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このシリーズを貫く太い芯はショーン・ダフィという男である――『コールド・コールド・グラウンド』レビュー【刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズ第一弾】

 10月15日の刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズ最新作にして最高傑作『ガン・ストリート・ガール』発売を控え、書評家の小野家由佳氏による刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズのレビューを掲載いたします。

 傑作揃いの本シリーズは、アメリカミステリ界最高の栄誉であるエドガー賞(アメリカ探偵作家クラブ賞)など各ミステリ賞受賞をはじめ、アメリカのミステリ批評サイトCrimeReadsにて2010年代を代表するミステリ小説シリーズにも挙げられているなど、まさに世界ミステリの最前線。今回はその記念すべき第一作『コールド・コールド・グラウンド』をご紹介いただきます。「シリーズ作品は未読……」という方も是非どうぞ!

コールド・コールド・グラウンド_帯



『コールド・コールド・グラウンド』レビュー


 本書『コールド・コールド・グラウンド』から始まる刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズで描かれるのは、ショーン・ダフィという一人の刑事の物語である。
 ……と書くと、トートロジー染みた感じがしてしまうのだけど、ここで敢えて宣言をしておきたい。
 なにしろ、このシリーズにはフックとなるアピールポイントが沢山ある。
 紛争の収拾がつかなくなりテロが日常となった一九八〇年代の北アイルランドを舞台にした警察小説としての要素、強烈な謎が提示される謎解きミステリとしての要素(第三作『アイル・ビー・ゴーン』ではなんと密室の謎が扱われる!)、いずれも魅力的であるし、この作品を説明する時に推し出すポイントとして決して間違ってはいない。
 けれど、その上で、このシリーズを貫く太い芯はショーン・ダフィという男である、と思うのだ。
 だから、これからこのシリーズを読み始めるあなたには、どうか、彼のことを好きになってもらいたい。

   *

 ショーン・ダフィは、王立アルスター警察隊の巡査部長で、北アイルランド首都ベルファストから少し離れたキャリックファーガスという街の警察署に所属している。
 年齢は三十歳で、大学にも行っていたから、刑事としてのキャリアはまだ浅い。趣味は音楽鑑賞で、クラシックからロックまで幅広くレコードを持っているが、パンク・ロックなどの激し目のサウンドを聞くのが目立つ。ニューヨークにいた頃、ジョーイ・ラモーンを生で見たことがあるのを密かに自慢に思っている。
 性格は皮肉屋気味で、憎まれ口をよく叩くが、彼が警察の中で浮きがちなのはそれで嫌われているというのが主因ではない。
 彼が、カソリックだからだ。
 南部のアイルランド共和国とは異なり、北アイルランドではそもそもが住人の多数派はプロテスタントだ。警察でもその割合は変わらない。そして、業務としても、警察はIRAなどのカソリック系の過激派と頻繁に対立する。
 この物語も、IRAの受刑者がハンガーストライキで死亡したことに抗議する暴動の鎮圧にダフィたちが呼び出されるところから始まる。
 ヘルメットを被り、防弾ベストを着て、しまいにはサブマシンガンを持って怒号と火炎瓶が飛び交う現場へと向かう。いかにも異常な仕事のようだが、ダフィたちにとっては、これは慣れっこの通常業務になっていた。この北アイルランドでは暴動は最早ありふれた出来事なのだ。
 そんなダフィの下に、暴動関連の仕事ではない事件が舞い込む。
 右手を切断された上に、体内にオペラの楽譜を突っ込まれた死体が発見されたのだ。おまけに、死体の傍に転がっていた右手は、別人のものだという。つまりは、連続殺人らしい。
 紛争に関係ない連続殺人事件となると、北アイルランド史上初の異常事態だ。だって、この国では、人を殺したければ過激派組織に入ればいくらでも殺せるんだから……というのが、本書の粗筋だ。
 常識や倫理といった色々なものがひっくり返った状況下で起こった、異様すぎる事件は現代日本に暮らす我々の頭をそれだけで揺らす。
 そして、ただ冒頭にショッキングな要素が配置されているというだけではなく、捜査小説としてグングン読ませる。
 身元不明だった死体が何者だったか、被害者は殺された夜なにをしていたのか、一つ分かるごとに事件はキナ臭さを増していく。更にここに、IRAのハンスト受刑者の元妻の首吊り事件という全く別の事件の話も絡んできて、読めば読むほど謎が膨れ上がる。
 この捜査パートの描き方だけでも作者の腕がよく分かる面白さなのだけれど、事件以上に読者の興味を惹くものがある。
 ダフィの置かれている、異常な立場だ。

   *

 そもそも、ダフィは連続殺人の捜査なんてしている場合ではないんじゃないか、と一読者として思ってしまう。
 上で言った、ヘルメット、防弾ベスト、サブマシンガンの三点セットを身につけるのが日常になっていることからしてそうなのだが、暴動鎮圧以外の時も、彼は命が危うい。
 当時の北アイルランドは、パブで酒を飲んでいるだけでいつテロに巻き込まれて死ぬかも知れない状況下だ。
 その上、警察であれば、それだけで恨みを買う。
 カソリックの刑事ともなればIRAから首に賞金がかかるくらいなのだ。
 ダフィは仕事でもプライベートでも、車に乗り込む前にまず、車内外に妙なものが設置されていないかを確認する。テロ組織の手口として、殺したい相手の車に傾斜に反応する爆弾をつけるというものがあるからだ。
 物語の中で、どこかの警官が自分の車に設置された爆弾で命を落としたと聞いた時、彼は冷静に思う。「ルーティンをすっ飛ばすとそういうことになる」
 ダフィにとって、命を狙われるということは日常であり、生き延びるためにルーティンをキッチリ守らなければならないのだ。
 ミステリ、特にハードボイルドのジャンルでは、探偵役が命を狙われるということはよくある。しかし、それは事件の関係者のマフィアや異常な殺人鬼が捜査をしている者の命を狙うという直接的な因果関係がある場合がほとんどだ。
 ダフィの場合は、そうではない。
 いま調べている事件とは関係なしに、いつ、誰に殺されてもおかしくないのだ。
 そして、彼はそれでも自分の職務を遂行しようと捜査をする。
 この世界に対応するしかないという諦観染みた姿勢と、その上で、自分がやるべきこと、やれることを誰にも邪魔させないというこだわりが、ここにはある。

   *

 異常な事件を捜査する、異常な立場の刑事。
 物語は終盤に向けてどんどんヒートアップしていき、しまいには神がかりとしか言いようのないダフィの推理と、そうせざるを得ないという、やはり諦めのような行動で幕を閉じる。
 特に最終盤は熱を帯びているというしかない迫力で、読み終えた時、読者は凄いものを読んだという確かな実感を持つはずだ。

   *

 冒頭で、ダフィを好きになってほしいと書いた。
 この文章、そして、『コールド・コールド・グラウンド』を読み終えてもなお、彼のことを好きになれない……あまりにもかけ離れた世界の住人すぎる、と感じてしまうかもしれない。
 だが、どうか、安心してほしい。
 シリーズを読み進めていけばいく程、彼のことをずっと身近に感じるようになっていくはずだ。
 激動する世界の中で、何を選択すれば良いのか分からず、ただ目の前のことに対応していくしかない彼は、実は現代を生きる私たちと大して変わらない。そこに彼の最大の魅力がある。
 ダフィは、結局のところ、私であり、あなたなのだ。


小野家由佳(おのいえ・ゆか)
書評家。〈翻訳ミステリー大賞シンジゲート〉にて「乱読クライム・ノヴェル」連載中。Twitterアカウントは@timebombbaby

【あらすじ】


 暴動に揺れる街で起きた奇怪な事件。被害者の体内からはなぜかオペラの楽譜が発見され、現場には切断された別人の右手が残されていた。刑事ショーンは、テロ組織の粛清に見せかけた殺人なのではないかと疑う。そんな折、“迷宮"と記された手紙が彼に届く。それは犯人からの挑戦状だった!
 武装勢力が乱立し、紛争が日常と化した八〇年代の北アイルランドで、ショーンは複雑に絡まった殺人鬼の謎を追うが……。大型警察小説シリーズ、ここに開幕。

【書誌情報】


■タイトル:『コールド・コールド・グラウンド』 
■著訳者:エイドリアン・マッキンティ/武藤陽生訳 
■本体価格:1,000 円(税抜)■発売日:2018年4月 ■ISBN: 9784151833014
■レーベル:ハヤカワ・ミステリ文庫
※書影等はAmazonにリンクしています。



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