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【再掲載】間違いなく本書が最高作であると断言しようーー『ガン・ストリート・ガール』レビュー【刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズ第四弾】

 12月15日(水)に発売を控えた刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズ最新刊にして最高傑作を更新したとの呼び声が高い『レイン・ドッグズ』。その発売を記念して書評家の小野家由佳氏による刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズのレビューを再掲載いたします。

刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズの既刊レビュー第四弾! 書評家の小野家由佳氏による『ガン・ストリート・ガール』のレビューです。

『ガン・ストリート・ガール』レビュー

 
 『アイル・ビー・ゴーン』は、ショーン・ダフィという男の人生について一つの決着をつける、シリーズの区切りとなるような作品だった。
 だが、ダフィはまだ生きているし、北アイルランド紛争も収束したわけでは全くない。
 刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズ最新作『ガン・ストリート・ガール』は、まだまだ続く……続かざるを得ない人生と世界にダフィはどう立ち向かっていくかを描く一作である。

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 物語は一九八五年冬のデリー近郊、アイルランドの荒涼とした北海岸のビーチから始まる。
 ダフィが駆り出されたのは、FBI、MI5、インターポールといった錚々たるメンツとの合同作戦。アメリカからの銃器密輸船の取り締まりが目的だ。
 人数も、関わる組織も、やたらと多い作戦はスマートなものとは程遠い大騒動になる。ダフィは、その様子を冷めた目で見ながら、自分にやれることはないなと場を立ち去る。もとより、しぶしぶ来ただけなのだ。
 キャリックファーガスへ戻ったダフィは、ちょっとした仕事を片付けたあと、部下のクラビーに泣きつかれ、次の仕事に駆り出される。それは、大富豪の邸宅で起きた北アイルランドらしからぬ二重殺人で……
 シリーズを追ってきた読者は、ここまでの粗筋を読み終えて「おっ」と思うのではないだろうか。普段の業務外の案件に駆り出され、途中で撤退した後に、北アイルランドにしてはまっとうすぎる事件が舞い込むという流れ、第一作『コールド・コールド・グラウンド』と同じじゃないか、と。
 これは、作者が意識して寄せている部分だろう。何故そうしているのかも自明だ。
 『コールド・コールド・グラウンド』から本作に至るまでの間に、ダフィがどう変わったかということを示すためだ。
 ダフィは、最早、無軌道に動けるキャリアの浅い刑事ではない。
 第一作からシリーズを読み進めてきた読者としてはちょっと受け入れがたいところもあるが、彼は本作ではベテラン刑事として、責任がある立場で扱われる。上からは頼られるし、後輩を指導したりもする。何か面倒ごとが起こった時の対応の仕方も(以前よりは)上手になった。
 プライベートでも、色々なことが変わっている。たとえば今回、ダフィはそろそろ結婚しなければと焦りを覚え始めて、婚活を始めたりもする(!)。
 そして勿論、ダフィの暮らす北アイルランドの情勢も刻一刻と変わっていく。これは前作までと同様。
 今回、背景となるのは一九八五年に結ばれたアングロ=アイリッシュ協定……作中では、通常の国家なら、どの派閥にも歓迎される融和策だが、この国ではどの層も怒らせると揶揄される協定だ。その揶揄を証明するように、案の定、暴動が発生し、ダフィたちはそれの鎮圧に向かわされたりもする。
 既に変わってしまっている。そして、進行形で変わりつつもある、というのが本書の作品世界である。
 この国で生きるダフィという刑事の物語という意味で『アイル・ビー・ゴーン』の先を正統に描いていると言えるだろう。

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 扱われる事件の性質も、本作は今までの作品とは一味違う。
 今回ダフィが捜査することになるのは、上で述べた通り、ある富豪の家で起きた二重殺人……家の主とその妻がほぼ同時に殺されるという事件なのだが、この事件、一見したところ、不可解な点というのがないのだ。
 たとえば『コールド・コールド・グラウンド』では切断された右手と体内に突っ込まれたオペラの楽譜、『サイレンズ・イン・ザ・ストリート』では北アイルランドにはない毒で殺された上、バラバラにされた死体、そして『アイル・ビー・ゴーン』では密室事件とこれまでのシリーズ作品では、必ずと言っていいほど明らかに異常な謎が用意されていた。
 だが、本編には、そういう意味での異常性というのがない。
 引っかかる点は幾つもあるものの、基本的にはただの殺人事件であり、容疑者や動機も初動捜査の時点で浮かびあがってくる。
 では、歯応えがない事件なのか? それは違う。
 むしろ、歯応えはありすぎるくらいにあり、そのことが段々と分かってくる部分に、謎解きミステリとしての本書の面白さがある。
 作者は『サイレンズ・イン・ザ・ストリート』で見せた、最初の事件から順々にスケールアップしていく手法を更に洗練させている。とっかかりとなる事件に外連味がなくても、芋づる式に事件の裏を掘り出していく捜査の過程だけで十二分に読ませてくれるのだ。
 また、ローソンという、ダフィと歳の離れた後輩刑事が登場し、共に捜査をしてくれるのも本書の楽しい部分だ。クラビーのような、歳や性格が近かった相棒とはまた違う関係性で、要所要所でニヤリとするやり取りを見せてくれる。

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 つまり『サイレンズ・イン・ザ・ストリート』よりも捜査小説として更に面白く、『アイル・ビー・ゴーン』よりもダフィと世界の変化の物語として更に読ませる作品なのだ。
 このシリーズは『コールド・コールド・グラウンド』で見せた幾つかの方向性について、一作ごとに深化していくと何度か述べているが、本書はその、幾つかの方向性の全てにおいて深化させていると言っても過言ではない。
 それを証明するのが、最終的な収束部分だ。
 事件の結末としても、ダフィという刑事の物語としても「そう落とすしかないだろう」というところに落とされるのだ。
 『アイル・ビー・ゴーン』で分離ギリギリのところまで達していた作品としての異様さのようなものはここには一切なく、完璧に各要素は結合している。前作まではその崩れ気味のバランスが作品としての熱量を生んでいたところもあったが、本書では逆に一つの方向にまとまることによってその熱量が生まれているのだ。
 また、この終盤の一連のシークエンスは、作中のある場面の再現じみたものになるのだが、該当の部分とはダフィの立場が違うことによって全く別の効果を上げるようになっているのも構成として見事である。
 一つの作品としての完成度としても、シリーズとして紡いできた部分の面白さとしても、間違いなく本書が最高作であると断言しよう。

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 『コールド・コールド・グラウンド』のレビューで、どうかダフィのことを好きになってもらいたい、と書いた。
 恐らく、この『ガン・ストリート・ガール』までシリーズを追ってくれた方なら皆、彼のことを好ましく思うようになってくれているのではないだろうか。特に本書のラストシーンなどは、訳者あとがきの武藤陽生さんの言葉を借りるなら「ショーンの幸せを願わずにいられなく」なる。
 我々の人生がまだまだ続きそうなのと同様に、ダフィの人生もまだ終わらない。
 このシリーズの、そしてショーン・ダフィという男の魅力を、もっともっと多くの人に知ってもらいたいと願ってやまない。

小野家由佳(おのいえ・ゆか)
書評家。〈翻訳ミステリー大賞シンジゲート〉にて「乱読クライム・ノヴェル」連載中。Twitterアカウントは@timebombbaby

【あらすじ】

 富豪の夫妻が射殺される事件が発生した。当初は家庭内の争いによる単純な事件かと思われたが、容疑者と目されていた息子が崖下で死体となって発見される。現場には遺書も残されていたが、彼の過去に不審な点を感じたショーン・ダフィ警部補は、新米の部下と真相を追う。だが、事件の関係者がまたも自殺と思しき死を遂げ……。混迷深まる激動の時代の北アイルランドを舞台にしたハードボイルド警察小説シリーズ、第四弾にして最高潮。

【書誌情報】


■タイトル:『ガン・ストリート・ガール』 
■著訳者:エイドリアン・マッキンティ/武藤陽生訳 
■本体価格:1,300 円(税抜)■発売日:2020年10月 
■ISBN: 9784151833069■レーベル:ハヤカワ・ミステリ文庫
※書影等はAmazonにリンクしています。



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