9プリンシプルズ

MITメディアラボ所長・伊藤穰一&ジェフ・ハウ『9プリンシプルズ』の訳者・山形浩生あとがき

※坂本龍一氏が推薦し、《スター・ウォーズ》シリーズ監督のJ・J・エイブラムス、リンクトイン共同創設者のリード・ホフマン氏らが絶賛する『9プリンシプルズ 加速する未来で勝ち残るために』に込められたメッセージとは? 山形浩生氏によるツボを心得た「訳者あとがき」でその一端を公開します。

訳者あとがき

 本書はJoi Ito & Jeff Howe, Whiplash: How to Survive Our Faster Future (Grand Central Publishing, 2016) の全訳となる。翻訳にあたっては、原著出版社から提供された最終ゲラのpdfファイルをもとにしている。原題のWhiplashはむち打ち症だ。乗っているぼくたちがむち打ち症になってしまうほどの急速度で変化する社会、というスピード感の表現で、副題にある通り「加速する未来を生き延びるために」、つまりそうした高速な変化で怪我をせずに生き延びるための処方箋というわけだ。日本語のタイトルとして「むち打ち症」はいささか意味不明すぎるため、邦題は本書で扱っている9つの原理に注目したものとなっている。

 本書はなかなか刺激的な主張や提案をたくさん行っている。でもその基盤になる認識は、比較的シンプルなものだ。いまの世界は、激変の時代を迎えている。これまでは考えられなかったようなとんでもないイノベーションが日々生じ、それに伴って、これまでの社会、経済、ビジネス、技術開発の常識はまったく通用しなくなっている。こうした新しい時代に通用する理念、哲学、行動原理とはどんなものか? それを9つのプリンシプルとしてまとめたのが本書だ。
 もちろんその執筆者の一人が、日本のインターネット黎明期より常に時代に先んじた活躍を見せてきた伊藤穣一だというのは本書の大きな魅力だ。かれはテクノロジストであり、ベンチャー起業家であり、アクティビストであり、常に先端的なコミュニティの中心部に位置している存在だ。おもしろそうな新分野を見つけてあれこれ調べていると、ほぼ必ずと言っていいほどかれの名前に出くわす。そして主流派の単純なビジネスマンでもなく、学者でもない、ある意味でパンクな立場を維持し続けていたのが、あるときMITメディアラボの所長という立派な地位におさまってしまったのも、昔からかれの活躍を見てきた人々(この訳者を含む)を驚かせた。本書に掲げられたプリンシプルは、確かに伊藤穣一にとっては見事に成功してきたようだ。その活躍に続きたい人々にとって、本書は実に興味深いはずだ。

 その一方で……この訳者を含むすれっからしの読者諸賢にとって、いまのまとめそのものが、実に眉唾に思える面もある。世界は一変した、過去の常識は通用しない、パソコン/ネット/人工知能/有機化学/メディア/ドラッグ/電気/環境危機/人口爆発等々により世界はまったく新しい段階に突入した──そういう本をぼくたちはすでに、いやというほど読んでいる。ウェブ2.0とかビッグデータとか集合知とか、毎年のようにキャッチーな主張の本は出てきている。
 そしてその多くは、かけ声倒れだ。確かに、人々は急激にスマホに操作されるようになり、アマゾン通販を多用するようになり、表面的な変化は見られる。でもそれが、世界を一変させる大きな変化だったか、と言われると口ごもる部分は大きい。ウェブを通じてみんなが自分で情報発信し、テレビや新聞に独占されていた情報流通が激変して、みんなが多様な見解や本当の生データに触れられるようになり、真の自由なジャーナリズムと民主主義が実現する──そんな話は腐るほど聞かされたけれど、実際に起きたのはデマと偽情報と党派性のはびこるだけの、同類カスケードで偏見が増幅されるネット言論だ。伊藤穣一の実績は認めつつも、死屍累々たる類書の実績を見たとき、どこまで本書を真に受けるべきだろうか。

 そもそも世界は本当に激変を迎えているのだろうか。イノベーションは本当に、いまや日進月歩から分進秒歩の段階に達しているのだろうか? メディアの報道だけ見ていると、そんな印象も受ける。その一方で、IT革命が本当に生産性を上げ、社会に本当にインパクトを与えているかについては、前世紀よりずっと議論が続いている。というか、主流経済学はこうした主張に対して、むしろかなり冷ややかだ、というのが実情だろう。
 1990年代には、ITやインターネットが新たな産業革命をもたらすという論調が一時もてはやされたけれど、その反動でネットやITは生産性にほとんど影響を与えていないという指摘が大量に出てきた。その後、少しは生産性を改善しているらしいという結果がだんだん出てきた。でもジャンボジェットやコンテナや鉄道や、電力といった、生産性や社会の活動を一変させたイノベーションと比べると、かなり見劣りするようだ。まだ企業や社会が、ITを十分に活用できるほど変化していないから、という議論も一時はかなり強かった。でもすでにITが大規模な普及を見せるようになってから、数十年たつ。いまの世界的な低成長経済の中では、コンマ数パーセントの生産性上昇でも決してバカにしたものではない。それでも、かつての蒸気機関や電力がもたらした生産性の一大変化に比べれば、「産業革命」と呼ぶのはためらわれる。
 アメリカの生産性に関する権威の一人ロバート・ゴードンは2016年に、いまのITを含む各種のイノベーションが、20世紀の各種イノベーションに比べていかにしょぼいか、そしてそれがアメリカ(および世界)の発展にとってどんな意義を持つかについて、非常に説得力のある(でも決して明るくない)本を書いている。タイラー・コーエン『大停滞』(2011年、邦訳NTT出版)は、すでにイノベーションの種は尽きてしまっており、あとに残っているイノベーション余地はしょぼい部分しかないという悲観的な見通しを述べる。また、なぜかベストセラーとなったトマ・ピケティ『21世紀の資本』(2014年、邦訳みすず書房)は、イノベーションとそれによる経済成長について非常に暗い見通しを出している。20世紀の急激なイノベーションと経済成長は一時的な事故であって、いますでに生産性成長は低下しているし、今後それがいきなり復活すると思うのは単なるないものねだりではないか、というのがその主張だ。

 こうした見方と、本書の主張する世界観・技術観とどんなふうに折り合いをつけるべきだろうか? おそらく著者たちも、経済学主流の見方がまったくピント外れだと主張するわけではないだろう。ちなみに、そういう主張をする人も実際にいる。いまの経済統計が完全にまちがっており、新しい技術の生産性への影響を捕らえ損ねているだけで、それ自体が「古い」経済の遺物でしかないのでそんなものを問題にすること自体が笑止、という言い分だ。でもこれは裏づけのデータが何もない以上、印象論以上のものではない。ではどう考えようか?

 これはこの訳者自身もしばしば悩む話ではある。ぼくも、本書で取り上げられている様々な技術発展や現象については、日々わくわくする思いでニュースを眺め、可能ならそこに自分でも首をつっこもうとしている。人工知能の発達、生産プロセスの変化、深圳(シンセン)のイノベーション、ビットコインやその基礎となるブロックチェーンその他本書で取り上げられた技術や現象は実に刺激的だ。そして「こいつが広まれば世界は変わるぞ!」という興奮は、その都度まちがいなく感じられる。その一方で、それがそうそう簡単に広まらないだろう、というあきらめにも似た認識も、常に持っている。世の中は鈍重だし、そう簡単に変わるものではないのだから。

 その一方で……世界は突然、あっさり変わることもある──よくも悪しくも。その引き金は、ちょっとした技術変化であり、通信費用の低下であり、それに伴う人々のつながり方だったりする。世界がすぐ変わると思うのは安易な一方で、絶対変わらないと思うのも同じくらい愚かなことだ。そしてその変化は非線形だし、簡単に予測できるようなものではない。そうした状況では、だいじなのは様々な新しい発展に潜む可能性を感じ取ることだ。その可能性が実現するかどうかは別問題。でも、新しい技術や社会的な変化のもたらしかねないもの(可能性は低くても)について敏感になったほうがいい。さらには、それについて客観的にあれこれ言うより、自分で少しは(あるいは大いに)首をつっこんで、その一部となれたらもっといい。
 一言でそれは、おもしろがる能力を持て、ということでもある。
 それが本書の大きな論点だとぼくは思っている。多くの人は、本書をある種の技術ユートピア論みたいなものだと受け取るだろう。でも、著者たちはその点についてはかなり明確に否定している。未来のことなんかわからない、とかれらは言う。これからはIoTとAIの時代だから、持てるあらゆるリソースをそこにつっこめ、さもないとアメリカや中国との競争に負けてしまうぞ、といったいい加減な話はしない。繰り返し主張されているのは、多様な可能性をどうやって現実のものとするか、という話だ。これからのイノベーションは、蒸気機関や電力のような、わかりやすい方向性や影響を持たないだろう。だったらそうした多様な可能性の芽をどうやって生み出し、育てるか? それが今後、とても重要になる。
 そして本書の9つのプリンシプルは、まさにそれを行うためのガイドラインではある。もちろんそれは、キャッチーな表現にはなっているし、いろいろ複合的な要素は持っているけれど、敢えて平たく泥臭く書き直してみると、こんなふうになるかもしれない。

・自然発生的な動きを大事にしよう
・自主性と柔軟性に任せてみよう
・先のことはわからないから、おおざっぱな方向性で動こう
・ルールは変わるものだから、過度にしばられないようにしよう
・むしろ敢えてルールから外れてみることも重要
・あれこれ考えるより、まずやってみよう
・ピンポイントで総力戦やっても外れるから、取り組みもメンバーも多様性を持たせよう
・ガチガチに防御をかためるより回復力を重視しよう
・単純な製品よりはもっと広い社会的な影響を考えよう

 それぞれについて、本書での記述の核となっているのはMITメディアラボでの活動だ。これは善し悪しで、メディアラボはなにやら秘密のイノベーション実現術を持っていて、それを盗めば他のところでも革新的なイノベーションが続々できるのでは、と思っている人も多い。でも、本書を読むと必ずしもそうではない。メディアラボ自体が、上のような行動原理にもとづいて、おもしろい成果を生み出し続けているわけだ。
 でも、その成果がおもしろいというのはどうやってわかるのか? たとえば最初のプリンシプルでも、創発的に出てくるものはたくさんある。その中で、何に注目しようか? 変に計画するより、場当たり的にいろいろやってみよう──でもその中でうまく行きそうなものをどう選り出そうか? それは最終的には、「それがおもしろそうだから」としか言えないだろう。そうしたある種の目利き能力があるからこそ、この九つのプリンシプルが意味をもってくるわけだ。
 実は本書は、このおもしろがるという目利き能力についてもヒントを与えてくれる。挙げられている各種の事例について、著者たちはなぜおもしろいと考えたのか、そのどこに注目したのか──もちろんそれは、収益性や経済効率(だけ)ではない。もっと原理的なものがほとんどだ。これまで使われているのとは全然ちがう原理がそこに作用しているとか、これまでの常識を覆しかねないとか。何かを見ておもしろいと思わない人に、そのおもしろさを説明するのはかなりつらいことだ、というかほぼ不可能だったりする。でも本書はがんばってそれを実践して見せてくれる。本書を読むことで、人工知能であれバイオ技術であれ、そこらのビジネス雑誌の「儲かりまっか」的な浅い記事とは少しちがう視野が、読者のみなさんにも開けてくるのではないか。そこから目先の利害をこえた、「おもしろさ」への感度が多少なりとも育つんじゃないだろうか。

 そうした「おもしろさ」への感度の一部は、最初に述べた、技術や社会変化のもたらす可能性への感度でもある。そしてその感度は、冒頭で少し述べた、本書の基本認識である激変の革新社会という見方と、あまり生産性成長の起きていない停滞した時代という見方の対立とも少し関係している。いまの社会を未曾有の変化の時代ととらえるのか、それともむしろ変化のない停滞した時代とみるのか? これは、アメリカでトランプ大統領を生み出した、社会の階層分離とも多少かかわってくる、社会に対する人々のビジョンの話でもある。でも、そこで問題となっているのが可能性である以上、この両者は必ずしも対立するものとはならない。そして社会があるとき、非線形に一気に変わることもある以上、ぼくたちにできる最高のことは、そうした変化の可能性を常に考え、感じ続け、そしてできるならその可能性実現に自分も関わっていくことであるはずだ。社会の分断も、ビジョン──つまりは、どんな可能性を見いだし、何をおもしろいと思うのか──をどう伝えるかによって多少は解消できるはずではある。

 この日本でも、人々は鈍重な社会の緩慢な動き(というかその不在)を感じてはいる。その一方で、その社会が変化し、10年前には考えられなかった激変──それはシャープや東芝の凋落でもいいし、雇用状況の変化でもいい──が突然のように起きているのはわかる。そしてその中で、人工知能でもブロックチェーンでも、何か新しいものの萌芽がもわかるはずだ──もちろん、人工知能が人間の8割を失業させるといったおっかない予想も含めての話だけれど。その中で本書は、読者のみなさんがどこに新たな変化を見いだし、そして見いだすだけでなくそこに参加していくかについての、何かしらの指針を与えてくれるのではないかと期待したいところだ。そして、世界はまだまだおもしろいし、変わるし、変えられるし、そこに自分が多少なりとも貢献する余地があるという、本書に満ちあふれる確信を読者のみなさんが少しでも吸収してくれれば、著者たちの狙いは多少なりとも果たされるのではないか。

 翻訳にあたってはほとんど苦労はなかった。多少の質問に迅速に対応してくれた著者たちのチームには感謝する。ありがとう。個人的に、昔から必ずしも常に意見が一致するわけではないながらも、首をつっこむ様々な分野で出くわしてきた伊藤穣一の本を訳すというのは、なかなかおもしろい体験ではあった。意味をとりちがえたような部分はないと信じたいところだが、思わぬ誤変換やミスは残っているかもしれない。お気づきの点があれば、訳者まで是非ご一報いただければ幸いだ。随時サポートページ http://cruel.org/books/whiplash/ で公開する。

2017年5月
山形浩生

※著者紹介
伊藤穰一(いとう・じょういち)
ベンチャーキャピタリストとして世界的に知られ、現在MITメディアラボ所長、PureTech Health取締役会長のほか、ニューヨーク・タイムズ、ソニー、マッカーサー基金、Knight Foundation、デジタルガレージなどさまざまな組織の取締役を務める。日本ではNHK《スーパープレゼンテーション》のナビゲーターとしても著名。著書に『ネットで進化する人類』『「プレゼン」力』(山中伸弥氏と共著)など。本書は自己の哲学を網羅的にまとめた初の本格的著作。

ジェフ・ハウ(Jeff Howe)
ワイアード誌コントリビューティング・エディター、Inside.comでのシニア・エディターや、ヴィレッジ・ヴォイスのライターなどを務め、現在はノースイースタン大学助教授、MITメディアラボ客員研究員。「クラウドソーシング」というタームの生みの親。著書に『クラウドソーシング』(早川書房)など。

※訳者略歴
山形浩生(やまがた・ひろお)
1964年東京生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学科およびマサチューセッツ工科大学不動産センター修士課程修了。大手調査会社に勤務するかたわら、科学、文化、経済からコンピュータまで広範な分野での翻訳、執筆活動を行う。著書に『新教養主義宣言』『要するに』ほか、訳書にクルーグマン『さっさと不況を終わらせろ』、オーウェル『動物農場』(ともにハヤカワ文庫)、ピケティ『21世紀の資本』(共訳)、エアーズ『その数学が戦略を決める』ほか多数。

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伊藤穰一&ジェフ・ハウ/山形浩生訳
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