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【野尻抱介氏の『法治の獣』書評を全文公開!】春暮康一の王道ファーストコンタクトSF中篇集『法治の獣』。その読みどころを、星雲賞7回受賞のハードSF作家・野尻抱介氏が激賞!

ストレートなハードSFにして、緻密なファーストコンタクト描写が話題の『法治の獣』。

ハヤカワSFコンテスト出身の著者の第2中篇集は、本書に推薦文を寄せる小川一水氏や、国産ハードSFの雄たる野尻抱介氏らに高く評価されています。


SFマガジン2022年8月号に掲載された、野尻抱介氏による、『法治の獣』書評を、Webにて全文公開させていただけることとなりました。

国産ハードSFの雄は、『法治の獣』をどう評価したか?
是非ともご一読ください!

ハードSFの新鋭による異性知性体SF 


野尻抱介

 異質な姿態、代謝、生態、進化、そして知性――地球外生命との出会いはSFでいちばんのテーマだ。クリスマスや土用の丑の日に出るごちそうのような期待感がある。
 しかし地球生命は億単位の歳月にわたる試行錯誤で練り上げられているので、これと異なるものを構築するのは容易ではない。
 生物は世代交代しながら、種レベルでは何万年も継続する。一代雑種(としか思えない)モンスターではなく、世代をわたる恒常性をそなえてこそ本物の生物だ。
 本作はその構築に成功している。これは画期的なことで、地球人なら誰でもセンス・オブ・ワンダーを味わえる。こういう知見は人類全体で共有すべきだから、各国語に翻訳されたらいいと思う。
 異質さを生み出す上で最高難易度なのは進化のしくみだ。作中でも説明されているとおり、進化は個体の生死をもって作用し、繁殖に結びつく能力しか採点できない。これは生物というより数学の法則で、初期条件が同じなら宇宙のどこででも通用してしまう。異質な進化のしくみを考案するのが難しいのはこのためだ。ありがちなのは「不老不死の生命」で、進化は無効になるが、生物の面白味も損なってしまう。
 ところが本書の表題作「法治の獣」は普通に死んで世代交代する。それでいて異質な進化のしくみを持っている。「ほんとにそうなるかな?」と思う部分もあるのだが、私には手に負えないので進化生物学の専門家に揉んでもらいたい。なお本書のスタイルは描写が先、説明が後なので、普通に浮かぶ疑問は必ず説明される。
「主観者」はコミュニケーション機構の違いから生じる異質を描いている。ネタバレしない範囲で言うと、テレタイプ端末を連想した。それは一見タイプライターに似ているが、内部はキーボードにつながった送信部と、プリンタにつながった受信部に分かれていて、そのままではうんともすんとも言わない。いちど外に出た信号線を受信部につなぐと、初めてタイプライターのように打鍵した文字が印字される。外部にコンピューターがつながっていれば、別の文字に変わったり、新しい文字列が追加されたりする。連想したのはこの外部性だ。
「方舟は荒野をわたる」は、これもネタバレ抜きでは語りにくいが、地球型惑星に特殊な生態系が構築され、「それはどこに宿るか」がポイントになる。これは地球生命についても未解明の問題で、案外この作品のような要素があるかもしれない。
 この《系外進出》シリーズ三作に共通するのは人間側のストイックさだ。文明が進むにつれて行儀良くなるようで、本作の人類は地球外生命の扱いにきわめて慎重だ。動物園でするように対象に触れず介入せず、観察に徹する。その観察さえ相手に影響を与えるなら控えようとする。
 その意識の高さと、それゆえの前時代的な抗争が発生しているところはアイロニカルな味わいがある。思わぬところで人類の異質な社会問題まで楽しめてしまうのは、ごちそうの後にでてくるアイスクリームのようだ。

いかがでしたでしょうか?
春暮康一氏はデビュー作の単行本『オーラリメイカー』に加え、今年5月に刊行された『2084年のSF』(日本SF作家クラブ編)に火星を舞台としたハードSF「混沌を掻き回す」を掲載!
また、野尻氏の書評が掲載されているSFマガジン2022年8月号にも、素晴らしい切れ味の異星生命体探査SF「モータルゲーム」を掲載!
新人離れした新鋭による、国産ハードSFの新作短篇を、お楽しみいただければと思います。


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