごとに、「お前のようなやつが作家として生き残れるとは思えない」といったことを、先輩の作家や、年配の編集者から言われたもので、それでかえって、作家として生き残るとはどういうことかと考えさせられたものです。
 そうして、かれこれ二十五年ほど作家として考え詰めて得た答えの一つは、作家になるために必要な「何か」こそ、作家でい続けるために必要な「何か」でもあるということ。
 その「何か」が失われれば、どんな作家も、「どれほど努力しても作家になれない人」になってしまうのです。
 そして、今ではそれが、文筆家という意味での作家に限らず、何かを創造し続ける人々に必須の「何か」である、ということもわかっています。
 逆に、その「何か」を大切にし、精進に努めれば、来たるべき「書けなくなる日」を回避し、死ぬまで執筆三昧をまっとうできる。
 そしてその「何か」を示すことが、これから作家になろうとする人々に「生き残るすべ」を与えることになる、というのが私の考えです。
 私は今年で、デビュー以来、作家として二十五年を迎えます。
 作家として生き残るなか、作家業を継続できなくなった人々を数多く見てきました。
 私が関わった新人賞や新人発掘企画だけでも、数百人がデビューしましたし、日本国内の新人作家の数は、軽くその数倍にのぼります。
 しかしその後、志した作家業だけで生活できる者は、ほんの僅かに過ぎません。
 今後ITがますます生活の基礎となり、電子メディアの発達によって作家デビューのチャンスは広がり続けるでしょう。そしてその分、ひとたび得たチャンスを活かせず、行き詰まる人々も増えるということが大いに予想されます。
 そうした人々は、そして私自身は、どうしたらチャンスを活かし、作家であり続けることができるのでしょうか?
 この問いに答えることが、本書の趣旨となります。
 書き続けることができる者と、できない者の違いに着目し、できる者は何を備えているのか、できない者は何を持たず、あるいは失ったのか、一つずつ思案してゆきたいと思います。

序章 WHYを知る者は生き残る


 作家として生き残るとは、どういうことをいうのでしょう?
 これは、超ベストセラー作家になれるかどうか、ということとは関係ありません。
 作家業のみで生活を維持し続けることができるかどうかです。執筆の合間に、ウーバーイーツのボックスを背負うこともなければ、本業を別に持って執筆を副業にすることもないということ。作家として、普通に暮らせるということです。
 先に申し上げておくと、私自身、そう大して売れている作家ではありません。
 それでも、三十代で得た収入の合計を税理士がくれた書類で確認したところ、だいたい六億円とちょっとくらいでした。中堅どころの作家としては、まあまあといったところです。ただ残念ながら、私が目標とするスティーヴン・キングなどには足元にも及びません。
 もちろん、全ての作品が何百万部も売れて、あるとき六億円が入ってきたわけではありません。一万円を六万回稼げば六億です。十万円を六千回。百万円を六百回。一千万円を六十回。どの稼ぎ方も結果は同じです。常に一定以上のペースに耐えて作品を発表し続ければ、数年では無理だとしても、十年や十五年かければ、成果はかなり蓄積されます。
 ちなみに四十代になった今、三十代で稼いだお金は、まったく残っていません。
 これは、収入から経費が引かれたり、税金を納めたり、知らないうちにお金がない親族の借金の返済にあてられたり、元伴侶が詐欺に引っかかったり、家を建てた直後に東日本大震災に見舞われたりしたからだそうです。ここで伝聞になるのは、お金の管理を自分以外の人間に任せていたからで、そうするとどんどんなくなるということがわかりました。
 財テクという面では絶望的な有様ですが、にもかかわらず他人事のように思えるのは、お金よりも大切な「書ける」という最大の財産を持っているからにほかなりません。
 過去十年の稼ぎが消えたなら、次の十年でまた稼げばいい。
 そもそも、お金が誰かの手に渡った分、経済的に困窮する人が周囲にいなくなったのだから、むしろ今後はお金を貯めやすくなることでしょう。
 と、このように楽観できるのも、「書ける」という実感と、それを支える「何か」が、私の中に確固としてあるからです。
 では、「書ける」という最大の財産を支えてくれているものとは何でしょうか?
 まずきわめて単純に、「なんのために書くかを知っている」ということが挙げられます。

 ・ WHYを知る者は生き残る。

 このことを説明するには長らく困難を伴いましたが、あるとき「ゴールデンサークル」というビジネス上の「ものの考え方」が流行したおかげで大いに説明がたやすくなりました。
 その簡潔にして肝心要の図が、こちらです。

冲方塾_図版1


 これは、イギリス生まれのマーケティング・コンサルタントであるサイモン・シネックという人が、二〇〇九年に、「優れたリーダーはどのようにして行動を促すか」というプレゼンテーションを行ったことで広まった考え方だそうです。
 中心に「WHY」がある。ビジネスを行うとき、なぜそうするのか? 行動の根源的な理由は何か? ということが方針の中核をなしているさまをあらわしています。
 次に「HOW」が来る。ではどうやって「WHY」に応えるかが思案される。
 そして結果的に「WHAT」が生まれる。商品や作品や行動が、最後に現れる。
 それまでのマーケティングはこの逆でした。つまり、中心に「WHAT」があった。売らねばならない自動車や冷蔵庫といったモノが日々、大量生産されている。それをどうにかして売らねばならないので、セールストークの「HOW」が蓄積された。とにかく売ればいい。なぜそれを買わせねばならないかは、あとづけでいい。「WHY」は最後の添え物であって、できれば真剣に考えたくない。
 この態度がひっくり返ったことで、たとえばITイノベーションのような「それまでにないもの」が現れ、かつそのリーダーは大勢の社員を従えることができた、というわけです。
 作家活動において、このゴールデンサークルの中心に「WHAT」を据える人は、いずれ必ず書けなくなります。
 なぜなら、あるモノのために書くのであれば、それが手に入った瞬間、書く理由がなくなるからです。なぜ書くのか・書かないのかと自分に問うのも億劫になります。
 現実問題、ひとたび成功すると書けなくなる人はしばしばいます。
 自分の作品が大ヒットしてほしい、映像化されてほしい、有名な賞をとりたい、といったモチベーションは、満たされると持続しません。得た時点で目的が消えます。
 これは新人にもベテランにもいえることです。新人にも、新人賞をとったことで満足して書けなくなる人がいます。自分自身が書く目的を、あまりに「賞の獲得」に据えてしまったせいで、それがスタートラインに過ぎないという現実が失われてしまうのです。
「なんのために書くか」という目的設定の中心に「WHAT」を据える人は、そのつど新たな目的を強く意識し続けねばなりません。お金であれば、百万円を稼いだら次は一千万円、一千万円を稼いだら次は……と、再設定に労力を要します。
 自分の中のリビドーをもとに、衝動を執筆の動機とするのも同じです。一つクリアしたら、さらに次の衝動を喚起しなければなりません。
 若い恋人がほしい、高い酒が飲めるようになりたい、大勢から尊敬されたい、といった目的意識も同様です。無限に新たな何かが必要となります。若い恋人が一人できたら、二人目、三人目……と続けざるを得ず、どこかで行き詰まります。「WHAT」を目的に設定する難点は、こうしてどんどんハードルが高くなり、やがてはとても達成不可能な目的設定となってしまい、人々の気力を失わせることにあります。
 また、「WHAT」を目的設定の中心にする人は、病気や怪我などで体が不自由になると、一発でモチベーションを失い、生きる気力すら奪われかねません。
 逆に、「WHY」を中心とする人は、再設定に労力を要しません。繰り返し同じ目的のもと、新たなチャレンジをはかることができます。
 たとえば私の場合、「最初の一行を書くわくわくと、最後の一行を書く達成感を、死ぬまで味わい続けたいから書く」というのが「WHY」の根本です。
 また、「執筆を通して、自分、人間、社会、世界を知りたいから書く」という思いを、十代の頃から抱き続けてきました。
 執筆は私にとって、表現であり経済活動であり学習であり生きがいです。題材はおのずと無数に生じるため、とても自分の一生では全て書き尽くせそうにありません。どうせ道半ばでこの世を去ることになるのですから、最期の日をなるべく先延ばしにしながら、最も効率よく全力疾走を続けるのみです。
 これが、「WHY」を中心とする作家の強みです。

 なお、日本人に特徴的なことですが、目的設定の中心が「WHEN」である人もいます。
 日本人は年齢によって「すること」や「なること」をやたらと決めます。七五三、成人式、就職活動、結婚適齢期、働き盛り、隠居、といった数々の言葉は、ある年齢になったらこうする、という社会規範がかなり強固に存在している事実を示しています。
 このため「きっとそのうち自分が作家になる時期がくるはず」、「売れる日がくるはず」、「自分が本気になる瞬間が突然やってくるはず」といった、「待ちぼうけ人材」が相当数います。
 なかでも顕著なのは、「〆切がないと書けない作家」です。
 電子メディアが発達すると、生産スケジュールを厳密にしなければ成り立たない紙媒体とは異なり、〆切も枚数規定もきわめて柔軟なものとなります。逆に言えば、スケジュールを自分で決めねばならなくなるのです。そうなったとたん、どう書いていいかわからなくなる作家もいるのです。
 目的設定の中心が「WHEN」の場合、誰かにタイムスケジュールを管理してもらわねばならず、執筆の動機を自分の外に委ねているという点では「WHAT」と同じです。自分をコントロールしてくれる誰か・何かを持続可能なものにしておかないと、いつか必ず「書けなくなる日」がやってくることになります。
 結局、「WHY」を中心にする作家ほど生き残る。これが結論ですが、一応、5W1Hのうち、残りの「WHO」「WHERE」「HOW」を中心とした場合も、みていきましょう。
 まず「WHO」を中心に据える人もいます。プロデューサーや編集者のタイプです。誰かを有名にしたり売れる存在にしたり、あるいはその人間の表現を愛するがゆえに、あれこれ考えることに熱意を傾けます。このタイプの作家もいます。自分はアイディアやストーリーを提供し、誰かに完成してもらう。脚本家や原作者向けの人材です。
 こうしたタイプの問題は、「WHO」が変わったり、自分自身になったとたん書けなくなる可能性があるということ。人に完成してもらうのですから、相性が悪い相手とは仕事が成り立ちません。また、自分自身が手がける段になるとモチベーションが混乱して書けなくなる人もいます。自分自身で手がけるときには、目的設定の中心を別のものに変えねばなりません。
 次に、「WHERE」を中心に据える人もいます。
 ある特定の地域に憧れて移り住んだり、組織やレーベルに所属することを執筆の動機にする作家です。とにかく今いる場所にいたいから書く。これも「WHAT」と同様、地域への憧れの念が消える、経済的な限界をきたして住み続けられなくなる、レーベルがなくなる、人間関係でトラブルを抱えるといったことが原因で書けなくなります。結局は、自分以外の何かに、自分をコントロールしてもらわないと書けないということです。
 最後に、「HOW」を中心に据える人もいます。小説のノウハウについて考えることが大好きな作家で、分析、評論、ジャンル区分に情熱を傾けます。研究家タイプであり、思考には限度がないため、実は「WHY」についで、長く生き残れるタイプの作家といえます。
 SFやミステリーなどのジャンル作家に、このタイプが多いという印象です。映画監督にも、このタイプがいます。私も、二十代の頃は「HOW」がかなり強い動機となっていました。ただ、このタイプの作家は、実験作や膨大な評論に傾倒する場合があり、まったく収入にならないことを延々と続けてしまうという経済的なリスクを伴います。
 私もどちらかというと、この傾向があるため、ほどほどにするよう自分に言い聞かせねばならないときがあります。研究対象に没入してしまうと、どうしてもパトロンがなければ生活できない状態になりがちなのです。
 様々な実例から経験的に言えることは、やはり目的設定、すなわちゴールデンサークルの中心に「WHY」を据える者は、何があっても書き続け、経済的なリスクも少なく、そして生き残るということです。

    余談その一 作家業における大ヒット破産

 ある年に百万部売れる。毎年十万部ずつ十年間売れ続ける。どちらも発行部数は同じです。では、どちらが生活面で有利でしょうか?
 得た収入をその後どうするかにもよりますが、生活面では後者が有利といえます。
 まず、継続力があるので、次の十年も同じように売れる可能性が高い。継続と蓄積は、何より経済的なリスクを低減してくれます。
 また、あるとき突然大ヒットすると、税金の額ががらりと変わります。
 この国では、一定以上の収入に対し、自動的に所得のだいたい四十%を税金とすることに加え、「予定納税」という制度が存在します。
 これは「高額納税者は納税が大変だろうから、お金を使ってしまう前に二年分まとめて払わせる」という、税理士から何度も説明されたものの、いまだに摩訶不思議な気分になる理屈によるものです。
 二年分ということは、ごく単純に考えて、前年の所得の八十%を一気に納税することになります。
 このため節税が不可避となり、大慌てで豪邸を建てたり、人を雇ったり、不必要な高額商品をせっせと購入する必要に駆られます。政府が好む経済的活況のための薪となって火にくべられるわけです。
 当然、家を建てればその後は固定資産税がつきまといますし、雇用者の数だけお金は出ていき、高額商品の値は購入時より下がります。こうして、お金を失うためにお金を使うというサイクルに突入すると、抜け出すのは容易ではありません。
 結果、大ヒットしたがために借金を背負ったり、心身がおかしくなる人もいます。大して欲しくもないものを買うことがやめられない買い物中毒になるなど、傍目には自由な生活を謳歌しているようにみえて、本人は少しずつ何かに蝕まれてゆくのです。
 せっかくの納税者を殺してしまわないよう、「平均課税制度」という救済策も用意されています。ある年だけ急激に収入が上がった場合、過去三年間の収入の平均よりも一定以上なら、たまたまバカ売れしただけとみなし、税率を下げるという制度です。
 この国では、作家や漁師など一部の自由業種にしか適用できない救済策で、これを知るのと知らないのとでは、手元に残るお金の額がまったく違います。
 なんであれ、作家として、まったく売れないことも、あるとき大ヒットしてしまうことも、乗り越えねばならない生活面での危機を迎えるという点では同じことであり、書き続けるためのモチベーションを失う大きな要因となりがちなのです。
 ちなみに節税のほとんどは経費を増やすために現金を使うということであり、やればいいというものではありません。現金を使いすぎて節税貧乏になる人もいます。無理にお金を使わず、素直に税金を納めたほうが、長い目で見れば少しずつお金は貯まります。それがわからない人にお金を預けると、あっという間に消えてなくなりますのでご注意を。

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この続きは書籍版でお楽しみください。


 目 次
はじめに

序 章 WHYを知る者は生き残る
① WHYを知る者は生き残る。
余談その一 作家業における大ヒット破産

第一章 言葉の三つの特質を知る者は生き残る 
② 言葉が生まれた原初の理由──「発見を伝える力」を知る者は生き残る。
③ 言葉が発展した最大の理由──「継承」する者は生き残る。
④ 言葉が文明の基礎となった理由──「法則」を抽出できる者は生き残る。
余談その二 選択的注目(セレクティブ・アテンション)とフェイク
第二章 文章を知る者は生き残る 
⑤ 文章の性質──始まりと終わりをイメージできる者は生き残る。
⑥ 文章の構造──順序をイメージできる者は生き残る。
⑦ 文章の工夫──五つのルール、「増やす・減らす・ 入れ替え・統合・分割」を自在に駆使できる者は生き残る。

第三章 描写ができる者は生き残る 
⑧ 五感の性質──モノと空間を同時に描写できる者は生き残る。 
⑨ 人物の性質──感情と肉体を同時に描写できる者は生き残る。 
⑩ 時間の性質──さらに時間を同時に描写できる者は生き残る。 
⑪ 価値の性質──さらに価値を同時に描写できる者は生き残る。 
  様々な「描写」の例 

第四章 物語る者は生き残る

⑫ 物語の開始──連想から逸脱できる者は生き残る。
⑬ 物語の展開──反論できる者は生き残る。
⑭ 物語の結論──解決できる者は生き残る。 
  一、論点の感情的な解決……
 「ゴジラ対ラドン効果」の乗り越えと共感原則。 
  二、論点の論理的な解決……法則に基づく解決。
  三、論点の律法(習慣)的な解決……巨大な命題に寄り添う。
  四、論点の諧謔的な解決……ユーモアの効用。 

終章 課題を設定できる者は生き残る 

⑮ 「何をWHAT、どのようにしてHOW、いつWHEN、どこでWHERE、 誰がWHO」書くのか──全てをマネジメントできる作家は生き残る。
⑯ これからの作家のあり方──時代に適応し、かつ継承する者は生き残る。 

付録Ⅰ 作家になるために、やっておくべき八つの課題
付録Ⅱ 例文集
付録Ⅲ 自己マネジメント例 

あとがき

みんなにも読んでほしいですか?

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