米特殊騎馬隊のアフガンでの死闘を描く『ホース・ソルジャー』 5月4日いよいよ公開

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ジェリー・ブラッカイマー製作、クリス・ヘムズワース主演の実録戦争映画『ホース・ソルジャー』が5月4日から公開されるのを記念して、原作となったノンフィクションの翻訳者、伏見威蕃氏による訳者あとがきを公開します。

訳者あとがき  
伏見威蕃

 本書の原題Horse Soldiersから、読者はジョン・フォード監督の西部劇「騎兵隊」(The Horse Soldiers, 1959)や、かつての第七騎兵隊のように危急のときに駆けつける救援部隊のCavalry(騎兵隊)を思い浮かべるかもしれない。
 しかし、この馬に乗った兵士たち=ホース・ソルジヤーズは、当初はそんな颯爽としたものではなかった。そもそも彼らは「騎兵」ではなく、馬に乗った経験がある兵士はほとんどいなかった。アフガニスタン北部に降着してはじめて、馬を駆って戦わなければならないことを知ったのである。だが、そこは特殊部隊の精兵たちのことで、北部同盟の騎馬軍団にすぐになじみ、力を合わせて短期間で北部の要衝マザリシャリフを落とすという偉大な戦果をあげた。これがアフガニスタン戦の重大な転機であったことはいうまでもない。
 北部同盟軍の主力は騎馬隊だった。車輛が通れる道路がない急峻な山地で、軍閥たちはそれを縦横に展開し、輜重(しちよう)重をラバに運ばせて、タリバン軍と戦っていた。剽悍な北部同盟軍は、何度もタリバン軍を圧倒して支配地域をひろげるのだが、そのたびに戦車や迫撃砲などの重火器をそなえたタリバン軍に押し戻されるということをくりかえしていた。ドスタム軍を主力とするこの地域の北部同盟軍は、武器弾薬も不足し、敗色が濃厚だった。
 それを逆転させるには、米軍の精確な空爆という支援が必要だった。しかし、高高度から“スマート(頭のいい)”爆弾をいくら投下しても、弾着の誤差や敵にあたえた被害を観測できる要員が地上にいないと、有効な空爆は行なえない。それに、北部同盟軍の攻撃とのタイミングの調整も欠かせない。それがあってはじめて、勝機を確実な勝利へと変えることができる。
 米陸軍特殊部隊の“騎馬隊”チームは、SOFLAM(特殊作戦レーザー位置標識)を備えた空軍の戦闘統制官をチームにくわえ、この精密爆撃を実行した。しかし、北部同盟との密接な連携がなければ、こんな短期間でタリバン軍を打倒することはできなかったはずだ。特殊部隊チームの面々は、北部同盟軍と山野で行動をともにし、鞍ずれで尻の皮が剥けるほど馬を乗りまわすうちに、信頼を勝ち得ていった。“人心収攬(しゅうらん)”は特殊部隊の重要な役割のひとつだが、真摯な行動でそれをものにした。戦闘が進むにつれて、特殊部隊の若い指揮官は年配者の軍閥と親子のような絆を結ぶようになる。
 では、マザリシャリフ攻略の戦いの流れを見ていこう。
 2001年10月19日、ミッチ・ネルソン大尉のチーム12人が、ドスタム将軍の砦“アラモ”に到着、その後、空軍戦闘統制官ふたりがくわわり、ドスタム軍への航空支援を誘導する。特殊部隊チームを輸送したのは、ナイトストーカーズこと第160 SOAR(特殊作戦航空連隊)だった。1980年のテヘランの米大使館人質救出作戦失敗後に発足した部隊で、厳しい条件のもとでヘリコプターを操縦する高い技倆を備えたパイロットと搭乗員のみによって編成されている。
 11月2日にはべつの軍閥ウスタド・アッタ・ムハンマド・ヌールを支援するために、ディーン・ノソログ大尉のチームが、やはりナイトストーカーズのヘリによって西方に降着した。 この二方面の北部同盟軍が協働し、11 月5日、重火器に防御されたタリバン軍陣地に総攻撃を仕掛け、空爆の支援を得てタリバン軍を北に押し込んだ。混戦がつづく11月8日、シュールガレ付近で、ネルソンとノソログのチームは邂逅(かいこう)する。そして11月9日、北部同盟軍は熾烈な戦いの末に要衝のタンギー峠を抜いて、マザリシャリフへと押し寄せた。マザリシャリフ入城は11月10日。これは米軍上層部にとって予想外のすばらしい戦果だった。なにしろ最小の資源投入で、アフガニスタンにおける緒戦をものにしたのだ。
 だが、ことはそれでは終わらなかった。北部でもタリバン軍は依然として圧倒的な兵力を擁していたし、米軍部隊はいまだに寡勢だった。ドスタム軍とヌール軍の連携もしっくりいっておらず、マザリシャリフの防備は磐石とはいいがたかった。
 そこへカラァイジャンギーと呼ばれる要塞に閉じ込められたタリバン軍捕虜の暴動が起きる。要塞内には大量の武器が備蓄されている。それを手にした数百人のタリバン兵を、装備も戦闘員もとぼしい部隊で鎮圧できるのか……。
 本書は戦争ノンフィクションというよりは、まるで戦場が舞台の冒険小説のような読み物である。戦闘のディテイルもすごい。対空兵器である(したがって砲身の迎角が大きい)ZSU-23-4自走高射砲を、タリバン軍がバックで斜面にとめて地上部隊を射撃した──というような描写は、兵器に詳しい人間の話を聞かないと書けないだろう。はじめて馬に乗ったあと、脚がこわばって立っているのもやっとになるという経験も、乗馬をかじった訳者にはよくわかる。著者が関係者からじっくりと話を聞いてまとめあげたことが察せられる。描写も力強く克明だ。11 月5日の総攻撃の場面からは、北部同盟軍の人馬のどよめき、倒れた兵士の悲鳴、叫喚、砲声、爆弾の炸裂音が聞こえてきそうだ。
 なお、あえて“騎馬隊”としたのは、現代の騎兵隊(Cavalry)は兵科として異なる役割を担っているからだ。「騎兵」という名称を残した米陸軍部隊は、ヴェトナム戦争で名をあげた第1騎兵師団に代表されるように、ヘリコプターを使う空中機動部隊を経て、機動性の高い機甲部隊へと姿を変えている。本書の馬に乗った兵士たち=ホース・ソルジヤーズには、そういう性格の部隊ではなかった。
 この特殊部隊チームに先駆けて、CIAの軍補助工作員チームがアフガニスタンに潜入していた。本書には述べられていないが、ブッシュ大統領の承認を得たジョージ・テネットCIA長官の命令により、軍補助工作員ゲイリー・シュローンが、巨額の現ナマという武器を携え、暗号名“ジョーブレーカー=岩石粉砕機”というCIAチームを率いてアフガニスタンに潜入していた。CIA対テロセンター所長コファー・ブラックが派手なプレゼンテーションを行なって、ブッシュ大統領を納得させたのだといわれている。『攻撃計画』(ボブ・ウッドワード著)によれば、そもそも米軍には「対アフガニスタン戦争計画は、叩き台になるようなものすらなかった」という。「だが、ブッシュ大統領は迅速な軍事行動を要求した。ラムズフェルド国防長官は、 地上のブーツ、つまり陸上部隊の投入を強く求めていた。だが、最初に地上に降り立ったのは、軍ではなくCIAの潜入工作チームだった。9・11同時多発テロからわずか16 日後の9月27日のことだ」。CIAチームが潜入したあとのラムズフェルドの焦燥は、本書にも描かれているが、「軍」の最初の特殊部隊チームがアフガニスタン入りするまで、「ラムズフェルドには1日が1月にも、いや1年にも思えた」という。
 その後もさまざまな特殊部隊チームが、他の地域で地元の武装勢力と連携し、アフガニスタンでの勝利に大きく貢献した。だが、あやまった使われかたをして損害をこうむった部隊もある。そもそも、米軍上層部は特殊部隊を鬼っ子と見なして嫌う傾向が強い。『キラー・エリート──極秘諜報部隊ISA』(マイクル・スミス著)によれば、湾岸戦争では、シュワルツコフ将軍が特殊部隊の使用を渋り、英軍司令官に説得されてようやくSAS(英陸軍特殊部隊)のイラク潜入を許可したという。アフガニスタンとイラクでの戦争を指揮した中央軍司令官フランクス陸軍大将にも、そういう偏りがあったようだ。
 そんなふうに特殊部隊の特質をよく理解していなかったことにくわえ、米軍上層部には正規軍としての面子もあった。そのため、アフガニスタンでの特殊部隊の成功がイラク戦争で活かされることはなかった。米軍は電撃的な進撃でバグダッドを落としたものの、最初の民心掌握の失敗がいまだに尾を引いていることは、周知のとおりである。
  *  *  *
 本書は2010年4月に刊行された単行本『ホース・ソルジャー』を、原作の映画化(映画の原題は12 Strong)にともない、文庫化したものである。ペイパーバック化された原書は、若干加筆・修正されている。
 大部の本書では、マザリシャリフ入城後のジャンギー要塞における熾烈な戦いも描かれているが、映画ではドスタム軍に協力したミッチ・ネルソン大尉のチーム12人がタンギー峠の敵軍を下してマザリシャリフに至るまでの戦いが中心となっている。
 この米陸軍特殊部隊チームの12人は、一兵も失うことなく帰還した。“12 Strong” は「総勢12人」という意味だが、「強兵」という含みもあるだろう。マザリシャリフ攻略はもちろん大きな功績だが、12人全員が激戦を生き延びたことも、たいへんな偉業だった。しかし、当然ながら、彼らの活動は当初はほとんど公(おおやけ)にされなかった。北部同盟軍の進撃はさかんに報道されていたが、2001年の9・11同時多発テロ直後に現地入りしていたCIA軍補助工作員と米陸軍特殊部隊チームの活動が、リアルタイムで大衆に知らされることはなかった。
 周知のとおり、この7、8年のあいだにアフガニスタンとイラクでの戦争をテーマにした映画や著作やドキュメンタリーがいくつも生まれている。傑作も多い。ふたつの戦争がアメリカとその国民にあたえた(いまもあたえている)影響の大きさがうかがえる。本書に述べられている戦いは、まさにその最初のものだった。
 そのおなじ歳月のあいだに、科学技術は大幅に進歩した──というより、激変した。スマートフォンの普及で、いつ、どこでも、だれでもインターネットにアクセスできるようになり、SNSが政治活動に利用されることが増えて、“アラブの春”のような現象も生まれた。クラウド・コンピューティングやビッグ・データによって、大量の情報が処理できるようになったし、顔認証の精度も向上した。都市では防犯カメラがいたるところにあり、容疑者の特定に利用されている。軍が偵察や攻撃に使用しているドローン(無人機)の小型化されたものは、一般市民が簡単に買えるほど普及した。軍はいまや、AIを応用するロボット兵器を使用することも検討している。
 しかし、地上のブーツ、すなわち現地で戦う部隊の存在は、どんな戦争でもきわめて重要である。本書を読むと、それがよくわかる。アフガニスタン北部では、レーザーによって目標を指定する新型の装置が使用され、B-52爆撃機が高高度から投下するスマート爆弾を精密誘導して、敵に甚大な損害をあたえることができた。それには米兵が戦場へ行き、敵陣に接近しなければならなかった。また、ゲリラ戦では、人心収攬も重要な要素である。特殊部隊チームは、北部同盟軍と友好な関係を築くのに心を砕いた。そういった数々の努力によって、武器装備・兵員では圧倒的に優勢なタリバン軍を撃破できたのである。騎馬隊と旧式兵器というローテクを米軍のハイテク兵器で補って勝利を得たという点で、これはほかに類を見ない戦いだった。
 アフガニスタンで北部同盟に協力したこの米陸軍特殊部隊は、俗にグリーン・ベレーとも呼ばれる(隊員は自分たちをそう呼ばない)。ルーツは古く、1754年のフレンチ・インディアン戦争に遡るともいわれている。しかに、なによりも、ヴェトナム戦争で勇名を馳せたことがよく知られている。軍事顧問としてヴェトナムに送り込まれた特殊部隊の兵士は本書の兵士とおなじように、文化やしきたりに通暁して現地に溶け込み、現地人部隊を組織して不正規戦を行ない、数々の戦果をあげた。“グリーン・ベレー”は本来、イギリスのコマンドウ部隊のものであり、そこの過酷な訓練を終えた米軍兵士が、授与されてひそかにかぶっていたが、非公式なものだった。ケネディ大統領がフォート・ブラッグを訪問した際に、司令官だったヤーボロー准将がグリーン・ベレーを堂々とかぶるよう兵士たちに命じ、部隊の働きぶりに感銘を受けたケネディ大統領が、その後、を公式な軍装に定めたのだという。いっぽう、特殊部隊は自分たちの施設をJFKセンターと名付け、ケネディ大統領に敬意を表している。
 映画には、バリー・サドラー軍曹が歌って1966年にビルボードで5週連続第1位になった『悲しき戦場(グリーン・ベレーのバラード)』を、ネルソンのチームの兵士たちが歌う画面がある。ここに歌われている兵士は、生還しない。それを思って、やや自嘲気味に口ずさむ、という演出かもしれない。
 最近は、海軍SEAL(海・空・陸特殊部隊)が脚光をあびることが多いようだが、本書に登場する米陸軍特殊部隊こそが、「元祖」特殊部隊なのである。そういう意味でも、本書は米軍で最精鋭の“真の”特殊部隊の活躍をひさしぶりに堪能できる好著なので、ぜひ一読していただきたい。映画《ホース・ソルジャー》は、このあとがきを書いている時点ではまだ公開されていないが、試写を見たところ、ストーリーはもとより、細部に至るまで。たいへん優れた出来栄えだった。映画鑑賞と合わせて(前でもあとでも)本書を読んでいただくと、一段と興が増すことはまちがいない。

『ホース・ソルジャー』(上・下巻)
ダグ・スタントン
伏見威蕃 訳
ハヤカワ・ノンフィクション文庫
発売中

映画『ホース・ソルジャー』公式サイト


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