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現代中国最大のヒット作、『三体』が日本でも爆売れした理由。大森望×藤井太洋トークイベント採録

お盆休みの方も多いこの時期、大きな話題を呼んでおります『三体』を、ぜひこのタイミングで読もうとしている方もいらっしゃるのでは。本欄では、7月に八重洲ブックセンター本店にておこなわれた、『三体』翻訳者の大森望さんと、『三体』著者劉慈欣とも関係の深い作家・藤井太洋さんのトークイベントを再録します(SFマガジン2019年10月号掲載)。満員御礼だった本イベントの貴重な採録、ぜひお楽しみください。

『三体』大森望×藤井太洋トークイベント採録


■劉慈欣と中国SF
大森 本日はたくさんの人に来ていただいてありがとうございます。キャンセル待ちも出ていたそうで。中国SFがそれだけ盛り上がっているということですね。

藤井 これほど『三体』が売れるとは、私も正直思っていませんでした。

大森 全世界で三部作2900万部が売れているという。とはいっても、中国語で書かれた本格SFの長篇小説が日本語に訳されること自体これがほぼ初めてですからね。中国でも、小説を読む人の分母はそこまで大きくないですよね。

藤井 改革開放がはじまった1985年以前は基本的に文学を出版できる環境になかったんですよね。そこからずっと書き続けている人たちの作品が世のなかに出始めてまだ40年ぐらいですから。

大森 中国のSFは、イメージ的には日本より20年遅れぐらいの感じだったんですよ。日本でSFが本格的に書かれ始めたのは1960年代で、その20年後ぐらいに中国でもSFが出始めた印象です。

藤井 日本では小松左京先生たちがまだ存命で、ごりごり作品を書いているという時代ですね。

大森 『三体』著者の劉慈欣さんも小松左京的な存在感がありますよね。

藤井
 そうですね。実際、トークイベントで話していても劉さんが一番ちゃんとしている(笑)。正しいことを言わなければいけないと自分を律している雰囲気がつねにある印象です。科学への真摯な姿勢をつねに言葉の端々に入れていくようなタイプの人ですね。

大森
 10月に来日が決まったので、そのときにはお話をする機会もあると思います。ぼくとは世代も近いのですが、育った頃の話を読んだりするとまったく違う。中国ではアメリカのSFが翻訳されるようになったのも80年代ぐらいになってからで、劉さんはだいぶ遅れて浴びるように海外SFに触れて、そしてSF作家を目指すようになった。同世代なのに同じものを読んだ時期はずいぶんズレているのが不思議な感じです。

藤井
 劉さんは、海外のスタンダード作品はよくご存知なんですよね。クラークやベイリー、私たちが古典と読んでいるような作品もしっかりと読んでいる。

大森
 中国でSF作家をやるのは大変なのだろうと推察します。作中でも、論文を書くにしても実験をするにしても制限があるとか、さまざまなことに気を遣わなければいけないという話を文革当時のこととして書いていますが、いろいろ気を遣う必要がある点は今も変わらない。

藤井
 そうですね。『三体』に出てくるゲームで、日が昇って沈むというふうな通常のサイクルがまったく通用しない時期である乱紀と、安定している時期である恒紀というのが出てきますが、そういうところにはいまの中国の人たちが感じている不安感、見えないところで話されていることがいきなり自分の生活をガラッと変えてしまうような不安、そういうようなものが反映されているんだろうなという気がします。

■文革パートとオバマ
大森 『三体』は、文化大革命のシーンからはじまりますが、中国で最初に単行本になったときはその文革パートが中盤にくるという、すごくアクロバティックな改変が施されていて。

藤井
 断章みたいな感じで入っているんですよね。

大森
 一つの章を二つに割って、過去のいきさつが語られるところに文革パートが入ってきて、それが終わると続きに戻るという。

藤井
 連載時は文革からはじまる、日本の単行本と同じ形でスタートしていますね。

大森
 でも、汪淼の視点で語られる現代パートからはじまるほうが多分、エンタメ的にはわかりやすいですね。アメリカの編集者だったら、訳す時にはそっちのヴァージョンのほうがいいと言うんじゃないかと思うんですけど、英訳を担当したケン・リュウは著者が最初に意図した順番──文革からはじまって現代に移るという順番にしたほうがいいといって、劉慈欣も同意して、現在の日本語訳と同じ順番になった。
 ぼく自身、正直、日本の読者にとって文革からはじまるのはどうなのかな、と思っていたんです。現代パート→文革パート→現代パートで展開するほうが、鈴木光司の小説のようなものすごいひっぱりがあって、エンタメ的には正解だろうと。

藤井
 でも、今のアメリカだったら文革からスタートするほうがいいですね。アメリカ人はレッドパージを思い出すようですし。

大森
 じつはそのほうがSF読者以外の人に届いた。アメリカでは、中国のSFということもあるかもしれませんが、政治的な読み方をいやおうなくされて。

藤井
 時期も時期でしたからね。アメリカで出版されたのは2014年で、ちょうどオバマの政権があぶなくなってきたころですよね。

大森
 オバマはつらいホワイトハウスの日々に耐えるために『三体』を読んでいたという話をしてますね。議会がぜんぜんいうことを聞いてくれなくて、でも『三体』を読むとそんなのは大したことないという気持ちになれると(笑)。

藤井
 自分もSF作家クラブ会長の時にこれを読んでいたらもう少し耐えられたかも(笑)。

■ヒューゴー賞狂想曲
藤井 昨年、長春に行ったときには、劉慈欣は来ていなかったのですけど、いないのにすごく存在感がありました。大劉(ダーリウ)がなにをした、というような話がつねにどこからか聞こえてくる。

大森
 なるほど。ちなみに、『三体』には史強(シー・チアン)という人気キャラクターがいるんですが、作中では半分くらい「大史(ダーシー)」というあだなで呼ばれているんですね。ただ、日本の感覚だと、登場人物が地の文であだなで呼ばれるというのは、ちょっと変な感じがするし、わかりにいくということもあって、地の文はすべて「史強」で統一したんです。セリフの中であだ名で呼びかけられているときだけ「大史」呼びを活かして。それはともかく劉慈欣さんも、自身が「大劉」と呼ばれている。

藤井
 劉慈欣さんはSF大会に行ってもひとりだけ控室が別なんですよね。SPもいて、まさに人間国宝的な扱いです。共産党の文部省的なところの人がいうには、「中国には二人の劉がいて、二人とも国宝なんだ、一人はアメリカ人だけど」と。いわずもがな、劉慈欣とケン・リュウのことですね。ケン・リュウは中国名は劉宇昆(リウ・ユークン)ですから。ちなみに、飲み会に劉さんが来た場合は、マネージャーっぽい人が「絶対に劉さんがここにいるってツイートしちゃだめだよ」と厳命してから劉さんが入ってくる。十分ぐらいで特定されてファンがおしかけてくるらしいので。

大森
 ケン・リュウさんがこんにちの『三体』の世界的なブームを準備したともいってもいいですよね。ヒューゴー賞をとったのもケン・リュウの翻訳あればこそだし。それ以外にも政治的な情勢とかがあったとは思いますが。

藤井
 そうですね。『三体』がヒューゴーを取った2015年は、「パピーズ」という、金髪のお姉さんを助けに光線銃をもって宇宙を旅するガンマンのようなSFを読みたい団体の人たちが、大量にサクラ投票を繰りかえしていた。

大森
 二十世紀のワールドコンはおおむね白人のものだったんですよね。黒人やヒスパニックやアジア系はほとんど見かけなかった。彼らが仲間に投票するからヒューゴー賞受賞者も白人の男性が中心だったのに、どんどん女性やエスニックマイノリティの受賞が増えてきたので、保守派が逆の運動をはじめた。それが「パピーズ」です。彼らの推薦作が組織票によっていくつもヒューゴー賞候補に入るという事件があった。

藤井
 『三体』が勝った2015年は組織票が一番ひどかった年で、ノヴェレットとノヴェラは該当受賞作なしなんですよ。候補作が全部パピーズの作品になっていたので、該当受賞作なしにもっとも票が集まって、大賞作なしのカテゴリが二つもできたんです。そのなかで、いちばんリベラルな存在だった『三体』に評価が集まった。
 そういえば、会場で「お前は『三体』に入れたか?」と知らない人に声をかけられました。いや、入れたもなにも、こちらは初めてワールドコンに来たんだけど……(笑)。気がつくと中国人のファンダムの人たちが数十人ほど、会場の中をのし歩いていました。劉慈欣が候補になっただけで大喜びで、大挙してやってきたんです。『三体』がノミネートされましたけどどう思いますかということを、SF作家をつかまえてインタビューをとりまくるということをやっていた。

大森
 そのときは劉慈欣さんは来ていなかった?

藤井
 ケン・リュウだけが来ていました。受賞したときの騒ぎはすごかったですね。めぐりあわせで獲れたところもあるヒューゴーですが、そこでいきなり中国国内での知名度もあがって、中国共産党の文化支援もどんどんはじまっていって。

大森
 国家副主席が中国のSF大会であいさつするという話にまでなって。それまではむしろ、抑圧される方の側だったのに、すごい手のひら返し(笑)。

藤井
 もともと中国のSFって科学を普及させるための科普というSFと、科学幻想の科幻SFの二種類があって、私たちが考えるSFは後者ですね。当初は前者に手厚くサポートがあったんですけど、『三体』がヒューゴーを取ってからぐるりと変わった。新華社通信がどんどん中国のSF大会にやってきて取材をしたり、海外ゲストを何十人も呼んだりしている。非常にいま、SFが支援されている空気は感じます。

大森
 中国の人たちは日本で売れたということもすごく喜んでいますね。

藤井
 ウェイボーで、大森さんや私のツイートとかもみんなチェックしているみたいですね(笑)。日本語版の『三体』がどれだけ売れているのかみたいなことを投稿しつづけている。『三体』と自分たちを同一視しているような感じもしますね。

■『三体』はなぜ売れたのか
大森 なぜ『三体』が世界でこれほど売れるのでしょうね。日本で売れるのも、中国人の知り合いに薦められたという人がけっこう多いですね。

藤井
 そうですね。内容はぜんぜん国家的な作品ではないんですけど、国家的な作品になりましたね。

大森
 作品からはいろんなメタファーが読みとれるのだけど、これが正解かというものがあるかというとそうでもないですよね。

藤井
 フックを大量にちりばめている。

大森
 すごくオタクみたいなところもありますよね。なんでここで美少女がカンフーをやってるの!? みたいな、意味のわからないシーンもあるじゃないですか(笑)。普通こんなシリアスな場面では、日本の作家だったらこんなこと絶対書かないですよ。そういう例がたくさんある。

藤井
 なにがとび出してくるのかわからないというビックリ箱ですよね(笑)。

大森
 文革からはじまることもあるし、シリアスなSFなのに、オタク的なシーンやバカSF的なネタが平気で混ざってる、このある種の野蛮さがカギなのかなと。

藤井
 野蛮な内容を教養でコーティングしているんですよね。

大森
 帯で小島秀夫さんが「超トンデモSF」といってくれたのはよかったですね。現代SFの最先端にある傑作とはまたちょっと違うとはいっておきたい。第二部、第三部もものすごいですよ。こんなのアリ!? みたいな。劉慈欣は『三体』の一作目のときは一般読者を意識して、文革のシーンなどを入れて、現実とのかかわりを密にして、一般読者にも買ってもらおう、SFファン以外の読者を開拓しようと思って書いたけど、、三作目になると、こんなの読むヤツはSFファン以外にいないよ、もう一般の人を相手にするのはやめよう、ドSFでいいじゃん! と開き直って書いたら、意外にもそれがいちばん売れたと本人は『折りたたみ北京』収録のエッセイで言っていました。

『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』

藤井 楽しみです。英語で読みかけていたんですけど、日本語版が出るとわかったので(笑)。

大森
 ケン・リュウの翻訳もすごく読みやすいですよね。頭のいい人がきちんと筋道たてて整理している感じ。中国語ではどのぐらい読みやすいのかはわからないんですけど、英訳はイメージしやすい文章になっているし、単語も難しいものを使わずすらすら読める。翻訳が出るまでのあいだに英語か中国語を勉強する人のほうが多くなるんじゃないかなと思います。

藤井
 ケン・リュウは非常にテクニカルな文学者ですよね。英語の文体を読んでいると、いったい何種類の文体を使い分けているんだと感動します。日本にもそういう人材がほしいですね。
 最近はケン・リュウ以外にも、中国語から英語への翻訳をやっている人がけっこう増えていたり、中国人作家自身が、英語で書けるようになって投稿するというケースもだんだん増えてきています。中国ではいま、毎年3000人~5000人規模のSF大会を年に4回やっている。本当にすごい勢いです。日本の作家もどんどんそういうところに行ってみるといいと思います。
(2019年7月12日/於・八重洲ブックセンター本店)

こちらのトークショー採録はSFマガジン2019年10月号に掲載されます。本号では神林長平デビュー40周年記念特集ほか、谷甲州中篇、ジーン・ウルフ追悼などを掲載。こちらもどうぞお楽しみに!

『三体』(Amazonページに飛びます)
著=劉慈欣(りゅう・じきん/リウ・ツーシン)
訳=大森 望、光吉さくら、ワン・チャイ
監修=立原透耶
装画=富安健一郎/装幀=早川書房デザイン室


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