【本日8/18発売!】ヒューゴー賞受賞の超弩級SF宮廷陰謀劇『帝国という名の記憶』鳴庭真人氏解説公開
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【本日8/18発売!】ヒューゴー賞受賞の超弩級SF宮廷陰謀劇『帝国という名の記憶』鳴庭真人氏解説公開

いよいよ本日(8/18)発売! SF界最大の賞・ヒューゴー賞の長篇部門を長篇デビュー作にして受賞した超弩級SF宮廷陰謀劇、アーカディ・マーティーン『帝国という名の記憶』です。ここでは本書に収録しました英米SF紹介者・鳴庭真人さん(@naruniwa)の解説を再録します。豪華絢爛! 陰謀術数! 吹きすさぶテロルの嵐! 本書のあふれるその魅力の一端を味わっていただけたら幸いです。

解説
英米SF紹介者 鳴庭真人 

 時は遠未来。強大な銀河帝国・テイクスカラアンから突然新しい大使を派遣するよう要請されたルスエル・ステーションは、主人公マヒートを送り込む。だが帝国の首都である都市惑星・シティに赴いた彼女を待っていたのは、前任の大使イスカンダーの変わり果てた姿だった。前任者の死因を不審に思ったマヒートは、彼が過去に帝国内で行っていた活動を追うが、その過程でさまざまな人々が浮かび上がってくる──反体制活動家から皇帝の重臣、皇位継承者、さらには皇帝その人まで。そしてマヒートの調査に呼応するかのように、首都でのテロ活動や水面下での軍の動きが活発化する。いったいイスカンダーは何を行っていたのか? そして今、帝国で何が起きようとしているのか?
 アーカディ・マーティーンの長篇『帝国という名の記憶』(A Memory Called Empire, 2019)はこうした数々の魅力的な謎から始まる。著者初の長篇SFにもかかわらず、本書は2020年のヒューゴー賞とコンプトン・クルック賞を受賞、同年のネビュラ賞、ローカス賞、アーサー・C・クラーク賞、前年のドラゴン賞にノミネートという高い評価を受けた。
 英語圏の読者が本書のどこにそれほどの魅力を感じたかといわれれば、まずは冒頭で挙げた緻密な陰謀劇が挙げられるだろう。ジョン・ル・カレの諸作から多大な影響を受けたと著者が語っているとおり、本書には古典スパイ小説の雰囲気が横溢している。帝国とステーション、さらにはその内部の諸勢力が別々の思惑で動いて織り上げた陰謀のタペストリーを、主人公は解きほぐし、本当に自分がなすべきことを見つけ出さなければならない。友に見えた相手が友とは限らず、敵も味方も情勢に応じて転々としていく。著者はこうしたサスペンスを巧みに操り、けっして短い小説ではないのに緊張感を途切れさせずに物語を展開させている。


 もちろんSFとしての魅力も満載だ。アステカ文明とビザンツ帝国の文化をモデルとしたテイクスカラアンは、宇宙戦艦と詩吟、都市AIと生贄の儀式が共存するハイテクにして古風な銀河帝国。そしてその帝国に対するルスエル・ステーション側の切り札である、過去の人間の記憶と人格を移植する脳インプラント・イマゴマシン。これらの舞台やガジェットが物語と有機的にからみあい、エキゾチックで絢爛たる未来世界を形作っている。
 しかし、あえてひとつだけ本書の魅力を語るとすれば、筆者は主人公マヒートとその相棒スリー・シーグラスのコンビを挙げたい。ステーション出身だがテイクスカラアンの文化に魅惑され、テイクスカラアン人に見劣りしない言語と教養を身につけたマヒートと、テイクスカラアン市民でありながら「野蛮人」に興味津々で、大使の文化案内役を買って出たスリー・シーグラス。このどこか似たもの同士のふたりは、帝国市民と非市民、大使とお目付役という絶対的な立場の差を乗り越えて、ともに巨大な陰謀に立ち向かっていく。彼女たちの武器は知識、洞察力、そして詩だ。テイクスカラアンでは詩は最上の文学、知識階級の必須スキルとされ、政治も詩を抜きにしては語れない。作中にもさまざまな詩が登場するので高踏的に感じる読者もおられるかもしれないが、著者によれば現代でいうラップのようなものということなので、気軽に言葉のイメージや応酬を楽しんでもらえればと思う。
 そして何より、このコンビは深刻な状況であってもどこかうきうきとしてスパイ劇の登場人物を楽しんでいるふしがあり、それがこの陰謀ずくめの物語に一種爽やかな色を添えている。テイクスカラアン人は詩を愛するとともに詩のような生き方を望む人々であり、このふたりはそんなテイクスカラアン文学をこよなく愛しているのである。このあたり、翻訳小説の読者には思い当たるところもあるだろう。


 ところで、近年のSFに詳しい読者であれば、本書の設定にどこか既視感を覚えたかもしれない。例えば、独特の言語体系を持つ銀河帝国といえばアン・レッキーの〈ラドチ戦記〉(創元SF文庫)を彷彿とさせるし、他人の人格を移植する技術といえばユーン・ハ・リーの『ナインフォックスの覚醒』(創元SF文庫)の設定にそっくりだ(ついでにいえば、アリエット・ド・ボダールもアステカ文明をモチーフにしたファンタジイを書いている)。これらの作品は受賞歴も多く2010年代を代表するSFなので、マーティーンが意識的にではないにせよ影響を受けていたと考えても不思議はないが、あえて共通点を見出すなら、いずれもC・J・チェリイの影響下にあるといえる。チェリイは作中世界の重厚さ・奥行きに定評のあるSF作家で、レッキー作品へのチェリイの影響は自他ともに認めるところであるし、リーは〈色褪せた太陽〉三部作(ハヤカワ文庫SF)を愛読書のひとつに挙げている。マーティーンもまた、宇宙外交官を主人公としたチェリイの Foreigner シリーズの本書への影響をインタビューで語っている。邦訳が途絶えていることもあって勧めづらいところだが、チェリイ作品を補助線として本書をはじめ近年のスペースオペラの潮流を捉え直してみると、作品をより深く読み解けるかもしれない。


 アーカディ・マーティーンことアナリンデン・ウェラーは1985年ニューヨーク生まれ。父親はメトロポリタン歌劇場管弦楽団のヴィオラ奏者、母親はジュリアード音楽院のヴァイオリン科教授という音楽一家に生まれたが、マーティーンの興味は父親が愛蔵しているSFとファンタジイのペーパーバック・コレクションの方に向かった。ラトガーズ大学でビザンツ帝国史の博士号を取得後、しばらくアカデミック方面の職を遍歴するが、やがて都市計画の修士号を取得し直し、現在はニューメキシコ州の資源・エネルギー問題に関する政策アドバイザーを務めている。作家としての商業デビューは2012年だが、十代のころからSFファンダムに出入りしてエリザベス・ベアら年長世代の作家と親交を持ち、また二次創作にも目覚めている。パートナーでファンタジイ作家のヴィヴィアン・ショーとはスター・ウォーズの二次創作を通じて知り合ったという。こうしてみると、ビザンツ史・都市計画・文学を通じた出会いと、本書には著者のバックグラウンドや経歴が色濃く反映されており、さながら青春の集大成といった感がある。

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アーカディ・マーティーン
写真(禁転載)
(c) Karen Osborne


 最後に、本シリーズの今後の展開についても触れておこう。今年(2021年)3月には続篇 A Desolation Called Peace が刊行された。

この巻ではこれまでおぼろげにしか描かれていなかった第三の勢力・非人類エイリアンがついに登場し、人類宇宙に侵攻を開始する。この未曾有の危機とファーストコンタクトに対処するため、マヒートとスリー・シーグラスはふたたび奔走することになる。続篇の書名は本書と対になっており、ともにローマの歴史家タキトゥスの著書『アグリコラ』に由来している。


「彼らは破壊と、殺戮と、略奪を、偽って『帝国』と呼び、荒涼たる世界を作りあげたとき、それをごまかして『平和』と名づける」(『ゲルマニア アグリコラ』國原吉之助訳・ちくま学芸文庫・引用者一部改変)


 ローマ帝国の苛烈さを言い表した一節だが、はたしてエイリアンと帝国の全面戦争による「荒涼たる世界」の到来をマヒートたちは防げるのか——本書に劣らず緊迫感に満ちた展開が待っていそうだ。ちなみに先ほどチェリイの名前を出したが、この続篇はチェリイの代表作『サイティーン』(ハヤカワ文庫SF)へのマーティーン流のオマージュでもあるという。これをもってマヒートたちの物語はいったん完結ということだが、同じ宇宙を舞台にした別の中篇や長篇の構想もあるらしい。この気鋭の作家の筆が次はいったいどのような華麗な世界を紡ぐのか、今後も注目である。


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