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「初球ホームランだ!」最優秀新人賞三冠を獲得! 好評発売中の『眠る狼』から、訳者あとがきを特別公開!

10年ぶりの故郷で待っていたのは血と銃弾、そして真相を求める追跡だった――アンソニー賞、マカヴィティ賞、ストランド・マガジン批評家賞の最優秀新人賞三冠を獲得した注目のデビュー作『眠る狼』から、翻訳者・山中朝晶さんの「訳者あとがき」を掲載します。

本書『眠る狼』は、シアトル出身の作家グレン・エリック・ハミルトンのデビュー作「Past Crimes」の全訳である。彼はこの小説で鮮烈なデビューを飾ったと言っていいだろう。

「初球ホームランだ──この作家にはまぎれもない才能がある」(リー・チャイルド)

「天賦の才に恵まれた作家が確かな筆致で送り出したデビュー作。リー・チャイルドのジャック・リーチャー・シリーズを思わせる面白さだ」(J・A・ランス)

「正統的な探偵小説の系譜を受け継ぐ書き手」(カーカス・レビュー)

こうした賛辞を裏づけるように、本書は2016年のアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞最優秀新人賞にノミネートされたほか、ストランド・マガジン批評家賞、アンソニー賞、マカヴィティ賞でそれぞれ新人賞に選ばれている。

本書のあらすじはこうだ。

陸軍のレンジャー隊員のバン・ショウは戦闘による負傷の治療中、10年間音信不通だった祖父のドノバン(ドノ)から手紙を受け取る。手紙にはアイリッシュ・ゲール語でたった一行、こう書かれていた。『家に帰ってきてほしい、できることなら──ドノ』

6歳のころに片親の母を失ったバンは、祖父の手で育てられた。祖父はバンを自らの後継者として、独特の教育を施した。本書の冒頭にあるように、「ドノ・ショウは泥棒」だったのだ。祖父は孫に、「車の盗みかた、偽造のしかた、警報ベルを出し抜く方法」を教え、二人はさまざまな犯罪に手を染めてきた。だが18歳のとき、バンは突如として、それまでの生活と人間関係を断ち切り、故郷を捨てて陸軍に入隊、精鋭であるレンジャー部隊の一員として、アフガニスタンやイラクで任務に就いてきた。

祖父がなぜ会いたがっているのかわからないまま、バンはシアトルに帰郷するが、家の扉を開けた瞬間から、緊迫したストーリーが幕を開ける。バンの目の前に、銃で頭を撃たれ、瀕死の重傷を負ったドノが横たわっていたのだ。

謎の銃撃犯を突き止めるべく、バンは一度縁を切ったシアトルの裏社会にふたたび接触し、警察や軍の上官の目をかいくぐりながら、手がかりを得ようとする。時間は限られていた。軍に与えられた休暇が明ける前に、バンは犯人を突き止めなければならない。一刻も早く犯人に迫るべく、バンはこれまでに培ってきた犯罪の技術やレンジャー訓練の成果を総動員する。

銃撃犯捜しと並行して、本書では随所に主人公の回想シーンが挿入され、祖父が孫に施してきた〝教育課程〟が生き生きと、具体的に描かれている。これらは一見、本筋とは無関係なエピソードだが、そこから二人の独特な絆が鮮やかに浮かび上がり、本書の重要な軸を形作っているのだ。9歳、10歳、14歳、と成長するにしたがって、バンの考えかたや祖父への見かたが変遷していく一方、寡黙で無骨な祖父がときおり示す、孫への愛情表現がなんとも切ない。いずれの回想シーンにも、それぞれショートストーリーのような味わいがあるが、祖父と孫との関係はしだいに張りつめた緊張感を帯びていく。

回想シーンと呼応するかのように、メインプロットである銃撃犯捜しもまた、紆余曲折を経て緊迫の度を増していく。アクション、カーチェイス、ハイテク技術を駆使した頭脳戦、黒幕との対峙に加え、魅力的な女性との逢瀬も経て、ストーリーは予想だにしない結末へと突き進むのだ。

訳者も本書を訳出したあと、推敲、校正をしながら、この作家の伏線の張りかたのうまさ、プロット作りの緻密さに舌を巻いた。一見なにげない会話が、二度、三度と読むにつれ、まったくちがった色彩を帯びて見えるのだ。どうか読者ご自身で、この新人作家の技量を堪能していただきたい。

ストーリー自体の面白さもさることながら、本書の舞台であるシアトルにも触れておきたい。この西海岸有数の港湾都市も、重要な脇役として存在感を発揮しているからだ。

シアトルと言えばスターバックス、マイクロソフト、アマゾン、ボーイングなど、名だたる世界的企業の本拠地あるいは創業の地であり、野球ではイチローが所属していたマリナーズが日本人になじみ深い。伝説のギタリスト、ジミ・ヘンドリックスやカンフー映画の不世出のスター、ブルース・リーの墓もこの街にある。そしてこの港町は、海と緑に囲まれ、雨が多く、島々や山脈、湖に近いという特徴がある。それゆえ、本書には雨の降る場面が多く、その陰翳が雰囲気作りに一役買っている。シアトルからカリフォルニアに移住した著者は、ミステリ愛好家のブログへの寄稿文で、最近の再開発によるシアトルの街の急激な変貌ぶりに「魅力的であると同時に、一抹の怖さも感じる」と述べている。

著者のグレン・エリック・ハミルトンはシアトルに生まれ育ち、幼いころからヨットに親しんで、さまざまなトラブルにも遭遇しつつ、アメリカ太平洋岸北西地区の船着場、商業港、島々をめぐって青春期を過ごした。現在は家族とともにカリフォルニアに在住し、ひんぱんに故郷に帰っては雨に濡れているという。

本書の続篇「Hard Cold Winter」は、2016年3月に出版されている。『眠る狼』のハイライトがシアトルの近海を舞台にしていたのに対し、今度はシアトルからピュージェット湾を隔てたオリンピック山脈で冒険が展開されるらしい。3冊目となる「Everyday Above Ground」は、今年7月に出版予定だ。一匹狼でタフで機略に富んだ主人公バン・ショウのさらなる活躍を心待ちにしたい。

 (「Hard Cold Winter」も、ハヤカワ文庫NVから近刊予定です)