太陽を創った少年

14歳の少年にどうして核融合炉が作れた?『太陽を創った少年』訳者あとがき

訳者あとがき

 テイラー・ウィルソンという名前を聞いたことがなければ、インターネットで「うん、核融合炉を作ったよ」(Yup, I built a nuclear fusion reactor)というTEDトークを見てほしい(「テイラー・ウィルソン TED」と検索すればすぐ見つかる)。「僕の名前はテイラー・ウィルソン。一七歳で、原子核物理学者です」という自己紹介で始まる三分半弱の講演では、意外な話がつぎつぎと飛び出す。一四歳で核融合炉を作ったこと。その核融合炉を利用して、国土安全保障省のものより高性能な核物質検知器を開発したこと。その研究成果をオバマ大統領の前で説明したこと。リラックスした口調で「子どもでも世界を変えられる」と語りかけるテイラーは、大舞台を楽しんでいるようにも見える。
 まだ核融合は実現していなかったのでは? と思うかもしれない。核融合とは、軽い元素(水素など)を融合させて、それよりも重い元素(ヘリウムなど)を作り出す反応だ。そして核融合反応で発生するエネルギーを利用した核融合発電は、確かにまだ実現していない。核融合発電では、核融合反応を起こすために使用するエネルギーよりも多くのエネルギーを、継続的に発生させる必要があり、その壁を越えるのが難しいのだ。日本も参加している国際熱核融合実験炉(ITER)も、当初の計画から大幅に遅れている。しかし継続的な核融合発電ではなく、一時的に核融合反応を起こすだけなら可能である。テイラーの核融合炉も、核融合反応の副産物である中性子線を利用するのが目的で、発電可能なものではない。なお、原子力発電所で使用されるのは、ウランやプルトニウムなどをより軽い元素にする核分裂反応であり、核融合反応はこれとはまったく異なる。
 アメリカ・アーカンソー州生まれのテイラー・ウィルソンが、史上最年少の一四歳で核融合炉を作った天才児として注目をあびるきっかけを作ったのは、《ポピュラー・サイエンス》誌に発表された「核融合で遊んだ少年(The Boy Who Played With Fusion)」という記事だ。TEDトークの約一カ月前、二〇一二年二月に発表されたこの記事は、科学の天才であり、ガレージの実験室で何でも実験してしまうテイラーと、彼に振り回されつつも、その才能を伸ばそうとした両親、そしてテイラーの情熱を支えた大人たちの姿を描いて、大きな反響を呼んだ。TEDトークも、主催者がこの記事を読み、テイラーに話してもらおうと考えたという。同年にはCNNなどのメディアにも取り上げられ、テイラーの名前はいっそう有名になる。
 本書『太陽を創った少年』は、この二〇一二年の《ポピュラー・サイエンス》誌記事を書いた科学ライターのトム・クラインズが、同記事をベースに、その後もテイラーや家族、学校の教師、テイラーの核融合炉開発を実際に支えた専門家、さらには教育や科学の専門家へのインタビューを重ねて書いたものだ(ちなみに、原書タイトルは《ポピュラー・サイエンス》誌記事と同じThe Boy Who Played With Fusion である)。
 著者はテイラーに同行して、廃鉱山でのウラン鉱石集めや、一九五〇年代にニューメキシコ州に落下した水素爆弾の残留物探しなどに出かけている。テイラーや家族と時間をともにしながら、著者はテイラーが単なる本の虫でもなければ、内気な科学オタクでもないことに気づいていく。テイラーの好奇心、情熱、自信、そして世界を良い場所にしたいという意志と希望は、著者を「テイラーの世界に引き込んだ」。私もテイラーの情熱に圧倒され、訳しながらいつのまにか、テイラーの挑戦を応援していた。
 しかし正直に言えば、テイラーの挑戦を追いかけていると、「こんなことをして危なくはないのだろうか」という思いがつきまとう。テイラーの好奇心はつねに危険と隣り合わせだ。自作ロケットの暴発などまだかわいいほうで、独自の調合で打ち上げ花火を作って裏庭で打ち上げるし、パーティーで爆弾まがいのものまで披露して著者を驚かせてもいる。そして一番不安になるのは、原子核物理学に夢中になったテイラーが集めた、放射能を帯びた製品(ラジウム塗料を使った飛行機計器盤など)や放射性物質のサンプルなどの「コレクション」だ。もちろん、放射能の危険性についてはテイラーも十分承知していて、考えられる限りの安全対策を自ら実施していたことは本書でも触れている。
 とはいえ、低線量被曝の健康への影響は評価が難しいことは知られている。逆に、低線量の放射線が健康にプラスの効果を持つという「放射線ホルミシス効果」という考え方もあるが(本書でもテイラーが話題にしている)、この効果について専門家は懐疑的だ。たとえば、重大な被曝事故での治療経験があるアメリカ人医師のロバート・ピーター・ゲイル氏は「ホルミシスを支持する科学者はほとんどおらず、大多数は恩恵があるとは納得していない」(『放射線と冷静に向き合いたいみなさんへ』〔松井信彦訳、早川書房〕より引用)としている。
 いずれにしろ、テイラーが危険なことに挑戦していたことは確かだ。事故が起きなかったのは単なる幸運と言うべきかもしれない。それでも原子核物理学や核融合の研究をできる限り安全におこなえたのは、本人の知識だけでなく、周りの大人たち、特に両親の協力が大きい。テイラーの両親は科学にまったく縁がなく、テイラーの研究を理解するための知識もなかった。ただ、自分たちが理解できないから、危険そうだからという理由で、テイラーの原子核物理学の実験をやめさせるのではなく、安全面でのチェックをしてくれる専門家にアドバイスを求めた。その専門家はやがてテイラーのメンターとなり、挑戦をさらに先に進める手助けをするようになる。著者は、そうした両親の「意外性にあふれたアプローチに刺激を受け」たとし、「個人的には、テイラーの才能そのものよりも、両親の支えに感銘を受けた」とまで書いている。
 一般的には、子どもが危険なことをしたがったらやめさせようとするのが普通の反応だろう。少なくともデイヴィッド・ハーンの両親はそうした。デイヴィッド・ハーンは一九九〇年代中ごろ、自宅で原子炉を作ろうとして放射能汚染を引き起こし、除染のために連邦政府機関や警察が出動する騒ぎになった。この件はメディアに大きく取り上げられ、『放射性ボーイスカウト(The Radioactive Boy Scout)』(未訳)という本になって、テイラーにも影響を与えた。
 著者がテイラーとデイヴィッドの大きな違いとして指摘するのは、両親がデイヴィッドの情熱を理解しなかったことだ。両親から自宅での科学実験を禁止されたデイヴィッドは、隠れて実験するようになる。そのせいで大人からの助言も得られず、安全対策の意識も低かったらしい。テイラーとはまったく反対の道のりだ。実際、テイラーはデイヴィッドの事件を知って、「自分は責任ある放射性ボーイスカウトになる」と決意している。そしてデイヴィッドは、原書刊行後の二〇一六年九月、三九歳で死去している。かつての放射線被曝の影響があったのかどうかははっきりしていないようだが、少なくとも事件後の人生は苦しいものだったようだ。
 デイヴィッドと違い、テイラーには同じ趣味の仲間とのつながりもあった。原子核物理学といえば、大学や大きな研究機関で巨大な実験施設を使ってするものというイメージがあるが、それを趣味とするアマチュアの人たちがいるというのには驚かされた。しかし著者は、そうしたビッグサイエンスだけが最善の方法なのかと問いかけ、核融合でも意欲的な個人や小規模企業、参加型のアマチュア科学から新しいアプローチが生まれる可能性を指摘している。
 テイラーが原子核物理学への情熱を追求できた背景として、比較的豊かな家庭に育ったことがあるのは確かだ。アメリカだから可能だった面もある。ガレージで実験をするとなると、日本では住宅事情の問題が大きい。またアメリカと日本では、放射線というものへの意識が同じではないことも、本書を読んでいくと垣間見えてくるだろう。しかし本書のメッセージは、テイラーという天才少年の成功がいかに幸運に恵まれたものだったか、ということにとどまらない。テイラーの成長を追いながら、科学や教育、子育てといった普遍的なテーマについて、従来の常識には反する新しい視点を提示してもいるのだ。簡単に言えば、大組織ではなく個人、大人ではなく子どもによる科学研究、そして危険から遠ざけ、型にはめるのではなく、子どもの情熱を尊重し、挑戦させる子育てである。
 原著刊行以来、テイラーの活動について新しい情報はしばらくなかったが、本書の完成間近の二〇一八年四月上旬に来日し、原子力関連の会議で講演している。この五月で二四歳になるテイラーはすっかり青年らしくなっていたが、TEDで多くの観客を魅了した語り口は変わっていなかったようだ。現在は自らの会社を立ち上げて小型原子炉の開発を進めているという。大人になったテイラーがどのようにして世界を変えていくのか、これからの活躍が楽しみである(日本滞在中には福島第一原発の見学も予定に入っていたという話なので、そこで感じたことをどこかで発信してくれたらと期待している)。
二〇一八年四月 熊谷玲美

『太陽を創った少年』(トム・クラインズ、熊谷玲美訳、46判並製、定価2700円)は早川書房より刊行中。

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