中国SFのトップランナーたち、大紹介! 『月の光 現代中国SFアンソロジー』解説再録
いま、世界でいちばんSFが熱い国・中国。その中国のSF短篇を、『紙の動物園』などの短篇の名手であるケン・リュウ氏が精選したシリーズの第二弾『月の光 現代中国SFアンソロジー』が刊行されました。
この話題作の発売を記念して、日本への中国SF紹介の第一人者である立原透耶氏の解説を特別公開いたします! 立原氏が直接著者から得た情報も盛り込まれた、すごい密度の解説をどうぞお楽しみください。
『月の光 現代中国SFアンソロジー』
劉慈欣・他=著、大森望・中原尚哉・他=訳
装画:牧野千穂 装幀:川名潤
新☆ハヤカワ・SF・シリーズ
【収録作品】
「おやすみなさい、メランコリー」夏笳(シアジア)/中原尚哉訳
「晋陽の雪」張冉(ジャン・ラン)/中原尚哉訳
「壊れた星」糖匪(タンフェイ)/大谷真弓訳
「潜水艇」韓松(ハン・ソン)/中原尚哉訳
「サリンジャーと朝鮮人」韓松(ハン・ソン)/中原尚哉訳
「さかさまの空」/程婧波(チョン・ジンボー)/中原尚哉訳
「金色昔日」宝樹(バオシュー)/中原尚哉訳
「正月列車」郝景芳(ハオ・ジンファン)/大谷真弓訳
「ほら吹きロボット」飛氘(フェイダオ)/中原尚哉訳
「月の光」劉慈欣(リウ・ツーシン)/大森望訳
「宇宙の果てのレストラン――臘八粥」吴霜(アンナ・ウー)/大谷真弓訳「始皇帝の休日」馬伯庸(マー・ボーヨン)/中原尚哉訳
「鏡」顧適(グー・シー)/大谷真弓訳
「ブレインボックス」王侃瑜(レジーナ・カンユー・ワン)/大谷真弓訳「開光」陳楸帆(チェン・チウファン)/中原尚哉訳
「未来病史」陳楸帆(チェン・チウファン)/中原尚哉訳
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解説
作家・翻訳家 立原透耶
ケン・リュウの解説でほぼ事足りている感もあるのだが、それ以外の部分に言及することで、多少の解説補足としたい。
中国SFは以下のように分類されることが定説となってきている。本書掲載の作家がどの時代に属するのかもあわせて挙げておく。なおデビュー年での分類であり、出生年ではないことに注意。
★原生代(1902~1949)
★中興代(1949~1983)
★新生代(1991~2000)劉慈欣(リウ・ツーシン)、韓松(ハン・ソン)
★更新代(2001~2010)陳楸帆(チェン・チウファン)、夏笳(シアジア)、郝景芳(ハオ・ジンファン)、程婧波(チョン・ジンボー)、飛氘(フェイダオ)、糖匪(タンフェイ)、王侃瑜(レジーナ・カンユー・ワン)、吴霜(アンナ・ウー)、顧適(グー・シー)
★全新代(2010~現在)張冉(ジャン・ラン)、宝樹(バオシュー)
(※馬伯庸〔マー・ボーヨン〕は参考とした書物やウェブではこの分類に入っていないが、2006年に長篇を刊行したので更新代に該当するものと思われる)
●夏笳(1984~)
英語で執筆した作品(噂によると、ケン・リュウに指導を受けたとのこと)が《ネイチャー》誌に載るなど活躍がめざましいが、おそらく英語圏でもかなりの作品が翻訳紹介されている作家のひとり。アメリカで彼女の英語版短篇集がクラウドファンディングで成立し、目下、制作中。主に中短篇が中心で、リリカルな詩情溢れる作品が持ち味。見かけはソフトだが、根底にはハードな科学的思想が流れているのが特徴である。最近ではフランスで藤井太洋氏らとともに国際シンポジウムに登壇、流暢な英語で、作家としてまた学者として活躍している。日本語訳に「ヒートアイランド」(日文版『中国SF作品集』人民文学雑誌社主編、外文出版社、2018年)など。
●張冉(1981~)
80后(バーリンホウ、1980年代生まれ)のSF作家を代表するひとり。2012年よりSF創作を始める。ショートショートから中短篇まで、歴史SFや時間SFなど骨太の幅広い作風が持ち味。中国の二大SF大賞である銀河賞(中国国内の作品が対象)、全球華語科幻星雲賞(全世界の中国語で書かれた作品が対象)を次々と受賞するなど、賞レースの常連である。近未来を舞台にした〈灰色城邦〉シリーズは、技術のブレイクスルーによってこれまでの国家体制が崩れ、それぞれの技術を代表とする城邦、城(都市)、企業などが独立して国家のように存在する世界を描いている。作者本人はユーモラスなスピーチでいつも会場を沸かせているのが印象深い。
●糖匪(1978〜)
アイデアを思いつくと一気に書き上げるタイプとのこと。幻想風味の強い作品が多く、視覚的に鮮明な描写が多いのは、作者自身が写真家でありダンサーでもある、芸術家だからなのかもしれない。2005年からSFを書き始め、ケン・リュウから高い評価を得ている。アメリカの年間SF傑作選にも「コールガール」と「佩佩」の二作が選出された。短篇集『看見鯨魚座的人』が出版されており、その中に本短篇集収録の「壊れた星」が掲載されている。英語版では本アンソロジーの表題作はこちらである。
●韓松(1965~)
中国SF四天王(劉慈欣、王晋康、韓松、何夕)のひとり。中国を代表する通信社、新華社で働き、夜に小説を書く。1982年にSF小説を初めて発表して以来、コンスタントに書き続けている。カフカに影響を受けたとされ、非常に難解な作風で知られる。最近の作品では悪夢めいたグロテスクさに磨きがかかっている。読者ひとりひとりによって読み方が異なり、解釈が変わるため、「この小説はいったい何が言いたいのか」とネット上で討論になるほどである。最近、精選集全六巻がハードカバーで出版された。日本通で、SFから純文学まで膨大な作品を読破している。日本語訳では「水棲人」(長篇『紅色海洋』の一部。《SFマガジン》2008年9月号訳載)、「セキュリティ・チェック」(《SFマガジン》2017年2月号訳載)、「再生レンガ」(『中国現代文学 13』中国現代文学翻訳会編、ひつじ書房、2014年)など。
●程婧波(1983~)
ファンタジイ色の強い、幻想風味の濃い作品に特色があり、原文の芸術的な美しさは飛び抜けている。児童文学の分野で世界的に高い評価を受けているばかりか、中国国内では純文学やSF分野でもさまざまな賞の候補になっている。繊細な筆致で描く滅びのシーンなどはため息が出るほどで、小説の優しい雰囲気に潜む鋭い視点、時にはっとするほどの現実を突きつけてくるあたり、彼女にしかできない独特の作風である。日本人の隣人と猫を通じた友好関係を描く作品など、国や言葉を超えたしみじみとした情愛の伝わる佳品がある。
●宝樹(1980~)
2010年からSFの創作を開始。中短篇集や長篇など数冊が刊行されている。歴史ものや時間SFを得意とし、『科幻中的中国歴史』(三聯書店、2017年)を編纂し、歴史SF作品を解読した「中国歴史科幻小説要目」に中国のみならずマレーシアの作家の作品など一覧をまとめている。現代のオタク用語やオタクな感覚が見え隠れする作品が少なからずあり、そこが非常に独特のユーモラスな雰囲気を醸し出している。ちなみに立原は彼を「中国のカジシン」と密かに呼んでいるのだが、実際に、さまざまな手法で数多くの時間SFを描く手腕はみごとである。日本語訳に「イントゥ・ザ・ダークネス」(日文版『中国SF作品集』人民文学雑誌社主編、外文出版社、2018年)、「だれもがチャールズを愛していた」(《SFマガジン》2019年8月号)など。
●郝景芳(1984~)
前アンソロジーの表題作となった「折りたたみ北京」は、2018年の第49回星雲賞海外短編部門を受賞し、ヒューゴー賞のみならず日本でも高い人気を見せつけた。彼女の作品は、貧富の差や社会の抱える問題に強い関心を抱くものが中心である。2020年には中短篇集『人の彼岸(仮題)』が早川書房より翻訳出版予定。日本語訳に短篇集『郝景芳短篇集』(及川茜訳、白水社、2019年)、「最後の勇者」(日文版『中国SF作品集』人民文学雑誌社主編、外文出版社、2018年)、「戦車の中」(《SFマガジン》2019年4月号)など。
●飛氘(1983~)
80后を代表するSF作家、研究者のひとり。映画をテーマにしたもの、ロボットをテーマにした短篇集などの他にも文学的素養の高い、時に歴史を舞台にしたものなど幅広い作風をもつ。繊細で美しい文章は日本の大学でも教材に使われているほど。ロボットシリーズは収録作「ほら吹きロボット」以外にも「物語るロボット」〔講故事的機器人〕、「歌うロボット」〔会唱歌的機器人〕、「死へのゆっくりした旅路」〔去死的漫漫旅途〕などがある。日本語訳には「巨人伝(孤独な巨大ロボット)」(『中国現代文学 19』中国現代文学翻訳会編、ひつじ書房、2018年)など。
●劉慈欣(1963~)
『三体』の鮮烈なイメージの強い作家だが、実は短篇の中にはユーモラスな味わいのある作品も少なくない。これら『三体』以前に発表した中短篇の中には『三体』に通じるアイデアや単語、テーマなどが散見され、いわば集大成として長篇化されたものが『三体』と言えるのかもしれない。2019年に著者が来日した際に、「円」(前アンソロジー収録作品)は『三体』のあとに書かれた短篇で、そのほかは全て短篇が先に発表されているが、その違いはどこにあるのか?」と直接尋ねたところ、以下のような意外な返事がかえってきた。「「円」だけは別で、ケン・リュウに英語で発表する短篇、『三体』から1部抜粋してくれと頼まれ、彼の頼みで特別に書き下ろしたから、この作品だけが長篇からの短篇化なんだ」。名作「円」にはそんな秘密が!
●吴霜(1986〜)
先述した、中国SF「更新代」の代表作家のひとり。全球華語科幻星雲賞科幻電影創意金賞、中篇小説銀賞や百花文芸賞など次々と受賞。《クラークスワールド》や《ギャラクシーズ・エッジ》などにも英訳が発表されたほか、スペインなどでも翻訳されている。短篇集『双生』やケン・リュウの作品を中国語訳した『思惟的形状』などがある。かつてネットバラエティ番組『火星情報局』SF顧問やSFネット劇『狩夢特工』の文学顧問を務めた。歴史に詳しいことから歴史SFに秀でた作品が多い。本アンソロジーに収録された「宇宙の果てのレストラン──臘八粥」はシリーズものであり、毎回さまざまなアイデアで読者を楽しませている。大きなSF大会で司会者を務めるなど、八面六臂の活躍を見せている。
●馬伯庸(1980~)
創作のみならず評論やブログなど大量の文章を発表しており、ジャンルは多岐
にわたる。歴史資料を駆使して「正史に描かれていない」部分を創作するのに長けており、古典文学や歴史、哲学など深い造詣に基づいた小説には定評がある。中国版『24』とも呼ばれる『長安十二時辰』はテレビドラマ化され本格的な時代考証などが高く評価されてドラマの賞を獲得しており、2020年には日本での配信も決まっている。『水滸伝』や『三国志』を舞台にしたミステリ、骨董品の鑑別を切り口にした小説などさまざまだが、2010年には『風雨〈洛神賦〉』が中国で最も権威ある人民文学賞を受賞した。
●顧適(1985〜)
昼間は都市計画を仕事に現実の都市を設計し、夜は想像世界を設計する作家。2011年より雑誌を中心にSFやサスペンスなど短篇小説を十数篇発表している。全球華語科幻星雲賞最佳中編金賞や全球華語科幻星雲賞最具潜力新作者銀賞、中国科幻銀河賞最佳短篇小説賞などを受賞。銀河賞受賞作の「メビウス時空」〔莫比乌斯時空〕はまさに時間も空間もねじくれた、論理的思索が楽しめるSFミステリである。
●王侃瑜(レジーナ・カンユー・ワン。1990〜)
90后。2019年より発表場所を広げ、純文学雑誌での活動を始めたほか、英語で小説を書くことにも挑戦。その作品はイギリスのアンソロジーに選出され、オランダでも読まれている。彼女の現在の目標はSF文学界の中に限られてしまっているSF小説という殻を打ち破り、限界に挑戦すること。その1環として最初から英語での執筆に挑戦しているが、英語で書くものと中国語で書くものとでは語調が全く異なる作風になるそうで、その点が大変に興味深いのだそうだ。
●陳楸帆(スタンリー・チェン。1981~)
2020年に初の長篇『荒潮』が早川書房から翻訳出版されたばかり。サイバーパンク風味の本作は、現代社会が抱える病巣に大胆に切り込みつつ、恋愛あり、キャラ立ちあり、とありとあらゆる要素が詰め込まれた快作である。作家としてだけではなく優れたビジネスマンとしても、評論家としても発言力があり、発表する論文も示唆に富んでいる。最近は中国のSF界で次々と重責を担い、文字通り「中国SFの顔」として国内のみならず世界中に発信を行なっている。未知のウイルスで次々とゾンビ化していく現象を描く短篇「葬尸Inc」は、まるで今の新型コロナウイルスを予見しているかのような作品で、非常に興味深い。日本語訳に「巴鱗」(『灯火 新しい中国文学 2017 社会と人間』人民文学雑誌社編、外文出版社、201七年)、「果てしない別れ」(日文版『中国SF作品集』人民文学雑誌社主編、外文出版社、2018年)など。