エレベーター

【試し読み】兄を殺された少年の復讐の行方を描く、ジェイソン・レナルズ『エレベーター』

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兄を殺された少年ウィルは、復讐を遂げるため、銃を持ってエレベーターに乗り込む──
全米で10の文学賞・ベストブックに選出されたジェイソン・レナルズ/青木千鶴訳『エレベーター』。大きな特徴の一つは、リリックのような文体と斬新なレイアウト。テキストでの試し読みを公開いたします! 
(画像版試し読み・作品紹介はこちら
(池澤春菜さんによるレビューはこちら
(深緑野分さんによるレビューはこちら

*****

誰も彼もが近ごろじゃ
何も信じちゃいないから。     

だからぼくは
あのことは、
いままで誰にも打ちあけずにきた。
まあ、きっときみは
ぼくの話を信じないか、
ぼくを噓つきだと思うか、
頭がいかれてると思うか
だろう。でも、これだけは
言っておかなきゃ。
これは本当にあった出来事だ。
実際にぼくの身に起きた。
本当に。
現実に。
噓でもなんでもなしに。



ぼくの名前は
ウィル。
ウィリアム。
ウィリアム・ホロマン。
だけど、ぼくの友だちや
知りあいは、
ぼくをようく知ってるような
ひとたちは、
ただ単にウィルと呼ぶ。
だからきみも、
ぼくをウィルと呼んだらいいよ。
だって、いまからぼくの話を聞いたあと、
きっときみは
ぼくと友だちになりたがるか、
そうでなけりゃ、
友だちになるなんてまっぴらだ
って思うだろうから。
いずれにせよ、
きみもぼくを知ることになる。
ぼくをようく知ることに。



ぼくをウィリアムと呼ぶのは
母さんだけ。それから
兄貴のショーンが
冗談を言って、ぼくを
笑わせようとするときも。
だけど、
いまさらだけど、
兄貴のくだらない冗談を
もっと聞かせてほしかったよ。
だってショーンは
おととい
銃で撃たれて



死んじゃったから。



ぼくはきみを知らない。
きみの苗字
も知らない。
きみに
兄弟、
姉妹、
母さんや
父さんが
     いるのかも、
兄弟や
姉妹みたいな
いとこが
     いるのかも、
母親や
父親みたいな
伯父さんや
叔母さんが
      いるのかも、知らない。
だけど、きみのなかに流れる血が
ほかの誰かの内側
にも流れているなら、
その血がその誰か
の外側を流れているのだけは、
絶対に見たくないはずだ。

 

悲しさ
を説明するのは、
ほんとにすごく難しいんだ。
たとえば、道を歩いていたら、
とつぜん誰かが、
見知らぬ人間が、
きみを羽交い締めにするやいなや、
口にいきなり
ペンチを押しこみ、
無理やり歯を引っこぬいてくる感じ。
奥のほうにある
大きくて頑丈
な歯をつかみ、
強引に引っこぬいてくる感じ。
衝撃が頭蓋骨
にまで達する。
風圧が鼓膜
を突き破らんとする。
窪みに血が溜まっていく。
だけど、最悪なのは、
何より最悪なのは、
新たにぽっかりと開いた空洞を、
いつまでも
舌の先で探りつづけてしまうこと。

     


あるべきものが

もはや存在しない

空洞を。



言葉にするのはつらすぎる。
ショーンが
死んだ          
      ショーンが
死んだ。
              ショーンが
死んだ。
言葉にすると、心がざわざわする。
悲しすぎる。
だけど、けっして
驚きではなくて、
そのせいで、
いっそう心がざわざわするんだろう。
いっそう悲しくなるんだろう。



あれはおとといのこと   
ぼくは友だちのトニーと、
外で立ち話を
していた。話題は、15歳になっても
まだ背が伸びるだろうかってこと。
ショーンが15歳のときには
30センチだか、40センチだか
伸びたらしい。そのときショーンは、
きつくなった服を一切合切ぼくにくれた。
もっと大きくなりたいってのが、トニーの口癖だった。
このあたりに住む同年代のなかでは
いちばんバスケが上手かったが、
いちばんチビでもあったから。
そりゃそうさ。
いまみたいにチビのままじゃ、
プロの選手になんてなれっこないや。
とんでもなくジャンプ力があるのでなけりゃ。
できれば、
           空を飛ぶくらい。



そのとき銃声が響いた。
その場にいた全員が
一斉に動いた。
駆けだしたり、
地べたに突っ伏したり、
物陰に隠れたり、
ぎゅっと身を縮こまらせたり。
小さいころから
叩きこまれてきた行動をとった。
唇を舗道に押しつけたまま、
さらに1発の銃声が鳴り響くなか、
押し殺した声で、どうか流れ弾が
当たりませんようにと祈りを唱えた。



銃声がやんだあとも、
ぼくとトニーは
いつものように待った。
あたりが静まりかえるのを待ってから、
ようやく顔をあげた。
物陰から顔を突きだした。
死体の数を数えるために。
この日は、
ひとりだけだった。

ショーンだけだった。



これまで一度も
地震に あったことはない。
この感 覚がそれに
似てい るのかどうかも わからない
けどた しかに
地面が 大きく口
を開け てぼくを呑み
こんで いくみたい。



この街で誰かが殺されたときに、
かならずもたらされるもの。

#1 泣き叫ぶ声
といっても、全員じゃない。
泣き叫ぶのはたいてい、
           母親に
           恋人に
           娘たち。
今回の場合は
レティシアだった。
ガールフレンドのレティシアが
地面に膝をついて、ショーンのおでこに
キスをしていた。
甲高い声で泣き叫びながら。


たぶんレティシアは
自分の声で、どうにか
ショーンを助けようとした
んだろう。
流れだす血をとめようとしたんだろう。
でも、たぶんレティシアは
わかってた。
心の奥底の
いちばん深い
奥底では、
自分がさよならのキスを
してるんだってことを。



母さんも
うめくようにつぶやいてた。
           そんなばかな……
           どうしてこんな……
           まさか……
まるでほの暗い
街灯の光みたいに、
ショーンの遺体に
覆いかぶさって。



#2 サイレン
けたたましいサイレンの音が
都会の喧噪を切り裂きながら、
あちこちから鳴り響きはじめた。
でも、泣き叫ぶ声だけはそれにも負けない。
泣き叫ぶ声だけは、絶対に、
何ものにも搔き消されない。
サイレンでさえもそれはできない。



#3 事情聴取
警官に懐中電灯の光をあてられる。
ぼくらは揃って石になる。
何かを目撃した者はいないか?
若い巡査が問いかけてくる。
いかにも純朴そうな顔をしてる。
こんな経験は初めてだって顔をしてる。
新米警官はひと目でわかる。
ひとり残らず、
答えが返ってくると信じこんでる。
犯人の姿を目にした者はいないか?
何も見ちゃいねえよ。
ご近所一の情報通、
マーカス・アンドリューズが巡査に言う。
マーカスですら、何も知らないのがいちばんだ
ってことを知ってるから。

 



念のために教えておくと、
銃声は人間の
耳をふさぎ、目をふさぐ。
とりわけ誰かが
死んだときは。
こういうときには、
目立たないのがいちばんだ。
誰もがそれを知っている。
あのトニーでさえ、さっさととんずらしてた。



よく覚えてないけど、
ぼくも事情聴取を受けたんだろう。
たぶん。
たぶんだけど。
あのときは、何ひとつ耳に入ってこなかった。
心臓の鼓動で、耳がふさがれてたから。
水のなかに頭を押しこまれた
みたいになってたから。
息もできないような状態だったから。
たぶんぼくは、
あのときのぼくは、
ショーンに何か
お返しがしたいと考えていた。
あるいは、たぶん、
なんとかして
一緒に行きたいと。



不幸な出来事があったとき、
ぼくらはたいてい
月を見あげる。夜空から明るい
光を投げかける、大きな月。
それを見ると、いくらか気分が上向いてくれる。
暗闇のなかにいるぼくらだけど、頭上では
何かが燦然と輝いているんだと思えるから。
けれども、おとといは、
         ショーンが
死んだ晩は、
月が見えなかった。
まえに誰かが言ってたっけ。
1カ月に1度、月は完全に光を失って、
また新たに生まれ変わるんだって。
翌晩にはもとどおりになって
戻ってくるんだって。
だとしたら、
沈みゆく場所がこの街じゃなくて、月は本当にラッキーだ。
何ひとつとして、ここじゃあ
新たに生まれ変われや
しないんだから。


ぼくはその場に立ちつくしていた。
唇をぎゅっと引き結んで。
粉々に砕けそうなほど、
ぐっと歯を食いしばって。
それからついに
目を向けた。地面に横たわるショーンに。
まるで、家の外に放置されてる家具みたい。
ゴールドのチェーンをぐるぐる巻きに
された、染みだらけのソファみたい。
ケチな盗っ人どもでさえ持ち去っていこうとしない、
廃品みたい。

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noteの仕様上、本記事ではレイアウトをすべて左揃えにして公開していますが、書籍では文字の配置やページの地模様などの斬新な構成も相まって臨場感あふれる物語を楽しむことができます。
ぜひ書店でお手に取ってみてください!

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ジェイソン・レナルズ/青木千鶴訳『エレベーター
装画:サイトウユウスケ
四六判並製 本体価格1800円+税
2019年8月20日 早川書房より発売


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