早川書房のノンフィクション編集者が2020年を振り返ったら、コロナとの付き合い方がわかった
編集者(Twitter:@shotichin)なので、今年作った本から2020年を振り返ります。
1月23日、ウォルター・ブロック『不道徳な経済学: 転売屋は社会に役立つ』発売。
元は講談社から出ていた本だ。単行本『不道徳教育――擁護できないものを擁護する』として2006年に出た後、2011年に『不道徳な経済学――擁護できないものを擁護する』と改題され講談社+α文庫に入った。今回の再文庫化にあたって副題を「転売屋は社会に役立つ」に変えたら、コロナが起きてマスクや日用品の転売が問題になった。
そういうこともあって、本書は3刷16,000部とよく読まれている。新帯も作った。
ちなみに企画が通ったのは2018年8月のこと。元々は、「裏サンデル」みたいに作ってハヤカワ・ノンフィクション文庫で出せたら面白いかなと考えていた記憶がある。作っている間は、加速主義やポリティカル・コレクトネスをめぐる文脈でリバタリアニズムが復権しているように感じたので、そこを意識していた。それで以下の記事も書いた。
2月18日、『ホット・ゾーン: エボラ・ウイルス制圧に命を懸けた人々』の企画が通る。
この本は逆に、企画時点から完全にコロナを意識した。というか、昨年から版権が空いていることは知っていて企画提出の機会を伺っていたので、タイミングが合った。
版権取得が3月26日、発売は5月22日。急いで準備した。その間、4月21日には作家の篠田節子さんが日経新聞で「時節柄、カミュの『ペスト』が売れているらしいが、私の一押しはエボラ出血熱を扱ったリチャード・プレストンの『ホット・ゾーン』の方だ」と本書を紹介して、Amazon等に注文が殺到した。その書評は早川書房noteにも転載させて頂いた。
発売の1週間前に第1章をnoteで公開したところ、非常に大きな反響を頂いた。私もここの記述の強烈さにやられた口だったので、嬉しかった。
発売即重版が決まり、3刷22,000部に。
2月18日、『ヒトの目、驚異の進化: 視覚革命が文明を生んだ』の書影がバズる。
『ホット・ゾーン』を提出した企画会議と同日(そうだったのか)。
装幀、推薦、サブタイトル変更(インターシフト版単行本「4つの凄い視覚能力があるわけ」→今回の文庫「視覚革命が文明を生んだ」)すべてで、すごそうな目の本にした。内容がすごいから。伝わって嬉しい。ちなみに企画が通ったのは2019年3月だった。
ツイートの翌々日に発売前重版が決まり、現在5刷19,000部。
円城塔さんに「書評」を寄せて頂いたり、
自分でも書いたり。
売れると色々できるので楽しい。続篇にあたる『〈脳と文明〉の暗号: 言語と音楽、驚異の起源』も出すことができた。
3月23日、ステファニー・ケルトン『財政赤字の神話: MMTと国民のための経済の誕生』の版権取得。
MMTの議論はコロナ対策で重要になることが明らかだったので、これも準備を急いだ。『知ってるつもり』『〔エッセンシャル版〕行動経済学』などでお仕事をご一緒した土方奈美さんに翻訳をお願いした。3か月で翻訳が上がった。著者のケルトンさんにも、多忙を縫って日本版序文を執筆頂いた。結果、菅政権誕生直後という絶好の(?)タイミングで出版できた(10月6日発売)。発売翌日に重版が決まり、現在3刷9,500部。
コロナであるがゆえに、オンラインで取材もできた。
4月4日、ロバート・アイガー『ディズニーCEOが実践する10の原則』発売。
コロナの影響で東京ディズニーランドが一時休園となったのは2月29日のこと。4月15日に予定していた「美女と野獣」の新エリアオープンも延期に。ウォルト・ディズニー・カンパニー会長・前CEOのロバート・アイガー氏は当初オープニングセレモニーに出席するため来日予定で、講演会や記者会見も企画していたけれど、当然すべて中止。
そして、発売3日後に緊急事態宣言が発令された。
正直もうだめかと思ったが、これは本の力が大きかった。土井英司氏が発売直後にビジネスブックマラソンで「あまりに素晴らしい本で、思わず配信が遅れてしまいました」と大絶賛、ビル・ゲイツ氏が本書を「2020年夏に読むべき5冊」に選出(「私がここ数年読んだ中で最高のビジネス書の一つ」)、オリエンタルラジオの中田敦彦氏が「YouTube大学」で本書を紹介、など話題が継続し、現在5刷2万2,000部。
5月12日、江永泉・木澤佐登志・ひでシス・役所暁『闇の自己啓発』の企画が通る。
note連載読書会「闇の自己啓発会」(https://note.com/imuziagane/m/mbd28cf65025b)の書籍化である。コロナの影響に鑑みウェブで売れが見込める本を、という声もあり満場一致で通過。そこから4万5000字を超える注の追加、本文の大幅な加筆修正、江永泉氏による1万字超の巻末補論「闇の自己啓発のために」など諸々の制作作業を経て、ついに2021年1月21日に発売予定。
2021年は闇の自己啓発の年になるだろう。
6月1日、まいどなニュースに取材頂く。
以前、『デジタル・ミニマリスト』の「人をイライラさせる扉」を記事にしてくださったライターの山本明さんが取材してくれた。ありがとうございました。私は「コロナ禍のさなかでも結果を出す」ノンフィクション編集者となった。
時系列がだいぶごちゃつきましたが、だいたいこんな感じの1年だった。振り返ってみるとやはり、企画からプロモーションまで様々なレベルでコロナが関係してきていた。悪いことばかりじゃなかった。