日本スターバックス物語

スターバックスもかつてはスタートアップだった。『日本スターバックス物語』第1回


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著者:梅本龍夫
有限会社アイグラム 代表取締役 https://www.igram.co.jp/ 
立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科 特任教授 https://sds.rikkyo.ac.jp/index.html

「スターバックス、なんか持ってる」
リーダーのこの一言からすべては始まった。
「アメリカのコーヒーは薄くてまずい」
「チェーン店で1杯200円以上払うわけない」――。
そんな日本の常識を覆し、スターバックスを日本で成功させた人びとの熱き闘い。


プロローグ

「最初のフォロワーの存在が、ひとりのバカをリーダーへと変えるのです」

 これは、世界的に知られたTEDという講演会で、米国の起業家デレク・シヴァースが語った言葉です。シヴァースは、上半身裸で踊るひとりの若者の映像を見せます。その踊りを周りで見ている人々の中から、やがてひとりが立ち上がってこの若者に近づきます。そして、最初の若者と一緒に楽しそうに踊り始めます。勇気あるフォロワーが現れ、リーダーが誕生した瞬間です。
 フォロワーは、リーダーを選ぶ人です。2番目の人が現れることで、1番目の人がリーダーになります。フォロワーは、誰かに強制されてフォロワーになるのではありません。あ、あそこで楽しそうに踊っている人がいる、自分もあの人と一緒に踊ってみたい。そして立ち上がって近づき、実際に踊り始める。このとき、リーダーとフォロワーが同時に生まれます。
 TEDの映像を見て、これこそスターバックスだと直感しました。
 2014年6月、僕はスターバックス コーヒー ジャパン株式会社の初代社長、角田雄二(つのだ・ゆうじ)さんに会うために、東京・千駄ヶ谷にある株式会社サザビーリーグの本社を訪問しました。僕は、日本でスターバックスが立ち上げられた歴史を本にするため、原稿を書き溜めていました。でも雄二さんの話を聞かずにその真髄を語ることはできません。直前まで、質問リストをノートに記していた僕は、最上階にある役員応接室に通された瞬間に、なんともいえない懐かしさを感じました。かつて、自分自身がこの部屋で多くの来客者に応対する立場だったからです。
 ふたつずつ異なるパステルカラーの生地で覆われた八脚のソファーは、部屋の空気をカジュアルで温かいものにしています。壁には女性像の水彩木版画や鉛筆書きのスケッチ、抽象画などがかかっています。窓から差し込む午後の陽が、観葉植物を照らしています。ここは、株式会社サザビー(現サザビーリーグ)の創業者、鈴木陸三(すずき・りくぞう)さんのテイストがさりげなく反映された部屋です。
 仕事で使っていたときは気づきませんでしたが、久しぶりに客人として招き入れられたとき感じた居心地の良さは格別でした。ビジネスのための部屋なのに、威圧感やよそよそしさがない。個人宅ではないのに、なぜか持ち主のライフスタイルを感じさせ、かしこまった客も、ふっとリラックスできる。質問リストをもとに、きちんと雄二さんを取材しようと思っていたのに、ここに来たら、もっとざっくばらんで自由な対話をしたい気分になっていました。
「なぜだろう? この感覚をどこかで経験してきた気がする。どこだったか……」
 そのとき、スターバックスのペーパーカップを手にした雄二さんが「お久しぶりです!」と、いつもの快活でフレンドリーな様子で部屋に入ってきました。
「ご無沙汰しています。こんにちは!」と答えながら、漠(ばく)と僕をとらえていた感覚が何か、はっきり自覚できました。
 そうだ、この部屋に感じた雰囲気は、スターバックスの店舗のものだ!
 インテリアデザインなどの「ハード」は、比較的簡単に真似できます。でも、人間が醸し出すおもてなしの雰囲気などの「ソフト」は、簡単には再現できません。スターバックスの実質的な創業者であるハワード・シュルツが、世界中に展開するスターバックスの顔だとすれば、角田雄二さんは、日本のスターバックスの顔です。シュルツも雄二さんも、実際に店舗に立つことはありません。でも、もしこのふたりがバリスタをしたら、世界最高のホスピタリティーで客人を出迎えることでしょう。
 今日のスターバックスは、世界約65ヵ国に2万1000店舗以上を展開する世界一のコーヒーチェーンです。でも、北米以外で初めて展開した日本で成功していなかったら、現在の世界規模での隆盛はなかったと思います。スターバックスは、サザビーとのパートナーシップを通して、海外で成功する方程式を手に入れたからです。そして、スターバックス コーヒー ジャパンの社長が角田雄二さんでなかったら、日本での立ち上げははるかに困難なものになっていたでしょう。
 なぜでしょうか。雄二さんこそ、日本におけるシュルツの「最初のフォロワー」だからです。
 スターバックスというブランドへの情熱や思いを聞きたかったら、リーダーであるシュルツの物語に耳を傾けるのが一番でしょう。焙煎と卸し事業しか手掛けていなかった地味なスターバックスを魅力あるカフェに生まれ変わらせ、世界規模の大企業に育て上げた立役者だからです。しかし、スターバックスがどうして日本でこれほど広まり、多くの人々に愛されるようになったのか、その秘密を知りたければ、雄二さんに話を聞くのがベストです。
「最初のフォロワー」となった雄二さんこそ、僕ら全フォロワーの気持ちを一番理解し、代表してきた人です。僕は雄二さんに語りかけました。
「あらためてスターバックスとの出会いのことを聞かせてもらえませんか。考えてみれば、雄二さんとスターバックスの歴史について話をしたこと、なかったですね」
「確かにそうだね。あまりに身近で一緒にやってきたから、スターバックスについて客観的に語り合ったことってなかったよね。最初に梅本さんから『なぜスターバックスなんですか?』って聞かれたとき、『スターバックス、なんか持ってるんだよ』って答えたの覚えてる?」
 確かにそんなやりとりがありました。「なんか持ってる」とはつまり、雄二さんの嗅覚を刺激した「いいにおい」でした。コーヒーそのものの素晴らしさにとどまらない広がりをもった芳香が、スターバックスにはありました。
 やがて、僕自身もまた、スターバックスが丹精込めて焙煎したコーヒーの「いいにおい」に魅せられ、スターバックス・フォロワーのひとりとして、運命的な仕事をしていくことになるのですが、最初に雄二さんから話を聞いたときは、まだどんな未来が待っているかまったくわかりませんでした。
 20年前、スターバックスに魅せられた僕らは、「いつか日本で1000店舗を実現しよう」という夢を共有し、事業を立ち上げました。当時、それは世間では誰も本気にしないプロジェクトだったのです。

第2回へつづく

※本連載は、梅本龍夫『日本スターバックス物語』からの抜粋です。

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