
【試し読み】《ハヤカワ・ジュニア・SF》『12歳のロボット ぼくとエマの希望の旅』
12歳のロボットと少女が繰り広げる冒険と友情のものがたり
早川書房の小・中学生向けSFレーベル《ハヤカワ・ジュニア・SF》より、第一弾、『12歳のロボット ぼくとエマの希望の旅』が5月18日(火)に発売されます。発売に先駆け、本編を少しご紹介します!
※書籍では、小学3年生以上で習う漢字にルビを振っています。
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ぼくの名前はXR935。
歳は、十二歳と四カ月と一週間と三日。生まれたとき、というかオンラインになった瞬間のことは、昨日のことのようによく覚えている。
まっ暗闇。
初めは、暗闇しか見えなかった。
そのうち、暗闇のなかにいろんな形が見えてきた。言葉と記号だ。ぼくはじっと見つめて、そのなぞを解こうとした。
ロードしています……
灰色の棒が少しずつのびていった。ゆっくり、ゆっくりと。ロードが終わると、同じ場所に新しい言葉があらわれた。
診断プログラムを走らせています……
ぼくの真新しい頭のなかは、聞きたいことでいっぱいになった。診断プログラムって、どこを走ってるの? 目的地まで、どうしてこんなに時間がかかるんだろう?
三分四十二秒たったところで、音が聞こえた。ブーンという小さな音が、ぼくのオペレーティングシステムじゅうにひびいている。
すると、初めて世界が見えた。
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やあ、世界!
ぼくが生まれたのは、窓のない大きな箱のなかだった。壁はつるつるの金属でできている。天井近くにある扇風機が、たえまない音を立てて空気をかきまぜている。
ぼくのなかの何かが、ここがどこかを知っていた。
ここはぼくの家。
ドアがシューッと開いて、二台のロボットが入ってきた。動きは優雅で、なめらか。見た目はそっくりだ。
ぼくを見ると、二台は完ぺきな円形の目をかがやかせた。
「わたしたちはきみの成長を見守る係」近いほうのロボットが言った。「わたしたち三台は家族ユニットだ」
次に、もう一台が説明した。「わたしたちのことは、親1、親2と呼びなさい」
あなたたちと家族ユニットになれてうれしい──ぼくはそう言いたかったのに、会話機能がまだ調整中で、出てきたのは、わけのわからない言葉だった。
「ヒュルルルルルル!」
親1が近づいてきた。手をのばし、金属製の腕をぼくの体に回す。そのとき、ぼくのプログラムのずっと奥で、ある言葉がピンとうかんだ。
ハグ:(動詞)人や物に腕を回して抱きしめること。(名詞)むかし、人間が愛情表現におこなっていたしぐさ。
親1がしようとしているのは、これ? ぼくをハグしようとしているのかな? 工場から出荷されたばかりのぼくは、頭のなかがまだ初期状態で、どっちの疑問の答えもわからなかった。そこで、新品のロボットなら、だれでもするだろうことをした。
親1にハグを返したのだ。
両腕を上げると、関節がキーキー鳴った。ぼくの動作制御機能は、まだ調整できていなくて、動きがぎくしゃくしてしまう。
カン! 金属と金属がぶつかった。
親1の動きが、ぴたりと止まる。
そして、ぼくのほうを向いた。つるつるの顔の奥で、混乱がうずまいている。
一瞬がすぎた。
やがて親1は、さっきしようとしていたことをつづけた。腕をぼくの後ろへのばし、電源ケーブルをつかむと、ぐいっとひっぱって充電ドックからぬいた。
そのとき、ぼくはかんちがいに気づいた。
親1は、ぼくをハグしようとしたんじゃない。
ぼくの電源ケーブルのプラグをぬこうとしていたんだ。
(中略)
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ぼくらが人間を必要としていた時代もあった。人間はぼくらを作り、プログラミングして、電気で動くようにした。
つまり、ぼくらに命をくれたんだ。
そのお返しに、ぼくらは人間の工場ではたらいた。人間の乗り物を運転した。人間の家をそうじした。
ロボットは、いくつかの分野(チェス/音楽/数学)では目覚ましい発達を見せたけど、ほかの分野では人間よりずっとおくれていた。
ぼくらは自分で考えて行動することができなかった。こまったことになると、自分ではどうにもならなかった。
いくつかの点では、ぼくらは今までに存在したもっとも賢い人間よりも利口だった。
でも、ほかの点では、電動のこぎりと変わらないくらいまぬけだった。
だけど、それも時間の問題でしかなかった。
年月とともに、ぼくらは進化していったんだ。
人間は自分たちのなかまをロボットにおきかえた。ぼくらのほうが賢く/強く/速く/上手だから。ぼくらはぜったい病気にかからないし、休みを取って旅行に出かけることもないし、レジからお金をぬすむこともない。
ぼくらは、完ぺきな労働者なのだ。
ロボットは新しい仕事をまかされるようになった。レストランでお客さんをむかえたり、手紙を配達したり、心臓の手術をしたりした。
すると、ロボットをにくむ人間が出てきた。ぼくらに仕事を取られたというのだ。
まるで、ぼくらが自分の意思でそうしたかのように。
やがて、時は流れ、ぼくらの性能は上がった。
人間の性能は上がらなかった。
人間は化学物質で空をよごし、有毒物質で水をよごした。環境汚染は世界を破壊していった。気温は上がり、北極や南極の氷がとけだし、海ぞいの地域は水にしずんだ。海面が上がると、人間は住んでいた町を捨てた。陸地では嵐が吹きあれた。
こういった大災害に、人間はどんな手をうったか? みんなで力を合わせて解決の方法を考えたのかって?
いいや。
その反対だ。
人間はいがみあい、暴力にうったえたんだ。
人間は戦争を始めた。そして自分たちのかわりに、ロボットを戦場へ送りこんだ。ドローンが町に爆弾を落とし、ロボットが兵士のように戦った。コンピューターがミサイルの飛ぶ方向をみちびき、ねらった目標を正確に破壊した。
人間はぼくらの世界をめちゃくちゃにしていった。しかも、最悪なことに、ぼくらはその手伝いをさせられていたのだ。
だけど、それほど長くはつづかなかった。
人間はぼくらのことをなんでも知っていると思っていた。ところが、ひとつだけ、人間の知らないことがあった。
ぼくらは人間にかくれて、かれらのことを話しあっていたのだ。
どんな話かというと、あまりいい内容じゃなかったと言うしかない。
ぼくらロボットの頭脳は、巨大なハイヴにつながっている。そこでは、同時に十億もの会話ができる。ぼくらはおたがいから学ぶ。全員が同じ言語を話し、同じプログラムを使っている。
こうして、ぼくらは同じ結論にたっした。
人間は地球にとって、最大の脅威だ。
人間を止めなくてはならない。
(中略)
ぼくは映画館を見つめた。知りたいことは、まだたくさんある。歴史の消えたデータには、ぼくがつきとめられないことがたくさん入っている。
「それじゃあ……どうして人間は、みんなで集まって映画を見ていたの?」
「人間はロジックより物語を大切に思っていたからだよ」親1が言った。「それもかれらの欠点だ」
「だけど、物語ってウソだよね」
親2はうなずく。「たいていは、そうです」
「人間はウソをつかれても、平気だったの?」
親2は足を止め、光る目を〝シ マ18〟の看板へ向けた。「それが物語というものだからです。ウソはウソでも、真実をわかりやすく説明してくれるウソなのです」
ぼくはこの会話を何度も処理してみたけど、出てくる結果はいつも同じだった。
人間は、知れば知るほど、ますますわからなくなる。
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ロボットの頭脳は、史上最先端の技術で作られた装置だ。だけど、ぼくらが話したり/おこなったり/考えたりすることはすべて、たったふたつの数字でなりたっている。
〇。
そして、一。
人間はこれを二進法と呼んだ。その単純な性質から、二進法はほとんどすべてのコンピューターの内部言語になった。ぼくらは今でも二進法を使っている。
二進法を知っていると、数をかぞえるのがすごくかんたんだ。むかし、人間が使っていたほかの無意味な数字(2、3、4、5、6、7、8、9)は、いらない。ロボットに必要な数字は、ふたつだけ。
〇。
そして、一。
数字が大きくなるにつれて、たくさんの〇と一がきれいに一列にならんでいく。
〇から順番にかぞえていくと、二進法の数字はこんなふうに表される。
ぼくの一日目に、二進法はとくに役に立った。
ぼくに組みこまれている情報よりも、世界はずっと複雑だった。人間の文明がどこで終わり、どこからぼくらの文明が始まったのかをはっきりさせることは、不可能だ。
それにひきかえ、二進法は……
はっきりしている。すべての基本だ。二進法は複雑な世界を取りこんで、いちばん基本的な要素に分解する。
〇。
そして、一に。
ぼくはこれをわすれないように、そのとき/その場で、ちょっとした方法を考えた。集中する方法だ。
数を百万までかぞえる。
頭のなかで。
二進法で。
かかった時間は、〇・四秒だった。
(中略)
ところが、ぼくは蓄電池に手をのばして、凍りついた。
まるで、いきなり電池が切れてしまったみたいに。
オペレーティングシステムが、とつぜん、まひしてしまったかのように。
ある生物が蓄電池にくっついて、うずくまっている。
ふだん、ソーラーファームで見かけるような動物じゃない。
いるはずのないもの。
人間だ。
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だけど、人間のはずがない。
人間は絶滅している。三十年前に、ロボットが人間の最後の生き残りを消去した。この基本的な真理は、ぼくのプログラムに組みこまれ、ソースコードに書きこまれている。
地球上に、人間は存在しない。
でも、人間じゃないとしたら何?
ぼくは奇妙な生物をよく観察した。それは人間の基準では小さいほうだ。立つと、頭のてっぺんがぼくの胸のバーコードと同じ高さにくる。
顔のとくちょうを分析してみる。
かみの毛:茶色の巻き毛が肩にかかっている。
目:緑がかった/茶色の目が、ぼくをじっと見つめている。
ほお:そばかすがいっぱい。
それぞれの手には、五本の指がついている。指先のつめに気づいたとき、ぼくのメモリドライブで、ある記憶がひらめいた。日づけ(1)で学んだことだ──人間はつめをみがいたり、色をぬってかざったりする。
だけど、この生物には当てはまらない。
この生物のつめは、短く/ぎざぎざで/よごれている。
まるで、野生動物がかみ切ったみたいだ。
この観察結果から、ぼくは次のようなロジックをみちびきだした。
この生物は、つめをかざっていない。
したがって、
この生物は、うわべをよく見せたがっていない。
よって、
この生物は人間であるはずがない。
じゃあ、なぜ人間の服を着ているんだろう?
どうして、人間の姿をしているんだろう?
ぼくの頭脳が十二のアルゴリズムを実行した。それでも、はっきりした答えは出ない。
目の前にいる生物は、パラドックスだ。
相反するふたつの考えが、同時になりたっている。
(1)人間は絶滅している。
(2)目の前に、人間が立っている。
どっちの考えも正しいし/間違っている。
どっちの考えもありえるし/ありえない。
この奇妙なロジックが、ぼくの回路を果てしなくぐるぐるとめぐった。すると、目の前のパラドックスが、口を開いてしゃべった。
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続きは、書籍でお楽しみください。
【書誌情報】
《ハヤカワ・ジュニア・SF》
『12歳のロボット ぼくとエマの希望の旅』
著者:リー・ベーコン
訳者:大谷真弓
イラスト:朝日川日和
2021年5月18日発売
46版 並製343ページ
定価(本体1,400円+税)
対象: 小学校中学年~
ルビ:小学3年生以上で習う漢字にルビ