SFマガジン6月号

【SFマガジン掲載書評】中国SFの勢いが止まらない!『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』

折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー
ケン・リュウ編/中原尚哉・ほか訳/新☆ハヤカワ・SF・シリーズ

勢いを日々増す中国SFの傑作が揃ったアンソロジー

冬木糸一

 SF短篇集『紙の動物園』や幻想歴史譚である『蒲公英(ダンデライオン)王朝記』で、日本でもその名を馳せた作家ケン・リュウには、中国小説を英訳して発信・紹介する翻訳家としての顔もある。本書は、そんな彼によって精選され、英語圏へと紹介された、7名の作家による13篇+エッセイ3篇から成る中国SFアンソロジーである。もともと邦訳前からその評判は抜群に良く、高い期待を持って読み始めたのだが、中身は上がったハードルを軽く超えてくる傑作揃いだ。
 作家ごとに収録作を紹介していこう。トップバッターは陳楸帆(チェン・チウファン)「鼠年」。遺伝子改造で強靭な耐性を身につけたラットが街中へ脱走。駆除隊に入った青年は鼠を相手に駆けずり回り、大局が見えぬまま大国間の ”グレート・ゲーム” に翻弄される、駒としての人生を描き出していく。鼠たちが織りなすラストの情景は圧巻。小説、評論、翻訳、映画作家、女優、画家など多彩な活躍をする夏笳(シア・ジア)の「百鬼夜行街」は、当然のように幽霊が活動している街を描く妖怪譚としてはじめながらも、次第にSF的に変質していく変わり種。
 馬伯傭(マー・ボヨン)「沈黙都市」は検閲が進行しきった末に、使用してもいい ”健全語” が指定された近未来が舞台のディストピアもの。その息詰まる世界描写、また使用できる言葉が制限され続けた果てに “言語に何が起きるのか” という視点の挿入が素晴らしい。表題作でもある「折りたたみ北京」は郝景芳(ハオ・ジンファン)による作。貧富の差によって3つのスペースに分割され、とある経済的な理由によって24時間ごとに回転している都市での物語で、北京がゆっくりと折りたたまれていくその描写・風景は、思わず手を止めてしまうほど美しい。
 糖匪(タン・フェイ)「コールガール」はほかに類のない体験を提供するという少女の物語で、売春を思わせる導入から少女は犬笛で犬に似たお話を呼び出し──と特異な情景/体験へと没入していく幻想SFだ。同じく分類が難しいのが程婧波(チョン・ジンボー)「蛍火の墓」。惑星を方舟にし千年移動する人々、魔術師や妖術師、時の流れの侵食を受けない城など、寓話とSFが渾然一体となった作品でイメージとメタファーの詩的な接続がただひたすらに心地よい。
 内容的にも評判的にも本書中で飛び抜けた実力を誇るのが劉慈欣(リウ・ツーシン)。ケン・リュウ訳の『三体』で、翻訳物としては初のヒューゴー賞を受賞した劉慈欣(リウ・ツーシン)だが、今回収録されている「円」は『三体』から抜粋した章の改作となる。秦の政王に仕える荊軻が、その才を活かし王の元で300万の軍勢を擬似的な計算機として用いることで、不老不死の秘密に繋がるとされる円周率の計算を行うが、その裏には荊軻の裏の策が秘められていて──と、完全に独立した短篇として読める改変歴史SFで、一章抜粋でこんだけおもしろいなら大元の『三体』はどんな傑作なの!? と期待が大きく膨らんでしまうほどの逸品だ。
 エッセイもまた、中国SFの歴史と価値観、そして ”中国SFとは何か” を語る難しさを知らしめる秀逸なもの。中国は国家としてSFを強く推しており、ケン・リュウの翻訳家としての獅子奮迅の働きもありその勢いは世界を舞台に日々増すばかり。本書は、そんなこれからの海外SFを語る上で外せない ”中国” 、その一端を知ることのできる、頭から尻尾まで良質な一冊だ。本書を皮切りとし、日本でも中国SFがどんどん翻訳され、認知されていくことを願ってならない。

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 そうした流れを受けて、今月号ではゲーム特集を大ボリュームで掲載。文芸誌だからできる小説企画や評論・インタビュウ、作品ガイドによって、SF読者のためのゲームの「今」をお届けします。
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