見出し画像

【特別公開】『AIを生んだ100のSF』まえがき:科学技術の啓蒙「だけではない」SFの価値

数々のSFの名作がもたらした影響について研究者にインタビューを重ね、SFとAIの関係について探った〈S-Fマガジン〉の連載企画「SFの射程距離」。それに松尾豊さん×安野貴博さんの対談など数篇を追加し再編集した『AIを生んだ100のSF』(ハヤカワ新書)が本日発売いたします。刊行を記念し、今回の記事では本書の監修者・編者で、「AIxSFプロジェクト」主宰者/慶應義塾大学理工学部准教授の大澤博隆さんによる「まえがき」を特別公開いたします。

「AIxSFプロジェクト」とは

大澤博隆主宰の研究プロジェクト。2018年発足。「想像力のアップデート:人工知能のデザインフィクション」をテーマに、SFが人工知能技術の発展にもたらした影響の調査に従事。その一環として行われていた研究者へのインタビューが〈S-Fマガジン〉2019年12月号~2021年6月号に「SFの射程距離」として連載されていた。発足の詳細な経緯については「【特別対談】大澤博隆×長谷敏司/「AIxSFプロジェクト」から『AIを生んだ100のSF』まで」も参照。

『鉄腕アトム』や『ドラえもん』だけでもなければ、「ポジティブ」と「ネガティブ」の二元論でも割り切れない。知られざる相互の影響関係の一端が明かされます。


『AIを生んだ100のSF』(ハヤカワ新書) 監修・編:大澤博隆編:宮本道人、宮本裕人監修:西條玲奈、福地健太郎、長谷敏司発売日:2024年4月24日本体価格:1060円(税抜)
『AIを生んだ100のSF』(ハヤカワ新書)
監修・編:大澤博隆
編:宮本道人、宮本裕人
監修:西條玲奈、福地健太郎、長谷敏司
発売日:2024年4月24日
本体価格:1060円(税抜)


まえがき:科学技術の啓蒙「だけではない」SFの価値


本書籍は、人工知能とSFに関する相互の関係を調べるプロジェクト「想像力のアップデート:人工知能のデザインフィクション(略称:AIxSFプロジェクト)」の一環として始まった、様々な研究者インタビューを元にして作成したものである。プロジェクト代表として、そもそもなぜ、こうした調査をしようと思ったかを述べておきたい。

元々の問題意識として、人工知能分野におけるフィクションの影響を感じることが多かった。私自身もそうだが、SFの影響を受けて人工知能の研究に足を踏み入れた、という人は多い。特に、人工知能やロボットといった工学、情報科学の分野におけるSFの影響は洋の東西を問わず見られる。日本では例えば『鉄腕アトム』を挙げる研究者は多いが、海外でもアシモフなどの著名な作家の名前が挙がる。ロボットやサイボーグ、サイバースペース、アバター、メタバースといったテクノロジー用語は、SFが由来であったり、SFが使用法を決定づけたりした例である。

一方で、実際のSFの影響は「単にお話に出てくる人工知能に憧れて、それを作りたいから始まった」というだけではない、という感覚もあった。メディアはそうしたわかりやすい話を好む。例えば、鉄腕アトムやドラえもんに憧れて人工知能やロボットを始めた、と公言する人は多い(私もそういう面はある。ドラえもんに救われなければ、この分野には進んでいないと思う)。

科学者が、SFに登場する科学技術に憧れて科学技術を志す、というのは極めてわかりやすい筋立てであり、こうした話を自覚的に語る研究者・開発者もいる。

しかし、こと人工知能分野におけるSF作品からの影響は、そうしたある種、科学技術啓蒙的なビジョン「だけ」ではないように思っていた。実際のところ、SF作品は科学技術が明るい未来を作るものばかりではないし、特に、人工知能についてはネガティブな未来を描くものも多い。また、ポジティブとかネガティブとか、そうした言葉で割り切れないような作品も多く存在する。というより、そうした人間らしい価値観の土台をひっくり返すような清々しさが、SFの醍醐味の一つでもある。

実際、いろいろな研究者に聞くと、一般の人に向けて話す「好きな物語」と、仲間内に話す「好きな物語」がまったく違うこともあった。たとえば、鉄腕アトムと同様に名前が挙がる手塚作品としては『火の鳥:未来編』がある。これは人間とコンピューターの未来における破滅的なストーリーを描いていて、必ずしも明るい物語とは言えない。また、スタニスワフ・レムの『ソラリス』も度々研究者の間で名前が挙がる作品だったが、これはそもそも違う惑星がまるごと知性を持つ、という設定であり、人工物でもない。しかしながら、異なる知性を知り、それと向き合うことを目指した話ではある。また、そもそも狭い意味でのSFというよりも、スペキュラティブ・フィクションと呼ばれる現在のSFを含むような広い話も挙がることがあった。

人工知能を「生んだ」物語の影響というのは、従来言われているような話よりも遥かに広いのではないか。その点が従来の科学啓蒙的な視点では取りこぼされているのではないか、と考え、研究者に直接影響を聞く調査を始めた。そのため、研究者の範囲は、従来的な意味での人工知能の研究者だけではなく、情報技術や人工知能技術など、隣接する分野の人々に幅広く聞くことにした。

もちろん、工学研究者の私一人でカバーできる範囲では到底ない。そのためインタビューでは、当時プロジェクト研究員で、科学文化作家として活躍していた宮本道人さんに統括的な役割をお願いし、進めていった。プロジェクトメンバーで哲学者の西條玲奈さん、インタラクティブメディア研究者の福地健太郎さん、作家の長谷敏司さんにはインタビューにご協力いただいた他、本書ではコラムも執筆いただいている。メンバーの一人であるビデオゲームAI研究者の三宅陽一郎さんには、取材対象として直接お話をお聞きした。また、もう一人の宮本さんこと、ライターの宮本裕人さんとは、メンバーとともに質問項目を話し合い、企画を進めてきた。早川書房編集者の一ノ瀬翔太さんや石川大我さんにも大きく関わっていただいている。この場を借りて、本調査に関わった方々に御礼申し上げたい。

調査を経るに従って徐々にわかってきたのは、SFの影響範囲の広さである。それはたとえば物語そのものではなく、そこに表された表現であったり、イメージであったりすることも多い。また、その物語が読まれた背景の社会状況も重要であった。本書末尾にはこうした社会状況と、本調査でキーワードとなったSF作品を並べた表があるので、ぜひ確認いただきたい。

語りたいことは多々あるが、まえがきですべて語り尽くせるほど単純ではない。各々の研究者の人々がどのような影響を受けてきたのか、実際に読んで、確かめて欲しい。


慶應義塾大学理工学部准教授/サイエンスフィクション研究開発・実装センター所長
大澤博隆


本書では以下の方々のインタビューと対談を掲載しています!(敬称略)

●暦本純一(東京大学大学院情報学環教授)
●梶田秀司(中部大学理工学部教授)
●松原仁(東京大学次世代知能科学研究センター教授)
●原田悦子(筑波大学人間系教授)
●南澤孝太(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授)
●池上高志(東京大学大学院総合文化研究科教授)
●米澤朋子(関西大学総合情報学部教授)
●三宅陽一郎(スクウェア・エニックスAI部ジェネラルマネージャー兼リードAIリサーチャー)
●保江かな子(JAXA航空技術部門ライフサイクルイノベーションハブエアモビリティデジタル設計技術チーム長)
●坂村健(東京大学名誉教授)
●川添愛(作家・言語学者)
●松尾豊(東京大学大学院工学系研究科教授)
●安野貴博(作家・連続起業家・エンジニア)

◆書籍概要

  • 書名:『AIを生んだ100のSF』

  • 監修・編:大澤博隆

  • 編:宮本道人、宮本裕人

  • 監修:西條玲奈、福地健太郎、長谷敏司

  • 出版社:早川書房

  • 発売日:2024年4月24日

  • 本体価格:1060円(税抜)

◆監修者・編者略歴


大澤博隆(おおさわ・ひろたか)

「AIxSFプロジェクト」主宰、慶應義塾大学理工学部准教授、筑波大学客員准教授、慶應SFセンター所長、日本SF作家クラブ第21代会長。博士(工学)。専門はヒューマンエージェントインタラクション。

宮本道人(みやもと・どうじん)
空想科学コミュニケーター。北海道大学CoSTEP特任助教、東京大学VRセンター客員研究員。博士(理学)。著書に『古びた未来をどう壊す?』、編著に『SF思考』、『SFプロトタイピング』など。

宮本裕人(みやもと・ゆうと)
フリーランスの編集者・ライター・翻訳家。ミスフィッツ(はみ出し者)のストーリーを伝える出版スタジオ「Troublemakers Publishing」としても活動中。

西條玲奈(さいじょう・れいな)
哲学者。東京電機大学工学部人間科学系列助教。博士(文学)。専門は分析哲学、フェミニスト哲学、ロボット倫理。共著に『クリティカル・ワード ファッションスタディーズ――私と社会と衣服の関係』など。

福地健太郎(ふくち・けんたろう)
明治大学総合数理学部教授。博士(理学)。情報処理学会会誌『情報処理』副編集長。専門はインタラクティブメディア、ユーザーインタフェース、エンタテインメント応用など。

長谷敏司(はせ・さとし)
小説家。関西大学卒。代表作に『BEATLESS』(2018年アニメ放映)、『My Humanity』(第35回日本SF大賞)、『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』(第54回星雲賞[日本長編部門]および第44回日本SF大賞)。


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!