デジタルマネーに気をつけろ。その理由を「行動経済学」で説明すると?
「クレジットカードだとついムダ使いしてしまう」
「高いものは質がよいと思い込みがち」
「目先の欲求に負けて貯金できない」
……わかっているのになかなか避けられないお金のワナと対策を、現代の新常識である「行動経済学」からわかりやすく解説するのが、新刊『無料より安いものもある お金の行動経済学』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)。
毎日ちゃんと気をつけているはずなのに、ついつい無駄遣いしてしまう……私たちの生活に潜むワナも、この「行動経済学」で説明できるといいます。訳者・櫻井祐子さんが本書の読みどころをわかりやすく紹介します。
訳者あとがき 櫻井祐子
■人生100年時代、でもそのためのお金はどこに?
最近では人間の寿命がますます延び、いつのまにか「人生100年」があたりまえの時代になっているらしい。これまで7、80年ほど生きる心づもりでいたのが、じつはまだまだ時間があった。充実したバラ色の老後バンザイ! でも考えてみたら、その余分な2、30年を過ごすお金はあるのだろうか? その間ずっと健康でいられるとも限らない。これに完璧に対応する準備ができているなんて人は、ほとんどいないはずだ。どんな人も、お金のことを早急に、真剣に考えるべき時がきている。
■じっさいに役に立つ学問
本書はそのお金の問題を、行動経済学という観点から考えようという試みだ。金融リテラシー教育でもなく、投資指南でもなく、なぜ行動経済学なのか?
ここでおさらいをしておくと、行動経済学は伝統的な経済学とはちがって、人間を完全に分別ある計算高い「合理的経済人」とは見なさず、人間がじっさいにどうふるまうかを観察する。人間の不合理な面や弱さを理解したうえで、誘惑を避け、自制を働かせ、長期目標を実現するための手助けをする方法を見つけようという学問だ。また人間の心のメカニズムを解き明かすために、心理学や神経科学など他分野の理論や実験手法が多用されるのも特徴だ。実験は顕微鏡やストロボのようなもので、私たちに同時に影響をおよぼしているいくつもの複雑な力を拡大して見せ、光を当ててくれる。そうしてさまざまな力を切り離し、一つひとつをくわしく調べ上げることができる、と著者のダン・アリエリー教授は前著で述べている。
行動経済学は実社会の問題解決に役立てられ、とくに英米では公的機関が率先してとり入れて、すでに大きな効果を上げている(たとえば年金加入や省エネなど)。近年になって行動経済学者のノーベル経済学賞受賞が相次いでいるのも、そうした功績が認められたことが大きい。
この本は、私たちがお金に関してどんなまちがいをなぜ犯しやすいのかを、行動経済学のレンズを通してくわしく考える。そうすることによって、自分のバイアスに気づきやすくなり、それが自分にどう影響しているかをよりはっきり自覚し、より賢明な決定ができるというわけだ。
■大やけどをきっかけに人間行動の観察者に
アリエリー教授はイスラエル出身。十代の頃に全身に大やけどを負い、長い入院生活中に肝炎まで患うなど、心身に大きな痛手を被ったが、そのおかげで人とはちがったふうに人間行動をとらえられるようになった。また自分自身のバイアスのしくみについても深く考え、研究するようになったという。こうしたユニークな視点をもとに、ちょっとふつうでは考えつかない斬新で洞察に富む実験を行い、それらをユーモアあふれる著書や講演などを通して説明している。行動経済学をわかりやすい言葉で一般に広めた、この分野の第一人者だ。
■お金を使わされていないか? デジタルマネーに気をつけろ
本書のキーワードは「主体性」だろう。私たちの不合理な側面は、必ずしも不都合なことばかりではない。そうした側面に身を委ね経験を引き立てることができれば、たとえ散財になったとしても、よいお金の使い方ということになる。だが問題は、それを自分の意思でやっているのかどうかということだ。むしろ、人間の不合理な側面を研究し悪用する者たちによって、知らず知らずのうちにお金を使わされていないだろうか? 私たちがなぜ不合理な行動を取ってしまうかを理解することによって、自分の選択を自分の手に取り戻そう、とアリエリー教授は訴える。
本書でとくに重点を置いているのが、昨今のスマートマネーなど、テクノロジーを利用した決済方法だ。私たちは新しい方法が出るとただ「便利だから」という理由で、大して考えもせずにとり入れてしまう。だが便利さと引き替えに、なにを失っているのだろう? アリエリー教授は別のインタビューで、「テクノロジーは必ずしも悪いとはいわないが、これまでは使う側よりも使わせる側に圧倒的にためになるかたちで利用されてきた」と警告している。今後ますます高度な技術が開発されるなか、私たちも行動経済学の理論で自衛して臨む必要があるだろう。
■楽しみながら学べる
本書はアリエリー教授の友人でコメディアンの(第3作の『ずる』にも登場した)ジェフ・クライスラー氏の協力を得て、お金という、ともすればややこしく深刻になりがちなテーマを楽しく取り上げている。訳者は第2作の『不合理だからうまくいく』から翻訳を担当させてもらっているが、実生活でもアリエリー教授の教えが役立つことが多い。その際一番鮮明に思い出されるのが、本で描かれる物語やエピソードだ(失敗したあとで思い出すことも多いのだが……)。本書でも、セールに目がないスーザンおばさんや新婚旅行中のジェフ、家を売ろうとしているブラッドリー夫妻など、誰もが身につまされるような失敗をする、実物大の人たちが登場する。楽しみながら読んでいただければさいわいである。
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■著者紹介:
ダン・アリエリー
デューク大学教授。1967年生まれ。ノースカロライナ大学チャペルヒル校で認知心理学の修士号と博士号、デューク大学で経営学の博士号を取得。その後、マサチューセッツ工科大学(MIT)のスローン経営大学院とメディアラボの教授職を兼務した。この間、カリフォルニア州バークレー校、プリンストン高等研究所などにも籍を置いている。2008年イグ・ノーベル賞受賞。他の著書に『予想どおりに不合理』『不合理だからうまくいく』『ずる』『アリエリー教授の「行動経済学」入門』『「行動経済学」人生相談室』(すべてハヤカワ・ノンフィクション文庫)などがある。
ジェフ・クライスラー
プリンストン大学卒。弁護士を経て、お金と政治を扱うコメディアン、作家、コメンテーターになる。著書に風刺エッセイGet Rich Cheatingがある。
■訳者紹介:
櫻井祐子
翻訳家。京都大学経済学部卒、オックスフォード大学大学院で経営学修士号を取得。訳書にアリエリー『不合理だからうまくいく』『ずる』、アセモグル&ロビンソン『自由の命運』(以上早川書房刊),シュミットほか『1兆ドルコーチ』など多数。