サラ・パレツキー『クロス・ボーダー』訳者あとがき公開「一時期のパワーダウンが信じられないほどの頼もしいV・Iに戻っている」
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サラ・パレツキー『クロス・ボーダー』訳者あとがき公開「一時期のパワーダウンが信じられないほどの頼もしいV・Iに戻っている」

 読み終えた読者の皆様から激賞の声が続々と届いております、サラ・パレツキーの〈V・I・ウォーショースキー〉シリーズ最新作『クロス・ボーダー』。今回は訳者の山本やよい氏による巻末の訳者あとがきを全文公開いたします。

クロス・ボーダー 上下

訳者あとがき

 V・I・ウォーショースキー・シリーズの十九作目、『クロス・ボーダー』をお届けしよう。前作 Fallout(邦題『フォールアウト』二〇一七年ハヤカワ文庫刊)の翻訳出版が二〇一七年十二月だったので、V・Iは日本の読者の前に四年ぶりに登場することとなる。前作ではシカゴを離れてカンザス州へ出かけ、巨大な陰謀の渦に巻きこまれてしまったV・Iだが、本書ではシカゴに腰を据え、この街を縦横無尽に駆けまわる。
 そもそもの始まりは午前二時にかかってきた電話だった。かけてきたのはフェリックス・ハーシェル。V・Iの親友であるロティの弟の息子で、イリノイ工科大学の工学部に在籍中だが、警察へ連れていかれそうになり、彼女に助けを求めてきたのだった。シカゴ市の南西部に広がる森林保護区で無惨な遺体が発見され、遺体のジーンズのポケットにフェリックスの名前と電話番号を書いた紙が入っていたため、彼が第一容疑者にされてしまったのだ。「フェリックスの容疑を晴らして」とロティに懇願され、しぶしぶひきうけるV・I。ところが、さらにもうひとつ、厄介な事件を背負いこむことになった。
 V・Iはずっと昔、ほんの短いあいだ、ディック・ヤーボローという男と結婚していた。夫婦ともに弁護士だったが、金と名誉を愛し、夫に尽くす妻を理想とするディックと、正義感に燃え、弱者に寄り添うV・Iがうまくいくはずもなく、ディックの浮気をきっかけに二人は離婚することになった。
 その元夫の姪に当たるハーモニーが突然V・Iを訪ねてきて、「姉のリノが行方知れずなの。お願いだから、捜すのを手伝って」と泣きついた。離婚したとはいえ、かつての夫の姪なら、V・Iにとっても姪に当たる。気は進まないながらも、ことわりきれずにリノ捜しにとりかかるV・Iだったが、最初はまったくの無関係と思われたふたつの事件につながりがあることが徐々に判明してくるあたりから、持ち前の正義感に突き動かされ、最初は気乗り薄だったことが嘘のように全力で事件にぶつかっていく。
 デビュー作では三十代だったV・Iも徐々に年齢を重ね、四十代に入ったころから体力の衰えを嘆くようになった。訳者であるわたしはシリーズの翻訳を続けながら、「このごろ、ヴィクって愚痴が多くなったわね。このままパワーダウンして、いずれ事務所を閉じるつもりかしら。シリーズが終わってしまうのかしら」と、ひそかに心配したものだった。二〇〇五年刊のFire Sale(邦題『ウィンディ・ストリート』二〇〇六年)からしばらくシリーズが中断されたため、いよいよ探偵事務所を閉鎖する気かもしれないと不安になった。ところが、四年後の二〇〇九年、Hardball(邦題『ミッドナイト・ララバイ』二〇一〇年ハヤカワ文庫)で、V・Iはみごとに復活。これ以後の作品では「年をとった」とか「疲れやすくなった」というセリフを口にしなくなり、デビューのころ以上にパワフルな活躍をするようになる。「だっ、大丈夫? そんなに無理しなくてもいいんじゃない?」と、思わず声をかけたくなるほどだ。
 本書でも彼女の超人的なタフネスぶりはいっこうに衰えを見せていない。姪のハーモニーの身を守るために悪漢どもに立ち向かってフラフラになったり、事件関係者の住まいに忍びこんだところを見つかって背後から撃たれたり、物語のクライマックスに至っては無謀としか言いようのない行動に出たりして、一時期のパワーダウンが信じられないほどの頼もしいV・Iに戻っている。
 本書がアメリカで刊行されたのは二〇一八年。ちょうどトランプ政権下にあった時代で、作中にも、大統領に対する皮肉っぽいコメントが登場する。
‟一年前には我慢のならなかった連中が、いまじゃ大統領と閣僚ですもの”
‟おまけに、アメリカ大統領が移民を迫害しはじめ、怯えた羊みたいに集めて逮捕するものだから……”
 V・Iが見た二〇一六〜二〇一八年のアメリカを、パレツキーはこんなふうに辛辣に描きだしている。この時代のアメリカの姿を伝える貴重な記録として残ることだろう。
 最後に次作 Dead Land(当社より刊行予定)のご紹介を少し。『カウンター・ポイント』で初登場して、コントレーラス老人にすっかり気に入られたバーニー・フシャールが帰ってくる。一時カナダに帰国していたが、女子アイスホッケー・チームのコーチをするため、シカゴに戻ってきたのだ。バーニーのおかげで、V・Iはまたまた大きな事件にひきずりこまれ、その身を危険にさらすことになる。元気いっぱいのバーニーと、タフなヴィクの活躍をどうぞお楽しみに!

 二〇二一年八月

◎書誌情報

タイトル:『クロス・ボーダー』
著者:サラ・パレツキー
訳者:山本やよい
価格:各1,100円+税
刊行レーベル:ハヤカワ・ミステリ文庫

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