無常の月

「今なお輝きを失わない驚異の未来史」ラリイ・ニーヴン傑作集『無常の月』、評論家・堺三保「文庫解説」先行公開

『無常の月 ザ・ベスト・オブ・ラリイ・ニーヴン』(ハヤカワ文庫SF)

 代表作「無常の月」が、映画「メッセージ」のプロデューサーによって映画化されることが決定しているSF作家ラリイ・ニーヴン。その「無常の月」を含む短篇集『無常の月 ザ・ベスト・オブ・ラリイ・ニーヴン』が発売される(小隅黎・伊藤典夫訳、2018年3月6日発売)。奇抜な発想と論理的な設定の妙が味わえる傑作集の魅力を、評論家・堺三保氏による「解説」でご紹介します。

解  説

堺 三保(SF評論家)
 
 今は昔、サイバーパンクの波が訪れる前の1960年代後半から80年代前半にかけてのこと。正統派SFの第一人者といえば、ラリイ・ニーヴンのことであった。彼こそ、パルプ雑誌の時代、第一黄金期、そしてニュー・ウェーブ運動の時代を経たあとの、現代的なサイエンス・フィクションの基礎を築いたSF作家の一人だと言っても過言ではない。
 その作品の特長は、なんと言っても奇抜な発想とそれを支える論理的な設定の妙にある。彼は異星人や異星生物、異星の環境から巨大建造物にいたるまで、我々がまだ見たこともない “不思議な光景” を現出させてくれる。それこそまさにSFの持つ “センス・オブ・ワンダー” の、おもちゃ箱のような無邪気で溌剌とした発露にほかならず、今もなお輝きを失っていない。
 本書はニーヴンの数ある作品の中から、ヒューゴー賞受賞作、星雲賞受賞作を含む選りすぐりの短篇を一冊に集めた日本独自の短篇集である。SFファン諸氏におかれては、今一度、ニーヴンの描く驚異の世界をお楽しみいただきたい。
 
 ラリイ・ニーヴンは、1938年、カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ。大学では数学を専攻、大学院にも一年だけ進んだらしいが、1964年、26歳で〈イフ〉誌に掲載された短篇「いちばん寒い場所」で作家デビュー、その後、立て続けに作品を発表し、一躍SF界の若き寵児となった。
 そんなニーヴンの作品群の中でももっとも有名なのが、デビュー作を含む〈ノウンスペース〉シリーズと呼ばれる連作だろう。それは、人類が太陽系内の開発に乗り出してから、太陽系の外へと進出、幾多の異星人たちと遭遇しつつ、その版図を広げていくに至るまでを描いた未来史を構成している。そこに描き出されるさまざまな世界の奇景や、奇妙な生態の異星人たちの描写こそ、ニーヴンの真骨頂であり、今もなおSFファンを魅了してやまないものだ。特に、地球の公転軌道半径とほぼ同じ半径を持つ超巨大人工建造物 “リングワールド” を舞台に繰り広げられる大冒険を描いた〈リングワールド〉シリーズ(1970~2004年)は、〈ノウンスペース〉もののシリーズ内シリーズであり、ニーヴンの代表作としてSFファンに愛され続けている。
 またニーヴンは、1970年代半ば以降はほかの作家との共作も盛んに行なうようになり、その作風にはアイデアの豊富さにドラマ性の高さも加わるようになっていった。特に、ジェリー・パーネルとの共作の数々は、そのリーダビリティの高さからか、SFファンのみならず一般にも人気を得てベストセラーとなり、二人の名を大いに高めた。中でも『神の目の小さな塵』(1974年)は、ニーヴンお得意の異様な異星人造形とパーネル作品の特長であるミリタリーSFらしい冒険活劇とが見事に溶け合い、優れたリーダビリティを持った宇宙冒険SFとなっていて評価が高い。また、スティーヴン・バーンズと共作した〈ドリーム・パーク〉シリーズ(1981~2011年)は、テーマパークの高度化やRPGの普及などといった、今日の娯楽産業を巡るトピックスをいち早く取り入れた、先見性の高い娯楽作となっている。
 なによりすごいのは(冒頭ではその最盛期を過去形で書いてしまったが)、ニーヴンは今も健筆を振るい続けているところだ。最新作であるグレゴリイ・ベンフォードと共作した二部作、Bowl of Heaven(2012年)とShipstar(2014年)では、リングワールドに勝るとも劣らぬ気宇壮大な人工天体を登場させて、ファンを喜ばせている。老いてもその想像力はますます盛んであるといえるだろう。
 さて、このあたりで本書収録作について言及しておこう。
 
1「帝国の遺物」小隅黎訳 “A Relic of the Empire”(1966年)/ハヤカワ文庫SF『中性子星』に収録
〈ノウンスペース〉シリーズの一篇。1981年度星雲賞海外短篇部門受賞作。クライマックスに登場するSF的な仕掛けは、まさにニーヴンらしさに溢れた豪快なイメージなのがすばらしい。
2「中性子星」小隅黎訳 “Neutron Star”(1966年)/ハヤカワ文庫SF『中性子星』に収録
〈ノウンスペース〉シリーズの一篇。一九六七年度ヒューゴー賞短篇部門受賞作。超高密度を持つ中性子星近傍からの脱出劇をスリリングに描いた、旧来のスペースオペラとも、ごりごりのハードSFとも違う、リアリティに満ちた宇宙活劇の快作。重力よりも恐い力が主人公を待ち受けているのだが、その正体は本篇を読んでのお楽しみ。ちなみに、本作の主人公ベーオウルフ・シェイファーは、ほかにもいくつもの短篇に登場する〈ノウンスペース〉世界での重要キャラの一人であり、ニーヴンの代表的長篇である『リングワールド』とその続篇群の主人公ルイス・ウーの義父でもある。
3「太陽系(ソル)辺境空域」小隅黎訳 “The Borderland of Sol”(1975年)/ハヤカワ文庫SF『太陽系辺境空域』に収録
〈ノウンスペース〉シリーズの一篇。1976年度ヒューゴー賞中篇部門受賞作。これもまたベーオウルフが主人公を務める作品で、太陽系外縁部で起こった謎の宇宙船消失事件を追うことになった彼が、驚くべき真相に遭遇する。「中性子星」以上にアクション要素の高い力作。
4「無常の月」小隅黎訳 “Inconstant Moon”(1971年)/ハヤカワ文庫SF『無常の月』に収録
 1972年度ヒューゴー賞短篇部門受賞作。1979年度星雲賞海外短篇部門受賞作。突然の美しい光景から、人々を襲うであろう絶望的な運命が提示されていくさまを鮮やかに描いた、切れ味鋭い見事な短篇SF。
5「ホール・マン」小隅黎訳 “The Hole Man”(1974年)/ハヤカワ文庫SF『SFマガジン700[海外篇]』に収録
 1975年度ヒューゴー賞短篇部門受賞作。火星で異星人の基地を見つけた探検隊が、とんでもない事態を引き起こしてしまう。最初の一文の意味が解き明かされるラストが強烈。実は、「太陽系辺境空域」とネタが若干かぶっているところはご愛敬。
6「終末も遠くない」伊藤典夫訳 “Not Long Before the End”(1969年)/ハヤカワ文庫SF『無常の月』に収録
 ニーヴンのもうひとつの有名な連作、〈ウォーロック〉シリーズの第一作。一見、剣と魔法の世界を舞台にした典型的なファンタジイなのだが、そこはニーヴンのこと、妙に論理的なひねりのある設定が加わっていて、“おもしろうてやがてかなしき” 悲喜劇となっている。
7「馬を生け捕れ!」伊藤典夫訳 “Get a Horse!”(1969年)/SFマガジン1972年9月号に掲載
 こちらもニーヴンらしい笑いに満ちた連作、〈タイムハンター・スヴェッツ〉シリーズの一篇。この連作は、毎回、主人公のスヴェッツが過去にタイムトラベルして希少な動物を捕獲しようとするのだが、そのたびにとんでもない生き物に出くわしてしまうというドタバタコメディで、その生き物の正体が明示されていなくて、主人公たちもわかっていないものの、ファンタジイの好きな読者には自明なところがミソ。
 
 実は、本書が編まれた背景には、本書収録の「無常の月」の映画化が現在進行中だということがある。先年、テッド・チャンの「あなたの人生の物語」を見事に映像化して話題となった映画《メッセージ》を製作したショーン・レヴィ(《ナイトミュージアム》や《リアル・スティール》などの監督としても名高い)がやはり製作を担当、《人生はローリングストーン》や《ザ・サークル》のジェームズ・ポンソルトが監督をすることになっている。レヴィはキャリア初期はコメディの監督業が中心だったが、近年は《メッセージ》はもちろん、ネットフリックスの連続怪奇SFドラマ《ストレンジャー・シングス未知の世界》など、シリアスなSF作品の製作を精力的に行なっていて、今作も期待が高い。一方のポンソルトはこれまでリアルかつシリアスな作品を監督してきた人で、本格的なSFの監督はこれが初めて。このコンビがどんな形で「無常の月」を映像化するのか、今から実に楽しみなところだ。
 
 2018年2月

 『無常の月 ザ・ベスト・オブ・ラリイ・ニーヴン』(ハヤカワ文庫SF)

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