津田大介(ジャーナリスト・早稲田大学教授)×R・ターガート・マーフィー(『日本-呪縛の構図』著者) 緊急対談「日本はどこから来て、どこへ向かうのか」2/2
(2017年11月7日、六本木にて。写真:古谷勝。協力:福原利夫)
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日米関係と北朝鮮情勢の行方
津田 トランプ大統領と娘のイヴァンカさんの来日は、現在の日米関係を象徴していました。中国と和解し、アジアのなかで新しい秩序を作っていくのか、あるいは、アメリカとより関係を深めていくのか。マーフィーさんも指摘されているように、今後の日本にとって選択肢はこの二種類しかないというなかで、安倍さんは確実に後者を選んでいます。
ですが、ついていくアメリカ自体が大きなリスクを抱えている状況です。そのアメリカと関係を深めるのは、日本にとって本当に正しい道なのか。安倍首相がいま向かおうとしている先をどのように評価されていますか。
マーフィー 戦後、特に1960年代に安保体制が確立してから、日本は安全保障問題を基本的にアメリカに頼っていれば済みました。自分たちの問題として深く考える必要がなかった。そろそろ考え直す時期が来ているのではないかと思います。
アメリカが本当に民主主義かというと、実態がともなっていないんですよね。民主党と共和党の二大政党が、すべてのアメリカ人の利益を代表していない。一部のアメリカ人の利益だけです。
これが果たして民主主義といえるのでしょうか? 民主主義にさえも疑問符がつくアメリカという国に日本が追従していいのかは、大きな検討課題です。
アメリカが出現する前、日本はイギリスと手を組んでいました。イギリスとうまくやっていれば安心だということで、1902年に日英同盟を結んだ。つまり、欧米の大国にくっついていけばなんとかなるという思いが、明治時代から日本に存在していたということです。
そして、日英同盟から日米同盟の間の空白期間には、アジア・太平洋戦争があった。日本が他の大国に頼らず、自前で安全保障を考えるようになった結果、危険な時代が訪れました。過去を振り返ってみれば、そうした歴史的事実が存在しています。安倍政権としてはアメリカとできるだけ親密なかたちで対処していくしかないのでしょう。
津田 いま、日本で世論調査をやっても、約8割が日米安保体制に賛成しているという状況です。日米安保体制を今すぐ破棄して、自主防衛、あるいはアジアに接近していくというのは、コスト的な意味でも、外交的な意味でも選択肢としてすぐにはありえないと思います。
でも、一方で僕は、マーフィーさんが『日本-呪縛の構図』で書かれたように、アメリカはもう日本に対して興味を失ってきているのであれば、中長期的には日米安保体制を縮小し、別の道を探るべきだと思っています。しかし、現実的にどのような道があるのかというと、そこで立ち止まってしまう。
マーフィー 中国と仲良く共存していくというのは、現状では難しそうですね。中国政府は日本を独立国だとは思っていません。アメリカの従属国としか見ていない。そもそも西洋がつくった現在の世界の体制を、中国は認めようとしないのです。
中国との関係を再構築するために、日本政府が説得しなければいけない点がふたつあります。ひとつは、日本はれっきした独立国だということ。もうひとつは、日本を独立国として認めてきちんとつきあわないと、中国自身が困りますよということです。
今回のアジア歴訪でトランプ大統領が習近平国家主席に何を言うか、非常に興味があります。北朝鮮情勢に関して、中国として妥協できない一線を越えるように要求するでしょうから。最近のアメリカのメディアでは、北朝鮮に武力行使を行なう可能性を指摘する声が高まっています。
津田 本当に戦争まで行くかとなると、そうは思いませんが、なにしろトランプと金正恩ですから、どちらも何をするのかわからないのが、いまの世界にとっての一番のリスクですよね。
マーフィー そうですね。北朝鮮は、300人ほどのファミリーが仕切っている国です。ソ連崩壊の前後に、東欧で独裁者が追放されたり銃殺されたりしましたが、ああいうことが自分たちに降りかかってくるのを、北朝鮮の指導者たちはもっとも恐れています。
津田 そうならないための核開発であると。
マーフィー 北朝鮮を徹底的に追いこむこともできるでしょうけれど、それでギブアップするかというと、その可能性もなかなか見えない。
津田 総選挙前の政権支持率は落ちこんでいましたし、米国の政権支持率も30%台で推移している。安倍首相もトランプ大統領も、お互いに盤石の支持があるわけではないなかで、北朝鮮という共通の敵に対して勇ましい発言をすることによって、支持率回復につながっている面がありますね。
沖縄問題の核心
津田 僕はここ3年ぐらい沖縄を取材していて、現地の人の怒りもたくさん見てきました。沖縄には日米安保問題の本質が凝縮されていると感じます。
アメリカ大統領選の期間中、各県の政治家を取材するなかで、大統領選をどう見ているかと尋ねました。沖縄では、トランプ氏が当選したほうがいいのではないかという声が多かったんです。
当時の沖縄は、2016年4月に起きた女性強姦殺人事件の容疑者として元米海兵隊の男性が逮捕された後で、大変な状況でした。トランプ氏は選挙戦で、「世界中の駐留米軍にかけているコストは馬鹿にならないから、ビジネス的観点から考える」と言っていました。実際にそうなるかはともかくとして、沖縄の多くの人が、ヒラリー氏がもし大統領になったら、日米の不平等な構造は絶対に固定化されるだろうと考えていました。ならばいっそのこと、トランプ氏だったら変えてくれるのではないかと、半ばやけっぱちな期待感を語っている方が多く、それが印象的でした。
ただ、実際にトランプ大統領が誕生してみたら、沖縄にとって何も変わらないどころか、より悪くなっているという状況があります。
マーフィー この本を書くために、沖縄へ一週間取材に行きました。沖縄の人が米軍基地をいやがるのは、現地に行ってみればすぐにわかることです。どこでもちょっと歩いたら基地があるんですよね。巨大基地が、目と鼻の先にある。
それを目の当たりにして、私はハワイにいたときのことを思い出しました。小学六年生の頃、父の仕事の関係でハワイに住んでいました。ハワイがアメリカの50番目の州になった直後で、学校のクラスには、私ともう一人の女の子しか白人はいませんでした。ほかの子たちは、半分以上は日系人、残りは現地の人で、先生も日系人やハワイ系でした。
その当時、アメリカの白人文化がハワイにだんだん浸透していくのを肌で感じました。一方で、ハワイ語の公用語化運動が起きるなど、先住民側の反発もやはり大きかったのです。
ハワイの場合、軍事施設はすべてアメリカ政府が経費を負担していますが、沖縄の基地は日本の「思いやり予算(在日米軍駐留経費負担)」でまかなわれています。ものすごく低コストの巨大米軍基地──アメリカにとってこんなにおいしい話はないですよね。沖縄の悲劇は、アメリカにとっても、本土の日本政府にとっても「便利」な存在であるということです。
それと、トランプ大統領の過去の発言で忘れてはいけないのは、「日本に核兵器を持たせてもいいのではないか」というものです。「日本がアメリカ軍基地の費用を100パーセント負担しないのであれば出ていく」と言っていた一方で、日本や韓国の核武装を容認する発言をしていました。
津田 トランプ大統領がそう考えていたとしても、現在のトランプ政権を支え、暴走にブレーキをかけているのは軍人ですよね。彼らが北朝鮮とも水面下で交渉しているし、政権内に軍人がいるからこそ、沖縄に基地が低コストで置けるという側面もある。
トランプ大統領は在沖基地の軍事的な意味もわかっているはずです。それらを当然利用するでしょうし、辺野古に新しく基地を作れば米軍にとって便利だから進めよう、となる。
沖縄の人たちがとりうる選択肢がなくなってきているなかで、本土と沖縄の溝が大きくなっていくこと、その先にあるものへの懸念があります。どういうかたちでの解決がありうるとお考えですか。
マーフィー 小沢一郎氏は、在日米軍にとって最も重要性が高いのは横須賀基地だと言いました。それでも沖縄に基地が残っているのは、海兵隊が手放したくないと主張するからなのだと。海兵隊はワシントンに強い人脈を持っていて、かなりの発言力があるんです。いま、ペンタゴン(アメリカ国防総省)のトップは海兵隊出身のマティス長官ですよね。
アメリカの軍隊には陸軍、海軍、空軍、海兵隊、沿岸警備隊の五つあって、そのなかで戦死する確率がもっとも高いのが海兵隊です。それだけに発言力が強い。彼らがトランプ大統領に言うことを聞かせて沖縄から撤退し、その後、日本本土にアメリカの軍事施設を展開することはありうるかもしれません。
津田 鳩山由紀夫元首相が国内移設にこだわった意味も、そこにあったわけですよね。「沖縄の基地負担だけが突出して高いので、それを変えるために本土で引きとろう」という意見が本土の側から世論として高まっていけば、アメリカが応じる可能性はあります。
あとは、日本の本土で受け入れる自治体があるかどうか。そこまで言及した政治家は、橋下徹氏を除けば、なかなかいませんよね。
マーフィー そうですね。アメリカ側に目を向けてみても、オバマ政権にしてもトランプ政権にしても、物議を醸すようなことは避けたがっています。
「米軍基地がある国の政府が、維持費を100パーセント支出しないのであれば出ていく」というトランプ大統領の発言は、一般人にとっては聞こえがいいですが、海兵隊には通じません。海兵隊は日本と韓国の核武装にも反対していますし、トランプ氏がとやかく言っても無駄です。以前、フィリピンがアメリカの海兵隊を追い出しましたが、ああいったことを日本がするとはまず想像できません。
呪縛を乗り越えるために
津田 マーフィーさんの『日本-呪縛の構図』は、とても冷静かつ客観的に、外国人の目線から、日本のダメなところを数多く指摘されていますが、一方で日本に対する愛や、日本のこういうところがユニークだというエールも多くふくまれていると思います。日本国民ひとりひとりがどういうことを意識すれば、「呪縛の構図」を少しずつでも乗り越えていけるでしょうか。
マーフィー 歴史的に見て、日本は大きな危機に直面したときに力を出す国ですから、そんなに悲観はしていません。
津田 ありがとうございます。まったく同じことを思う一方で、東日本大震災のことを想起します。あの震災は日本にとって大きなインパクトがあった出来事でした。原発事故が起きてからの数カ月間は、「我々を支配するこの呪縛を解いて日本は変わらないといけない」という空気が日本を支配しましたが、それは福島第一原発が一定の安定を見せ始めた半年後くらいから急速にしぼんでいった。いまはそこからまたもとの呪縛構造に戻っていきつつある。それどころか、より強固になってしまった気がします。
マーフィー 日本は世界のほかの国と比べても非常に住みやすいので、日常生活でそういった危機や、変革の必要性を感じるのはなかなか難しいのかもしれませんね。
津田 だからこそ、現状維持を求めて自民党に投票するわけですね。ところで、本書の中で個人的に面白いと思ったことがあります。明治維新について、マーフィーさんは「薩摩・長州の下級武士たちによるクーデター」と書かれていますよね。福島の会津に行ったとき、戊辰戦争の激戦地となった鶴ヶ城に行ったんです。訪ねられたことはありますか?
マーフィー はい、昨年訪ねました。
津田 城内で展示されている明治維新の年表に、まさに「クーデター」と書いてあるんですよね。会津の人たちにとっては、いまだに明治維新はクーデターという認識だったのだなと気づかされました。
マーフィー そうそう、私も同じ説明書きを見て、わが意を得たりと感じました。
津田 でもその認識って、日本人の多くは持っていないと思うんです。明治維新から150年が経とうとしているいま、安倍さんとトランプさんが首相と大統領になっているというのは、日米関係を考え直すためのすごく良い機会かもしれません。彼らががっちり手を組んで進んでいった先にあるのは、ポジティヴな未来か、あるいはネガティヴな未来か。それが見えたときに、本当に現状のままでいいのか、私たちは気づくのではないかと思います。
マーフィー そうですね。先ほども申し上げたように、いまの日本とアメリカは政治的によく似ています。加えて、安倍首相とトランプ大統領にも共通点が多い。互いに権力志向があって、権力基盤が強い指導者を好ましいと思っている。
トランプ氏はニューヨーク・タイムズ紙や、これまで権威があると言われていたテレビや新聞のことを「フェイクニュース」と言っていますが、安倍さんも彼との初会談のときに、「私は朝日新聞に勝った」と述べていました。
安倍首相がトランプ大統領に本当に友情を感じているかというと、疑問です。しかし、あたかも厚い友情を抱いているかのように、非常にうまくふるまっている。二人の関係を今後も注視していく必要があります。
津田 今回の衆院選で立憲民主党が新たに立ちあがり、現実主義的なスタンスを取るリベラルが出てきました。いままでは護憲と改憲の対立だったのが、むしろ立憲と非立憲の対立を、枝野代表がつくろうとしていますよね。
憲法九条だけ守って、内実は日米安保体制に依存するという欺瞞的な左派ではない、マーフィーさんが指摘しているような構造にちゃんと向き合って、そのうえで日本をこうしていきたいという左派政党がある程度勢力をつけていけば、矛盾の構図に気がつく日本人も増えていくのかなと思います。すぐには無理だと思いますけれど、日米関係を見直していく、あるいは日中関係を改善していくというのは、5年、10年でやっていくというよりは、50年、100年ぐらいのスパンで少しずつやっていくしかないと思います。
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(文庫版『日本-呪縛の構図』下巻より転載)
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