見出し画像

半導体戦争、巧妙化する監視技術、偽情報の氾濫、そしてAIの軍事利用。世界の動向を一冊に凝縮!『AI覇権 4つの戦場』訳者あとがき

ニュースで連日のように報じられるAI技術の進化。それが世界の覇権や安全保障の行方にどう影響するのかを徹底した取材で明らかにしているのが、5月22日発売のノンフィクション、『AI覇権 4つの戦場』(ポール・シャーレ、伏見威蕃訳、早川書房)です。本書の読みどころを解説した、訳者の伏見威蕃さんによる「訳者あとがき」を試し読み特別公開します!

『AI覇権 4つの戦場』

訳者あとがき

AI(人工知能)が急激に進化し続けているいま、さまざまな方面で論争がくりひろげられている。なかでも、生成AIのチャットGPTを開発したオープンAIの経営をめぐる紛争は、2023年11月以来、毎日のようにメディアで報じられた。

オープンAIは、〝人類に貢献〟することを目的とするNPO(非営利組織)のオープンAI Incと、〝利潤を追求する〟営利企業のオープンAIグローバルの二重構造からなり、そのことが根本的な問題を引き起こした。

オープンAIのサム・アルトマンCEOを解任しようとして失敗したイリヤ・サツキヴァーは、AI研究のゴッドファザーともいわれるトロント大学名誉教授ジェフリー・ヒントンの愛弟子で、2023年12月にヒントンのもとを訪れたことが知られている。ふたりはランチをともにしながら、ある数式について議論したという。ヒントンは、日本経済新聞の単独インタビューに応じて、サツキヴァーが考案したその数式について語った。GNP(国民総生産)を導き出すその数式によれば、GNPの曲線は、生成AIが登場した2020年代からしだいに急勾配になり、40年には無限大に達するという……(日本経済新聞2024年3月4日朝刊)。

ヒントンはグーグルでAI開発の重職にあったが、「引退し、自分が信じることを自由に発信したかった」ので、グーグルを辞めた。「今後10年以内に自律的に人間を殺すロボット兵器が登場する」し、知性だけではなく「主観的な経験という観点から説明すると、AIは人間と同じような感覚を持てると考えている」と、自宅での取材でヒントンは語っている(日本経済新聞2024年3月10日朝刊)。

これらはすべて、『AI覇権 4つの戦場』の原書刊行後のことだが、そこに至る流れを克明に追っているので、最近のAIをめぐる動きの背景を知るのに本書はたいへん役立つはずである。アメリカ政府のファーウェイに対する厳しい措置の理由、半導体の地政学の現状、中国の軍民融合政策、中国の新疆ウイグル自治区の監視社会、アメリカ国防総省の硬直した体質とアメリカのテック企業との関係、アメリカの大統領選挙やSNSに氾濫する偽情報、AIの軍事利用など、本書はすべてを網羅しているといっても過言ではない。

半導体はもはや国家安全保障を大きく左右する戦略物資であり、それを制する当事国は絶大な優位をものにできる。『2030 半導体の地政学(増補版)』(太田泰彦著、日本経済新聞出版)は、アメリカと中国を中心に、この情勢を鋭く捉えている。『ヒトは軍用AIを使いこなせるか』(ジェームズ・ジョンソン著、川村幸城訳、並木書房)は米中の覇権争いを軍事用AIという観点を中心に考察している。『AI・兵器・戦争の未来』(ルイス・A・デルモンテ著、川村幸城訳、東洋経済新報社)は、自律型兵器と全能兵器の危険性をことに指摘している。『AI監獄ウイグル』(ジェフリー・ケイン著、濱野大道訳、新潮文庫)は、本書にも章が割かれている新疆ウイグル自治区での弾圧の具体例を多々記している。AIやAI兵器に関する著作はほかにも数多くあるが、これらは興味のある読者が目を通すべき資料だと思われる。

本書の原題Four Battlegrounds は、AIをめぐる競い合いが行なわれる4つの分野──データ、計算、人材、機構──を指している。著者ポール・シャーレは前著『無人の兵団──AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争』で、軍事史、インテリジェンス、国際政治分野の理解促進に大きく貢献した著作物にあたえられるウィリアム・E・コルビー賞を2019年に受賞した。元陸軍レインジャー隊員であり、国防総省での勤務も長いインサイダーであるだけに、多種多様な方面で信頼できる情報源を握っている。

戦地での爆発物処理にロボットが使われていることが冒頭で述べられているが、こういうロボットは映画『ハート・ロッカー』にも登場する。このロボットは殺傷兵器ではないが、ドローン(無人機)はロシアとウクライナの戦争で破壊と殺傷に重要な役割を果たしているし、これらのドローンを自律兵器に変更するのは比較的容易だと思われる。

AIは軍事や兵器との結び付きがえてして強調されがちだが、偽情報という側面にも注意する必要がある。生成AIを使えば、短いセンテンスからフェイクニュースのネタをでっちあげることができるし、画像の顔だけを入れ替えたり、声をまねたりすることもできる。災害の画像を改竄するという手口も見られる。有名人を騙った詐欺広告もある。山ほど送られてくる詐欺メールとおなじように、怪しいものはまず疑わなければならない。そういう状況が日常茶飯事になりつつある。

前述の関連書も浮き彫りにしているように、アメリカ、ヨーロッパ諸国、アジアでは日本と台湾と韓国が、テクノロジーの面で中国と対峙する構図ができつつある。本書でも述べられているように、半導体については重要な基幹技術の一部をアメリカ、オランダ、日本などが寡占している。だが、最近の事件からもわかるように、〝機微技術〟と呼ばれる軍事に転用できるテクノロジーの流出を防ぐのは容易ではない。また、半導体の場合、厳しすぎる輸出規制はかえって中国側の技術開発のイノベーションを高めてしまうおそれがあると、シャーレは指摘している。

AIは現在進行中の問題であり、どういう方向に進むか識者でさえ読み切れていない。そうした現状を踏まえるなら、『AI覇権 4つの戦場』は、軍事や半導体の情勢も含めた全体像を知るのにうってつけの一冊であるといえよう。

この続きはぜひ本書でご確認ください。電子書籍も同時発売です。

▶本書の詳細はこちら

【著者紹介】
ポール・シャーレ
 Paul Scharre
アメリカの軍事アナリスト。米陸軍のレインジャー部隊員として、イラクとアフガニスタンに計4度出征。2008~13年まで、米国防総省(ペンタゴン)にて、自律型兵器に関する法的・倫理的課題と政策を研究。現在は、ワシントンD. C.のシンクタンク「新アメリカ安全保障センター(CNAS)」の副所長兼研究部長を務めている。著書『無人の兵団』(早川書房刊)で、軍事史、インテリジェンス、国際政治分野の理解促進に多大な貢献をなした本に贈られるウィリアム・E・コルビー賞(2019年度)を受賞。

【訳者略歴】
伏見威蕃
 Iwan Fushimi
1951年生まれ、早稲田大学商学部卒業。英米文学翻訳家。主な訳書にグリーニー『暗殺者グレイマン』、マクレイヴン『ネイビーシールズ』、ロメシャ『レッド・プラトーン 14時間の死闘』、シャーレ『無人の兵団』(以上早川書房刊)などがある。

【本書の概要】
『AI覇権 4つの戦場』
著者:ポール・シャーレ
訳者:伏見威蕃
出版社:早川書房
発売日:2024年5月22日
本体価格:4,500円(税抜)