下重暁子さん推薦!「クリスティーの作品はいま読んでも新しく、旅をしている気分になる」『名探偵ポアロ ナイルに死す』(ハヤカワ・ジュニア・ミステリ)
ハヤカワ・ジュニア・ミステリでは、公開が近づいてきた映画「ナイル殺人事件」の原作である『名探偵ポアロ ナイルに死す』(佐藤耕士訳)を刊行しています。
この作品は40年以上前にも「ナイル殺人事件」の題で映画化され、いまも語り継がれる名作となりました。その映画、舞台となる豪華客船とナイル川、そしてクリスティーの作品の魅力を作家の下重暁子さんに語っていただきました。
下重暁子(作家)
目の前に一枚の絵が浮んでくる。
場所は、エジプトのアスワン。ナイル河の上流にある。高い崖は一面紫色の朝顔に似た花に覆われている。崖の下にはアスワン一の高級ホテル“カタラクト”。崖の階段を降りた船着き場には、一隻の客船。船体にカルナック号と読める。
これはアガサ・クリスティーの名作『ナイルに死す』をもとに「ナイル殺人事件」という名で映画化された時、実際に使われた船である。
私が訪れた三十年ほど前にはあったが、今も多分そのままであろう。
この船を舞台に新婚旅行に船旅を選んだ大金持ちで美しいヒロイン。その船に乗合わせた知人や彼女に恨みを持つ女性など、様々な人物を乗せて出航。ヒロインの殺害から次々に連鎖の殺人事件が起る。この船に乗客として来ていた名探偵エルキュール・ポアロの船という密室空間での活躍が始まる。
『オリエント急行殺人事件』と同じく、中近東が舞台だが、アガサ・クリスティーのつれあいが中近東に詳しい学者だったこともあってこのシリーズは特に印象的で、今読んでも新しく、旅をしている気分になる。私はかつて半年エジプトのカイロに滞在したが、アスワンのお目当てはこの船だった。
初めに紹介される登場人物から犯人を想像したら、最も遠いと思われた人物を見る――推理することが出来て鼻高々である。
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※このエッセイは、『ミステリマガジン』2020年5月号の特集〈ハヤカワ・ジュニア・ミステリ〉創刊の企画「アガサ・クリスティー・アンケート・エッセイ ジュニア期に読みたいこの一冊」に寄せられたものを転載しました。
『名探偵ポアロ ナイルに死す』
アガサ・クリスティー 佐藤耕士 訳 二階堂彩 絵
ハヤカワ・ジュニア・ミステリ版の『ナイルに死す』は、ルビ(ふりがな)とイラストがついて、小学生から読めるようになりました。
小学4年生以上で習う漢字にはルビがついているので、高学年以上のみなさんにおすすめです。
翻訳は内容を省略しない完訳のため、「本物」を味わえます。
冒頭にも、本文中にも挿絵があるので、たくさん出てくる作中人物をおぼえやすいのも特色です。
あらすじ
世界一の名探偵ポアロは、旅先のエジプトで、大金持ちの美しい女性に出会う。彼女は夫と新婚旅行を楽しむはずが、不安を感じていた。夫の元婚約者が銃を持ってつけ回してきたのだ。
さらに二人は落石に巻きこまれそうになる。異様な空気のなか、ナイル川をさかのぼる船上で事件が起きる。
盗み、裏切り、殺し……この危険すぎる船で、ポアロは真実にたどりつけるか?