祐仙勇×池澤春菜 超豪華対談!~Audibleってなに?担当声優がお教えします!~
Netflix版ドラマも配信され、ますます盛り上がる『三体』界隈! 原作を紙の書籍、電子書籍でお楽しみいただいている方が多いと思いますが、Audibleもおすすめなんです! そこで、プロフェッショナルのナレーターによる朗読サービスであるAudibleについて、ナレーションを何作も担当されている声優のおふたりにお話をうかがいました。SFマガジン2024年6月号(大好評発売中!)に掲載されています、ほとんどの劉慈欣作品の朗読を担当している祐仙勇さん(@yusenpoke)と、劉慈欣訳者でもあり三体応援団のひとりでもある、池澤春菜さん(@haluna7)による対談を再録します。
■ド直球のエンタメ作品《三体》
──まずは《三体》の魅力についてお伺いします。最初に読んだときの印象はいかがでしたか?
祐仙 一巻目の朗読を担当することになって、分厚いし、中国のSFなんてこれまで読んだことがなかったしでしり込みしたんですが、意外なくらいすんなり読めてしまったんですよ。SFは詳しくないという人も『スター・ウォーズ』や『ドラえもん』でみんな多少なりとも触れてきてるでしょう。なので、構えず気楽に飛び込んでみてほしいですね。
池澤 私は《三体》は「温故知新SF」だと思っています。日本のSFには長い歴史があってかなり成熟しているので、《三体》に出てくるようなアイデアはいまとなっては逆に気恥ずかしくて出せなかった。私たちから見ると昔のアイデアを「今発見しました」ってキラキラした目でバーンと出されて最初は震えてたんですけど、でも反省したんです。良いアイデアは古びることはない、何回でもやっていい。そして非英語圏からSFの再発見が進んでいるという状況は素晴らしいと思います。
あとやっぱり、《三体》には科学に対する万全の信頼感というか、これは世の中を良くするものなんだっていう楽観主義があるんですよね。私たちはもっとすごいところまで行ける。人間は進化してもっと幸せになれる、未来は明るい! というオプティミズムがある。それは私たち日本人がいま、持ち得ていないポジティブなエネルギーだと思います。そういう強さ、前向きな気持ちが詰まってるから、疲弊している今の世界で《三体》はウケているんじゃないかなとも思う。
──ド直球のエンターテインメントですよね。確かに日本SF第一世代の小松左京のようなスケール感で、最近はあまり見かけないテイストだったかもしれません。
祐仙 僕は全然SFに詳しいわけではなかったんですが、難しい設定はそれはそれとして受け入れました。VRゲームのシーンとかはちょっとアニメのような感覚で楽しめましたし。楽しみ方が沢山あるのも《三体》の魅力ですよね。
池澤 歴史小説、ミステリ、そして恋愛の要素もありますしね。SFではあるんですが、全部盛りです。欲張ったエンタメ。
■Audible入門篇
──つづいて、お二人が手掛けられているAudibleのお仕事について伺います。じつは私もAudibleについて知らないことが多いのですが、そもそもアニメや洋画の吹き替えとAudibleの違いはどのあたりでしょうか。
祐仙 僕は普段海外ドラマなどの吹き替えが多いんですが、基本的にはAudibleもそれと変わらず、最初に台本を読んだときのインスピレーションを大切にしています。女性の台詞はちょっと柔らかめにしゃべりますが、あまり作り込み過ぎず、自然な感じでやろうとは心がけてますね。
池澤 芝居をどのぐらい入れるかが難しいですよね。読んでるうちについ入り込んで「演じて」しまうんですけど、でも『ザリガニの鳴くところ』を全部芝居の声で聴いたら皆さん疲れちゃうと思うんですよ。なので地の文は淡々と、対して台詞ではちょっと遊んだりして適度にメリハリをつけています。
祐仙 あんまりやりすぎると浮くんです。異世界ファンタジーとかならそれでも良いんですけど、ハードSFとか刑事ものだと文体に合わせて堅く読むのも大事なので。『三体』だと史強(シー・チアン)とかはわかりやすくキャラがイメージできたので、演じていてすごく楽しかったですね。
──読者からも一番人気のキャラなんですが、すごく格好良かったです!
祐仙 格好良くしていたつもりはあんまりないんですけど、嬉しいですね。ちょっとワルな魅力があって、ワイルドで切れ者。それでいて「これってどういうことだよ」みたいな質問を投げたりする読者目線がある。でもそのキャラクター性をことさらに表現しようとしたわけではなくて、書いてあるものをそのまま読んだら自然にこうなった、という感じですね。
池澤 Audibleは通勤時間や運転中などに聴き流す人が多いので、そういう環境で聴くものに演技をマシマシでのせてしまうときっと違和感があると思います。そのバランスは毎回とても気を遣ってるんですが、祐仙さんの朗読を聴いて「こういう読み方、語り方もあるんだ」ととても勉強になりました。
──SFならではの説明部分もスッと頭に入ってきました。
祐仙 いや、難しかったですよ。科学的な説明は全然理解が追いつかないところもあったんですが、かと言ってその意味に雁字搦めになってしまうと聴く人のためにもならないので。
池澤 《三体》は壮大なホラ話というか、大風呂敷を広げて読者を圧倒させて「さあどう畳むんだ?」と思わせて「畳まないんかい!」という部分もあるお話なので(笑)。そもそもきっちり全部のつじつまを合わせるタイプのSFではないから、それでいいんですよ!
祐仙 クライマックスに通じる大ネタの説明とかも、細かいことはわからなくても「なんかすごい!」と思えますもんね。
池澤 考えすぎないで、感じたまま楽しめるのがAudibleの良いところなのかもしれませんね。
祐仙 ラジオみたいな感覚で気楽に聴いていただければ。一日で一気に聴いたという人もいれば、ちょっとずつ一年かけて聴いてくれた方もいますけど、それぞれにあったやり方で楽しんでもらえていれば、こちらとしては大成功だと思っています。
■声のプロフェッショナル
祐仙 《三体》は中国の小説ならではかもしれませんが、やっぱり人名が難しくて読み進めるうえでネックになっている人も多いと思います。録音するときも苦労しましたね、智子も「ソフォン」なのか「ともこ」「ヂーヅー」「ちし」なのか……。
池澤 複数パターン録っておくときもありますよね。作者に後でご確認いただいて選んでもらったり。この間「XXXX年X月X日」という文章を読んだんですが、文字では普通に認識できても声になったとたん違和感がすごくて、結局それは別の表現に変えることになりました。
──Audibleの録音は一日に何時間くらいかけて進めるんですか?
池澤 なんか……集中力が切れる瞬間があるんですよ。
祐仙 その限界がだいたい皆さん三~四時間なので、その枠でスタジオに入って読んでいきます。で、一日に読めるのは多くて五十頁くらいですね。一頁二分くらいかかります。『三体』の一巻は出来上がった状態が十七時間あるんですが、最終的な収録回数で言うと十数回ですね。
池澤 私も同じくらいの速さです。一度集中するとどんどん読み進められるんですけど、それが切れる瞬間があって、そうなると目が読んでいる内容と口がしゃべっている言葉がズレてきちゃうんです。「ああ今日はここまでだ」って。結構明確にゾーンみたいなものがありますね。
祐仙 そうですね。これだけ膨大な量を一日一人で読んでて、どうしても日によって調子に差が出てくるんですよね。そうするともうメンタルに来てしまって、また嚙んで……の悪循環なので。精神の強さがものをいう仕事だと思います(笑)。
池澤 登山家みたいなところがありますね。たった一人で自分と向き合って「今日はこれだけ進んだ」とか一喜一憂する。
祐仙 やっぱり納期とか、大人の事情もあるので、自分のこだわりを追及していたらその作品のAudibleのリリースがどんどん遅れてしまう。決められた枠の中で折り合いをつけながら、いかに良いものをつくれるかが大事だと思っています。幸いなことに《三体》シリーズをはじめ途切れることなくずっと読ませてもらっているので、Audibleは自分にとってのライフワークだと思っています。
池澤 自分のこだわりというよりは、聴いてる人がいかに心地よいかを追求しますよね。リップ音とかも自分では気になるけどディレクターさんが良いって言ったら全然気にしないし、アクセントとかも自分が思う正解と違っても、求められれば「ハイ喜んで!」って。
祐仙 アクセントもそうだし、漢字の読み方もそうですよね。文章だとどちらでも読めるものに声を当てているので、聴いている人も気になるみたいで。たまにものすごく細かい指摘をくれる人もいますね。難しいんですよ。本当に悩ましい!
──『プロフェッショナル 仕事の流儀』みたいで大変興味深いです。お話を伺っていて思ったんですが、原書に対する翻訳版と同じような意味で、Audibleもまた声優というプロフェッショナルの解釈によるひとつの作品だと言えるんじゃないでしょうか。
■人間の声、機械の声
池澤 Audibleの対極にあるのって、電子書籍の読み上げ機能だと思うんです。この二つって似ているようで、じつは求められているポジションが全然違いますよね。読み上げは基本的にどんな文章も均一に読んでくれる機能。でもAudibleに声優が起用されているのは、やっぱり朗読として楽しんでもらうためだと私は思ってます。人によって「もっと淡々と読んでほしい」「もっと抑揚をつけてほしい」とか好みはあると思いますが、それを映画や舞台の俳優にリクエストはしないですよね。作品としてどうだった、みたいなレビューはあれど。
──倍速視聴についてはいかがでしょう。ネットニュースにもなっていましたが、実際そういう機能はAudibleにもついているので、完全に制限することはできないと思いますが。
池澤 私の記事ですね(笑)。
倍速視聴が全部だめというわけではないですが、作り手側としてはすべてのスピードに対応するわけにもいかないので、その作品、その場面ごとに一番合う表現を一生懸命追及して読んでいます。そのうえでどうするかは聴く人の自由ですけどね。
祐仙 僕も同じような感覚で、情報を知るためのもの──ビジネス書とか実用書なら倍速で、というのもわかるんですけど、小説はやっぱり物語を楽しんでほしいので、そういう人には等倍が一番おすすめではあるんですよね。Audibleの作品に関わる大勢の人たちが試行錯誤した結果、この形になっているので。
池澤 呼吸とかもすごく気を遣いませんか? 読み手としては全部の表現に意味を持たせているので。たとえばすごく緊迫したホラーの場面で読点が多くなっているから、ここは荒い呼吸になるんだな、とか。
祐仙 最近はYouTubeの「ゆっくり解説」系の動画がよく見られるようになったのも影響しているんですかね。ああいう機械音声、僕はじつはすごく苦手なんです。それこそSF小説の中のディストピアな感じで怖い。どんなにテクノロジーが進んでも、人間の声ならではの良さは消えないと信じています。
池澤 初音ミクが登場した時に「これでもう人間の歌手いらないじゃん」って言われたけどそんなことにはならなかったですよね。電子書籍が出た時も「紙の本なくなるじゃん」って言われたけど、今もちゃんと共存してますし。機械音声が活きる道と、人間の朗読が活きる道ってのがちゃんと両方あるんだと思います。なかでもAudibleというのは、聴く人の置かれている状況によって感じ方や受け取り方が変わってしまう。だからこそ、ゆっくり自分と向き合って作品を楽しんでほしいですね。
──Audibleのお仕事をされていて、嬉しかった感想はありますか?
池澤 「聴いていることを忘れて物語に没頭した」ですかね。小説もやっぱり、集中して夢中で読んじゃうっていうのが一番幸せな瞬間じゃないかなと思うので。同じようにAudibleも、そう言っていただけると読み手の存在を感じさせないくらい良い「黒子」になれたなと思えるので、嬉しいですね。
祐仙 《三体》Audibleを聴いた方に言っていただいたことがあるんですけど、女性の台詞が良かったと言っていただけると嬉しいですね。あとはシリーズを通して読んでいた作品が、主人公が男性から女性に変わるタイミングで声優も別の方に交代したときに名残惜しんでくれる方がとても多くて、有難いことだなと思いました。
池澤 聴いてくれる人がそこにいるっていうのが一番嬉しいですよね。ぜひ《三体》でAudibleデビューしてみてはいかがでしょう。
(2024年3月19日/於・早川書房)
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