息子たちよヘッダー

【試し読み】20年間(ほとんど)家に帰らなかった父親が、息子たちに伝えたかったこと――家族と本にまつわるエッセイ。北上次郎『息子たちよ』

早川書房は、1月9日に『息子たちよ』を発売しました。著者は元『本の雑誌』発行人の北上次郎さん。本書は、北上さんがふたりの息子たちに宛てて書いた、父と子と本をめぐるエッセイ集です。

本記事では、「はじめに」の試し読みを公開いたします!

『息子たちよ』カバー表1帯あり


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『息子たちよ』 北上次郎 著

はじめに

 20年間、家に帰らなかった。

 いや、毎週1日は帰宅していたから、まったく帰らなかったわけではない。帰宅するのは日曜の夕方である。で、月曜の昼に出社して、あとはずっと会社にいた。

 もっと具体的に書くと、昼から夕方までは雑事で埋められていく。雑事と言ってはいけないな。それも重要な仕事である。月刊雑誌を作っていたので、現在進行中の仕事もあれば、次号の準備もあり、さらに2号先の企画もある。いつも3号同時に進行していた。それらのことに関してのさまざまな打ち合わせがある。少ない人数で作っていたので、社長の私だけでなく、みんなが多くの仕事をかかえていた。それに単行本もある。こちらの制作はずっと一人だったので、私かデスクがフォローしなければならない。こちらはいつも同時に4~5冊が進行していた。

 さらに、毎日ひっきりなしに電話がかかってくる。その応対もしなければならない。一息ついたら駅前の書店に行って、その日の新刊をチェックしなければならない。帰りには喫茶店に寄ってコーヒーを飲みながらスポーツ新聞をチェック。もちろんそれは個人的な趣味にすぎないが、そこから仕事が生まれたこともあるから、まったくのプライベートというわけでもない。

 帰社したらもう晩飯で、今日は何食べるの? と聞かれる。毎日のことだから決めるのも面倒だ。晩飯後は自分の担当ページの入稿やら、これ今日中に読んでおいてくださいと担当者から渡された原稿読み。それらをようやく片づけるのは夜中の12時で、そこからは自分の仕事。新刊を読み、原稿を書き、明け方に就寝。で、翌日の昼過ぎに起床、という繰り返しだった。

 それでもそれだけなら、土曜日曜は空くはずなのだが、生憎(あいにく)なことにここに競馬が入ってくる。週末は土曜の朝方まで仕事をすると、そのまま徹夜状態で競馬場に直行するのである。これはもちろん個人的な趣味だが、別名を使って競馬エッセイを書いているので、私自身の仕事でもある。土曜は夕方まで戦うとそのまま会社に戻り、晩飯を食べて翌日分の検討をすると早めに会社のソファで就寝。徹夜で競馬場に出かけたから、すぐに睡魔に襲われる。日曜は早朝から競馬場にいくので、夕方1週間ぶりに帰宅したときには疲労困憊(こんぱい)というのがいつもの状態であった。

 会社に泊まることを社員に強いていたわけではないので、ブラック企業ではなかったと思う。自分は毎日帰宅するよりも会社に泊まったほうが仕事がはかどるのだ。それは会社の仕事以外に、筆名を使った自分の仕事、さらに週末の競馬、という3つが重なっていたから、通勤の時間がもったいないとの事情があった。

 いや、一人で泊まっていたわけではない。いつもデスクの浜本茂(はまもととしげる/現・本の雑誌社代表取締役)が一緒だった。月曜から金曜まで一緒に泊まり、土曜の朝、一緒に競馬場に出かけ、土曜の夕方社に戻って晩飯を食べ、翌日の検討をしていると、「いま、何レース? 8レースを一緒に
検討しましょうよお」とか彼が言うのだ。で、日曜の朝また一緒に競馬場に出かけ、日曜の夕方、「じゃあな」と別れ、月曜にまた会社に集合するから、その20年は浜本茂と一緒に過ごした20年と言ってもいい。

 問題は、そういう生活を続けた20年というのは、息子たちがまだ幼なかったときだ、ということである。まだ父親を必要とする時期だった、とも言えるかもしれない。日曜の夕方に帰宅するといっても、12時には就寝するわけだから、7時から12時までその間5時間にすぎない。翌日の月曜に起きたときには息子たちはもう学校に出かけているので会うこともない。つまり私は毎週、「5時間の父親」であった。

 もちろん、帰宅することは稀であっても、その間家族を、息子たちのことを忘れたわけではない。父親の自覚が少々足りないことは否定できないが、小説を読んでいて幼い子供が出てくると、わが子を思い出して胸がキュンキュンするのである。特に親の愛に恵まれない少年の話は、穏やかな気持ちで読めない。

 たとえばこれは小説の話ではなく、テレビで見たドキュメンタリーの話だが、親に預けられた施設を取材した番組を見た。10年ほど前なので、記憶も曖昧(あいまい)で、何かの番組のひとつのコーナーだったのかもしれない。

 その施設で暮らすさまざまな子供たちを取材した番組なのだが、その中に小学5年生の男の子がいた。また来年も取材に来るよ、とカメラをむけると、来年はここにいないかも、と少年が言う。どうして? との質問に、お父さんがもうすぐ迎えに来るって言ってた、との返事だった。その翌年、またその施設に取材にいくと、その男の子がいない。その理由を聞くと、門限を守らなかったり、規則を破るようになったので、ここよりもっと厳しい施設に行ったという。少年の父は結局、彼を迎えに来なかったようだ。

 テレビの取材はそこで終わっていたので、その少年がその後どうなったのかはわからない。いまでも時折、彼のことを思い出す。その少年が俯(うつむ)いていたり、暗い顔をして過ごしているのを想像するのは辛い。なんだか胸が痛くなる。だから、その彼が小さな善意に囲まれて、笑顔で暮らしている姿を、私は想像している。そう思わなければ、辛くて、やりきれない。

 20年間も帰宅せず、父親の自覚がないくせに、私はそういうセンチメンタルな男だ。そんな私が息子たちを想いながらひそかに書いた読書報告が本書だ。

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『息子たちよ』カバー表1帯あり

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