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ディズニーがTwitterを買収しようとしていた――知られざる舞台裏を、CEOロバート・アイガーが明かす!(『ディズニーCEOが大切にしている10のこと』より)

今やすっかりおなじみとなった、ディズニーの動画配信サービス「Disney+(ディズニープラス)」。2019年11月にアメリカやカナダでサービスを開始すると順調に視聴者を獲得し、Netflixやamazonプライムに並ぶ一大勢力となっています。本記事ではディズニー社CEOロバート・アイガーの著作『ディズニーCEOが大切にしている10のこと』(関美和訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫より発売中)より、ディズニープラスのプロジェクトを発足させた当時の回想を抜粋してお届けします。


『ディズニーCEOが大切にしている10のこと』


「三大買収」(編注:ピクサー、マーベル、ルーカスフィルム買収のこと)が終わって一服したあと、私たちは以前にも増して、メディア業界における劇的な変化と深いところで進行していた構造破壊に目を向けはじめた。メディアビジネスの未来を私たちは真剣に案じはじめ、自分たちのコンテンツを現代に合う新しい形で届ける時がきたと感じていた。つまりそれは、中間媒体を挟まずに自社のテクノロジープラットフォームを使って、直接消費者にコンテンツを届けるということだ。

ただし、まだ解決しなければならないことがある。この目的を叶えてくれるようなテクノロジーを見つけることが私たちにできるだろうか? 守りに入るのではなく、変化の先頭に立てるだろうか? 新しいモデルを確立するために、既存の、まだ利益の出ているビジネスを侵食してもいいと思い切れるだろうか? 自分自身を破壊することができるのか? 私たちが本当に今の時代にふさわしい姿に変わろうとすれば負わざるを得ない損失を、投資家たちは受け入れてくれるだろうか?

いずれにしろ、私たちがこれをやり遂げなければならないことだけは、はっきりしていた。イノベーションを起こし続けなければ生き残れないという、昔からの教訓をふたたび実践する時がきたのだ。次に答えなければならないのは、自分たちでプラットフォームを作るか、外から買ってくるかという問いだ。自分たちで作るとなると五年の歳月と莫大な投資が必要になるとケビン・メイヤーは言っていた。テクノロジーを買うことができれば、すぐに方向転換できる。何もかもがあっという間に変化していることを考えると、ゆっくり待っているわけにはいかなかった。

買収候補を見てみると、グーグル、アップル、アマゾン、フェイスブックは規模から見てももちろん論外で、そのいずれかが私たちを買ってくれるとも思えなかった(とはいえ、もしスティーブが生きていたら、アップルと合併するか、少なくともその可能性を真剣に議論していたと思う)。

残ったのはスナップチャット、スポティファイ、そしてツイッターだった。いずれもディズニーが飲み込める規模だったが、売ってくれそうな会社がどれかや、ディズニーの消費者層に良質なコンテンツを一番速く効果的に届けられるのはどれかを見極めなければならない。私たちはツイッターに的を絞った。ソーシャルメディア企業としてのツイッターにはそれほど興味はなかったが、グローバルな拡散力を持つ新しい配信プラットフォームとしては魅力的だった。ツイッターを利用して、映画やテレビ番組やスポーツやニュースを届けられると思ったのだ。

そこで2016年の夏、ツイッターに対して私たちが買収に前向きであることを伝えた。彼らも売る気になってくれたが、ほかの買い手にも適正なプロセスを確保する義務があるということで、気は進まなかったが入札で決めることになった。秋口には、実質的には私たちが買収することがほぼ決定していた。ツイッターの取締役会も売却に賛成し、10月のある金曜の午後にディ
ズニーの取締役会も買収に賛成した。だが、その週末に私は中止を決めた。これまでの買収では、特にピクサーの買収では、ディズニーにとってこれが正しい道だという自分の直感を信じることができた。しかし、今回のツイッターの買収は逆だった。私の中の何かが、「違う」と言っていた。何年も前にトム・マーフィーが言ったことが、私の頭の中にこだました。「もし何かが『違う』と思ったら、おそらくそれは君にとっては正しい道ではないんだよ」ツイッターというプラットフォームが私たちの新しい目的に役立つことははっきりと見通せたが、ブランドイメージの問題がどうしても気にかかって仕方がなかったのだ。

ツイッターが私たちにとって強力なプラットフォームになり得ることはわかっていたが、そこに付随する問題を、私は見過ごすことができなかった。乗り越えなくてはならない課題や騒動が多すぎた。言論の自由との兼ね合いの中でヘイトスピーチをどう取り扱うか、選挙に影響を与える目的で政治的なメッセージを拡散しているフェイクアカウントをどう取り締まるか、またツイッターでの炎上や著しく野蛮な振る舞いにどう対処するかといったことも、頭の痛い問題だった。そして、こうした問題を私たちが引き受けなければならなくなる。それは、これまで私たちが経験してきた問題とは違う種類のものだったし、ディズニーのブランドイメージを傷つけることになると感じた。そこで、取締役会がツイッターの買収交渉を進めていいと承認したあとの日曜に取締役全員にメールを送り、私が「怖気づいた」ことを知らせ、中止の理由を説明した。それから、ツイッターCEOでディズニーの取締役でもあったジャック・ドーシーに電話をかけた。ジャックは驚いていたものの、丁重だった。私はジャックの幸運を願い、ほっとした気持ちで電話を切った。

ツイッターとの買収交渉を考えていたのと同時期に、BAMテックという会社にも投資した。BAMテックの主な株主はメジャーリーグで、すでにストリーミング技術を完成させ、野球ファンがひいきのチームの試合を生中継で見られるような月額課金のサービスを提供していた(HBOは自社でのストリーミングサービス構築に失敗したあと、BAMテックを雇い入れて『ゲーム・オブ・スローンズ』のシーズン5の公開に間に合うようにHBOナウを立ち上げていた)。

2016年8月に、10億ドルでBAMテックの33パーセントの株式を買い入れ、2020年に過半数の株式を取得するオプションも手に入れた。当初の計画では、ESPNへの脅威に対抗するためにテレビ放送と両立できるようなサブスクリプションサービスを立ち上げるつもりだった。しかし、テクノロジー企業が次々とコンテンツのサブスクリプションサービスに莫大な投資をする中で、私たちもスポーツだけでなくテレビ番組や映画もひとまとめにしたD2C(訳注/ダイレクト・トゥ・コンシューマー、消費者への直接販売)サービスを構築することが今すぐに必要だと感じはじめた。

それから10か月後の2017年6月、オーランドのディズニーワールドで毎年恒例の取締役会の社外ミーティングが開かれた。この社外ミーティングは通常の取締役会を延長したもので、執行側が業績予想を含む今後五年の計画を発表し、特定の戦略課題や問題を議論する場になっている。2017年は、業界を破壊するような構造変化を話し合うことにすべての時間を割くことを決め、各事業部門のリーダーに彼らがどのような破壊を目にしていて、それが事業の健全性にどのような影響を与えると予想しているかを話してもらうことにした。

取締役会がそうした構造破壊への対策を要求することはわかっていたし、基本的に私は解決策もなくむやみに問題だけを提起するようなことはしない(部下たちにも、同じようにしてほしいと伝えている。私のところに来て問題を提起するのはかまわないが、同時に解決策も提示してほしいと言っている)。というわけで、これまでに私たちが経験し、これからも予測している構造変化について詳しく語ったあとで、大胆で攻撃的で包括的な解決策を提案することにした。それが、BAMテックの支配的所有権を前倒しで取得し、自社のプラットフォームを使ってディズニーとESPNのD2C動画配信サービスを大々的に立ち上げる計画だった。

取締役会はこの計画に賛成してくれたばかりか、「スピードが肝だ」と言い、今すぐに動くよう強く要請したほどだった(それはディズニーの取締役会に、自分の意見に自信のある賢い人たちが多く、彼らが破壊的な構造変化を直接経験していたという証拠でもある。ナイキのマーク・パーカーとゼネラル・モーターズのメアリー・バーラは、まさしくいい例だった。どちらも自社の領域が根本から破壊された経験を持ち、変化への対応が遅れることのリスクを充分に承知していた)。この社外ミーティングのあと私はすぐにチームと合流し、ミーティングの結果を伝え、すぐにでもBAMテックの支配権を買い取るようケビンに指示し、それ以外の全員に配信事業への戦略転換に備えるように伝えた。

2017年8月の業績発表で、BAMテックを前倒しで完全買収することと、二つの配信サービスを立ち上げる計画を同時に発表した。2018年にはESPNのサービスを、そして2019年にはディズニーのサービスを開始するという計画だ。2年前の2015年に、私が業界の構造破壊について率直に話した時には、株価が急落した。あの日から、ちょうど2年後の今回の発表で、株価は急上昇した。投資家は私たちの戦略を理解し、変化の必要性とそこにあるチャンスを認めてくれたのだった。

今回の発表は、ウォルト・ディズニー・カンパニーの再構築のはじまりを示す出来事になった。既存の領域の中で、それなりのリターンを生み出している限りはテレビ放送も引き続き支えていくし、世界中の映画館でも映画を公開していくが、ここにきて消費者への自社コンテンツの直接配信、つまり他社メディアを通さないD2C事業に全力でコミットすることになったのだ。要するに、自社の事業を我々自身が急いで破壊するということなので、莫大な短期損失が予想された(たとえば、ピクサーもマーベルもスター・ウォーズも含めて、テレビ番組と映画のすべてをネットフリックスから引き上げ、自社のサブスクリプションサービスに一本化すると、数億ドルというライセンス収入が失われてしまう)。

経営者となって経験を積むあいだに、ある時点で私は、「プレスリリースを使った経営」というものを意識するようになった。つまり、外の世界に向けて私が強い確信を持って発信したことは、社内にも響き渡ることがわかったのだ。2015年には、私の戦略への投資家の反応はすこぶる否定的だったが、私が現実を率直に語ったことで、ディズニーの社内では「トップがこれほど真剣に打ち込んでいるなら、自分たちも真剣にならなければ」とやる気になってくれる人が増えた。2017年の発表もまた、同じように社内にいい影響を与えた。私が直接配信にどれほど打ち込んでいるかを社内のチームはわかっていたが、外向きの発表を聞き、特に投資家の反応を見ることで、全員に前に進む力とやる気が湧いてきた。

実のところ、その発表の前には私も、新しいモデルへの移行は余裕を持って少しずつ段階的に行ない、ゆっくりとプラットフォームを開発し、どのコンテンツを配信するかを決めていくものだと思っていた。だが、新しい戦略への反応があまりにも前向きだったので、今すぐにでもやらなければならないという切迫感を感じるようになった。ここにきて周囲の期待に応えなければならないというプレッシャーが生まれたのだ。加えて、これほど大きな変化を素早く実行することに対する社内の抵抗が、投資家や世間の期待の高まりによって和らげられた。

今はうまくいっていても将来どうなるかわからない事業を自ら破壊すること、つまり、短期の損失を覚悟して長期成長に賭けることには、ものすごい度胸が必要になる。日常業務やこれまでの優先事項がかき乱され、仕事の分担が変わり、責任の所在も変わる。新しいモデルが生まれ、これまでの仕事のやり方が通用しなくなると人々は不安になる。人事面で対処しなければならないことが多くなる。トップが社員に「寄り添う」ことが欠かせなくなる。もちろん、どんな局面でもリーダーは部下に寄り添わなければならないが、変化の局面ではいつにもましてそれが必要になる。リーダーは忙しすぎるし、部下のために時間を割けず、ひとりひとりの懸念や問題に応えている余裕はないのだと周囲に感じさせてしまうことはある。しかし、社員に寄り添い、リーダーが力になれると社員たちにきちんと知らせることで、社内の士気と実行力は上がる。ディズニーほどの大企業の場合は、私が世界中を旅して、さまざまな事業部と定期的に対話集会を開き、トップとしての考えを伝え、懸念に応えなければならない。それだけなく、機を逸することなく対応しなければならないし、直属の部下から持ち寄られる問題をよく考えて判断することも必要になる。電話を返し、メールに返信し、時間を作って特定の問題についてじっくり話し、部下の感じているプレッシャーを敏感に察することも、リーダーの仕事の一部だ。先の見えない道に踏み出そうとする時にはさらに、トップのそうした役割がいつにもまして重要になる。

8月の発表後すぐに、私たちは二つの領域で動きはじめた。テクノロジー領域では、BAMテックのチームが、すでにディズニー社内にいたチームと協力して、ESPNプラスとディズニープラスという新サービスのインターフェースを開発しはじめた。それから数か月にわたって、ケビンと私はニューヨークとロサンゼルスのBAMテックチームに会い、さまざまなバージョンのアプリを試してみた。その過程で、タイルの大きさと色と配置を分析し、使い心地がより直感的で簡単になるように調整し、アルゴリズムとデータ収集をどう機能させるかや、コンテンツとブランドをどのように見せるかを決めた。

一方、ロサンゼルスの本社では、特別チームを作ってディズニープラスで配信するコンテンツを企画・制作していた。私たちには、過去の映画とテレビ番組の莫大な蓄積があったが(一部の作品については、以前に第三者に譲渡した権利を買い戻した)、解決すべき問題がまだあった。

それは、新しいサービス専用のオリジナルコンテンツをどうするかという問題だ。私は映画とテレビ番組の制作部門のトップに会い、制作中のどの作品を映画館で上映し、どれをテレビで流し、どれをアプリで配信するかを決めた。スター・ウォーズ、マーベル、ピクサー作品を含めて、新サービス向けにどのような新しい作品を作ったらいいだろう? 新サービスにふさわしい斬新な作品はどのようなものだろう? 制作部門の上層部を集めて、こう伝えた。「ディズニープラス向けのコンテンツを作るためだけに新しい制作会社を立ち上げたくはないんだ。君たちにお願いしたい」

ここに集まった重役たちは、長年自分の事業部を伸ばすための訓練を受けてきて、各自の事業部の利益をもとに報酬を受けてきた。私がその重役たちに向かって言ったことは、いきなり「これまでうまくやってきたそれぞれのビジネスに注ぐ力を減らして、別のことに注意を向けてほしい。しかも、君たちとは利害が一致しないほかのチームの優秀な人たちと力を合わせてほしいんだ。あぁ、それからもうひとつ。しばらくは金にならないよ」と告げているに等しかった。

彼らにこの話に乗ってもらうには、こうした変革が必要だということを彼らにしっかりとわからせると同時に、彼らの働きに見合うような新しい報酬制度を作り出さなければならなかった。彼らが自分のビジネスを意図的に破壊することを罰してはいけないし、新規ビジネスの「成功」を収益で測ることもはじめのうちはできない。彼らにもっと働け、しかもたくさん働けと言っておきながら、これまでの報酬制度のもとでは彼らの稼ぎは減ることになってしまう。それではうまくいくはずがない。

私は取締役会の報酬委員会に呼びかけ、このジレンマを説明した。イノベーションを起こそうと思ったら、すべてを変えなければならない。プロダクトの作り方や届け方を変えるだけでは足りない。仕事の慣習そのものや組織構造も変えなければならない。今回の場合は、重役への報酬の与え方を変えなければならなかった。私は過激な提案を行なった。基本的に、私が報酬を決めるという提案だ。もちろん、新しい戦略への貢献度合いに基づいて決めるわけだが、業績という簡単に測れる尺度のない中で、これまでの報酬制度に比べるとはるかに主観的なものになることは間違いない。部下たちが新しいプロジェクトを成功させるためにあえて一歩を踏み出しているかを私が評価し、その評価に基づいて株式を与えることもあれば取り上げることもあるという方法を提案したのだ。はじめは、報酬委員会はいい顔をしなかった。これまでにそんな前例はなかったからだ。「企業がイノベーションに失敗する理由はわかっています」ある時、彼らにそう言った。「伝統のせいですよ。伝統が摩擦のタネになるんです。それがすべての障害になっています」投資家はどんな状況でも大企業の利益が減ると嫌がるので、企業は安全志向に陥り、これまでにやってきたことを繰り返すばかりで、長期的な成長を生み出したり変化に対応するために資本を使えなくなってしまうことも多い。「取締役会も障害になっています。ひとつのやり方にこだわって、株式の与え方を変えないんですから」私たちはいつも流れに逆らって泳いでいた。

「みなさん次第です」と私は言った。「イノベーションのジレンマに陥るか、それをはね返すかは、みなさんにかかっています」

私がそこまで滔々と語らなくても、そのうちに彼らの方から私に歩み寄ってくれていたかもしれない(取締役会とはいい関係を築いていたし、私がやりたいことをほぼ何でも支持してくれていた)。私が話し終えると、委員のひとりが「賛成」と言い、もうひとりがすぐさまそれに続き、結局私の計画は承認された。私は重役たちのところに戻って、新しい株式授与の制度について説明した。年度の終わりに私が株式の割り当てを決めること、また割り当てる株数は収益ではなくどれだけ協力できたかに基づいて決めることを伝えた。「社内政治は一切排除する」と言った。

「そんな余裕はない。これが会社のためだし、君たちのためだ。君たちには勇気を持って挑戦してほしい」

(第12章「イノベーションか、死か」より抜粋)


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