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「これから述べるのは、ひとりの物語ではなく、小隊全体の物語である」――傑作戦記『レッド・プラトーン 14時間の死闘』「序章」後篇を公開!【第2回】

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戦闘前哨(COP)キーティング全体図 ↓

Map ©2016 by David Cain

序 章 いまよりマシにはならない【後半】

 コプスが警備哨のガン・トラックに陣取ったころ、ステファン・メイス四等特技下士官〔三等軍曹の下、上等兵の上で、伍長とおなじ階級〕は、前哨の反対側にあたる約一〇〇メートル西に配置されたべつのガン・トラックで、四時間の警備勤務があと数分で終わると考えていた。そこはLRAS2(エルラーズ・ツー)と呼ばれ、前哨内でもっとも中心から離れている無防備な警備陣地だった。ダッレコシュターズ川から三五メートルしか離れておらず、三五、六軒の日干しレンガの家から成るウルムル村が、真正面にある。
 コプスの親友のメイスは、私の親友のブラッド・ラーソン三等軍曹と交替することになっていた。コプスとハートとおなじように、メイスとラーソンにも、毎朝、勤務を交替するときのささやかな決まりごとがあった。
 メイスはキーティングでは最下級の兵士のひとりだが、前哨内でいちばん人を楽しませるのがうまい男だった。切れ味の鋭い機知と、意地悪で不謹慎なユーモアのセンスの持ち主で、即興のジョークや利いた風な警句を矢継ぎ早に発し、一秒か二秒のあいだ、みじめな周囲の状況から気をそらしてくれる。要するに、メイスはいっしょにいて楽しい相手だった。それがまたたいそう楽しいので、無口で打ち解けないネブラスカ男で、私といるときでもふたこと以上はしゃべらないラーソンまでもが、ガン・トラックのフロントシートでメイスの馬鹿話を聞くために、自発的に数分早く起きて、警備勤務に向かう。
 ふたりの会話は、かなり広い範囲に及んでいた。アフリカのサファリでいちばん仕留めたい大きな獲物はなにかと激しく議論するかと思えば、小学校でいちばん色っぽかった女教師について微に入り細をうがって語る、というように、ありとあらゆる物事が含まれていた。だが、話の内容よりも、ふたりがいっしょにいるのが好きだということのほうが、もっと重要なのだろう。ときどきふたりはガン・トラックの運転席に、しばらく無言で座っている。そういうとき、メイスはマルボロ・ライトを吸い、ラーソンは噛み煙草の缶からひとつまみ出す。
 しかし、その朝、ふたりはいつもの決まりごとを省いた。ラーソンが、その前にやることがあったからだ。ラーソンはそのままガン・トラックに乗らないで、運転席の横を大股で通り、ヘルメットと銃をボンネットに置いて、股をひろげ、ジッパーをあけた。西を向き、無帽のままそこに立って、我慢していた朝の小便を長々とほとばしらせた。
 規則では、ラーソンはそこに行く前に、小便用のパイプで用を足すべきだった。地面に一メートル以上突き刺した直径一〇センチのポリ塩化ビニールのパイプが、シャワー用トレイラーの外にならんでいる。ガン・トラックに行くときに、その横を通るので、いつもならそこに寄る。しかし、そのパイプは、前哨内のどんな物よりもひどい悪臭を放っているし、小便の腐ったにおいは嗅ぎたくないと、なぜかそのときラーソンは思った。
 いっぽう、ラーソンのやっていることに気づいたメイスは、ガン・トラックからおりて、小隊の兵士たちが二段ベッドでまだぐっすり眠っている兵舎に向けて、敷地内を東へと歩いていった。
 時刻は午前五時五〇分で、ラーソンが前方の風景を見あげながら、用を足しはじめたときには、夜が明けたばかりだった。朝陽の最初の光の輻(や)が、ウルムル村の日干しレンガの壁を、金色がかったピンクに染めていた。ラーソンの視線は、村でもっとも高い建物であるモスク(イスラム教礼拝所)に向けられた。
 アフガニスタンの栄えている大きな町や都市にある礼拝所(マスジドゥ)とはちがって、ウルムルのモスクには、優美な先細りの尖塔やタマネギ・ドームはなかった。ただの四角柱の塔で、質素な粗造りだった。その荒々しく厳めしい外見は、アフガニスタンのこのあたりがいかに孤絶した僻地であるかを物語っていた。
 その手前にはダッレコシュターズ川があり、巨大な鉄床のようなチヌーク・ヘリコプターの降着地帯に使われている小島とのあいだに架けた、シングル・スパン〔支間[支柱と支柱のあいだ]が一本しかない〕のコンクリート橋の下で、流れが泡立ち、きらきらと輝いていた。ヘリコプターはキーティングと外界を結ぶ生命線で、ディーゼル燃料、弾薬、〈ドクター・ペッパー〉、ペットボトル入りの飲料水など、あらゆる物を運ぶ。
 川の向こうの鬱蒼とした緑の壁には、キーティングが置かれている細長い谷間に生息する、サル、鳥、その他の野生動物が隠れている。その上にそびえているのが、私たちのそこでの暮らしを支配し、限定している地形、つまりヒンドゥークシュ山脈だった。
 谷底の川から、懸崖がまっすぐに切り立っている。その崖の上に雪に覆われた峰々が見えていて、何物も受けつけない深いコバルト色の空を背景に、オレンジ色の朝陽を浴びて輝いている。
 これがべつの場所で、べつの機会だったなら、ラーソンの前にひろがっていた眺望は、まさに壮観としかいいようがなかった。しかし、ここでは、壮麗な眺めに心を奪われて、自分たちが戦争をしているのを忘れることは許されない。ここで私たちが戦っている相手が、米兵をひとりでも多く殺したいと心底願っていて、あの美しい景色に隠れていることを、忘れてはならない。

 私はその瞬間のことをふりかえって、夜のうちに配置についたタリバン戦士三〇〇人の視点から、その場面を思い浮かべようとした。彼らは付近の村人に家から立ち退かせ、屋内と東西南北の斜面に射撃陣地を布置し、全方位からRPG、迫撃砲、機関銃、小火器、無反動砲で調整攻撃を開始するまで、最後の数秒をカウントダウンしていたはずだ。
 タリバンが召集した部隊は、兵力の面では六対一で私たちを圧倒していたし、つぎの瞬間に火蓋を切った猛攻は、米軍司令部が防御区域〝東〟(セクター・イースト)と呼んでいたアフガニスタンの戦域では、規模が最大で、もっとも熾烈で高度な強襲だったと、のちに認定された。
 そう書くと、見事な作戦のように思えてしまうが、それよりもっと刮目すべきなのは、攻撃開始の瞬間まで、われわれ全員がまったくなにも気づいていなかったことだろう。
 一物をさらけ出してそこに立っていたブラッド・ラーソンは、ブーツの爪先の向こうの地べたに小便がかかる音をぼんやりと聞いていただけで、ロシア製のドラグノフ・ライフルを構えているスナイパー一〇人以上が、照準器の十字線をラーソンの顔にぴたりと合わせ、顔のどまんなかに七・六二ミリ弾をぶち込みたくてうずうずしていることを、知る由もなかった。
 ザック・コプスは、温かい朝食が届かないとは、夢にも思っていなかった。雑誌をひらくいとまもなく、数秒後にはガン・トラックの車内で孤立して、反政府勢力数十人を向こうにまわして戦うことになるのだが、そんなことは想像もしていなかった。さらに、思いもよらないことに、同盟者で戦友であるはずのアフガニスタン国軍兵士が四〇人近く、持ち場を離れて逃げ、キーティングの東周辺防御はまもなく崩壊する。
 反政府勢力は、一時間とたたないうちに鉄条網を突破し、前哨中枢に迫り、建物の多くに放火し、やがてジョシュ・ハートの脳みそを吹っ飛ばすためにRPGの狙いをつけるのだが、ハートはそんなことは露ほども考えていなかった。
 私はといえば、タリバンの地獄の火が燃えあがる数秒前には、二段ベッドにごろんと寝てぐっすり眠っていた。攻囲された前哨で生き残った全兵士が、三〇分後にはのちに「アラモ陣地」と呼ばれるような追い詰められた状態になり、二棟だけ炎上していなかった建物にこもって、最後の反撃の準備をすることなど、知るはずもなかった。さらに、味方のうちの一〇人は、建物の外で移動もできない状態に陥る。
 そこで私たちのつつましい隊是が頭に浮かぶ。その言葉を頼りに、私たちはがんばり抜いた。
〝いまよりマシにはならないぜ〟
 その朝、キーティングの鉄条網内には、レッド小隊の兵士も含めて、米兵が約五〇人いた。この言葉のおかげもあって、私たちは自分たちの置かれている状況がいかに悲惨であるかを完璧に理解し、不本意ながら受け入れていた。私たちの前線が攻撃に脆く、周辺防御を効果的に護るのは不可能だろうし、もっとも近い友軍とかなり離れていることを意識していた。しかし、現実には、すさまじい怒りの炎が頭の上から降ってくるのを、薄々とでも予想していたものは、ひとりもいなかった。

 これから述べるのは、ひとりの物語ではなく、小隊全体の物語である。髪の毛や泥がまだこびりついているような物語でもある。登場するひとびとは、どういう面から見ても、自分が望んでいるほどヒロイックではないが、この戦いによって授与された勲章が示している称誉よりもはるかに人間らしい。
 レッド小隊の兵士たちは、少年聖歌隊員のように純真無垢ではなかった。かといって、ここ一〇年ほどのあいだに多く語られてきたような、強固な意志を持つ冷徹な目のスーパーヒーローのたぐいでもなかった。私たちは、9・11同時多発テロ後にアフガニスタン北部の平原に馬を駆り、マザリシャリフを陥落させた特殊部隊戦闘中隊とは、まったく似ていない。それに、二〇〇五年夏にキーティングの南で苦闘した、四人編成のSEAL(海軍特殊作戦部隊)暗殺チームとの共通点も、ほとんどない。その作戦では、生還した唯一の兵士が『アフガン、たった一人の生還』という手記を書いて、それが『ローン・サバイバー』として映画化された。
 私たちにヒーローの資格があるとされるなら、二〇〇九年秋のその日に私たちが発揮したヒロイズムは、もっときめの粗い布でできていた──異常な試練にさらされた、きわめて平凡な男たちの弱さや欠点が、その布の襞に隠されていた。男たちは恐怖と迷いに悩まされていた。延々といい争い、ありとあらゆる些事に拘泥した。意気阻喪、悪癖、やる気のなさ、目的意識の欠如、いいかげんさ、怒りなど、さまざまな弱点に屈し、場合によっては、そういったものからいまだに逃避していた。
 私たちが戦闘によって絆を強めた同胞の一団であったとするなら、つぎのような同胞がいたことも記さなければならない。カーペット用洗剤を飲んで自殺しようとしたことがある二等兵、自由射撃地域で警備勤務中にハシシュを吸っているところを見つかった兵士、それに私。戦地にどうしても行きたかったので、イラク出征を志願する前に、妻に相談せず──その後、自分には選択の自由がなかったと嘘をついた男。
 だが、そういったことがすべて真実であるにせよ、私たちが民間人には類を見ないような熱烈な純粋さで仲間を愛していたことも真実なのだ。
 そういう仕組みを完全に理解するには、私の小隊がまとまって、アフガニスタンに引き寄せられる道を歩んだいきさつの一端を知ってもらう必要がある。

【「序章」了。「第1部 ヌーリスタンへの道」につづく。以降は本でご覧ください。】

◆著者紹介 クリントン・ロメシャ (Clinton Romesha)
米陸軍退役兵士。1981年生まれ、1999年陸軍入営。「イラクの自由作戦」に従事するためイラクに2度出征、「不朽の自由作戦」に従事するためアフガニスタンに1度出征。2009年10月3日に戦闘前哨(COP)キーティングが攻撃を受けた際は、第4歩兵師団第4旅 団戦闘団第61騎兵連隊第3偵察大隊B中隊レッド小隊のセクション・リーダーとして防御の一翼を担った。名誉勲章を含めて多数の褒章を受けている。2011年に除隊。現在は家族とともにノースダコタ州在住。

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『レッド・プラトーン 14時間の死闘』
クリントン・ロメシャ著
伏見 威蕃・訳
ISBN:9784152097163
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