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あなたの脳に眠る「数学的知性」を覚醒させよう! 『AIに勝つ数学脳』本文試し読み

計算だけが「数学」じゃない。AI(人工知能)ブームの今、AIを「使う側」に立つために必要な思考法とは?
話題の新刊『AIに勝つ数学脳』(ジュネイド・ムビーン、水谷淳訳、早川書房)より、あなたの脳で眠っている「数学的知性」を呼び起こすためのヒントを紹介します。(本文「はしがき」より試し読み公開。一部編集してお届けします。)

『AIに勝つ数学脳』(早川書房)

はしがき 数学的知性の正体

1950年代、MIT。人工知能の第一の波が近づいている。この分野の指導的人物の一人、マーヴィン・ミンスキーは、「我々は機械を賢くするんだ。意識を持たせるんだ」と言い放った。すると同僚のダグラス・エンゲルバートはこう言い返した。「それはみんな機械のためなのかい? 人間のためには何をしたいんだい(※注1)?」

人工知能(AI)の研究者は、自分たちの創作物の持つ可能性に楽観的でなければ務まらない。この分野が本格的に始動したのは1956年、ニューハンプシャー州のダートマス・カレッジで開かれた夏の研究会で、AIの創始者たちが明確な言い回しで将来展望を示したことによる。人工知能は、「学習をはじめとした、知性のあらゆる特徴をすべての面からシミュレートすることで(※注2)」、人類を次なる革新の黄金時代へいざなうことになる、と彼らは信じていた。時間的見通しはさらに大胆だった。ひと夏さえあればAIの肝心な部分は作り上げられるというのだ。

だが実際にはもっと面倒であることが明らかとなった。興奮の夏が終わるとAIの冬の時代が続き、この分野は何十年ものあいだほぼ停滞した。しかし最近の新聞の見出しを見れば分かるとおり、いまやAIの分野は新たな興奮状態にある。人気のゲームで華々しい勝利を収めたり、ホームアシスタントが普及したり、自動運転車が登場しはじめたりする中で、機械は再びその頭をもたげてきている。

我々人間がほかの生物種と違う点は、道具を発明して、非常に困難な問題を解決するためにそれを役立てることだとされている。ところがその道具のいくつかがあまりにも強力になって、我々の思考や存在のしかたに重大な脅威を与え、我々は自らの滅亡に加担することになってしまうかもしれない。オートメーションが人間の仕事を脅かすとした研究は数多いし(※注3)、未来のいわゆる「超知能」マシンは、そもそも人間とは何なのかということすら考えなおさせることになるかもしれない。

最新の技術革新の波をめぐって予想や期待、不安が次々に高まっていくこの新たなサイクルに入ったいまや、冒頭に挙げたエンゲルバートの疑問は大きな声ではっきりと問いなおすべきだ。テクノロジーをあがめるがあまりに、我々人間自身の能力を無視してしまうのはよろしくない。人間の思考には、機械にはない基本的な特長がいくつかある。機械を用いた学習や労働によってないがしろにされてきたが、半導体でできた相棒と並んで繁栄するにはいますぐにでも再び呼び覚まさなければならない特長だ。

人間は数千万年におよぶ進化と数万年におよぶ絶えざる前進によって、この世界を理解し、新たな世界を想像し、複雑な問題を考え出しては解くための強力な体系を編み出してきた。その体系のおかげで我々は、この社会を支える経済を作り出し、民主主義の概念を育み、さまざまな技術を生み出してきた。いまではそれらの技術が我々ににらみを利かせてくるが、この同じ体系を使えばそのデジタルの野獣を手なずけるスキルを身につけることができる。

その体系には呼び名がある。「数学」だ。(中略)

数学的知性の7つの原則

本書を通じて掲げていく数学的知性とは、パターンマッチングのアルゴリズムを超えたものを必要とする代物であって、それは人間とコンピュータの両方に求められる野心的な基準である。数学的知性をそのように理解するには、それを計算と結びつけるのをやめて、数学をもっと幅広い意味でとらえなければならない。あまりにも大勢の人があまりにも長きにわたって、思考体系としての数学にパワーがあるのは、社会が計算能力に敬意を抱いているからであると誤解してきた。かつて人間の知性に特有の証しとみなされ、労働者にとって十分だったスキルが、いまではコンピュータに奪い尽くされている。人間はそれ以上の能力を目指して努力しなければならないのだ。

次章からは、人間とコンピュータを分け隔て、機械の知性を補完し、日常生活の複雑な問題に取り組む力を与え、我々にとってもっとも自然な思考方法に組み込まれた、数学的知性の7つの原則を説明していく。各章で、いまに受け継がれるさまざまな概念や問題を引き合いに出しながら、数学に欠かせない特徴を掘り起こしていく。数学の歴史におけるいくつかの典型的なストーリーを追体験するとともに、過去や現在の数学者の話に耳を傾けて、数学を内側から眺めるとどのように見えるのか、各世代の道具やテクノロジーとともに数学がどのように進化しつづけてきたのかを探っていく。数学のレンズを通して人間と機械の知性の本質に光を当て、AIとの共存を前向きに方向づけられるようになれば幸いだ。

最初の5つの原則は、我々の「考え方」に関する事柄である。

〇人間に本来備わった数の感覚は、正確な計算でなく概算に基づいている。我々に組み込まれた概算のスキルは、コンピュータの正確さを補完するものである。現実世界を解釈するにはその両方が必要だ。

〇おおざっぱな数の感覚は自然界の至るところに見られる。人間がほかの動物と違う点は、言語と抽象化にある。我々は知識を強力な形で表現する並外れた能力を持っていて、その表現法はコンピュータの二進言語よりも多様である。

〇 数学によって我々は、永遠の真理を確立させるためのもっとも堅牢で論理的な枠組みを手にする。推論は我々を、純粋なパターン認識システムによる疑わしい主張から守ってくれる。

〇すべての数学的真理は、出発点となる一連の仮定、いわゆる公理から導き出される。我々人間はコンピュータと違い、決まり事を破って、自分の選んだ事柄から論理的に導き出される結果を吟味する自由を持っている。数学に基づいて想像を膨らませ、ルールを破ることで、魅力的な、ときに適切な概念が手に入る。

〇コンピュータには幅広い問題を解かせることができるが、それに値するのはどのような問題だろうか? 我々の持つ思考スキルにとって、問題を問うことは、問題を解決すること自体と同じくらい欠かせない。チェスなどの問題が力ずくの計算力に屈してつまらないものになってしまっても、我々は自分たちを奮い立たせて、決まりきった計算の守備範囲を超えたところに横たわる問題を考え出すことができる。

これらの原則は数学に対する通常の認識に反しているため、実現するには意識的に懸命に取り組まなければならない。幸いにも人間には、自分の精神の働きをメタ認知的に意識する力が備わっている。

つまり、自分がどのように考えればいいかを考え、どのように学べばいいかを学ぶことができる。自分の「取り組み方」に手を加えて、知性の持つこれらの側面を伸ばすための広い余地を確保することができる。そこから最後の2つの原則を読み取ることができる。自分の思考を操る方法に関する原則と、他者とともに考える方法に関する原則だ。

〇我々特有の生物学的な知性には、意識的思考と無意識的思考の気まぐれが伴うことが分かっている。非常に手強い問題を解くには、スキルを発揮するだけでなく中庸も心がけて、問題を解くスピードや、考慮する情報の量をどのように制御するかにとりわけ注意を払わなければならない。

〇人間が一人で生きることはめったにない。機械が人間を補完するのと同じように、人間はほかの人間を補完する。協力が実りを生むかどうかは、多様な観点を組み合わせられるかどうかにかかっており、デジタル時代のテクノロジーのおかげで、以前とは違った形で人間の集団的知性を利用する可能性が開けている。

これ以降の論述の多くは、今日の基本的枠組みの中で機械にできること(およびできないこと)、そして今後数十年で達成されそうなことを前提としている。テクノロジーに関する論評にはどうしても、予測可能な未来よりも先の推測がある程度関わってくる。現在の趨勢に基づいて、起こりうるいくつかのシナリオを予見することはできるが、長い目で見て最終的に機械の知性がどこまで幅広く奥深くなるかはいっさい分からない。数学的知性に関しては、それもまた絶えず進化しつづけることは歴史が教えてくれている。

本書で挙げる7つの原則は、いまの時代には(そしてしばらくのあいだは)通用する。しかしテクノロジーが進化するのと同じように、思考体系としての数学を我々が理解する方法も進化しつづける。自動定理証明システム(推論に関する章で掘り下げる)など、どんどん賢くなっていく思考ツールの助けを借りて、我々もさらに先へ、さらに深く進んでいけるだろう。我々が何よりも独り占めを望んでいる思考スキルにまでAIが進出してきたとしても、少なくとも機械をさらに高い知的水準に引き上げたことにはなる。

※注1
K. Kelly, Out of Control (Basic Books, 1994), p. 34〔ケヴィン・ケリー『「複雑系」を超えて──システムを永久進化させる9 つの法則』服部桂監修、福岡洋一、横山亮訳、アスキー出版局、1999 年〕における引用。
※注2
J. McCarthy et al., ‘A proposal for the Dartmouth Summer Research Project in
Artificial Intelligence’ (31 August 1955). jmc.stanford.edu/articles/dartmouth/
dartmouth.pdf
※注3
広く引用されているある研究では、702 種類の職種を分析した結果、アメリカ合衆国の雇用者の47 パーセントが危機にさらされていると特定された。C. B. Frey and M. A. Osborne, ‘The future of employment: how susceptible are jobs to computerisation?’, Oxford Martin Programme on Technology and Employment (17 September 2013).
www.oxfordmartin.ox.ac.uk/downloads/academic/future-ofemployment.pdf


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著者紹介

ジュネイド・ムビーン (Junaid Mubeen)
オックスフォード大学で数学の博士号、ハーヴァード大学教育大学院で国際教育政策の修士号を取得。現在はWhizz Educationという企業で教育担当取締役を務め、先進的な数学教育プログラムを世界中に提供している。また、ベストセラー科学作家のサイモン・シンとともに、世界最大のオンライン数学サークルparallelを運営している。

この記事で紹介した書籍の概要

『AIに勝つ数学脳』
著者:ジュネイド・ムビーン
訳者: 水谷 淳
出版社: 早川書房
発売日:2024年2月21日
本体価格:2,800 円(税抜)

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