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SFの歴史を継いでいくこと。ベストSF第1位記念・伴名練インタビュー

2月発売の『SFが読みたい!』に掲載された、伴名練氏へのインタビューをWEB公開します。『なめらかな世界と、その敵』が国内篇ベスト1位を獲得したベストSFランキングの詳細はこちらをご覧ください。

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■伴名練、この10年

──ベストSF2019[国内篇]の第1位、おめでとうございます。

伴名 ありがとうございます。『なめらかな世界と、その敵』はどの短篇も自分一人で書いたというイメージが薄くて、SFの歴史に力を借り、多くの書き手・読み手の方々が作ってきた流れのうえに乗せたと思っている作品ばかりです。そんな本で1位をとれたことを非常に嬉しく思いますし、投票してくださった方々に心から感謝を申し上げたいです。最初の本が出版されてからこの本が出るまでの9年間に、筆を折りかけることが何度もありましたが、書き続けた結果こういった栄誉に預かることができて、報われたという思いで一杯です。

──デビュー作『少女禁区』が2010年ですものね。今回の短篇集にも10年代の作品がまんべんなく収録されていますが、改稿にあたって苦労などはありましたか。

伴名 最も手を入れたのは「美亜羽へ贈る拳銃」です。8年前の作なので、キャラ造形や設定や発想に、今の自分では書かないであろう若書きな面も感じましたし、台詞中の倫理観で古びて見えてしまう部分もあって。直しても直してもまだ直し足りない気持ちだったのですが、劇中で「昔の自分と今の自分は別人なのではないか」という議論も扱われていて、最終的には過去の自分が書いたその言葉に説得される思いで、改稿を切り上げました。

──他に思い入れの強い作品は?

伴名 キャリアの転換点になった2015年の「なめらかな世界と、その敵」です。これは初めて意識的に《年刊日本SF傑作選》収録を狙いにいった短篇だったので。それまでも同人誌発表作を収録してもらっていたのですが、あくまでオマージュなど同人誌の企画に参加する目的が主で書いたものでした。しかし「なめらか~」は違います。もともと、商業発表しようと編集者に託した作品だったのですが活字にならず、何社かの編集者に見せたものの数年間とうとう世に出せなかった。だから年刊傑作選への収録に望みをかけて、SF研OBの同人誌に載せたんです。冬コミ最終日、12月31日刊のコピー本ですね。この経験から「出版社に持っていくより年刊傑作選を狙おう」という風にシフトしたんです。

──そんな事情がおありだったんですね。まさか、表題作が危うく世に出ないところだったとは。

伴名 『少女禁区』出版後、普通の商業出版のルートで編集者から依頼を受けて書き、それが何の問題もなく載ったのは2018年の「彼岸花」が初めてです。それ以外は世に出た作品も、紆余曲折を経て、かろうじて掲載されている。もちろん世に出なかったものも多く、編集者と企画をやりとりしていて途中で連絡が途絶えるとか、渡した原稿がボツになるとか返事が来なくなるとか、この先どうすればいいかわからなくなることも多々ありました。
 そういう困難な時期に支えになったのが、作品を褒めてくれた方々の言葉でした。『SFが読みたい!』の投票コメント欄で松崎健司さんや山岸真さんに言及していただいたり、山本弘さんがブログで取り上げてくださったり。もちろん読者の方のつぶやきも。SF研の仲間もそうですが、感想をくれた方のおかげで書き続けることができたので、重ね重ね感謝しています。

──最終的に短篇集にまとめられて本当によかったです。ちなみに作品をネット公開する方向性はなかったのでしょうか?

伴名 読者として、ネットの小説はある日突然、媒体や著者の都合で読めなくなってしまう経験が多かったので、できるだけ紙にしたかったんです。いつか自分が「この小説はだめだ!」と感じても抹消できないようにしたかった、というのもあります。
 とはいえ、紙の本にこだわれたのも《年刊日本SF傑作選》があってのことですから、大変な恩義を感じています。

──今回短篇集を作るにあたって、改めてその傑作選への収録率に驚きました。そういう意味でも『なめらか~』は、2010年代を代表する1冊だと思います。

■博打だった「ひかりより」

──本が発売になってからの反響で、印象的だったことなどあれば教えてください。
伴名 ご存知の通り先行作品からの要素は意識的に取り入れているのですが、それが読者の読書歴を写す鏡のようになっているのが興味深かったです。たとえば「ひかりより速く、ゆるやかに」では、主人公の叔父の車内に大量のSF本があり、それらはすべてが「ひかりより~」に近いSFアイデアが使われた作品を収録したものなのですが、どのタイトルに着目するかが読者の世代によってバラバラでした。「美亜へ贈る真珠」を連想している方もいれば、「むかし、爆弾がおちてきて」に言及している方もいたり。いちばん直接的な影響を受けているのは中井紀夫『山手線のあやとり娘』収録の「暴走バス」なのですが。中井紀夫の未収録短篇は全部読んでいるので、いつでも新短篇集の目次を作れます。

──書き下ろし「ひかりより速く、ゆるやかに」は発売前から先読みした著名人の絶賛で凄まじい話題になっており、今回の1位にも影響している気がします。

伴名 「ひかりより~」はある種の博打でした。主人公が饒舌かつ内省的で、既存のSF作品への目配せが非常に多い。そういう話は、若い読者に刺さる可能性を持つ一方、大人からは敬遠される確率も高かったので、好評をいただいて安堵しています。
 そういうプロットにした理由として、新城カズマさんの『サマー/タイム/トラベラー』の影響があります。あの作品も過去のSFを引用しつつ、若い主人公が内省的に出来事を語っていく小説でした。最初に読んだとき、楽しみながらも「これはSFファン以外から敬遠されるのでは?」と思ったんですが、実際は逆でした。SF研が開いている一般参加可能の新歓読書会では、普段SFを読まない学生が、「この本を読んでSFに興味が湧いた」と多く参加してきたんです。だから、ああやって上手く引用してみせられれば、むしろSFをあまり読まない人をも惹き付けて、SFへの関心をもってもらえるのではないかと。それを試したのが「ひかりより~」でした。

──発表時のエッセイで「これは瞬間最大風速を目指して書いたので古びるのもいちばん早いだろう」とおっしゃっていましたが、具体的にはどのくらいの射程で書かれたのでしょうか。

伴名 5年ももたないでしょう。ウェブサービスも、高校生のライフスタイルや感性も変わってしまうでしょうし。あの時代を切り取る役目は果たしたので、2010年代に置いていけばいいと考えています。

■SFが編みたい!

──本の発売から4カ月近くが経ちました。変化はありましたか。

伴名 顔出ししていないのでイベントには出られませんが、様々な場でSF好きの人に会って好きな作品の話をすることができました。また、色々な版元さんから、短篇やエッセイの原稿依頼をいただきました。そのこと自体は、過去の状況を踏まえれば非常にありがたく、SFの布教になるならと片っ端から受けていましたが、そろそろ処理できる量を超えつつあります(笑)。

──〈SFマガジン〉の2月25日発売号にも短篇を書き下ろしていただきましたが、今年は伴名さんには、さらにアンソロジーのお仕事もいくつかお願いする予定です。まず、この『SFが読みたい!』と同日発売で『2010年代SF傑作選』の編者を大森望さんと一緒にやっていただきました。

2010年代SF傑作選1_帯

伴名 いったんはひたすら存在自体が知られていないような珍しい作品ばかりを収録案に出しましたが、途中で軌道修正して、10年後でも間違いなく傑作として読める作品を選びました。逆にレアな作品はそんなに入っていないので、10年代にずっとSFを追いかけていた方は、既読のものが多いと思います。そういう方には名作群が2冊に収まっていることに利便性を感じていただければ。若い読者には10年代後半からSFを読み始めた方も多いと思うので、前半期の傑作にも触れてみてほしいです。
 ネットで〝「美亜羽へ贈る拳銃」が面白かったから『ハーモニー』を読んでみよう〟という感想を複数見かけて驚いたんです。「美亜羽~」が『拡張幻想』に載った際は、読者の八割は『ハーモニー』既読者だったと思うのですが、その印象が通じなくなっている。若い世代はどんどん新しい作品を読んでいくので、置いて行かれないようにしないといけないと感じました。

──そしてもう1つ、かねてから伴名さんが予告されていた日本SF短篇アンソロジーの企画書もいただいています。

伴名 『2010年代SF傑作選』が趣味2割・客観性8割で選んだものだとするなら、こちらは趣味が10割の企画です。
 まず入れたいのが、2020年代の若い読者が知らないであろう、読んだことがないであろう短篇。私自身が面白いと感じたり、趣味的に好きだったり、影響を受けたりした作品を、大量に組み込みます。なるべく埋もれた作品を拾って、あわよくばこのアンソロジーが注目されることで、収録作家の新しい短篇集が出たり昔の短篇集が復刊されてほしい、とも考えながら。
 できればこの企画を成功させて色んな作家がアンソロジーを編む流れも作りたいです。ご本人が編みたいかどうかは知りませんが、たとえば酉島伝法さんや円城塔さん編のアンソロジーを読みたくないですか?
 今は国内SFも海外SFもすごく盛り上がっていますから、こういう昔の作品をもってきても、懐古趣味だと言われなくてすむ。勢いがあるからこそ過去の傑作にも光を当てたいという思いがありますね。

──日本SF史には、書き手・読み手だけではなく、優れたSF小説を探し出して教えてくれるSF紹介者の歴史も連綿とありますが、伴名さんもその新たな一人、という気がします。

伴名 紹介者としての自分の仕事は、大森望さんと日下三蔵さんは言うまでもありませんが、山本弘さんにも影響を受けています。センス・オブ・ワンダーに溢れた作品、とくに海外SFを紹介し続けていらっしゃるので。『トンデモ本? 違う、SFだ!』は早川から早く文庫に落とすべきでしょう。
 ただ、海外SFなら同世代でも橋本輝幸さんや鳴庭真人さんが活躍されているので、私は日本SFの発掘に注力して、外野から「2010年代海外SF傑作選を誰か編んでほしい」と訴える立場でいようと。

──そもそも、過去のSF作品を掘るようになったのはいつごろからなんですか。きっかけなどあったのでしょうか。

伴名 京大SF研時代、坂永雄一さんから、ラファティを中心に「昔のSFマガジンに面白い短篇がある」と作品を幾つも紹介してもらったのがきっかけでした。
 京都でも古書店を巡っていましたが、本格的に探すようになったのは就職活動の時期からですね。就活の時に面接で何度も上京するんですけど、せっかくだからと古書店に立ち寄ったり、SF研の知人と国会図書館に向かったり。いまでも土曜によく通ってます。

■SFの新たな10年へ

──2020年代が始まったということでSFにも新たな流れがきそうな機運ではありますが、伴名さんから見て、次の10年はどんなSFが生まれると思いますか。

伴名 近年の国内作家が書くSF、特に新人のものは、日本以外を舞台とする作品が増えています。今後さらにその流れが加速するのか、それとも日本に戻ってくるのか注視したいです。『ゲームの王国』など海外を舞台にした作品は、SFジャンル外のビジネス書・文学系の読者にも届くように見えます。一方でケン・リュウ作品のように作者自身のルーツと向き合う小説が、世界に広がる力を持つこともありますから。
 日本が舞台でも、倉田タカシさんの「二本の足で」のように、主要登場人物が移民の子孫とか、そういった感覚の作品も増えるだろうと。
 あとは、SF作家が海外のコンベンションに行って広報活動したり海外作家と交流を深めていたり、日本で各国のSFが紹介されているのを見ると、今後いっそう国内と海外で相互に影響を与え合う状況が深化するだろうと思います。自作で言えば「シンギュラリティ・ソヴィエト」が強い影響を受けたのは、東ドイツSF「労働者階級の手にあるインターネット」『時間はだれも待ってくれない 21世紀東欧SF・ファンタスチカ傑作集』収録)でした。
 直接の影響がなくても、SNSやライフログなど、世界共通で同じテクノロジーによる変化が起きているからこそ、感性や問題意識が近くなることも増えるのではないかなと。小川哲さんの「バック・イン・ザ・デイズ」とテッド・チャンの「偽りのない事実、偽りのない気持ち」は、扱われる技術と親子関係というモチーフが共通しながら、作家性で異なる作品になっていますから、競争相手が日本から世界になった場合に「自分にしか書けないものを書く」ことがより肝要になっていくと思います。

──ありがとうございました。最後に、読者へのメッセージをお願いします。

伴名 私は作品を量産できませんが、私の作品を読んでSFに興味を持たれた方がいらっしゃれば、現代のSF界には素晴らしい作品が溢れているので、ぜひ様々な作家に触れてみてください。それからこれは早川書房へのメッセージですが、SFマガジンの60周年とハヤカワ文庫の50周年にかこつけて今しか出せない本を出したり、文庫に落としたり、復刊させてください。

(2020年1月15日/於・早川書房編集部)

なめらかな世界と、その敵

『なめらかな世界と、その敵』
伴名練

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伴名練氏の新作短篇「白萩家食卓眺望」は2月25日発売のSFマガジン4月号に掲載されます。味覚をめぐる昭和料理SF年代記。どうぞお楽しみに。

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