『わたしたちが光の速さで進めないなら』のキム・チョヨプ初長篇『地球の果ての温室で』刊行記念「日本語版への序文」全文掲載!
好評デビュー作『わたしたちが光の速さで進めないなら』は、第2回韓国科学文学賞中短編大賞受賞作および佳作が収録され、韓国にて20万部を超えるベストセラー! 日本でも相次ぐ重版となっている傑作SF短篇集を刊行!
『わたしたち~』で韓国新世代SF作家の旗手となったキム・チョヨプ氏による、日本の読者へのメッセージを全文公開いたします!
『地球の果ての温室で』
キム・チョヨプ/カン・バンファ・訳
イラスト:カシワイ
あの日世界を滅亡から救ったのは、
人知れぬ2人の女性の絆だった。
謎の蔓草モスバナの異常繁殖地を調査する植物者のアヨンは、そこで青い光が見えたという噂に心惹かれる。幼い日に不思議な老婆の温室で見た記憶と一致したからだ。彼女はその正体を追ううち、かつての世界的大厄災時代を生き抜いた女性の存在を知る。
日本語版への序文
『地球の果ての温室で』を書いていたとき、地球は隅々までパンデミックに脅(おびや)かされていました。いちばん深刻な時期にあたっていたので、外出もほとんどできないまま、ソウルにある作家のためのレジデンスに引きこもって原稿を書いていました。机とベッド、クローゼットしかない小さな部屋でした。窓の外の世界では伝染病が広まっているなか、画面のなかの原稿では“ダスト”が広まっている。そんな状況はどこか非現実的で、ひときわ夢と現実の区別がつきにくい時期でもありました。一日中執筆して疲れ、つかの間眠ってから目を覚ますと、自分が本当に終末後の世界に入りこんでしまったような、そして、どこかで温室の明かりが瞬(またた)いているような気がしました。そんな夜更けにそっとブラインドを上げてみると、向かいの建物にある、別の作家の部屋から明かりがこぼれていました。それを見てようやく、「ひとりじゃない」と安心し、再びノートパソコンに向かったものです。
物語に登場する廃墟は、どうしてあんなにも魅力的なのでしょう。打ち捨てられた森、閉鎖された遊園地、崩れ落ちた倉庫、ガラスの割れた温室。思うに、もしかすると寂しい外観とは裏腹に、それらの空間がなにかを芽吹かせようとしているからかもしれません。ボロボロに朽ち果てた場所でも、岩陰の土のなかでは微生物が増殖しています。じめじめした腐敗の痕跡のそばには、せわしく飛び回る昆虫たちがいます。打ち捨てられた都市は、遠からず植物で埋めつくされます。生命力は人間の占有物ではないため、人間にはとうてい住めない廃墟も、実はたくさんの生命に満ちています。その沈黙にじっと耳を傾けてみれば、聞こえるはずです。この星を久しく占領してきた、いつの日も人間よりも先にそこへたどり着いていた存在たちの声が。
『地球の果ての温室で』は廃墟を取り巻く物語であり、それを壊して建てなおす物語でもあります。滅びゆく世界に直面しながらもくじけない人々への愛情をこめて書いた作品です。日本の読者の方々にも、この気持ちが伝わってくれるといいのですが。日本にわたしの最初の短篇集を読んでくださった方々がいらっしゃることを、とても嬉しく感じています。どうかこの作品も、みなさんに楽しんでいただけることを願っています。
二〇二二年十一月
キム・チョヨプ