ひとつの体を共有する5人のひとりが殺された? 驚嘆の殺人バーチャルゲームSF『デスパーク』、訳者あとがき公開
ハヤカワ文庫SFより6/22発売のガイ・モーパス『デスパーク』(田辺千幸訳)の舞台は、寿命が法律で定められている未来。ひとつの体を5人で共有し、「デスパーク」で残りの時間を賭けてゲームする主人公たちの、5人の仲間のひとりが殺された。犯人は残りの4人の誰か? エンタメSFがお好きな方、特殊設定ミステリがお好きな方、ゲーム好きの方に、ぜひお読みいただきたい作品です。
この驚きの殺人バーチャルゲームSF『デスパーク』、訳者の田辺千幸さんに、作品とその世界観をあとがきで解説していただきました。こちらにその訳者あとがきを掲載します。
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訳者あとがき
人口が爆発した未来の世界を舞台にした物語は少なくない。わたしが最初に触れたのは、星新一氏の初期の作品である「生活維持省」(『ボッコちゃん』〔新潮社〕収録)と、ハリイ・ハリスン氏の小説を原作とする映画「ソイレント・グリーン」だったと思う。前者は、コンピューターで公平に選抜した者を殺処分することで人口を制限し、その結果として公害も犯罪も戦争も自殺者も存在しない健康で文化的な世界を作りあげている。一方の後者は、ごく一部の富裕層を除いて、人々はソイレント社が作る合成食品の配給で細々と生き延びている、格差の激しい社会が舞台となっている。こちらはまさにディストピアだが、いつ命が奪われるかわからないという世界をそう呼んでいいものかどうかはさておき、人口を抑制することができた前者の世界はほぼユートピアと言っていいだろう。つまり、限られた資源のなかで生きていくためには、人口の抑制が必要だということになる。
さて、人口を抑制するにはどんな手段があるだろう? かつての中国の一人っ子政策のように、生まれる子供の数を制限する。寿命の上限を設定する。あるいは、「生活維持省」のように、ランダムに選択した人間を殺処分する。思いつくのはそのあたりだと思うが、本書の著者は、5人の心をひとつの体に押しこめるという突拍子もないアイディアをひねり出した。舞台となったその世界では病が根絶され、不運な事故かあるいはかなりの老齢でなければ死ぬことがなくなったため、人口が激増した。そこで、人口を抑制するために、人々は17歳になると下記の選択肢からひとつを選ばなければならないことになった。
1. 労働者(ワ ーカー)として、寿命の制限はない代わりに、死ぬまでひたすら働く。
2.人間の体を放棄し、アンドロイドとして80歳まで生きる。
3.快楽主義者(ヘドニスト)として、労働の義務もなく、遊んで暮らすことができるが、寿命は42歳までに限られる。
4.共同体構成員(コミューン)(通称:分裂者)となり、ひとつの体を5人で使う代わりに、ひとり分の寿命25年×5で、142歳までの寿命を与えられる。
5.そのいずれも選ばず、17歳で寿命を終える。
本書は、コミューンを選択した5人──体はひとつなので、ひとりと呼ぶべきだろうか?──を主人公としたSFミステリだが、読む際には少々注意が必要だ。ひとつの体を1日4時間ずつ使うコミューンの5人の構成員たちにとっては、自分たちは別々の人間だが、他人からはひとりの人間にしか見えない。スキャンをするという手段はあるものの、それができないところでは、いま目の前にいるのが5人のうちのだれなのかはわからない。5人が体を使う順番を知らないかぎり、分裂者が自分で名乗った人間であることを信じるほかはないのだ。さらに、5人はメッセージを通じて連絡を取り合うことはできるものの、直接話をすることはできないというのも、重要なファクターとなる。各章には、それぞれの構成員が体を支配している時間が記されているので、それを頭に置いたうえで読み進んでいただければと思う。
本書のタイトルとなっている〝デスパーク〟というのは、この世界で唯一、寿命の残り時間のやりとりができる場所だ。シューティングゲームから謎解きまで体験型の様々なゲームが用意されていて、人々は自分の寿命の残り時間を賭けることでゲームに参加できる。勝てば寿命が延びるが、負ければ残り時間は没収、つまりその場で死ぬことになる。そのため、やってくるのは寿命が残り少なくなった人たちがほとんどだ。どんな人生を選択したとしても、寿命の終わりが見えるというのは、やはり恐ろしいものなのだろう。
主人公である分裂者も、ひとつ目の体の寿命が尽きる直前になってデスパークに向かった。5つの寿命を持つ彼らは、仮にゲームに負けてもひとつ目の寿命が奪われるだけで、その後また新たな体を得て次の寿命を始めることができるので有利な存在だ。勝てば、さらに寿命を延ばすことができるうえ、リスクはほぼないと言ってもいい。自分の身体能力に絶対的な自信を持つマイク、ゲームオタクのベン、享楽主義者のシエラがデスパークに行くことに賛成したため、あまり乗り気でないケイトとアレックスも従わざるを得なかった。多数決で決定することになっているからだ。デスパークにやってきて間もなく、得体の知れないアンドロイドから奇妙な申し出がなされた。迷いながらもケイトはその申し出を受けるのだが、それがすべての始まりだった。ゲームに負けた結果、なぜか5人のうちのひとりが消えてしまったのだ。そうなるように仕向けたのは、残った4人のうちのだれかなのだろうか? 不安は大きくなるばかりだが、デスパークにいるかぎり、1日ひとつ以上のゲームに参加しなくてはならないというルールがあった。ゲームに負ければ、まただれかが消えてしまうかもしれない。けれど、行方がわからなくなったメンバーを置いて、デスパークを出ていくわけにはいかない。直接顔を合わせることができず、メッセージでしかやりとりができないもどかしさのなかで、それぞれの疑念は次第に大きくなっていく……。
コミューンの構成員たちの持ち時間は、ひとりにつき1日4時間だ(体の回復に費やされる時間が4時間あるため)。コミューンの一員としての生活は、どんなものだろうと考えてみた。朝の時間帯を選べば、その後25年間は夕焼けも星も見ることができないし、夜を選べば、太陽にはお目にかかれない。4時間のうちに、やりたいことを全部済ませるのはなかなか難しそうだ。大好物を食べるのを楽しみに目覚めてみたら、すでにお腹がいっぱいかもしれない。ほかの4人の同意を得ないかぎり、遠出することができなくなる。どれもデメリットばかりのような気がする。メリットと思えるのは、本書にも登場するように、メンバーのひとりが筋トレオタクだと、労せずにたくましい体が手に入ることくらいだろうか。あともうひとつ、25年ごとに使う体を替えるので、異性としての人生を経験できることがある。これはなかなか興味深いかもしれない。自分の意識がないあいだは、ほかの4人に自分の体を預けることになるが、そのためには彼らを信頼する必要がある。それなのに、彼らとは決して顔を合わせることができないというのは、ずいぶんと皮肉なものだ。
著者ガイ・モーパスのホームページをのぞいてみたところ、自分がワーカー、アンドロイド、ヘドニスト、コミューンのどれなのかを診断する心理テストが載っていたので、試してみた。本書を読んだ人ならおそらくだれもが考えるように、わたしも訳しながらどれを選ぶだろうと考えていたのだが、心理テストの結果とは一致せず……。興味のある方は、ぜひ試していただきたい。
著者はイギリス人の弁護士だが、2021年には弁護士を辞めて執筆に専念することにしたとか。デビュー作の本書はフィナンシャル・タイムズの2021年度ベストブックのSF部門に選ばれていて、今後の活躍が楽しみな作家である。
2022年5月
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『デスパーク』
Five Minds
ガイ・モーパス 田辺千幸 訳
装画:鷲尾直広 装幀:岩郷重力
ハヤカワ文庫SF/電子書籍版
1,430円(税込)
2022年6月22日発売